第184話 ツトム、二軍落ち?

 努が冬将軍のメンバーについて悩んでいる間に、魔石の確保を終えたメルチョーが再び八十階層に潜った。そして火山階層で取れる炎魔石で魔流の拳を使い、見事突破することに成功していた。



(やっぱり、一人だと色々違うんだな)



 ダンジョン探索を終えた夜から無限の輪の者たちとギルドの神台で見学していたが、ライブダンジョン! で得ている冬将軍の攻撃手段がいくつか見られなかった。それに最近はアルドレットクロウがようやく終盤戦まで進められていたのだが、その際に垣間見えた第二段階もメルチョー相手には出さなかった。


 だが冬将軍の戦闘、それも終盤戦を見られるのは貴重である。最近はアルドレットクロウしか八十階層に挑んでいなかったため、良い資料となるだろう。


 それとアルドレットクロウの一軍に食い込めるメンバーたちが、ついに八十レベルの壁を越えたとのこと。無限の輪の最高レベルがディニエルの七十四。数字の差自体はたった六ではあるが、その内訳には果てしない経験値の差が存在している。


 八十レベルに到達したので新たなスキルも習得し、今はそれを色々と試している段階である。レベル終盤からはタンク職、アタッカー職ともに強力なスキルを覚えるため、更なる躍進やくしんが期待出来るだろう。



(ま、白魔道士は微妙だけど)



 白魔道士が八十レベルになって覚えるスキルは、ホーリジャスティスという聖魔法で一番攻撃力の高いスキルである。勿論このスキルにも使い道はある。だが白魔道士は必要なスキルをレベル序盤で相当数覚えるため、正直終盤のスキルに関しては蛇足である。ただMND精神力が上昇してスキル回しや立ち回りが楽になるので、レベルを上げておいて損はない。


 メルチョーの八十階層突破によって大騒ぎしている探索者を眺め、騒ぐことが好きなエイミーやハンナもそれに混じっている。努が女性探索者に肩車されているハンナを眺めていると、隣に座っていたアーミラがずいっと顔を近づけてきた。



「おい、早く俺らも挑もうぜ。八十階層」

「全員が七十レベル超えるまでは挑まないって言ったでしょ。あと二レベルだ。それと息が生臭い」

「あぁ!? これ美味いんだぞ! お前も食え!」

「嫌だよ。お腹壊しそうだし」

「けっ、相変わらず男の癖して貧弱な野郎だ」



 見るだけで腹を壊しそうなナマモノをごちゃまぜにした料理を食べていたアーミラは、馬鹿にするような目で見返した。



「二レベルくらい誤差だろ誤差」

「ステータス上がるでしょ。あとスキルも増えるよ。それに宝箱もスカばっかりだから、せめて一着くらいはタンクかアタッカーの装備欲しいんだよね」



 雪原階層で宝箱がドロップ自体はしているのだが、三連続でマジックバッグだった。七十階層ほど必須ではないが八十階層も対策装備は存在するため、出来ることならレベル上げついでに取っておきたいところだ。



「でもよ、取りあえずやってみるのもアリだろ? 実戦で鍛えていきゃあいいんだよ」

「無駄死にはゴメンでーす。それに装備もタダじゃないんですよ」

「うるせぇ! やらせろ!」

「そんなに行きたきゃ一人で行ってきなよ。装備代給料から引いてもいいなら、別に行ってきていいよ」

「……俺だって、無駄死にはしたくねぇ。お前と一緒に潜って、思いっきり戦いてぇんだよ。それで死ぬんならしょうがねぇだろ?」



 アーミラは面倒くさそうな顔でため息を吐いた。それを聞かされた努は不意打ちを受けたような顔をした後、咳払いで誤魔化して彼女から目を逸らした。



「そーですか」

「あ? んだよ、反応がわりぃ―」



 アーミラが絡むように話していると、その途中でメルチョーがギルドの黒門から帰ってきた。すると莫大な歓声と拍手と共に迎えられ、アーミラの言葉は遮られた。


 努もメルチョーにぱちぱちと拍手を送った後、見る神台もなかったので今日は解散してクランハウスへと帰った。


 食事の前に努は二階に上がって一番風呂を頂く。湯気の漏れ出ている扉を開け、少し熱めのお湯を身体に慣らす。そして身体を洗ってから湯船に入った。



(僕だって、色々妥協してるんだぞ)



 そして広いお風呂の湯船に努は浸かりながら、アーミラに言われたことを考えていた。


 階層主戦は、いわば絶叫マシンのようなものだ。いざ上に登り始めると心底降りたくなるのだが、落ちてみると意外に怖くない。努も爛れ古龍に一度殺されて生き返っているため、安全が確保されてはいるからこそ、そんな考えが出来ている。


 しかし火竜やマウントゴーレム戦も、何だかんだ努は怖かったのだ。一度入ってしまえば撤退出来ず、勝つか死ぬかしかない。だからレベル上げだったり、作戦を入念に考えて安全に越したい気持ちがあった。


 だが全員を八十レベルにして装備をガチガチにして行く、ということは言いづらい。努以外のクランメンバーは全員死に慣れているため、ちょっと試しに行って死んでみるかという軽いノリが出来るからだ。


 それにあまり準備に時間をかけすぎても、アルドレットクロウに先を越されすぎて百階層を攻略されてしまう可能性も出てくる。特にこれは日本に帰還することに関わるため、どうしても避けたい。


 だから努は全員七十レベルになったら冬将軍に挑むという予定を立て、みんなにもそれは知らせていた。だけど死にたくないから準備はしっかりと整えたい。けれどアルドレットクロウに百階層を先に攻略されるのも避けたい。そんなジレンマに努は囚われていた。



(みんなで死ねばこわくない、なんてことが出来たらなぁ)



 ガルムやエイミー、アーミラもそんなことを平気で言いそうではある。努もクランメンバーたちは信頼している。だが本音でそんなことはとても言えなかった。もし言えたのなら、スタンピードの時に逃走の提案などしなかっただろう。



(冷たすぎて痛覚なくなって、気づいたら死んでたってことはないのかな。というか、異世界ならそういう薬あってもいいよな。何でないの?)



 そんな物騒なことを考えながら、努は湯船に漂う桶を弾いた。



 ―▽▽―



「…………」

「め、目が怖いですぅ」



 努の驚愕するような視線を受けてコリナは狼狽して視線を逸らす。今回努は最近あまり見られていなかったコリナを実際に観察するため、一緒にPTを組んでいた。PTメンバーはハンナ、努、コリナ、アーミラ、ディニエルの五人である。


 そしてコリナのヒーラーをPTメンバーとして見ていたのだが、その実力は努の想定を越えていた。



「これは、あんまりうかうかしてはいられなさそうですね」

「え、えぇ!? いやいや、そんなことないですよぉ!」

「ふっふっふ。師匠もまだまだっすね!」

「この口か。そんなことを言うのは」

「あだだだだだ!? しひょう! いひゃいっす!」



 努に口端を引っ張られて若干嬉しそうな悲鳴を上げている、避けタンクのハンナ。彼女はその役割上どんどんと速く動き回るため、努も久しぶりに組むと置くヘイストや飛ばすヘイストの調整に苦労する。


 だが祈祷師であるコリナならば対象に祈るだけで効果を付与することが出来るため、非常に避けタンクと相性が良い。そのため避けタンク運用は努よりも労力が少ないにもかかわらず、AGI上昇については変わらず維持出来ていた。


 だがこれは努も考えていたことなので、そこまで驚いてはいない。一番驚いたのはアーミラについてだった。



「ここまでアーミラとの連携を深めていたとは、気づかなかったよ」

「あー、そうですね。私も正直最初はこうなるとは……」

「あ?」

「ひぃ!! ごめんなさいぃ!!」



 誤魔化すようにクリーム色の髪を弄っていたコリナは、不機嫌そうな声を上げたアーミラに怯えるような悲鳴を返した。温和なコリナと粗暴なアーミラは一見合わないように努には見えていたが、見ている限り意外と仲が良いようである。


 以前に金色の調べの大剣士を見てからアーミラは、母だけを見習うことを止めてちょこちょこと神台を見るようになった。それに活字嫌いであるにもかかわらず、努が毎朝目を通している新聞も見て情報収集をするようになった。


 そしてアーミラはコリナが神台に詳しいことがわかると色々と尋ね、そのことがきっかけで仲良くなっているようだった。最近は休みの日に二人で神台市場に行くこともあるそうだ。


 部屋に籠もってダンジョン関連の情報を整理したり、経理を担当しているオーリと話し合うことが多い努は全く気づかなかった。なので二人の関係は意外だったし、アーミラが初期メンバー以外と打ち解けていることにも驚いていた。


 そしてある程度の友好を築いている二人は、ダンジョンでの連携も密になっていた。今までコリナはアタッカーに対して支援が出来なかったが、今はアーミラやディニエルにも迅速の願いをかけられている。それだけでなく、アーミラの龍化についてもコリナは理解して支援回復を行っていた。


 アーミラの龍化はまだ完全ではなく、たまに熱くなると意識を失うことがある。それに自己解除もままならないことがあるのだが、それをコリナは理解して回復を行っていたのだ。これは何度もアーミラの龍化を観察しなければ出来ないことだし、以前に比べて全体的な立ち回りも洗練されていた。


 それに加えてマウントゴーレム戦で広まった、死神の目。恐らく八十階層ならばコリナは更に活躍が期待出来るだろう。



(面白くなってきたな)



 走るヒーラーに新たなスキルの開発、それに加えて新たなヒーラージョブの参入に、努は少しだけ嬉しそうにしていた。恐らくコリナの活躍によって祈祷師についても色々な見直しがされ、今後増えてくることだろう。



「ツトム、二軍落ち?」

「やめろ。縁起でもない」

「冗談」

「ならもう少しわかりやすく言ってくれ」



 相変わらず真顔であるディニエルのわかりにくい冗談に、努は若干肝を冷やしながら返した。

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