第181話 ノーム(幼女)
戦闘が終わった後に涙を流していたユニスを発見したレオン。他のメンバーも続々と集まってきて、その場は剣呑な雰囲気に包まれた。
「えーんえーん」
(こいつ……!)
そしてここぞとばかりに泣き真似を始めたユニスに、努は歯軋りをしそうになった。無限の輪のPTメンバーたちはその様子を見てひそひそと話していて、金色の調べは察したような顔をしている。そしてレオンが瞬時に目の前まで来て、肩をガッと掴まれる。その真剣な表情に努は思わず顔が引きつった。
「……また引き抜くつもりか? ツトム」
その勢いのままてっきり殴られるのかと思いきや、レオンは悪戯が成功したかのような笑顔でそう言った。金狼人であるレオンは聴覚が良いため、戦闘中に二人の会話を聞いていた。それに憑きものが取れたような顔のユニスからして、その涙が悲しいものではないことをわかっていた。
レオンの茶化すような言葉に努は安心したように胸をなで下ろし、すぐに言葉を返した。
「違いますって」
「レ、レオン! 違うのですよ。こんな奴眼中にないのです」
「いや、僕も眼中にないから安心しろよ」
「はぁ!? 人の台詞をパクるのは止めるのです! お団子ヘイストもパクったくせに! パクってばかりで恥ずかしくないのです!?」
「どの口が言ってんだか」
言い争いを始めた二人に一同は苦笑いし、その場は丸く収まった。そしてその後も金色の調べと合同で探索を進めることになった。
一応別PTのためレイズが使えないなどの弊害はあるが、経験値分配に関してはそこまで変わりがない。PTごとに経験値分配は別ではあるが、その分モンスターを多く引きつければいいだけなので問題ない。
その後はディニエルが索敵を務めてモンスターをどんどんと集め、金色の調べと協力して戦闘を続けた。エイミーやハンナは持ち前の明るさで他の者とどんどん話していき、ゼノはレオンに金色のエンバーオーラについて詳しく聞かれていた。
「秒数管理が甘い。三秒ズレてる」
「うるさいのです。集中が乱れるから話しかけてくるなです」
「後ろの後輩の方が基礎は上手いわ。君はお団子ヘイストさえ習得できればユニスの上位互換だから、頑張ってね」
「はぁ!? ぶっ飛ばすのですよ!?」
「せ、先輩……!? 不味いですって! 神の眼が見てますよ!!」
そしてヒーラーの二人はいがみ合いながら支援回復を行っていて、後輩の狐人が殴りかかろうとしているユニスを止めている。そんな中で無限の輪と金色の調べの共同探索は夕方まで続いていった。
「で、ツトムはいつ冬将軍に挑むんだ?」
探索が終わり、多くのモンスターを倒してドロップした魔石を半々に分けているPTメンバーを眺めながらレオンは努にそう尋ねた。
「シルバービーストも最近は挑むの止めちまったし、このままだとアルドレットクロウにいずれ突破されちまうぞ?」
「そうですね。後は、メルチョーさんもいけそうじゃないですか?」
「あー……そうか。あの人もいたな。割といけそうだったから困っちまうぜ」
レオンはやれやれと首を振る。レオンは神のダンジョンが出来る以前からメルチョーのことを知っているためか、余計その考えが強いらしい。努も新聞記事でメルチョーの活躍を見ていたので、その可能性は捨てきれなかった。
それに四十階層の腐れ剣士同様、冬将軍も挑む人数によって強さは変わるようである。ソリット社と迷宮マニアの記事でそのことは指摘されていたので、魔流の拳に使う魔石を確保出来れば本当に突破出来る見込みはある。
「自分たちはまだメンバーも決めてないですからねー。ただ、アルドレットクロウに独走されないようにはしたいですけどね」
「ほーん。そうか」
「そっちはどうなんです?」
「俺らは、しばらくレベル上げだ。今までと同じなら九十レベルまで上げられるだろうしな」
「えぇ……相当時間かかりますよね」
ゲームと違って時間を気にせずいくらでもダンジョンに潜れるとはいえ、経験値倍増などの課金アイテムは存在しない。それにモンスターを倒す時間も違うため、九十レベルまで上げる時間は相当かかるだろう。
「しゃーねぇだろー? あいつマジでつえーからな。暴食龍よりはマシだけど、今まで見た中で二番目につえーわ。あれだ。火竜と同じ感覚って言えば……ツトムには伝わらねぇか」
「あぁ、はい。そうですね」
「はーっ、そろそろツトムが死ぬところ見てぇなー」
「物騒なこと言わないで下さいよ」
明るく絡んでくるレオンに努は疲れたように言い返すと、どうやら魔石の分配が終わったようだ。エイミーの鑑定で正確な魔石の分配が出来たので、お互い円満な顔をしている。
「でもよ、実際無限の輪の全滅が見たくて神台見てる奴ら、結構多いと思うぜ」
「えー、何ですかそれ」
「みんな努が敗者の服を着るのを楽しみにしてるんだろ? それに冬将軍は初見で死ぬか死なないか、賭けの対象になってるってのも聞いたな」
「へー……。ちなみにレオンさんはどっちに賭けたんですか?」
「俺か? 勿論死ぬ方に賭けたぜ!」
「おい」
笑顔でサムズアップしたレオンに努は責めるように目を細めた。
「けっけっけ。今回は流石に無理だろ~。精々頑張るがいい~」
「まぁ、確かにわかりませんけどね。精々頑張りますよ」
泥棒のような動作でPTメンバーの方に帰っていったレオンを見送ると、努も同じように帰って行った。そしてそのまま二つのPTはそれぞれ帰還するため、自分たちが出てきた黒門へと帰っていった。
―▽▽―
その翌日。昨日とメンバーを変えていつものように七十九階層でレベル上げと連携の確認をしていると、ディニエルが索敵でアルドレットクロウのPTを発見した。なので努は早速アルドレットクロウの方に向かったのだが、中々追いつけずにいた。
するとディニエルが矢を放ちながら面倒くさそうな顔で言った。
「これ、明らかに避けられてると思う」
「え? そうなの?」
「こっちの矢をあっちは確認してる。なのに追いつかない。ツトム、嫌われてるんじゃない」
「えぇ……。僕なんかしたっけ?」
「師匠! 正直に白状するっす! そうすればルークさんもきっと許してくれるっすよ!」
「あ、もう僕がなんかやったことは確定してるんだ」
子供を叱るような目で見上げてくるハンナに努は苦笑いする。だがそもそもアルドレットクロウとは最近交流すら持っていないため、嫌われているということは考えづらい。
(経験値分配はゲームと変わらないんだから、レベリングの邪魔って話にもならないよな。何なんだろ?)
たとえアルドレットクロウが戦っている横からモンスターを倒そうが、経験値は変わらず全員に渡される。無限の輪に経験値を渡したくない、という思惑はあるかもしれないが、アルドレットクロウは効率重視とはいえそこまで徹底したクランではないと努は考えている。
ただ無限の輪を避けている様子のアルドレットクロウへ無理に近づく理由も、そこまでないだろう。ステファニーのことは少し気になっていたが、努はまぁいいかと気持ちを切り替えてしつこいハンナにデコピンをかました。
「いたいっす! 師匠! 一発は一発っすよ!」
「ほら、ガルムが見てるぞ」
でこを押さえて涙目抗議してくるハンナに対して努が澄ました顔で言うと、彼女はハッとした様子で後ろに振り向いた。
「はっ! ガルム様、すまないっす! 真面目に探索するっす!」
「いや、別に構わん。……それと、いい加減様付けは止めてくれ」
「いやいやいや! ガルム様はガルム様っす!」
「別に私は様付けされるような者ではない。ツトムからも言ってやってくれないか」
八の字に眉を曲げているガルムの肩には、小さい土人形がちょこんと乗っていた。それは精霊術士であるリーレイアが契約させている、土精霊のノームである。
努やユニークスキル持ちでない限り、精霊契約で上がるステータスは半段階である。そのため精霊契約はガルムにとってそこまで必要ないものだが、彼は色々と試しているところだ。
「まぁ、ダリルも結局さん付けしてるしね。呼び捨てを強要するつもりはないよ」
「じゃあガルム様っす! で、ツトムさんは師匠っす!」
そう言って笑顔で二人を指差すハンナ。ガルムは困ったように犬耳を後ろに畳んでいて、努も何だか微妙な顔をしている。
すると後ろにいたリーレイアが努に声をかけた。
「ツトム。少しよろしいですか?」
「あ、はい。何ですか?」
「ノームと一度契約して頂くことは出来ますか? 流石に、可哀想なので……」
リーレイアの言葉を聞いて、ガルムの肩に乗っている土人形のノームがこくこくと頷いている。はにわみたいな見かけの土人形が動いている様は、少し気の抜けるような光景である。
「えー」
そう言われて嫌がる努を見て、ノームはショックを受けたような動作をしている。ウンディーネは精神力が上がるので有用であるし、シルフは避けタンク兼任、サラマンダーはサブアタッカー兼任に使える。だがVITが上昇するノームだけは自分にとって価値がないと努は思っているので、別段契約する必要性を感じなかった。
「どうか、お願いします。その代わりに頑張るとのことでしたので」
「いやまぁ、契約するだけならいいけどさ。でも普段は大抵ウンディーネ使うよ?」
「はい。では、
努の気が変わらないうちに早々とリーレイアは精霊契約を開始した。するとガルムの肩にいたはにわみたいな見かけの土人形は崩れ、新たに努の前へ土が盛り上がってきた。
「…………」
「…………」
先ほどのやり取りでも見ていたのか、ノームはハンナと変わらない身長をした少女へと変貌した。土から出来たとは思えない人間のような肌に、土で出来た装飾が入った服を着ている。そしてその手には先ほど見た、はにわのような土人形が抱えられていた。
「頑張る方向性がおかしくない?」
「……精霊のことは、まだよくわかっていない部分が多いですから」
腰辺りに抱きついてきたノームにデコピンをかましながら言った努に、リーレイアは誤魔化すように目を閉じて答えた。
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