第161話 七十階層への挑戦

 ゼノとコリナを連れて火山階層を攻略して五日が経過した。そして六十五階層にいるボルセイヤーと対峙して少し苦戦しながら突破した四人がクランハウスへ帰ると、貴族の使者からあと二日ほどでメルチョーが遅れて帰還するという報告があった。



「それでは明日から二日は休みです。その後はメルチョーさんを連れて七十階層を目指しましょう!」

「はーい」

「では、さらばだ!」



 ディニエルの気が抜けるような返事の後にPTは解散し、ゼノは妻のいる家に帰っていく。その足取りはダンジョン探索で疲れているにもかかわらず軽かった。


 そして二日後からは予定通りメルチョーが帰って来たので、五人はすぐに六十一階層から探索を開始した。


 暑さ対策はコリナのスキルである冒険神の加護が全員付与されているため、火山階層特有の歩いているだけで汗が出るような環境は軽減されている。ちなみにゼノだけは自分のエンバーオーラを使って光り輝いている。



「外れっぽい。引き返して西に向かう」

「わかりました」



 矢を放ってそれに視界を移すことの出来るイーグルアイで索敵を行ったディニエルは、先日から黒門を早期に見つけるため地形の特徴を把握していた。だが浜辺や渓谷よりはまだ探索経験が浅いため、そこまで早く黒門を見つけることが出来ていなかった。


 なので基本的に一日一階層更新。運が良ければ二階層更新という調子で探索は進んでいった。そして四日目には六十五階層に到達し、その階層の象徴であるボルセイヤーが見えてきた。


 無限の輪がマウントゴーレムを突破してから既に一ヶ月が経過し、その間に努が装備していた灼岩のローブ目当てでボルセイヤーは何百匹も狩られていた。大手クランでは効率的な狩り方が模索され、記者や迷宮マニアの考察によって戦法はどんどんと確立されていったため、少しすると火竜を抜けた中堅クランも狩りに参加出来るようになっていった。


 火竜を突破した中堅クランからギルド職員までもが総出でボルセイヤーを狩ったことにより、灼岩のローブは既にいくつかドロップして市場に流れている。


 ただボルセイヤーからドロップした宝箱からは他の物も出る可能性があるため、灼岩のローブは現在かなり高額で取引されている。だがつい先日灼岩のローブを自前で用意した金色の調べはそのおかげで七十階層を攻略し、ギルドもほぼ同時に突破していた。


 紅魔団は現在アタッカーのアルマも黒杖を持って完全に復帰し、クランリーダーのヴァイスがアタッカーとタンクを両立した立ち回りを試しているところだ。恐らく紅魔団もあと一ヶ月ほどすればマウントゴーレムを突破出来る様子はある。


 体表のぬめりも黒魔道士や魔道具によって対策され、行動のほとんどを丸裸にされたボルセイヤーは今や金の出る魚としてしか扱われていない。



「おやすみ」



 ディニエルがそんな哀れなボルセイヤーの顔面に矢を放つ。そしてそれが着弾すると、瀕死だったボルセイヤーは粒子となって霧散した。宝箱のドロップはなかったが今回は特に必要ないため、無色の大魔石だけ回収してすぐに六十六階層へと進む。


 その後も一日一階層という安定した進行ペースで更新していき、一週間に二日休みを入れての約二週間で六十一階層から六十九階層まで辿り着くことが出来た。


 そしてその夜にダリルがクランハウスで努にそのことを報告すると、彼は満足そうに頷いた。



「いいね、でもまさか、一ヶ月で三十階層近く更新出来るとは思わなかったよ。早いね」

「ディニエルさんのおかげです。あの人の索敵のおかげで黒門を早期に発見出来るので」

「なるほどねー。七十階層はどうかな? いけそう?」

「……多分、難しいと思います」



 ダリルはあまり気が進まなかったが、正直に努へそう報告した。別にPTメンバーを過小評価しているわけではない。ゼノは自分に酔いすぎて立ち回りが雑になることはあるが、それを差し引いても優秀なタンクだと思っている。コリナも最近はメディックの代わりとなる癒しの光を多用してくれているため、タンクから見れば優秀なヒーラーと言えるだろう。


 ただマウントゴーレムを初回で突破出来るとは思えなかった。何回か挑むことが出来るのならダリルも突破出来る自信はあったが、今回は普通の探索ではなくメルチョーからの依頼である。ならば最善を尽くすことが良いとダリルは判断した。



「そう。なら代わりに僕とハンナが入ろうかな。それなら問題ないでしょ」

「はい。お願いします」

「…………」



 正直な気持ちを言えば、ダリルはこのままマウントゴーレムに挑みたいとも思っていた。今度は周りのみんなに支えられるのではなく、自分がPTの支柱となる。努やハンナに頼らずマウントゴーレムを突破したいというのが、ダリルの本音だった。


 しかしこれはメルチョーからの依頼であるため、私情を挟む余地はない。なのでダリルは悔しさを隠して努に頭を下げていた。


 だが自分では隠しているつもりでも、ダリルの顔にはありありと悔しそうな表情が見えていた。そんなダリルの顔を見た努は考える素振りを見せた後に告げた。



「一度メルチョーさんに聞いてみようか? あのPTで七十階層挑んでいいか」

「……え? 何でですか?」

「いや、だってダリル明らかに嫌そうだったじゃん。僕とハンナが入るって言ったら」

「そ、そんなことないですよ! 僕はそんな顔してません!」

「まぁ、いい機会だし、そもそもメルチョーさんに聞いてみなきゃわからないしね。許可が出たらあのPTで挑むのもいいんじゃない」



 努は特に思うこともなくそう言うと、夕食を食べるために食卓へ移動する。ダリルは青い顔をして努に付いていって説得したが、ていよくはぐらかされるだけだった。



 ――▽▽――



「別にいいぞ」

「えぇっ!?」



 翌日の朝。努が依頼組に付いていってメルチョーにお願いをしたところ、二つ返事で了承された。そのあっさりとした答えにダリルは心底驚いて大声を上げた。



「そもそも儂、八十階層まで行くのに二ヶ月はかかると思ってたしの。一週間くらいならいいぞい」

「そうですか。では二回失敗したら僕とハンナが代わって参加して突破するということで、どうでしょう? あ、失敗するごとに依頼金は減らして頂いて構いませんので」

「そうか。儂は構わんぞ」

「ありがとうございます。ではそのようにお願いします。それじゃ、四人とも頑張ってね」

「えぇ……」



 トントン拍子で進んでいった会話にダリルは頭が追いつかなかったのか生返事をする。そしてすぐに帰っていった努を見てディニエルはため息をつき、ゼノは大喜び。コリナはダリル同様あわあわとしていた。



「メルチョーさん!! いいんですか!? 失敗する可能性だってあるんですよ!?」

「構わんよ。これは予想じゃが、お前さん、ツトムに頼りたくないんじゃろう?」



 メルチョーは七十階層へ近づくごとにダリルの雰囲気が変わり始めていたことに気づき、先ほどのやり取りである程度は確信していた。その核心に迫る言葉を突きつけられたダリルは表情を固まらせてしどろもどろになる。



「……いや、それは。でも、メルチョーさんには関係のないことじゃないですか」

「若い者が変に遠慮するでない。儂が良いと言っているのだから良いんじゃよ」

「……すみません」

「謝られても困るのぉ」



 メルチョーは微笑ましそうに笑いながら白髭を触る。するとダリルは思い直したように下げていた頭を上げた。



「……ありがとうございます! 必ず、一回で越えてみせます!!」

「ほっほっほ。その意気じゃ。よろしく頼むぞい」

「はい!!」



 メルチョーに元気よく返事したダリルはやる気に満ちた目で拳を握る。努とメルチョーに与えられたこのチャンスを掴んで見せると、握った拳へ更に力を入れた。



「ふっ。あまり一人で盛り上がらないでくれたまえよ。マウントゴーレム攻略については既に妻が調査を進めている。私も力になれるだろう」

「わ、私も頑張ってみます!」

「はい! 頑張りましょう!」



 二人の言葉にもダリルはキラキラと輝いた瞳で返事をする。その後ろで神台を見ていたディニエルだけは、特に何も言わなかった。

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