第182話 うわようじょよわい
ハンナ同様小学生のような見かけであるノームは、警護するように努の側へぴったりと張り付いている。そして警戒するように辺りを見回して五分ほど経つと、飴玉でもねだるかのように口を開けて魔石を要求した。
(使えねぇ……)
口を開けているノームを努が冷めた目で見下ろしていると、彼女は庇護欲が誘われるようなうるうるとした目で見上げてきた。努に横目を向けられたリーレイアは、明らかに目を合わせようとしていない。
魔石をもらえずにしゅんとしているノームに対しても、変わらず冷めた目をしている努。それを見かねたハンナは怒ったように背中の翼をはためかせて近づいた。
「師匠! 流石に可哀想っすよ!」
「いや、ただ周りうろちょろしてただけじゃん。存在価値ある?」
「こんな可愛いのに!」
「可愛いだけならいらないから。それに、こっちが本体だろ?」
努は少女の肩に乗っているはにわを指差す。この少女に見える土人形は作り物にすぎない。本体はこの気が抜けるような顔をしているはにわの方だろう。
「他の精霊には魔石を使う価値はあるけど、ノームにはない。それだけのことだよ」
「むー! きっとノームちゃんにも何か出来るはずっすよ! 決めつけるにはまだ早いっす!」
「…………」
「ほら! ノームちゃんも頷いているっす!」
こくこくと頷くノームを見てオーバーリアクションで詰め寄ってくるハンナ。努がノームの方を見やると、彼女は気合いを入れるように目をギュッと瞑った。
「…………」
するとノームの胸部分が大きくなった。厚着をしているのでそこまで目立たないが、それはハンナと同じくらいの大きさだった。
「…………」
「おぉ! ちゃんと柔らかいっす!」
「そういうことじゃないだろ……」
ハンナに胸を触られているノームは誇らしげな顔をしていた。肩に乗っているはにわも何処かご満悦そうである。努は似通っている二人の少女を見比べた後、観念するようにため息を吐いた。そしてマジックバッグをごそごそと漁り、無色の小魔石を取り出した。
「後でリーレイアにノームのことを色々聞いてみる。それで出来るなら、運用方法を考えてみるよ」
「………!」
ノームは努から小魔石を受け取ると、感激したようにぶんぶんと頷いた。
「だから今日はそれで帰りな」
「……♪」
ノームは渡された小魔石をパクリと口にすると、お別れをするように笑顔で手を振った。そしてその少女は土となって崩れていなくなった。
努はリーレイアに精霊契約が切れたことを確認すると、すっとぼけるように空を見上げた。
「これで二度と契約しなければバレないでしょ」
「……し~しょ~う~?」
「冗談だよ。いやでも、ノームの運用方法なんて実際わからないよ?」
「師匠が受けタンクをやればいいだけっす!」
「死ぬわ」
白魔道士は受けタンクが出来なかった拳闘士であるハンナよりVITが低いため、間違いなく死ぬだけだろう。それに精霊魔法などもリーレイアの精神力を消費するため、そこまで多用は出来ない。
「はい、ノームの話はこれでおしまい。ちゃっちゃとレベル上げするよ」
「飽きたっす~。雪はもう飽きたっす~」
「アルドレットクロウにいたんだから、これぐらいで根を上げるなよ」
「まぁ、確かにそうっすけど……。でもあっちはそんなこと言える雰囲気じゃなかったっすから……」
無限の輪も戦闘時間に関してはアルドレットクロウと変わらず効率的であるが、その分休憩はこまめに取る。それに昼休憩はギルドに帰還して外の店で昼食を食べたり、潜る時間も神台の賑わう夜に合わせる時は昼から潜っていた。
対してアルドレットクロウはダンジョンに籠もりきりでレベリングを行い、食事も携帯食料で済ませることがほとんどだ。そして休憩で四、五分外に出る以外、ずっとダンジョンで戦闘を繰り返している。
しかもそれはクランが強制しているわけではなく、探索者が自主的に行っているということがアルドレットクロウの強みである。自分の属する軍が上がるほど好待遇になるため探索者たちのやる気が凄まじく、その分入れ替わりが激しいため弱音を吐いている暇がないのだ。
「じゃあ僕らもアルドレットクロウを見習おうか?」
「師匠。止めてほしいっす。ディニエルの目が怖いっす」
その話をちゃっかり聞いていたディニエルの目が、完全に狩りの獲物でも狙うかのようになっている。その目に怯えているハンナは震えた声で進言した。
「私は別に構いませんよ。少し温いと思ってはいましたので」
「リーレイア! 余計なことは言わない方が身のためっすよ! ディニエルは休みのためなら人も殺しかねないっす!」
「人聞きが悪い」
「あだだだだ! ほらぁぁぁぁ!? ごうなるっすよぉぉぉ!!」
頭を捕まれてアイアンクローを決められて叫んでいるハンナに、リーレイアは困ったような顔をしている。ガルムも最近ハンナのキャラがわかってきたのか、止めに入るようなことはしなかった。
―▽▽―
「ヘイスト。バリア」
金色の調べのヒーラーであるユニスは、今日も今日とて七十九階層でお団子ヘイストを作ってレオンに渡していた。それに加えて最近は撃つスキルを改良したりと、色々なスキル応用を行っている。
最初は努を見返してやりたかった。凄いスキルを開発して目にものを見せてやろうとユニスは考えていた。だが今は努を見返すという目的でスキル応用の開発を行っていない。
先日に聞いた努のお団子ヘイストに関しての評価。その後のユニスは後輩に気持ち悪いと言われるほど、によによとした顔をしていた。
お団子ヘイストが努に認められた。自分がこの二ヶ月近くかけて作り上げてきた技術を、あの努に認めてもらえた。そのことがユニスは本当に嬉しく、ダンジョン探索が終わった後は自室でずっと一人ではしゃいでいたほどだ。
その後、新聞社の取材でもお団子ヘイストを正式名称に決め、更なるスキル開発をしていくと宣言している。そして今のユニスの目標は努ではなく、PTにどれだけ役に立てるスキルを開発出来るかに変わっていた。
(もっと何かあるはずなのです。もっともっと見つけてやるのです。そうしたら……)
努を越えるという目標はまだ持っているが、それでも今のユニスは自分と共にあるPTのためにスキル開発をしようと決めていた。それが今のユニスの目的である。それにあわよくばまた努に褒めてもらえるかもしれないという、承認欲求も混在していた。
「私はレオン一筋なのです!!」
「へ? どうしたいきなり」
「だから早く私だけを選ぶのです!!」
「……だから、もう無理だっての。もう五十八人と婚姻契約してるぞ、俺」
突然大声で宣言してきたユニスに、レオンは何度も説明したことを頭を掻きながら言った。絶滅危惧種の金狼人であるレオンには、多くの子孫を成す義務がある。そのため重婚することは全員に説明しているのだが、ユニスだけは未だ引いていなかった。
「でも私は諦めないのです!」
「わかってるよ」
「なら、いいのです」
ぷいっと後ろを向いたユニスに、レオンはいつものかと疲れたように肩を落とした。そしてしばらく探索を続けていると、金色の調べに近づいてくる一団がいた。
「……アルドレットクロウか?」
レオンは目の上に手を当ててその一団に目星をつけると、凄まじい速さで近づいていった。ユニスや他のPTメンバーがざわざわとしていると、すぐにレオンは帰ってきた。
「たまたま居合わせただけらしい。別に何もしないってよ」
「そうなのですか」
レオンとアルドレットクロウのクランリーダーであるルークは仲が良いため、大手クラン同士とはいえそこまで険悪な関係ではない。レオンの言葉に頷いたユニスはお団子ヘイスト作りに戻った。
するとレオンが金色の狼耳を逆立て、モンスターの来訪をPTに告げる。それから金色の調べとモンスターとの戦いが始まった。
ユニスはお団子ヘイストを使ってレオンのAGI上昇を継続させ、アタッカーを中心に支援する。もう片方のヒーラーはタンクに集中して支援回復を続けていた。そして金色の調べは難なくモンスターの群れを撃破した。
「……新たなスキルと聞きましたが、あの程度ですか。時間の無駄でしたわね。行きましょう」
だがその間際。ユニスの大きな狐耳は少し遠くから聞こえたそんな声を、正確に捉えた。
「そこの奴! ちょっと待つのです!」
小さな身体からは想像も出来ないユニスの大声に、遠くにいたアルドレットクロウの一団は少し反応を示した。そして走ってアルドレットクロウへ向かっていったユニスに、レオンはあちゃーと頭を押さえている。彼もその声は聞こえていたのだ。
「……ステファニー」
「あら、ユニスさん。こんにちは。どうされましたか?」
雪原階層の宝箱からドロップしたヒーラー用の青いドレスを着ているステファニーは、スカートの端を摘まんで礼をした。以前と違い何だか暗い印象のあるステファニーにユニスは少し驚いたが、続けて口にした。
「さっきの言葉、取り消すのです」
「さっきの言葉とは、一体どれのことでしょう?」
「お前はお団子ヘイストをけなしたのです」
「……あぁ、それは失礼いたしました。何せツトム様が一目置いたものと聞いておりましたので、大変期待して見に来たのですけれど、本当にくだらないものでしたからつい口から出てしまいましたの。全て撤回いたしますわ。ごめんなさいね」
ステファニーの煽るような笑顔と言動にユニスは頭に血が上りそうになったが、彼女より性格の悪い男を思い出して落ち着いた。そのおかげで掴みかかるまではいかなかったが、それでもお団子ヘイストを馬鹿にされたことは許せなかった。
「別に、私のことはいい。ヒーラーの実力はツトムばかりか、お前にだって劣ってるのです。それはれっきとした事実なのです」
ユニスは小声でスキルを唱えると、その手にバリアで包まれたヘイストが生み出される。
「だけど、お団子ヘイストのことを馬鹿にするのは、許さないのです!」
ユニスは片手でお団子ヘイストを持って抱えながら宣言した。しかしそれを見下ろすステファニーの目は、非常に冷めたものだった。
「……こんなもの、置くヘイストの劣化品でしかないでしょう」
ステファニーはユニスが掲げたお団子ヘイストを手に取ると、少し見回した後に地面へ落とした。そしてハイヒールの底でお団子ヘイストを踏み潰した。
「所詮置くヘイストもろくに使えない未熟な者が、苦し紛れに作った技術。何の価値もない」
「……お前」
「ツトム様の弟子と聞いていましたが、呆れますね。……しかし、あの人も教えることに関してはあまり上手くはなかった。まぁ、誰しも欠点はあるもの。それは
努に初めて認められたお団子ヘイスト。それを踏み潰されたユニスは尋常ではない目をしていた。そして紅潮した顔をしているステファニーに掴みかかろうとした時に、レオンが間へ入った。
「まぁ、少し落ち着けユニス」
「邪魔するなです! ふん! ステファニー! どうやら師匠の性格も受け継いでしまったようですね! 残念な奴なのです!」
「……女狐が。その耳引き千切るぞ」
ユニスの言葉にステファニーも指揮棒のような杖を構える。するとルークがジャンプしてステファニーの頭にチョップした。
「ステファニー。二度目はないよ?」
「……わかっていますよ」
いくらヒーラー屈指の実力があろうとも、ステファニーは以前シルバービーストともいざこざを起こしていたので口答えが出来る状況ではない。
「おい、ルークよぉ。教育ってもんがなってないんじゃないか?」
「ごめんよ。ほら、ステファニーも」
「……悪かったですわ」
面白そうに笑っているレオンに対して、ルークの表情は苦々しい。その後形式上お互いに謝り合った後、金色の調べとアルドレットクロウは離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます