第188話 バッファー、ポルク

「報告は以上です。各自改善に努めるように」



 アルドレットクロウの会議室で一軍の指導をしている壮年の男性がそう告げると、一軍メンバーたちは資料を持って部屋を出て行く。その一軍メンバーの中に最近抜擢されたポルクという小太りの男は、早歩きで食堂に足を進めた。



(ようやく飯の時間だ)



 やけに動けるデブ、と観衆からは話題になっているポルクは、元は農村出身のしがない次男坊だ。そのため見た目はまん丸だが筋肉は意外とあり、体力もそこそこ備わっている。


 ポルクはビュッフェ式の食堂に到着すると大皿を持ち、とにかく至る所を探索して料理を積み上げていく。様々な料理が交わってしまい、もはや味が変わってしまっているのではないかと思うほどその量は多い。



「豚の餌かよ」

「デブが……」



 同じ食堂にいるクランメンバーたちの一部は不快そうに呟く。彼らはぽっと出のポルクが一軍にいることが気に入らないのか、以前から何かと陰でひそひそと言っている者たちだ。


 そんな声はポルクの耳にも聞こえているのだが、彼は全く気にしていなかった。ポルクは無心でがつがつと料理を喰らい、米を飲み物のように飲み込んでいる。端から見ると中々汚らしい食べ方であるが、食べ物がテーブルなどに落ちることはない。農村時代から培ってきた食材を一片も残さずに素早く食べるということは、未だにポルクの癖となっている。


 そして大皿やナイフ、フォークに付着したソースまでパンで拭き取り、ポルクはそれを口に入れた。その皿や食器はまるで洗ったかのように綺麗になっているので、ビュッフェに並ぶ料理を作っているものからは意外と好印象を受けている。


 そしてポルクが次なる料理に手をつけようとすると、そんな彼の前にどっさりと料理が盛られた大皿が置かれた。



「おかわりはいかがですか?」

「助かる」



 青いドレスを着たステファニーの持ってきた料理を、ポルクは礼を言った後に食べ始める。そしてその二人の周囲にも一軍メンバーであるタンクのビットマンや、マルチウエポンアタッカーのソーヴァが寄ってきて食事を始めた。



「相変わらず良く食うな」

「君こそ、そんな少量で良く持つね」



 ポルクの食事風景を眺めているソーヴァは、嫌みったらしい返事に顔をムッとさせる。ただもうそんな言動にも慣れたのか、食ってかかることはしなかった。


 ポルクは壮絶な傷跡を残したスタンピードが終わった後、アルドレットクロウに勧誘を受けて今ここにいる。しかしポルクは最初、アルドレットクロウの勧誘を断っていた。


 ポルクは以前アルドレットクロウに所属していたが、何だかつまらなくなって止めた。それからは付与術士のスキルを使って絵を描くことが楽しくなり、あまり収入は得られないが家業の手伝いで生活は出来ていた。だからアルドレットクロウの勧誘に乗る必要がなかった。


 ただルークに一度でいいから迷宮都市に来て、今の状況を見て欲しいと頼み込まれた。あまりにも熱心に誘ってくるので、ポルクは重い腰を上げて久々に迷宮都市へ足を踏み入れた。


 そして今のダンジョン攻略はアタッカーの一辺倒でなく、様々なジョブが活躍出来る環境にあるということ。そして迷宮都市で一番話題になっていた努を神台で見た時に、その意識は変わった。


 最初はあんなものは自分にも出来るぞ、という侮りだった。ただ実際に努と会って話していくうちに、ポルクは珍しく人を尊敬するという感覚に陥った。そして今もそれは続いていて、こいつは面白い奴だなということを努に対して思っている。


 生きてきた世界が違うので当たり前ではあるが、努という人間はポルクにとって未知数で面白かった。そのこともあって今はアルドレットクロウで一番の付与術士として活躍し、八十階層突破のため様々なことを試す環境もあってポルクは一軍に登り詰めた。



「そろそろ慣れてきましたか?」

「そうだな。あとは試行回数を稼げば突破出来るか? しかし難しいものだ」

「ですわね」

「結局はビットマン次第になる。お前が死ぬと話にならない。あとここにいないが、ルークの召喚獣も頼りなさ過ぎる。とにかくタンクは死ぬな。死ななければ勝てる」

「善処する」



 にこやかな顔をしているステファニーに、食事を食べ終えたポルクはやぼったい目を向ける。そしてタンクであるビットマンは淡々とした口調で言葉を返した。


 現在の一軍メンバーの構成は、ヒーラー1バッファー1タンク2アタッカー1という、中々見ないものとなっている。バッファー入りという構成は現状アルドレットクロウが初めて行っていて、冬将軍に五回ほど挑んでいる。そして今までで一番良い成果を出せていた。


 現状一番冬将軍と戦えているのは、実際に戦った回数が多いビットマンだ。そんな彼をステファニーとポルクが徹底的にサポートし、ルークは召喚獣を使って全体の調整。ソーヴァが削りアタッカーとして冬将軍を攻撃している。


 ポルクのジョブである付与術士はSTR《攻撃力》やLUK《運》など、白魔道士や祈祷師では上げられない能力を上昇させることが出来る。他にも敵の能力値を下げたり、耐性値を下げることが出来る。


 そして付与術士の特筆すべき点は、味方の精神力を操作出来るエクスチェンジというスキルが存在するというものである。そのスキルはPTメンバー同士の精神力を交換出来るものであり、今の主な使用用途はビットマンがヘイト稼ぎに使って減った精神力を、余裕のある者と交換するというものである。


 交換する精神力量は付与術士が調整出来るため、一の精神力と十の精神力を交換することも出来る。中々応用が利くスキルではあるが、ゲームと違い急激に精神力が減少すると目眩や吐き気に襲われることになる。それに明確な数値が存在しないため、精神力量の調整も難しい。


 だがポルクはアルドレットクロウ脱退後も様々な色のスキルを使って絵を描いていたため、スキル操作に関しては努を越えている。それに付与術士がまともに扱われていた初期の経験と才能もあったのか、他の者より精神力量の調整も上手かった。



「俺の支援とステファニーの回復があればビットマンは戦える。それとルークが魔石をケチケチせずに使えば突破も夢ではない。あの一軍PT補佐とやらはやけに俺を批判してくるが、的外れもいいところだ」

「あの人は基本厳しいですからね」

「何故あんな者に指示されなければいけないのか、未だに疑問を禁じ得ない。あんな適当なことを言って給金を貰えるとは、実にいいご身分だな」

「確かに意見が食い違うことはありますけど、助かっていることも事実ですわよ」

「そうだぞ。それに細かな情報を持ってきてくれているし、外からの意見も参考になるだろ」

「どうだかな。実際にPTのことは、PTメンバーにしかわからないだろう。俺に外から指示をするなら、ツトムでも連れてこい」



 ステファニーとソーヴァの反論に、ポルクは小憎たらしげに鼻息を荒げる。先ほど一軍PTの作戦立案や事務経理を担当している補佐のものから苦言をていされたことが、ポルクは気に入らないようであった。


 その脂肪がついたまるっとした顔はとてもふてぶてしく、ソーヴァは端的に言ってぶん殴りたかった。すると隣にいるステファニーが途端に目を輝かせた。



「それはとても良いアイデアですわね。ただ、お忙しい身でしょうし、わたくしもまだツトム様にはとても見せられない腕ですから……」

「それなら、神台に映っている時点でもう手遅れだと思うが」

「ツトム様が私を見ているわけがないでしょう?」



 壊れた人形のような目を向けられたポルクは、露骨に嫌そうな顔をした。



「前々から思っていたが、お前はツトムを神とでも思っているのか? はっきり言って異常だぞ」

「神……確かに、それに近いものかもしれません。あぁ……ツトム様」



 そう言って異次元にトリップでもしたような顔で支援スキルを回しているステファニーに、ポルクは食えない餌を見る豚のような顔をしている。



「おい、こいつは前からこんな調子なのか?」

「何も言うな……。ツトムさえ絡まなければ普通なんだ」

「あまり話題に出さない方がいい。それが一番だ」



 ポルクの問いにビットマンとソーヴァは首を振った。特にソーヴァは以前努のことを馬鹿にしたような言動をした際、ゾッとするような目のステファニーに詰められて恐怖を刻み込まれている。まるで神を侮辱された信徒のような狂乱は、付き合いの長いソーヴァも見たくはない。



「ツトムは一体何をしたのだ? 俺はステファニーが弟子を志願したという話しか聞いていないが」

「俺も知らん。ルークさんが言うには、本当に何もしていないようなんだが……どうしてこうなっちまったんだか」



 確かにステファニーは強くなったが、以前との雰囲気が変わりすぎて別人のようになった。それと異常なまでのツトムに対する信仰に、ソーヴァや他の者も困惑しているところだ。


 しかし実力はいつの間にか飛び抜けていて、追従するヒーラーが出てこない異常なことになっている。こういった出来事はアルドレットクロウでは珍しいため、ステファニーの話題は尽きない。



「いっそのこと、直接聞いてみればいい」

「……ルークさんから避けるように言われてる」

「別に絶対服従というわけではないだろ」

「ひゃあ!?」



 ポルクとソーヴァが話し込んでいると、突然ステファニーが明るい悲鳴を上げた。そしていきなり机の下に潜り込んでしまった。



「なんだ?」

「……噂をすれば、といったところか」



 ソーヴァがステファニーの奇行を見て気味悪そうにしていると、ビットマンがある方向を眺めてそう呟いた。


 ソーヴァとポルクもその方向を見ていると、そこには事務員に連れられている努が食堂に来ていた。

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