第159話 ゼノの矜持
少し息が荒れてきたダリルはゼノの叫びに反応し、火竜を引きつけながら攻撃を極力抑える。そして少しするとスキルを駆使してヘイトを稼いでいたゼノの方に火竜が振り向いた。
赤装束の隙間から見えるゼノの銀鎧はまるで光を帯びているように輝いているが、これはエンバーオーラという聖騎士特有のスキルによる効果である。付与することでダンジョンの環境変化による能力低下を軽減出来るスキルであり、これも光り輝くゼノ色に染められていた。
だが峡谷では環境変化による能力低下はないため、ただ光るだけの完全に無駄なスキル使用である。しかしその姿は神台の観衆目線から見ると非常に目立つ。
「さぁ! 私の下に来たまえっ!」
ゼノがそう言うと火竜は地面を這いずるように向かってきて、ついでに神台へ映像を移す神の眼も向かった。神の眼は探索者の意思を多少は尊重するため、ゼノの指示に従ったのだ。
ただ強大な火竜を一人で相手取るというのは、どんな者でも恐怖で身が竦んでしまうものだ。ダリルも最初に戦った時は恐怖による緊張で身体が思うように動かせず、無様に転がったり大怪我を負うことがあった。
「もっと! もっとだ! そんなものでは私を倒せんぞ!!」
しかし火竜の前足による横凪ぎを手盾で防いで吹き飛ばされたゼノは、しっかりと受身を取ってすぐに体勢を立て直した。そして挑発するように身体から溢れる銀のコンバットクライを飛ばす。
ゼノに緊張という文字は存在しない。あるのは溢れんばかりの自信のみである。
ただしその自信によって能力を余すことなく引き出せるからといって、初見で火竜に相対することは非常に難しい。タンク職が次々と最前線から脱落し始めた時代で唯一名が知られるほど有名だった、狂犬のような潜在能力でもない限りは無理だろう。
だがゼノは妻の進言で七十レベルという高みに到達するまで、途方もない地道な努力を重ねている。アタッカー職ならまだしも、タンク職がレベル七十まで上げるということは大手クランでなければほぼ不可能だ。
しかしゼノは大手クランに所属していた経験はない。何度か中堅クランに入ることはあったが、我の強さという個性はあまり歓迎されず脱退を勧められることばかりだった。
誰もゼノを認めてはくれなかった。何かを言えば嫌な顔をされる。それでも自分はもっと上にいける。狂犬のガルムと並ぶ者になろうと、ゼノはタンク職が最前線から切り捨てられていく中で一人足掻いていた。
そんな危ういゼノを見かね、王都で在籍していた学校から何かと縁のある女性が様子を見にやってきた。迷宮マニアとしての活動一本で食っていけるだけの金を稼いでいた彼女は、それからゼノに対して色々と助言をするようになった。
まずはタンク職を集めて効率的な狩りを行い、利益を分配するクランに在籍して資金を貯めることをゼノは勧められた。しかしゼノは最初そんなことをしたくなかった。王都からわざわざ迷宮都市に飛び出してきて、未だ結果を出せていない。にも関わらずまた回り道をすることは我慢ならなかったのだ。
しかし現状を女性に突きつけられて苦汁も飲まないとやっていけないと論破され、ゼノはその悔しさをぶつけるように地道な努力を積み重ねた。自らタンク職を集めて小規模のクランを結成し、厳しいダンジョン探索をこなしながら基礎の練習も毎日欠かさなかった。
そうした忙しない毎日を過ごしながら、ゼノは現在妻となっている女性から記事の書き方を学んだ。そしてまずは生活を安定させ、それから妻にアドバイスを受けて更に効率的なレベル上げを行う。
そして自身の記事でも多額の金を稼げるようになったところで、ゼノは更にレベルと腕に磨きをかけた。その後ゼノは自身の探索や記事で稼いだお金と、迷宮マニアである妻の援助金でPTメンバーを雇って幾度も火竜に挑んでいた。
だからこそ突破出来ていない六十階層でも余裕がある。だからこそ他人を引っ張り上げるような自信を持っている。その今までの努力もゼノの確かな自信の源であった。
喉元が薄く光ったことを瞬時に察したゼノは火装束を深く被り、火竜のブレスを防ぐ。そして叩きつけるように振られた前足を優雅に避け、爪と皮膚の間を狙ってショートソードをねじ込む。
「ふははははは!! 痛かろう!?」
その怒りを触発させるような声に火竜は苛立ったような叫び声を漏らし、ゼノを踏み潰さんと這いずってくる。彼は火装束をマントのように
四つん這いになり首を伸ばして噛み付こうとしてきた火竜を横に避け、追撃の首を鞭のように回しての振り払いは手盾でしっかりと衝撃を防ぐ。バットに打たれたボールのようにゼノは吹き飛んだが、特に支障はないようだ。
その間にディニエルが鱗を削っていき、メルチョーは無色の魔石によって威力を上げた殴打で火竜にダメージを蓄積させていく。強固な鱗を貫通して内臓にまで届くメルチョーの重い拳に火竜は苦しげな声を上げる。
やはりメルチョーはまだ三種の役割というものに慣れていないため、ついついやりすぎてしまうことがある。火竜がメルチョーの方を向こうとした途端、その後ろから無視できないほど巨大な銀の気が溢れる。
「全く。私以外の者を見てくれるなよ。嫉妬してしまうではないか」
理性のある人間ですら思わず攻撃したくなるようなゼノの余裕に満ちた表情。それを読み取ったかは不明だが、火竜は再びゼノの釘付けになった。
「もう魔石使わなくていいんじゃない」
「そうじゃの。その方が全力でやれるわい」
メルチョーはディニエルに言われた通り、魔石を砕くことを止めて純粋な力で火竜に向かっていく。それでも並のアタッカーほどの火力を出していることからして、本当にその方が良かったのだろう。
「タウントスイングゥ!」
光を纏った手盾で火竜の前足をゼノは殴りつけ、横合いから振られた長い尻尾で弾き飛ばされる。大きく吹き飛んだがすぐに状況を把握して受身を取り、お返しとばかりに細いコンバットクライを放った。
ゼノのスキル使用頻度はダリルよりも多いが、未だ精神力切れを起こしていない。ダリルよりも二段階
「コリナ君! 少し提案を! してもいいかなぁ!?」
「な、なんですかぁ?」
「もう少し癒しの願いの頻度を増やして頂けないだろう、かっ! 君なら出来るはずだ!」
「わ、わかりました」
火竜の攻撃を受けながらとても大きな声を張っているゼノに、コリナはこくこくと頷いて願いの回転率を上げていく。
ゼノの響き渡るような声は拡声器などなくともよく通る。彼は指示役やムードメーカーに適した声と雰囲気を兼ね備えていた。三種の役割という下地と強い仲間が揃った今、ゼノは光り輝く。
「さぁ! 私を楽しませてくれたまえ!」
ショートソードを前に構えてそう叫んだゼノに、火竜は咆哮で答えた。
――▽▽――
それからタンクはダリルとゼノが交代で受け持ち、コリナは死人が出ないことに驚きながら安定したヒーラーを務めていた。そして年長組のアタッカーは最後に驚異的な火力で押し切り、数時間で呆気なく火竜を討伐することが出来た。
「……凄いですね」
最後のストリームアローで火竜の動きを封じてからの、メルチョーによる雷魔石を使った魔流の拳。本当に雷が落ちたと錯覚するほどの一撃に、火竜は絶命の声を上げて粒子化していった。ダリルはその光景を目の当たりにして少し声が震えていた。
「使わなくてよかったのに」
「ほっほ。雷魔石は制御が難しいからの。練習しときたかったんじゃよ」
メルチョーは黄色い気の残滓が散っている拳を振って魔力を払うと、楽しそうに笑いながら白髭を撫でた。ディニエルの計算では自身のストリームアロー三発で仕留めようとしていたのだが、メルチョーの強烈な一撃によって全て持って行かれた具合だ。なので良い顔はしていない。
「ふっ。当然の結果だ」
「…………」
ボロボロになった火装束を纏っているゼノの言葉は聞こえていないようで、コリナはただ呆然としている。既に火竜は上位の中堅クランなどが次々と突破している階層主ではあるが、やはり今までのモンスターとは格が違ったことも事実。そんな六十階層をあっさりと突破出来たことにコリナは現実味が湧いていなかった。
ダリルはそんなコリナに軽く声をかけて正気に戻させた後、火の大魔石を回収して全員を見回した。
「それじゃあ今日はこれで終わりましょうか。お疲れ様です」
「うむ、ご苦労さんじゃった。一週間でここまで進められるとは思わなかったぞい」
「いえいえ! メルチョーさんにもわざわざ手伝って頂いたので!」
ダリルは恐縮したように頭を下げた後、黒門に全員で入ってギルドへと転移した。その後にダリルは確認するように尋ねた。
「メルチョーさんは明日からお仕事なんですよね?」
「そうじゃな。一度王都に出向かんといかんから、一週間くらいは空けてしまうことになりそうじゃ。だから一週間後にまた頼むぞ」
メルチョーの役職は貴族の私兵団団長であり、一応はバーベンベルク家の傘下ということになっている。特にあと数ヵ月後には王都で一年に一度行われる武闘会があるため、前回優勝者のメルチョーは何かと呼び出されることが多い。
「はい。わかりました。ではまた一週間後、朝にギルドで待ち合わせということで」
「うむ。遅れる可能性もあるじゃろうから、詳しい連絡は使いの者を向かわせる。ではな」
「はい! またよろしくお願いします!」
元気に頭を下げるダリルにメルチョーはニッコリとした笑顔を返した後、腰に手を当てて背を伸ばしながらギルドを出て行った。
「やっと休める。一週間」
楽な探索だったとはいえ一週間連続で働いたディニエルは清々したような声で言った。
「休みは三日ですよ」
「え、そうなんだ」
「火山階層からはゼノさんも初めてですからね。メルチョーさんが戻ってくるまでに少しは慣らしておかないと!」
「そう」
ディニエルは残念そうにしたが異議はなかったのか、これから始まる三日間の休みに思いをはせているようだ。ゼノとコリナもダリルの言葉に了承して頷く。
「ふっふっふ。遂に六十一階層か。これから私の伝説が始まると思うと、興奮が収まりそうにないな」
「そうですか。取り敢えず、今日は帰りましょう。壊れた装備を修理しなきゃいけませんからね」
「そうだな! それにしても、君の装備は相当頑丈なのだな!」
鎧を三着駄目にしたゼノに比べ、ダリルは一着しか壊れていない。ゼノの装備は見た目を少なからず重視しているため頑丈とはいえないにしても、ダリルの方が被弾した回数は多かった。
ゼノの賞賛にダリルは自分のことのように鼻を高くした。
「ドーレンさんの装備ですからね! 火竜の攻撃でもへっちゃらです!」
「ほう、君もガルムと同じ工房の装備を使っているのか。私が着るには少々華やかさに欠けるが、性能は折り紙つきのようだな」
確かにダリルの装備はゼノの装備と比べると無骨に見える。しかし長いこと鍛冶に時間を捧げてきたドワーフの技術を駆使した重鎧は、この迷宮都市の中でも上位の出来に入るだろう。
「それに、ダリル君も中々やるではないか。てっきりガルムに情けをかけられただけの者かと思っていたが、それは勘違いだったようだ。まぁ私には勝てないだろうが、いい線をいっていることは間違いない」
「あはは……。ありがとうございます」
全く嫌味を感じさせないゼノの言葉にダリルは思わず苦笑いしながら答えた。
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