第162話 オーリの迷い

 メルチョーからの許可を貰いこのPTでマウントゴーレムに挑むことになったので、リーダーのダリルは作戦を立案することになった。そしてその為には灼岩のローブが二つは必要になるため、ダリルはまずクラン経営を担っているオーリへ休日中に相談した。


 するとオーリはそのことを予期していたのか、特に困った様子もなく頷いた。



「はい、それについては既にツトムさんから伺っております。灼岩のローブについてはもう準備してありますので」

「あ、もうあるんですか? ありがとうございます!」



 ダリルから毎日階層更新の報告を受けていた努は既に七十階層へ向けて装備を整えていたため、既に灼岩のローブは準備していた。オーリはお辞儀した後に出ていこうとしたダリルを呼び止めた。



「それと、ドーレンさんからも装備を預かっていますよ。どうぞこちらへ」



 オーリは音を立てずに立ち上がると案内するように手を向けた。彼女が向かったのは様々な備品や装備が置かれている倉庫で、ダリルがあまり入ったことがない場所である。その部屋に入るとダリルは物珍しげに垂れた犬耳をもたげていた。


 瓶に入れられたポーションは綺麗に箱詰めされていて、予備の装備が規則正しく置かれている。それらに埃一つついていないのはオーリや見習いの掃除が行き届いている証拠だ。



「こちらです」

「うわぁ……」



 そして木の骨組みにかけられている赤い鎧の前でダリルは思わず声を漏らした。ドーレンが火山階層で見つかった紅蓮陽石やダンジョン産の装備を駆使し、前回のように溶けないよう改善した重鎧一式。その重鎧はまるで既に燃え盛っているような迫力があった。



「マウントゴーレムの熱線にも耐えるように改良し、熱排出の効率も上がっているようです。それと全体攻撃の対策として取り外し可能な兜も付いています」

「そうなんですか! ありがたいです!」

「灼岩のローブも二着確保しているので、それらはコリナさんとゼノさんに装備させるのがよろしいかと」

「そうですね。そうします」

「一度装備してみましょうか。ないとは思いますが、もしかしたら合わないことがあるかもしれませんから」



 オーリの提案にダリルが笑顔で頷くと、彼女は早速かけられている重鎧を外していく。そしてダリルの後ろに回って重鎧を装備させ始めた。



「メルチョーさんはゴーレム処理に回した方が良いでしょうね。見ている限りあのお方は本気を出していませんし、これからも出すつもりはない雰囲気でしたから」

「……オーリさん詳しいですね?」

「以前の職場で顔を合わせたことが何度かございますからね」



 オーリは首を回して後ろを見てきたダリルにささやかな笑顔を返した。



「それに勿論、ダリルさんならば既に七十階層に向けての作戦はいくつも考えついているのでしょうが、一応こちらでも資料は纏めてあります。良ければお渡ししておきますが」

「それは、是非頂きたいですね」

「そうですか。では後ほどお渡ししておきますね」



 オーリは立っているダリルに着々と重鎧を装備させながら笑顔でそう言うと、最後の留め具を締めて終わりを告げるように大きい背を軽く叩いた。そして薄い立ち鏡をオーリが持って来てダリルは自身の姿を確認する。



「ちょっと……派手ですね」

「そうですか? 似合っていると思いますが」

「いやいやいや……」



 オーリに褒められたダリルは素早く手を振って否定したが、その頬は少し赤くなっている。だが確かにダリルの言う通りその重鎧は全体的に赤く派手なため、今までの彼が装備するとは思えないだろう。



「何処か問題はありますか?」

「ないですね。着心地は前の鎧と全然変わらない」

「そうですか。では七十階層に挑む時にはその装備をお渡ししますね」



 オーリは一応メモ書きにそう書いた後にダリルの重鎧を外していく。ダリルの後ろにしゃがんで次々と留め具を外したオーリは慣れた様子で、赤の重鎧を回収してまた人を模した骨組みにかけた。



「ではすぐに資料をお渡ししますので、私の部屋へどうぞ」

「あ、はい」



 かけられた赤鎧をぼーっと見ていたダリルはオーリに呼びかけられ、すぐに彼女へと付いていく。そして部屋に招かれてマウントゴーレムについての資料を渡された。



「いつの間にこんな調べてたんですね。凄いです!」

「いえ、ツトムさんから言われたこともございますので」



 丁寧に纏められた資料を見てダリルが興奮しながらに言うと、オーリは謙遜するように視線を落とした。家事に加えてクランの経理も担っているにもかかわらず、オーリは更にダンジョンのことも暇を見つけては調べている。見習いが入ってきたとはいえ、その作業量は凄まじい。



「ありがとうございます! 助かります!」

「……いえ、この程度のことなら誰でも出来ますので」

「えぇ!? 僕は出来ないけどなぁ……」



 オーリは少し距離を置くように言ったが、ダリルの少しだけしょんぼりした様子を見て慌てたように言葉を変えた。



「ダリルさんは常日頃からダンジョンを探索しているではないですか。私に比べれば貴方はお忙しい」

「そうですかね……」



 ダリルの守ってあげたくなるような表情にオーリは思わず視線を逸らして咳払いをした後、話題を変えるように口を開く。



「ダリルさん。ご武運を祈っております。たとえどんな結果になろうとも、貴方の好物を作って待っていますので」

「……そうですか。ありがとうございます」



 儚げな笑顔を返したダリルはオーリの部屋から出ていくと、その資料を片手に真剣な目で自室へと帰っていった。



 ――▽▽――



「全くあの子は……」



 オーリはその日の仕事を終わらせてクランハウスの中で与えられた自室に帰ると、思わず考えていたことを声に出してしまった。あの子とはダリルのことである。


 オーリがこのクランハウスへ入ったきっかけとしては、貴族との繋がりを求めてだ。そのため無限の輪はいずれ辞める考えがあるので、そこまで感情移入をしないように務めていた。


 しかし七十階層の探索を終えて帰って来たダリルを見たとき、オーリはどうにか彼に元気を出してもらおうと努力した。努力してしまったのだ。いずれ辞める身だと思っているにもかかわらず。



(ダリルは、あの人に似ている)



 その理由はダリルが落ち込んでいる姿が、バーベンベルク家の長男と被っていたからだ。一度そう思ってしまったオーリはそれを見過ごすことなど出来なかった。違う人物だとはわかっていても、手を差し伸べない選択肢はなかった。


 今まではとても明るく使用人の自分にも冗談を言うようなバーベンベルク家の長男。オーリも彼に話しかけられて少し話をしたことがある。まだ少し幼いところはあったが、支えてあげたいと思えるような人物だった。


 しかしスタンピードの後は、まるで口を縫い合わされたかのように静かになった。その姿が、七十階層後のダリルと酷似していたのだ。そう思ってしまうとオーリはもう無理だった。その後は決壊したようにハンナやアーミラにも事務的な対応が出来なくなった。


 オーリはまだバーベンベルク家の使用人として戻りたい気持ちはある。しかし無限の輪の使用人としても働きたい気持ちが芽生えてしまった。誰かの支えになりたいという気持ちで使用人という職業に就いているオーリには、まだ未熟なダリルやハンナ、アーミラは魅力的すぎた。


 そして今日のダリルにもオーリはこてんぱんにされたような気持ちでいた。仕事に私情は厳禁。そう見習いの者に厳命している自分がダリルを特別に見てしまっているのだ。彼はバーベンベルク家の長男と似ていたことがあるにせよ、たまにアーミラに弄られているのを見ると守ってあげたくなってしまう。今日も思わず彼の頭に手が伸びそうになった。これでは使用人失格である。



(駄目だ駄目だ。少し頭を冷やそう)



 オーリは数秒枕に顔を埋めた後、切り替えるように起き上がって深呼吸した。そしてクランメンバーが帰ってくる前に夕食の下ごしらえを始めた。



「ひぇ~」



 使用人たちの分を入れれば九人分の夕食、それも個人の好みによってメニューを考えている。なので食材の下ごしらえも事前に行わなければとても間に合わない。今も使用人見習いの少女が悲鳴を上げながら大量の食材を刻んでいる。



「ひゃ~」



 そして煩悩を滅却するように高速で食材を刻み始めたオーリに、見習いの少女は更にとぼけたような悲鳴を上げた。

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