第160話 ドカ食いのコリナ

 メルチョーが王都から帰ってくる一週間の間は、最初の三日を休息日。他の四日はゼノとコリナを火山階層に慣らさせるため、六十一階層を探索することになった。


 休息日の過ごし方は自由だが、ダリルはまず装備の修理をお願いするためドーレン工房へと向かった。火種を炉に放り込んでいるドーレンを呼んで壊れた重鎧を渡すと、彼は眉を上げた。



「これまた派手にぶっ壊しやがったな。代わりはまだあるか?」

「はい。まだ二着あるので問題ないです」

「そうかよ。にしても、変な場所が壊れてんな」



 ドーレンはいつもダリルが壊さないような重鎧の箇所をすぐに発見して眉をしかめた。



「首部分が壊れてるなんざ、随分久々じゃねぇか? いつもなら大抵傷もねぇところだぞ?」

「あー、すみません。ちょっと……」

「歯切れがわりぃな。はっきり言えや」

「すみません。焦って、被弾しちゃいました」



 火竜戦の際にダリルは良い動きをしていたゼノに対抗意識を燃やし、いつもより少しだけ無茶な動きをした。その際に火竜の尻尾を首へもろに受け、その部分がひしゃげてしまっていたのだ。


 ドーレンはダリルの焦ったという言葉を聞いて不思議がるように顎を触った。



「なんでぇ。そんなにクランの競争は激しいのか? この前ツトムから聞いた話だが、一軍争いってぇのはないんだろ?」

「いや、でも……僕は、一番になりたいです」



 ダリルの真剣な顔での言葉に、ドーレンは重鎧から目を離してポカンとした。あの子犬みたいなダリルが、そんなことを言うとは思っていなかったからだ。


 聞き間違いとも思ったがダリルの雰囲気が以前とは違い、真っ直ぐと芯が入ったようなものに変わっている気もした。ドーレンは前のめりになって平手で応援するように肩を叩いた。



「くっはっは! いいじゃねぇか! なら一番になれよ!」

「いっ! ドーレンさん! 痛いです!」



 バンバンと強い力で肩を叩かれたダリルは涙目になって離れた。するとドーレンは火に焼けたような顔をにんまりとさせた。



「装備はいくらでも俺が直してやる。だからお前は一番になれよ。ダリル」

「……あれ? 今名前で呼びました? 今呼びましたよね?」

「あ? 用は済んだろ。さっさと出てけ犬コロ」

「あーーーっ!! 言いましたね!?」



 しっしと野良犬でも払うような動作をしたドーレンに、ダリルは噛み付くような勢いで抗議した。


 その後顔見知りの弟子に連行されて渋々とダリルは工房から出て行ったが、ドーレンの言葉はしっかりと耳に残っていた。ダリルは隠しきれていない笑顔のまま、スキップでもしそうな勢いでクランハウスへ帰っていった。


 一方コリナの休日は大体神台を見るために外へ出ていて、他の時間はクランハウスでのんびりとしている。コリナは今まで探索者活動による身入りは少なく、看護師も兼業していて生活に苦労していた者である。そのため住み込みで食費や宿泊費が浮くことを凄く喜んでいた。



「そこらの店より断然美味しいですぅ!」

「ありがとうございます」



 ダリルが食べているものに負けない大きさのステーキをもきゅもきゅと食べているコリナは、意外にも大食いだった。ハンナほどではないがそれでも小柄の部類に入るコリナ。そんな彼女の身体にどうやったらあの巨大ステーキが入るのか、オーリは正直不思議でしょうがなかった。


 朝からドカ食いしたコリナは厚着に着替えた後、オーリに大きな弁当箱を貰った後に神台が密集した広場へと向かう。彼女の趣味はもっぱら神台鑑賞である。美味しい屋台の食事やお酒を飲みながら神台を鑑賞するのが好きで、探索者になる前からそれは変わらない。


 最初はただ見ているだけで満足だったのだが、神台に映る一人の少女がきっかけでコリナは探索者に憧れるようになった。それからは衝動を抑えきれずにステータスカードを作り、探索者としての活動を開始したのだ。



(何番から見ようかな~)



 一番台は画面がとても大きいので自然と注目が集まり、子供から老人、民衆から迷宮マニアまで幅広い者が見る。その中でも物好きはそもそも番号がある神台ではなく、ランダムに戦闘している場面が映し出されるお茶の間のテレビサイズ神台を好んで視聴している。コリナもそちらをたまに見るのは好きだった。


 しかし画面サイズが広く画質も良い番号のついた神台の方が安定しているため、コリナはまず十番台付近から眺めた。まだ朝早いため有名どころのPTはいないが、大手に食い込もうと努力している中堅の者たちは今もダンジョンに潜っている。


 コリナは探索者たちがダンジョンに潜り、戦いを繰り広げる姿を見ることが好きだ。だがダンジョン探索で見るべきところはそれだけではない。ダンジョン内に広がる様々な景色やモンスター。様々な場面で見られる探索者たちの反応を見るのも好きだ。


 それに新聞や何かの行事で行われる探索者のインタビューなどは大好物である。それでは神台とは違う印象を抱くことが多く、そのギャップで探索者自身のことを好きになることが多い。既にコリナはダリルやガルムは勿論、最近は避けタンクで有名になったハンナも中々可愛いと心の内では思っている。今はPTが分かれているので会うことはあまりないが、いつか話が出来たらと考えていた。


 コリナはその後も飽きることなく様々な神台を渡り歩き、ライブ映像を事細かに見ていく。



(あ、そろそろ死ぬなあの人)



 そして戦闘しているPTの一人を見てそう思うと、そのタンクの男性は数十秒後には槍角鹿に腹を突き割かれて光の粒子となった。その後もコリナがそういった雰囲気を感じ取った者たちは次々と死んでいく。


 コリナは今まで見てきた神台の戦闘映像と自身の探索経験、看護師としての経験を踏まえ、死にそうな者を雰囲気で見極めることが得意だ。他にも神台を穴があくほど見ていた経験から察せることがある。


 死の予測。それはコリナが元から何となく得意とすることであったが、三種の役割が広まった環境での戦闘で更に磨きがかかっている。そのため彼女の予測は大体が当たるようになり、一緒に神台を観戦していた友人が気味悪がるほどである。


 そして昼頃になり昼休憩の労働者たちが神台付近に集まり始めた頃、コリナも休憩しにベンチへ座ってオーリが作ってくれたサンドイッチを美味しそうに食べた。


 ピリ辛のタレが絡んだチキンサンドをパクパクと食べ進め、ハムサンドやたまごサンドを幸せそうに眺める。神台付近の屋台も出来立てが食べられるので魅力的ではあるが、このサンドイッチたちは種類も豊富で飽きることがない。


 コリナはバスケットにぎっしりと詰められたサンドイッチをペロリと平らげると、引き続き神台観戦を続けた。



 ――▽▽――



「情報通り。私のスキルである程度は軽減出来るみたいだね。アォ! 美しすぎて直視出来ないっ!」



 ゼノは光り輝く銀色に包まれている自身の手を見ると、心底嬉しそうに目を背けた。


 火山階層初見の二人にはこの四日間で環境やモンスターに慣れてもらう予定であるが、暑さに関してはゼノのエンバーオーラのおかげでかなり軽減することが出来た。そのため以前の探索の時に味わった灼熱地獄がなくなったので、多少楽になった。


 火山階層ではそういったスキルがなければ定期的な水分補給や体温管理の魔道具が必須だったため、地形効果軽減のスキルはありがたく感じる。ただディニエルは少し違ったようだ。



「無駄に光らせるの止めてほしいんだけど」

「ふっ。ゼノ色はどれほど抑えようとも、自然と光り輝いてしまうものなのさ」

「…………」



 ディニエルは諦めたように目を閉じたが、幸いなことにコリナも地形効果を軽減させる冒険神の加護というスキルを持っている。こちらは淡い光りが身体から漏れるだけで射撃に影響が出ることはなさそうだったため、ディニエルはそちらを選択した。


 ちなみに冒険者というジョブはこうした地形効果系のスキルが一番充実していて、特に火山と雪山、古城階層でその真価が発揮される。そのため冒険者の中でも優秀なミシル率いるシルバービーストは現在非常に好調で、アルドレットクロウは先行を許している状態である。



「よし、それでは行きましょう! ディニエルさん、お願いします!」

「うん」



 オーリとその見習いが調べてくれた火山階層に関する情報が書かれたメモを持ってダリルがそう言うと、ディニエルは頷いて六十一階層の索敵を開始した。


 六十一階層まで到達すると五十番台の内には必ず入れるため、PTに神の眼が絶対に付いてくる。ディニエルが矢を射って索敵を行っている間、コリナは宙に浮かぶ球体の神の眼をしきりに見ていた。


 神の眼は基本的に眼球のような見かけをしたカメラのような存在で、その目に映ったものを対応した神台に映し出す機能がある。そして探索者の言うことにある程度従ってくれるのだが、一番台に近づいていくにつれてより正確な指示を聞かせることが出来る。


 ダリルはディニエルに火山階層の黒門がある可能性が高い地形情報を伝え終わると、遠くにある神の眼を見ているコリナに気づいた。



「どうかしました?」

「あ、いえ。ただ多くの皆さんに見られていると思うと、その、緊張してしまって」



 近づいてきたダリルにコリナはもじもじと下向きながらタリスマンを握った。無限の輪PTの映像は現在二十番台付近に映っていて、期待されているクランということもあり視聴率は中々に高い。コリナは今まで神の眼を実際に見ることがそもそも少なかったし、見たとしても最下位付近の四十番台後半だった。


 しかし今は数多くの者たちが映像を見ていると思うと、どうも気恥ずかしい。コリナは初めての体験に思わず顔を赤くしていた。そしてダリルも改めてそう言われると、少し神の眼を意識してしまった。



「……確かに、そう考えると緊張しますね」

「ですよね! あぁ、よかった。ゼノはあれだし、ディニエルもそういったことは気にしなさそうじゃないですか。私だけじゃなくて良かったです!」

「あー……。そうですね」



 ダリルはみんなの顔を思い浮かべる。努は宣伝という意味では最近気にするようにはなったが、元々は全く気にしていなかった。アーミラもそういったものに興味がない様子で、多少意識しているのはハンナくらいだった。


 ダリルはそういった環境でPTを組んでいたので気にならなかったが、いざ意識してしまうと確かに少し恥ずかしかった。神台で情報を集める手前、どういった目で見られているかを知っているため余計に恥ずかしい。


 そんな二人の意識を感じ取ったように神の眼は近づいて来て、ねっとりと舐めまわすように下からコリナを見回した。彼女の服装は黒と白を基調にした修道服で、ダンジョンからドロップした一般的な祈祷師の装備である。


 そして無骨な重鎧を装備しているダリルも黒いふさふさとした尻尾を中心に見られた。



「な、何なんですかぁ!?」

「わ、わかりませんよぉ!」



 途端に顔を真っ赤にした二人は神の眼から逃げ始める。神の眼はそれを追い、ゼノもそれに気づいて自分も映ろうと走り出した。



「元気」



 ディニエルはそんな三人を一瞥した後、イーグルアイで引き続き索敵して黒門を探し続けた。

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