第180話 お団子ヘイスト

「エイミー、ツトムの方に気を配りすぎ。動きが硬い」

「そうかなー……?」



 小首を傾げたエイミーに対してディニエルは弓を肩にかけ、ぶっきらぼうに言う。



「ツトムは何しても勝手に合わせてくれるんだから、好きに動けばいいのに」

「いやいや、ツトムだって人間だよ?」

「人間かな」

「いや、明らかに人間だよ? 何でそこ疑うの?」

(なんだあのエルフ)



 エイミーと気安く喋っているディニエルは金のポニーテールを揺らし、いつもと変わらない垂れ目で努の方を見てきている。そんな彼女に対して努は心の底からそう思った。ただそれはディニエルの言動に対してではなく、戦闘についての感想だった。


 エイミーとガルムが加入してそろそろ一週間が経つ。その間にディニエルはエイミーと暇を見てダンジョンに潜っていることを、努はクランメンバーたちの報告だけで確認していた。そのため二人の戦闘を努は今日初めて見たのだが、ディニエルの動きがいつもと明らかに違った。



(最初からそれをやれ)



 今まで戦ってきた階層主戦終盤のような動きで戦うディニエルに、努は正直げんなりする。勿論今までの働きは素晴らしいものだったのだが、最初から本気を出してくれと思った。


 エイミーと組むとディニエルはだらだらエルフからしゃっきりエルフになる。誰と組んでも百パーセントの実力を出してくれないものかと、努はため息を吐いた。



「ため息は幸せが逃げるとエイミーが言ってた」

「誰のせいでため息吐いてると思ってるんだ?」

「ゼノ?」

「今はお前だ」



 今もカメラ目線をキメているゼノを指差したディニエルに、努も彼女を指指して言い放った。するとその言葉が盲点だったのかディニエルは目を丸くした。



「私? 今日の私に何の問題がある?」

「エイミーとPT組んでる時だけ明らかに動きが違うでしょ。なら普段から今みたいにやってくれ」

「やだよ。疲れるし」

「…………」


 

 にべもなく言ったディニエルに努は呆れてものも言えない様子だった。だが手を抜いている普段ですら弓術士の中でトップクラスの動きをしているので、彼女の同業者は正直可哀想である。



「あんまりサボりすぎたら外すからね」

「大丈夫。サボり際を見極めるのは得意」

「そんな自信満々に言わなくていいから」

「そう」



 ディニエルはもう興味を失ったのか、目を閉じると動かなくなった。完全に言葉を聞かない拒絶のポーズである。


 しかし火竜戦、マウントゴーレム戦での活躍からして、ディニエルの対応力はいざという時に欲しい。それに環境対策スキルのエンバーオーラが使えるゼノが加入したため、寒さに弱いディニエルの運用がしやすくなった。


 そのため戦力的に見るなら八十階層攻略メンバーにディニエルを入れないのは有り得ないため、努は改めて困ったようにため息を吐いた。別にディニエルのことは嫌いではないし、今までの階層主戦から見てもサボり際が悪い結果を生んだことはない。


 しかしどうせならやる気のあるアーミラやガルムを入れてやりたいという気持ちもあった。特にアーミラは最近メキメキと実力を上げてきているし、冬将軍との相性的にも採用しても問題ない範囲ではある。だが階層主戦は突破か全滅の二択しかないため、死にたくない努からすれば最善のメンバーで行きたいところでもある。



(……死ぬのは、もう懲り懲りだ)



 ただれ古龍に殺された記憶はもう半年以上経った今でも、努の頭に強く焼き付いている。あんな目にはもう二度と遭いたくない。実際に殺されて生き返っているため命の保障はある程度確保されているが、努は死を受容出来るほどの度胸はない。


 しかしこの先の九十階層、百階層でも死なずにいけるかはわからない。それならばいっそ一回で首を斬り飛ばしてくれる冬将軍で死に慣れておく、という考えもある。ただそれを実行に移せるかといえば、結局一歩が踏み出せず無理な話になる。



(どうするかなぁ)



 努は本当に良い動きをしているディニエルが、ゼノの顔間際に矢を放ってモンスターを倒している光景をぼんやりと眺める。先ほどゼノに光量の抑えられたエンバーオーラをかけてもらっていたディニエルが何やら怒っている様子だったので、それが関係しているのだろうか。


 VITの一番高いダリルですら受けたくないと感じた、ディニエルの強弓から放たれる強烈な矢。しかしゼノはそれが自分の真横を通ろうが冷や汗一つかいていない。それどころか口笛を吹く胆力を持ち合わせていた。


 そして雪兎と雪狼の群れを倒し終わった後、ゼノは愉快そうな顔をして唇を尖らせた。



「ヒュゥー! いやはや! 相変わらず見事な腕だね、ディニエル君!」

「そんなに当てて欲しいの?」

「妻とハンナ君から君の腕は聞き及んでいるし、以前の探索でもそれは知っている。好きなように射るといいさ。……あぁ!勿論、誤射をしても構わないがね! いやなに、幸い誤射には慣れているから、問題ないとも!」

「…………」



 白い歯を出して爽やかに言いのけるゼノにディニエルは付き合いきれなくなったのか、彼から視線を外して近くに落ちている矢を回収し始める。



「あれ~? ディニちゃんが言い負かされてる~」

「おっ、ディニちゃんどうしたっすか? 大丈夫っすか!」

「ハンナは許さない」

「ちょ!? なんであたしだけっすか!? 理不尽っす! ぎゃー!!」

「あっはっはっはっ!!」



 そして面白そうな顔をしている二人にからかわれると、ディニエルはすぐにハンナだけを捕まえて雪原へと投げ飛ばしていた。エイミーは物理的に空を舞うハンナを見て大笑いしている。


 その光景を見た努はからかいに行こうとしていた足を止め、代わりにゼノへ良くやったという意を込めて肩を叩いた。すると彼は任せろと言わんばかりに努へ笑顔を返した。



 ―▽▽―



 その後も昼休憩を挟みながら同じPTで七十九階層に潜ってモンスターを狩り、連携の確認とレベル上げをしていた。するとディニエルが矢での索敵で、こちらに向かってきている五人組を発見した。



「金色っぽい」

「外れ」



 努は白けた顔でそう言った。他にもギルド職員のPTと会ったりもしているが、まだアルドレットクロウとは一回も出会っていない。同じ階層と時間帯にもかかわらずここまで出会わないものだったかと、努は首を傾げている。


 金色の調べも無限の輪がいることを知っているのか、一直線に向かってきている。ただ外れとはいえ特に避ける理由も見当たらないため、努は放置してモンスターを狩ることにした。


 そして戦闘の途中で金色の調べが近くまで来て、助太刀という形で参入してきた。他のクランの参戦というものは神台から見ると結構話題になるため、エイミーやゼノからすれば大歓迎だ。特に有名な大手クランなら良い絵が見込める。


 エイミーとゼノがアイコンタクトで神の眼の操作を互いに交換しつつ、金色の調べを交えての戦闘を神台に映す。その気遣いは金色の調べのPTにいる者にも伝わっているのか、神の眼の操作をゼノとエイミーに任せているようである。



(探索者向けの神の眼ハウツー本でも出せそうだな)



 金色のエンバーオーラをレオンに付与しているゼノと、戦闘しながら目線を機敏に動かして神の眼を操作しているエイミーを見て、努はそんなことを思った。



「よう、なのです」



 その自信満々な声に努が振り向くと、そこには既にドヤ顔をしているユニスがお団子ヘイストをこねていた。相変わらず背が小さいくせに見下してくるような視線である。



「私が何をしているのか、わかりますか?」



 これ見よがしにヘイストをバリアで包んでいるユニス。努は一旦それを無視して全員の支援状況を確認した後、白杖を雪の地面に突き立てて両手を空けた。


 努は集中するように目を細めてヘイストを両手の中に収め、それをバリアで徐々に包み込んでいく。その光景を見たユニスのバリアを握る手が止まった。



「お団子ヘイストだろ」



 努は完全にバリアでの密閉が完了したヘイストを両手で持つと、ユニスの目の前に落とした。雪の上にさくりと落ちたお団子ヘイストを見たユニスの顔は、まるでおもちゃを取られた子供のようだった。



「お、お団子……お団子ヘイストじゃないのです! これは私が開発したスキルなんだから、勝手に名前つけるんじゃねぇです!」

「いや、新聞にそう書かれてたけど」

「はぁ!? どこの新聞なのです!?」



 ぴーぴーとうるさいユニスはふかふかの尻尾を抗議するように振って、狐耳を全開におっ立てている。努は新聞社を教えてからバリアを解除してヘイストを霧散させると、興味を失ったかのようにユニスから視線を逸らす。そして支援回復が必要か見ていると、後ろから座り込むような音がした。



「……ふ、ふん。お前には簡単でしたか。これは」

「プロテク、ヘイスト」

「…そんなに才能があって、羨ましい限りなのです。避けタンク兼任ヒーラーに、最近はアタッカーをしているのも見たのです。何なのですか。私はこんなに頑張ってる、のに……。お前のいうお団子ヘイストだって、長く練習して、ようやく使えるようになったのです」



 地面にへたり込んで悔しそうにお団子ヘイストを握り締めているユニス。彼女がお団子ヘイストに費やした時間は、とても長い。まずこのスキルを考案して形にすることが非常に大変で、バリアの応用にも苦労した。


 他のヒーラーも交えてどのような練習方法が良いかを思案し、神台に映る努を見て技術を盗む日々。ユニスの中では人間的に最低評価である努も、ヒーラーとして見れば最高評価である。模範解答が見れるようなものなので、ユニスは神台に穴が空くほど努を観察した。


 努の立ち回りを研究し、置くスキルや撃つスキルは勿論、他にも様々なことを試した。その過程で出来た無数の失敗作の上にあるのが、お団子ヘイストである。これがあれば努のように神がかった置くヘイストの配置をしなくとも、レオンを支援することが出来た。


 一からスキルを形成してはやり方を変え、作り直しては壊しをユニスは繰り返してきた。まるで本物の泥団子でもこねるかのような作業。作っては壊しを繰り返し、水や砂にこだわり、形成する技術や道具。それら全てを使ってユニスはお団子ヘイストを完成させたのだ。その泥団子はユニスにとって唯一無二で、自分だけの宝物のようなものだった。



「それを、お前は……」



 だがそれを、先ほど努が容易に作り出してみせた。自分が長い時間をかけて苦労してやっと完成させた泥団子。それとほとんど同じ物をすぐにひょいと出されたような気分だ。そしてお団子ヘイストだろと、まるで価値がないかのように言われた。


 ユニスの持っていたお団子ヘイストのバリアにヒビが入る。その音を聞いた努は何の音だろうと思いながら、振り返らずに言葉を返す。



「言っておくけど、それの習得には僕も結構苦労はしてるからな。おかげで最近は睡眠不足だ」

「……私がどれだけの時間と労力をかけて、これを作ったと思っているのです」

「へ? いや、神台あるんだからパクるのなんて誰でも出来るでしょ。実際僕の置くスキルとか撃つスキルも、みんなもう使ってるでしょ?」

「…………」



 金色の調べPTにいるもう一人のヒーラーを見ながらあっさりと言う努に、ユニスは暗い顔を隠すことなく俯いている。すると努は言葉を少し詰まらせた後、意を決して口にした。



「名前は知らないけど、あれいいんじゃない」

「……え?」

「精神力に関しては無駄が多いけど、発想はいいと思うよ。お団子ヘイスト。中々面白いスキルの使い方だった」



 努の意外な言葉に、ユニスはぽかんとした。先ほどの様子からして、努はお団子ヘイストに価値を見出している様子がなかった。にもかかわらずそんな言葉が返ってきたことに、ユニスは混乱した。


 だが、ユニスは初めてヒーラーとして努に認められた気がした。努という人間は大嫌いだ。別に彼個人に褒められたところで何も嬉しくはない。だが努というヒーラーは尊敬の対象である。そんな彼からそんな言葉を貰ったユニスは、内から笑みが溢れてしまった。そして込み上げてくるものもあった。



「まぁ、改良点は多いけどね。精神力はごっそり持って行かれるわ、作りすぎると解除するバリア間違えやすいとか」

「……ぐすっ」



 自身の手に乗っていたお団子ヘイストを見て鼻をすすったユニスに、白杖を構えていた努はぎょっとした様子で振り向く。



「え、なに? もしかして泣いてるの?」

「な、泣いてなんかないのです。目にゴミが入っただけなのです」

「いや、どれだけゴミが入ったらそんな泣けるんだよ」

「……黙ってろです」

「ちょ、そろそろ戦闘終わるんだから泣き止んでくれよ。僕が泣かしたみたいになるのは嫌だぞ」

「……本当に、最低最悪の、クズ野郎なのです」



 ぽろぽろと零れている涙を裾で拭っているユニスは、努の保身的な態度に思わず笑って後ろを向いた。

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