第183話 何故何故何故
「今日は、これだけですか……」
「は、はい」
「まぁ、いいでしょう。いつもありがとうございます。助かりますわ」
最後はにこやかな顔でお礼を言ったステファニーに、初めて応対したアルドレットクロウの情報員は引きつった顔で礼をする。ステファニーの背後に見える部屋の壁には、努の写真や記事がびっしりと張られていたからだ。
情報員から切り取られた記事を受け取ったステファニーは扉を閉めると、しばらく息を荒げてそれに何度も目を通した。彼女の周りを漂っていた支援スキルも呼応するように回転が速まっている。
そしてしばらくして満足したのかステファニーはやっと記事から目を離すと、空いている壁にそれをのり付けした。すでに天井にまで記事と写真が張り巡らされているその部屋は、ステファニーの異様さを表していた。
ステファニーは以前に努との修行を終えた後、彼に全てを託されていると思っていた。努の今ある全ての技術が記された書類。こんなものを他人に渡してしまえば、自分の立場すら危うくなりかねないもの。それをステファニーは手渡されたからだ。
それからステファニーはその技術を習得するために、休む間も惜しんで様々な練習を繰り返した。日常的に秒数管理を行い、飛ばすスキル、撃つスキル、置くスキルの練習。他にも様々なジョブの理解やフライを使った立ち回りなど、学ぶことは尽きなかった。
そしてスタンピード後にあった神のダンジョン自粛モードの時期にも、ステファニーは絶え間ない努力を続けてアルドレットクロウの一軍を維持する実力を身につけた。同期の者たちからは心配されていたものの、一軍に引き続き居残れて結果を出したステファニーをみんなは祝福した。
そしてステファニーもそれに喜び、一段落ついたので久しぶりに休日をとって神台の見学をした。
そこでステファニーは、無限の輪でヒーラーを行っている努を見た。それと同時に、果てしなく遠い道のりを見てしまった。
ある程度自分に実力がついたからこそわかる、努との圧倒的差。秒数管理やスキル操作、立ち回り。全てが自分よりも上であった。アルドレットクロウで一軍を維持して喜んでいたステファニーは、自分を恥じた。
(全然足りない。もっと練習しなきゃ。もっと、もっと……)
それからステファニーの、言葉通り不眠不休の練習が始まった。ずっと練習し、ダンジョンに潜る。一軍での活動が終われば下の軍の空きに入ってまたヒーラーをこなす。休憩中も常にスキルを使って秒数管理を行う。
一秒一秒に追われ、置くスキルや撃つスキルの練習に明け暮れる日々。勿論不眠不休でそこまで動けるわけもなく、早々にステファニーは自室で意識を失って一日を無駄にすることになった。
その失敗を経てステファニーは自分の身体の限界を悟り、一日三時間は眠ることにした。しかし眠れない時もあるので目の下に隈を作り、常に秒数を計る日々は変わらなかった。時間に追われ、練習に明け暮れる生活はステファニーの精神をどんどんと蝕んだ。
肉体的にも精神的にも限界の状況ではどうしようもなく、遂には周りのPTメンバーに対しても暴言めいた言葉を吐くようになった。そして一軍担当の事務員からこのままでは降格してしまうだろうという通告までなされた。
(
そしてとうとう精神的に崖際まで追い詰められてステファニーは、諦めようとした。努の期待に応えられなかったと考えて、目の前が真っ暗になりかけた。
そんな時、PTメンバーが休憩中に新聞を読んでいる姿がたまたま目に入った。そしてその記事の写真を見て、ステファニーは目を見開いた。
(ツトム様が、私を見てる……)
新聞に映っていた努の写真。それがステファニーには希望の光に見えた。
そのことをきっかけに、ステファニーは努に関する記事をかき集めるようになった。もともと努を神のように崇める傾向にあったが、それは精神的に追い詰められてから更に悪化した。
朝から一軍メンバーとダンジョンに潜り、深夜からは夜行性である獣人たちのPTに入ってヒーラーをこなす。そして深夜に部屋へ帰ると、いつもくたくたで酷い顔だ。
だが、努にそんな顔は見せられない。ステファニーは眠る前にきちんとした顔で努におやすみの挨拶をするようになった。そして起きた時も髪型を縦ロールにちゃんと整えて、失礼のない格好を整えてからおはようの挨拶をするようになった。
それと一軍メンバーや二軍三軍のメンバーの休みが重なった時は、努を見るために神台市場に向かうこともあった。神台で色のある努を一度見れば、一ヶ月は頑張れた。
その習慣が出来てからのステファニーは精神が安定し、練習にも異様に身が入った。精神的に追い詰められていた時はピリピリとした雰囲気があったが、挨拶をするようになってからそんな雰囲気はなくなった。
誰よりも練習して実力を積み重ねて、精神も朝と夜の挨拶によって安定したステファニーには、もはや対抗馬のヒーラーが出てこないほどだった。それに雰囲気も以前より柔らかくなり、表面上は何も問題がない。そのおかげで一軍担当の者もステファニーの降格は取り下げた。
努の写真に挨拶をするようになってからは、その身に神が宿ったかのようにステファニーは成長した。だが努には未だ至れていないし、そんな自分が彼女は恥ずかしかった。なのでルークが気を遣って無限の輪と合流しようと提案した時も、ステファニーは顔を真っ赤にして断った。そしてその後ステファニーの部屋を目撃したルークも、努と会わせては危ういと考えて無限の輪を避けていた。
だがそんなある日。ステファニーはいつものように情報員から努の記事をもらって見ていると、気になることが書かれていた。ロレーナというヒーラーが、何やら努と一緒にPTを組んでいたとのこと。
(ロレーナ……確か、シルバービーストのヒーラー)
努の一番弟子と書かれていて少し心がざわついたが、ステファニーは努に褒められていたというロレーナを観察することにした。
しかしロレーナの実力は思っていた以上に低かった。自分と立ち回りが違うとはいえ、秒数管理は雑だし飛ばすスキルも何処か勢いがない。しまいには置くスキルや撃つスキルを使っていないことからして、とんだ二流ヒーラーだった。
にもかかわらず努の一番弟子、それも先日努に直接褒められていたと聞いて、嫉妬したステファニーはダンジョンで遭遇した時に言葉で喧嘩を吹っかけたのだ。そして取っ組み合いにまで発展し、ルークに叱られてしばらくは大人しくなった。
しかし次はユニスも記事に取り上げられた。また直接見てみると、今度は置くヘイストの劣化品しか使えない三流以下の女狐だった。以前話したときも努を馬鹿にするような口調だったので、失礼な者だとステファニーは思っていた。
そのこともあってこれまたロレーナと同じような騒動を引き起こし、ルークからは先ほど大目玉を受けたところだ。
だがステファニーの実力は異常な練習をしていただけあってか、努に届きうる存在といってもいいほどである。それにその二件以外に問題行動を起こしていないし、一軍PTメンバーとの関係も良好だ。そのためルークもそこまで強くは言えなかった。
そしてルークの説教が終わり練習を経て深夜に部屋へ帰ったステファニーは、情報員から受け取った記事をのり付けした後に風呂へ入った。桃色の髪を縛ってシャワーを浴び終えたステファニーは、鏡に手を置いた。
(私の方が絶対に強い。なのに、何故……何故あんな奴らを褒めるのです、ツトム様……。私の方が強い、努力もしている。なのに、何故……何故何故何故何故っ!!)
嫉妬に身を焦がすステファニーの顔は、情報員が見たら悲鳴を上げそうな形相になっている。だがステファニーも鏡を見てそれに気づいたのか、ふるふると首を振った。
そして鏡の前で身支度を整えると寝室に戻り、ベッドに入って天井に張ってある努の写真を見つめた。
「おやすみなさい。ツトム様」
その顔は先ほどの悪魔めいたものと違い、天使のようだった。
―▽▽―
「なんか寒いなぁ……」
「私があっためてあげようか?」
「結構です」
「むー」
その返事にむくれた顔をしているエイミー。努は身の毛のよだつ悪寒に風邪をひいたかなと首を傾げながら、クランハウスのリビングでペンを回していた。
「ツトム君は一体何をやっているのかなーっと」
「やけに上手いな」
「でしょー? エンバー!! オーラ! ってね!」
気障ったらしく白い前髪を払いながらゼノの真似をするエイミーに、同じリビングにいるハンナは苦笑いしていて、ディニエルはぼけーっとしている。
現在ゼノは自宅に帰っていて、他のクランメンバー五人は各々特訓したりドーレン工房などに顔を出している。今日は休みなのでダンジョン探索に向かうことはないため、各自のんびりと過ごしていた。
「で、何してるの?」
「んー……そろそろ冬将軍に挑むから、その予習だね」
「ほうほう。あのー、ちなみにー、メンバーの方はー、どうなってるんでしょうかー?」
「それはー、あたしもー、聞きたいっすねー」
「にじり寄るな。まだ教えないぞ」
変に語尾を伸ばしながら近づいてきたエイミーとハンナに、努は牽制するように書類をひらひらとさせた。
「しーしょーうー。少しくらい教えてくれてもいいじゃないっすかー?」
「よいではないか! よいではないか!」
「やめろ」
青い翼で耳をくすぐってくるハンナと肩を寄せてきたエイミーを、努はにべもなく突っぱねた。そして二人を警戒してかディニエルの側に移動して座った。
「そうそう。そのことでエイミーに少し聞きたいことがあったんだよ」
「え!? なになに!?」
「ガルムとダリルって、戦ったらどっちが強いと思う?」
「知らなーい」
らんらんと目を輝かせていたエイミーは、二人の名前を聞くとすぐに興味を失って投げやりになった。
「頼むよ。予想でもいいからさ」
「……ガルムじゃない。そもそもダリルはガルムの弟子なんだし」
「うーん、でも最近はダリルも中々強いっすよ? 勿論ガルム様に勝てるかはわからないっすけど……でもいい勝負するんじゃないっすかね?」
「そうか。そうだよねぇ」
努は二人の言葉を聞いて困ったようにペンを宙で彷徨わせた。そして二人に礼を言うと、ぶつくさと言いながら自室に帰っていった。きょとんとした二人は、相変わらずな努に呆れたようなため息を吐いた。
「冬将軍かー。わたしも、メンバーに入れてくれないかなー」
「あたしも出来るなら入れてほしいっすけどねー」
ぼふんと勢いよくソファーに座って大きな胸を揺らしたハンナに対して、エイミーはぎらりと目を光らせて彼女に詰め寄った。
「これを使うのは駄目だからね~」
「ちょ、そんなことしないっすから!」
「わからないでしょ~。この犯罪おっぱいめ!」
雪原階層に潜る時は厚着なのでそこまで気にならないが、部屋着だとその大きさは見て取れる。エイミーはハンナの胸をぷにぷにとつついた後にどっと大きなため息を吐いた。
「……どうせわたしは小さいですよーだ」
「いや、でも大丈夫っすよ。師匠は全然胸見ませんし。多分大きさとか気にしないんじゃないっすかね」
「ほんと!?」
「ほんとっすよ。あたしの自信がなくなるくらいには、見てこないっす……」
「えーい! うるさいやい! 恵まれてるってことをハンナちゃんは自覚するべき!」
「ぎゃー!! デ、ディニエル~! 助けて下さいっす~!」
エイミーに飛びかかられたハンナがディニエルに助けを求めると、彼女はぼーっとしていた意識から目覚めた。そしてもみくちゃになっている二人を見ると、ソファーから立ち上がった。ハンナの瞳に希望の光が点る。
「本、読まなきゃ」
「ディニエル!? ちょ、ディニエルさん!? 助けて~!? 助けて下さいっす!!」
「それじゃあ今からこれを移植しようか」
「エイミー!? 目が怖いっすよ!? 誰かー! 誰か助けてー!!」
それからその声を聞いてオーリがリビングに駆けつけると、そこにはソファーに顔を埋めているハンナが撃沈しているだけだった。
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