第187話 や!

「エイミー、ツトムに合わせることよりもっと戦闘に集中して」

「えぇー。そんなに下手かな?」

「下手くそとまでは言わないけど、微妙。それならもっと戦闘に意識を割いた方がいい」

「……うーん」



 困ったように猫耳をもたげているエイミーと、矢を射って索敵しながら言うディニエル。二人の意見は以前から食い違っていて衝突しているが、そこまで険悪ということでもない。なので何も口を挟まずに努が横から傍観していると、エイミーと目が合った。



「ツトムはどう思う?」

「んー。それじゃあ、一回僕の支援を意識しないでやってみようか」

「わかったー」



 エイミーは努の返事にすぐ答えると、双剣を研ぐように擦り鳴らしてモンスターが見つかるのを待つ。そして次からは努の支援回復の意識をせずに戦闘を行った。


 エイミーは元から神の眼の操作を念頭に置いていたため、視野が広いので努の支援に動きを合わせることも出来た。ただそちらばかりに意識を取られて戦闘が疎かになっていることも事実ではあった。


 そして努の支援回復を意識せずに戦闘を行った結果、エイミーの動きは良くなったように見えた。そのことはエイミー自身もわかったのか、片手で剣を器用に回しながらふくれっ面をしている。



「そりゃあさ。動き良くなるよ。でもツトムだって大変じゃん?」

「でも、それがヒーラーの役目だからね。エイミーは十分仕事してると思うけど」

「わたしなら出来る気がするんだけどなー。こう、ピンと来るんだよね」



 腕を組んで目を閉じたエイミーは唸ったが、一先ず考えの整理は付いたのか復活した。そして八十階層では努の支援を意識せずに立ち回ることになった。



「お前は輝きすぎだ。少しは抑えられんのか」

「ぬ? すまんな。これでも抑えているつもりなのだが、自然と溢れてしまっているようだね。はっはっは!」

「笑い事ではないのだがな」



 それからタンクについてもゼノとガルムとでは性質が違うため、色々と衝突が起きていた。ガルムは実戦のみを考え、ゼノはそれに加えて観衆がいかに楽しめるかということも考えている。そのため意識の違いが出るのは当たり前であった。



「まぁゼノからそれを取ったら個性がなくなるから、そのままでいいよ。実害が出るものではないし」

「そうか?」

「ガルムもやってみれば? コンバットクライを藍色に」

「しないぞ」



 すぐに拒否してきたガルムに努は曖昧な笑みを浮かべる。ただゼノの影響力についてはガルムも知っているのか、それ以上口を出すことはしなかった。


 それとアタッカーとタンクの基本コンビに関しては、エイミーはゼノ。ディニエルはガルムという組み合わせとなった。



「なんか、スタンピードの時に息合ってたと思うんだけど」

「ないです~。こんな駄犬と組むのなんて真っ平ゴメンです~」

「それは私の台詞だがな」



 努はガルムエイミーのコンビも提案したのだが、即二人に却下された。暴食龍戦で何やら連携していたところを見ていただけに、努は残念そうにしていた。


 そして一軍PTである程度戦闘をこなし、今日は帰還することとなった。その道中で努がヒーラーとして見ていた中で、気づいたことをPTメンバーに告げる。



「ゼノはとにかくエンバーオーラを切らさないようにお願いね。後はガルム担当のモンスターにまで目を向けないように。もう十分目立ってるよ」

「おや、決してそんなつもりはないのだが……」



 すっとぼけるように白い歯を輝かせたゼノに念を押した努は、続いてガルムに振り返る。



「ガルムも少しゼノを意識してるよね。まぁ時間が経てば慣れるだろうから、これは大丈夫か。あとはお互いモンスターを取り合わないようにね。冬将軍でそれやられると死ぬからさ」

「わかっている」



 ゼノとのPT経験がまだ浅いガルムも、その目新しさや立ち回りに目を取られていることがあった。ただこれは時間が解決してくれるだろう。



「ディニエルは……戦闘面ではよくやってるね。でもあれだ、声をもう少し張ろうか?」

「や」

「や、じゃない。やるんだよ。駄々っ子か」



 弓の整備をしながら聞く耳を持たないディニエルに、努は呆れた顔で言葉を返す。


 しかしディニエルに関してはたとえ一切喋らなくとも一軍に採用していいほど、実力が飛び抜けていた。放つ矢は全て正確にモンスターへ着弾し、誤射も起こさない。無限の輪でのレベルは最高で、弓術士全体で見ても彼女は間違いなく一番である。


 それにエイミーがPTに入ってやる気も出て、ゼノのエンバーオーラで寒さに弱いという欠点も解消した。対人戦に関しては不明だが基本的には近づかないため、問題はないだろう。



「喋ると集中が乱れる」

「それを言われると弱いな。でも少しは意識してよ。吹雪いてる時は全然聞こえないからさ」

「ん」



 マフラーで口元を埋めているディニエルは了承したかのような返事をしたが、そこまで期待出来そうにはない。仕方ないかとため息をついた努は、その隣を歩いているエイミーに視線を向けた。



「エイミーは、後半僕の支援を意識してたよね。取りあえず八十階層突破まではしなくていいよ」

「やっ!」

「二人まとめて支援止めるぞ」

「や」

「や!」



 へらへらしているエイミーと真顔のディニエルに努は頭を抱えたくなった。二人が合わさると手が付けられない。授業を真面目に受けない問題児を相手にしている教師のような顔をしていると、悪ふざけを止めたエイミーが努に向き直る。



「でも、たまにはいーじゃん! 冬将軍の時はしないからさ!」

「いや、それ絶対八十階層でやらかすパターンだよ。練習からしっかりやっていかないと、いざという時困るよ」

「……わかったよ。ごめんね」

「いいよ。合わせようっていう気持ちは嬉しいしね。でも今回は僕に任せて」



 努の語気から本気度合いを把握したエイミーは、すぐに引き下がって謝った。すると努もそうフォローして歩きながら、PTメンバーの四人を見回した。



「このPTは探索者歴が長い人がほとんどだ。だからすぐに連携は慣れてくると思うから、結構厳しくいくよ。その代わり僕にも何かあったら言ってね」



 努の言葉に全員は頷くと、帰還の黒門に帰ってこれたのでギルドへと帰還した。



 ―▽▽―



「疲れた~」

「疲れた」

「お疲れ様」



 クランハウスのリビングでだれているエイミーとディニエルに、努はねぎらいの言葉をかけた。努も久々に集中してダンジョンに潜れた実感があって、今日は充実した一日だった。


 二軍であるダリル率いるPTも、今のところ特に問題は起きていないようだ。元々ダリル、ハンナ、アーミラは同期のようなものなので仲は良い。コリナも問題を引き起こすような人柄ではないし、リーレイアも実力で示すという言葉に嘘はないようである。それに以前までは視線すら寄越さなかったが、最近はアーミラのことを見るようになった。


 そして夜には全員で集まって夕食を食べる。勿論観衆を考慮して夜遅くまで潜って時間がずれたり、ゼノがいない日もある。だが週に一回は全員集まる日を設けているので、今日はクランメンバーが揃っている。



「アルドレットクロウが一軍に付与術士を入れたと聞いたが……あれはツトムが考案したバッファーというやつか?」

「そうだね。多分スキル操作だけなら僕より上手いと思うよ」

「ほほう、ライバル登場かな?」

「バッファーとヒーラーは役割違うよ。でも良い線行ってると思う」

「先は越されてしまいそうだな……」



 男性陣は食事中もダンジョンに関する話題が多く、夜食をつまみながら今の状況を話し合っている。特にアルドレットクロウの話題では結構な盛り上がりを見せていた。



「そういえば、ステファニーさんって人が凄いらしいですよ。ツトムさんと同じくらいヒーラーが上手いって、新聞で評判みたいです」

「うん。現状では一番上手いと思うよ。八十階層越されたら僕抜かされちゃうね」

「ふん、他のクランのヒーラーと比べても仕方あるまい。結局は無限の輪でどうやって活躍出来るかが重要なのだ」

「ご、ごめんなさい」

「いや、別に比較するくらいいいでしょ。僕も色々気になってるし、面白いよね」



 ステファニーの話題を出したダリルに説教をし始めたガルムを見て、努は苦笑いする。実際最近のステファニーは一歩抜きん出たヒーラーとして努も見ている。恐らく弟子の中では一番の努力をして一番の成果を出しているだろう。


 だがロレーナと取っ組み合いの喧嘩をし、今度はユニスとも諍いがあったと努は聞いている。お団子ヘイストを踏みにじったと聞いて努も流石に眉をひそめた。



(嫌な感じだよなー。人のこと言えないけど)



 ステファニーの行動は、エンジョイ勢を馬鹿にするガチ勢みたいなものだと努は考えていた。それは努も一度通った道であるため、気持ちはわかる。わかるからこそステファニーが黒歴史を作っていく惨状を止めてやりたいところなのだが、アルドレットクロウに何故か避けられているのでどうしようもない。


 ただ流石にこのまま放置するのは教えた立場からしても不味いと思ったので、努は重い腰を上げて今度アルドレットクロウのクランハウスに訪ねようかと思っていた。



「ふっふーん。いいでしょこれー」

「うわー! きらきらっすね!!」

「ハンナちゃんも何か付けるといいよー。白色のピン止めとか似合うんじゃない? んー、アーミラちゃんは黒かなぁ?」

「けっ。いるかそんなもん」

「駄目だぞアーミラちゃん! おしゃれには気を遣わないと!」



 対する女性陣は完全にプライベートのことをずっと話している。特にエイミーとハンナが会話の中心となっていて、今はアーミラが巻き込まれている。他にもあまり喋らないディニエルやコリナ、リーレイアも無理矢理混ぜ込まれて中々混沌な場となっていた。



「ディニちゃんソース取ってー」

「ん」

「ありがとー。アーミラちゃんはいる?」

「よこせ」

「やっ! そんな口を利く子にはあげまー、せんっ!」

「この野郎……」



 アーミラは先日にエイミーとの模擬戦で徹底的にのされたせいか、意外にも大人しい。そんな彼女の様子を見てリーレイアはコリナに小声で尋ねた。



「コリナは、アーミラと休日出かけていましたよね。一体何をしていたのですか?」

「え? え、えぇっと。神台を見たり、ですかね……? あとは屋台を探検したりとかー、武器を見たりしてますねぇ」

「そうですか……」



 人が良いような笑みを浮かべているコリナの話を聞いて、リーレイアは神妙な顔で頷いている。コリナはその後もアーミラとの休日であった色々なことをリーレイアに話していった。



「アーミラは凄いですよねぇ。何かこう、ぐいぐい引っ張られるような感じがして、でも危なっかしいから、ついつい付いていっちゃうんですよぉ!」

「…………」

「この前なんて凄かったんですよ! あれはですね……」



 そういえば自分も最初にそのようなことを感じていたことを思い出し、リーレイアはいざ喋りだすと止まらないコリナの話を聞き続けた。



「おかわりお待たせしましたー」

「ありがと! あ、飲み物貰えるかな?」

「あ、あたしもっす」

「それじゃあ俺も」

「ん」

「ひぇ~、わかりました~」



 そして料理のおかわりを持ってきた見習いの者は、空いたグラスを持って悲鳴を上げながらキッチンに向かっていった。

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