第185話 八十階層一軍メンバー選び
無限の輪はそれから二週間ほどレベリングを中心に活動を続け、ほとんどの者が七十レベルを越えた。そして現在はクランハウスのリビングに全てのクランメンバーが揃っている。ソファーに座っているクランメンバーを見回した努は、冬将軍の情報が纏められた書類を全員に渡し始めた。
「取りあえず大体の人が七十レベルを越えたから、これからは八十階層突破を目的に動いていく。だから全員その資料に目を通しておいてね」
リーレイアとコリナはまだレベル六十七であるが、それはこれからの固定PTを組んでの練習で上がっていく見込みがあるため問題ない。
「いよいよか」
「ま、そろそろアルドレットクロウも本格的に動き出すしね。あまり悠長にはしてられない」
写真まで載っている資料を全員に渡した努は、ギラギラとした目をしているガルムに言葉を返す。とはいってもギラギラした目をしていないのは、ディニエルとハンナ、コリナくらいしかいない。何故全員が今ここに集められたのか、その理由を察しているからだろう。ちなみにハンナはみんなが集められた理由がまだわかっていないようで、真剣な空気を受けて挙動不審になっている。
「全員一斉に八十階層には挑む予定だから、コリナも出番あるから油断のないようにね」
「はっはははい! わ、わかっていたまましたとも!!」
「本当かな?」
「本当ですぅ!」
噛み噛みのコリナは顔をうっすらと赤くして返事をする。努は改めて九人を見回すと、こほんと咳払いした。
「取りあえず、シルバービーストの情報と神台を見て、八十階層のメンバーはもう決めてるんだ。形式上の一軍二軍が出来るけど、別に実力が劣ってるってわけじゃないから安心してね。それにどちらかが突破出来なくても置いていくつもりはないから」
「御託はいい。とっとと発表しやがれ」
「へいへい。わかりましたよ」
アーミラの言葉に努は適当に答えると、用紙を持って前を見た。そう言われてハンナもようやく事の重大さを認識したのか、唾を飲んでごくりと喉を鳴らした。
「まず一軍は、タンクがゼノと、ガルムかダリル。ヒーラーが僕。アタッカーがエイミーとディニエル。この五人で行こうと思う」
「わー! ……い」
アタッカーを発表した途端にエイミーは喜びの声を上げたのだが、周りの雰囲気を気にして手を下げた。中でもアーミラの落ち込みようが凄かったため、喜ぶのは
「タンクの選抜は、対人性能で判断したよ。冬将軍は人型だし、情報を見ると対人性能が良いタンクが生き残りやすい傾向がある。それを考えると、ゼノは王国で剣技を習っていたそうだし、環境対策出来るエンバーオーラ持ち。アタッカーとの組み合わせもあるから、確定で入れようと思ってた」
「そうかそうか。任せてくれたまえ」
ゼノは笑顔でうんうんと頷く。相変わらず揺るぎない自信を持つ彼は、一軍に任命されたことを当然のように思っているようだ。
「ハンナは七十階層みたいに避けタンクが機能するかわからないから、今回は抜いた。地上で立ち回れるよう練習してもらったし、ある程度は出来ると思う。でも今回は事故率が高そうだから採用しなかった」
「おっす……」
ハンナは残念そうに背中の青い翼をしょんぼりとさせている。ただ冬将軍はクリティカル攻撃でVITの高いタンクの首をも跳ね飛ばしていたため、ハンナの採用も有り得た。ただゼノが崩れる可能性を考えると、安定した者を一人は入れたかった。
「それでガルムとダリルなんだけど、対人性能なら僕はガルムの方が上かなと思う。だけど龍化したアーミラとの戦闘を見た限り、ダリルも十分に対人性能はあると思うんだよね。それにVITも高いし。だから二人には一度、模擬戦をしてもらおうと思ってる」
「……ほう」
「それで勝った方を一軍に任命するよ。それでいいかな?」
「私は構わんぞ」
ガルムは即答したが、ダリルは少し気が動転しているようだった。ガルムとの模擬戦など、今まで勝ったことは一度もない。先日行っていた訓練でもこてんぱんにされたところである。
「ま、負けません!」
しかし勝たなければ、一軍に入れないことは確かなのだ。なのですぐにダリルも負けじと大きな返事をした。するとガルムも望むところだと言わんばかりに笑みを深めた。
「アタッカーは、基本的に火力で選んだよ。それと今回の階層主は人型で、今までと比べると対象が小さい。だから小回りの利く双剣士のエイミーと、弓術士のディニエルを採用した」
「ディニちゃんよろしく」
「よろ」
エイミーに軽く声をかけられたディニエルは、のんびりとした返事をした。そしてリーレイアは残念そうに目を閉じていて、アーミラも悔しそうにしているが何も異議は申し立てなかった。
てっきりエイミーと模擬戦をさせろと言ってくるのではないかと思っていた努は、拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「アーミラ、エイミーと模擬戦しなくていいの?」
「……あ? いいのかよ」
「そうしなきゃお前は絶対納得しないだろ? 変に後腐れを残すのも嫌だしね。リーレイアは大丈夫?」
「私は、クランリーダーである貴方の指示に従います」
リーレイアは特に何も思っていなかったのか、頭を下げてその選抜結果を受け入れた。その隣にいるアーミラは、途端に肉食獣のような目で努を見た。
「はっ、わかってんじゃねぇか。いいぜ。こっちは大歓迎だ」
「わたしも別にいーよ」
エイミーは癖のある白髪を指先で弄りながら、努の提案を了承した。余裕ぶった態度のエイミーにアーミラは軽い舌打ちを漏らしたが、何も言うことはなかった。
「それじゃあ、明日ガルムとダリル、エイミーとアーミラの模擬戦をギルドの訓練場で行うよ。各々準備しておいて」
「はい!」
いの一番に返事をしたダリルの後に、他の三人も言葉を返す。そうして無限の輪は八十階層突破に向け、本格的に動き出すこととなった。
――▽▽――
翌日。事前にギルドにある訓練場の一室を予約していた努は、ガルムとダリルに模擬戦の説明をした。
まず努が二人の頭や腕、足に弱めのバリアをつける。そしてそのバリアにインクで目印をつけ、それを割った方が勝ちというルールだ。武器は木製だが、VITの高い二人ならば怪我もすることはないだろう。
そしてルール説明後、努は二人に模擬戦をさせた。その模擬戦は二本勝負なのだが、決着は五分も立たずについた。
「ガルムの勝ちだね」
「うぐぅ……」
以前に存在していた大きな犯罪クランの一つを、一人で壊滅させたこともあるガルム。そんな彼に弟子とはいえダリルが勝てるわけもなく、勝負はあっけなく終わった。
だが勝ったガルムが何故か不満そうな顔をしていた。
「ツトム。確かにこれでも測れるものはあるだろうが、これでダリルが納得するとは思えんぞ」
「そうかな?」
「実戦に勝るものはない。ならば、冬将軍を相手にどれだけの時間を耐えられるか。これで決めた方が良い気がするが」
「いや、それは僕が嫌かな。死にたくないし」
頬を掻きながらそう言った努にガルムは首を傾けた。
「別にツトムは付いてこなくてもいいのだぞ?」
「いや、流石にそれは忍びなさすぎるよ。公平じゃないでしょ?」
「ほう、なら付いてくればいいではないか」
「だから僕は死にたくないから、絶対行かないよ。そんな僕がガルムとダリルを一人で八十階層向かわせて死なせるのは、駄目でしょ。だから模擬戦の結果で一軍は決める」
「……うーむ。ダリル、お前は納得しているのか? いや、お前は心の底では、私に勝てると思っているのだろう。限界の先に行ければ勝てるかも、とな」
ガルムの問いにダリルはぎくっとしたように目を彷徨わせた。マウントゴーレム戦で踏み込めたあの感覚は、今もダリルには焼き付いている。あの状態ならばガルムに勝てるかも、という思いは確かに存在していた。
ガルムはそんなダリルを見て顎に手を当てて考えた後、努に向き直った。
「ツトム、今日中にはどちらが一軍に入るかは決める。だから少し時間をくれないか?」
「何をするつもり?」
「ダリルと真剣勝負だ。なに、ギルドに常駐している医者は皆優秀だ。たとえ死の間際だろうと問題なく治してくれる」
「……はぁ。ダリルも、真剣勝負をしないと納得しない、か。僕が言ったら絶対誤魔化すもんね。じゃあ死なない範疇で勝負するといいよ」
「あぁ」
ガルムは努の言葉に頷くと、ダリルを連れて貸し切った訓練場から出て行った。どうやら公開訓練場で医者の見る中行うらしかったので、努はその間にエイミーとアーミラを連れてきた。
「ルールはこんな感じ。大丈夫?」
「いいよー」
「こっちもいいぜ」
エイミーとアーミラにも同様のことを説明した努は、二人に二本勝負の模擬戦を始めさせた。するとこちらも先ほどと同じように、あっさりと決着がついた。
「おーわりっと」
アーミラも母であるカミーユと戦っていることで、そこらの探索者には負けないほどの実力があった。だがエイミーは警備団取締役のブルーノに訓練を依頼されるほど、対人性能に長けている。その訓練も相まってエイミーの対人能力はかなり上がっていて、ガルムに引けを取らないほどであった。
勝負はアーミラの防戦一方で、何もさせてもらえずに負かされた。内心エイミーは可愛いだけで実力はそこまでないだろうと思っていたアーミラは、悔しさよりもびっくりしていた。
「もう一回だ!!」
「勝負は終わったでしょ」
「一軍は、お前でいい。実力はわかった。だけど、もっかいだ。もっかいやらせろ。次は勝つ!」
「なんかこう言ってるけど、どうするの?」
何故負けたのかがわからなかったのでとにかく勝負を挑んでくるアーミラに、エイミーは呆れ混じりの顔で努に向き直った。
「一軍はエイミーで決まりね。だけど、もう少しだけ付き合ってあげてくれない?」
「えー、めんどくさいー」
「夜ご飯に美味しい魚を追加するからさ」
「んー、じゃあさ。この子と訓練した時間分、ツトムの時間ちょうだい?」
「え、嫌だけど」
「えぇ!? なんで!?」
「だって丸一日くらい平気でやるよ、こいつは」
アーミラの龍化練習などに付き合っていた努は、アーミラがモチベーションの塊ということを知っている。休日を返上してまで練習しようとするので努は無理矢理休ませているが、もし止めなければアーミラはずっと練習しているだろう。
「じゃあ今度の休日の半日! 半日ちょうだい!」
「……それならいいよ」
「やった! じゃあいいよ! さぁ、アーミラ! 先輩が胸を貸してやろう!」
「それじゃあ僕は帰るけど、無理のない範囲で練習してね。特にアーミラ」
「うるせぇバーカ」
「お前がな。精々ボコられるがいい」
あっかんべーをしたアーミラに努も冷めた言葉で言い返すと、訓練場を後にした。
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