第156話 ノン! コンバットクライ!

「コンバットクライ」



 手盾を振り払うような動作をしてゼノがコンバットクライを放つ。普通ならば赤の闘気が飛ぶものだが、ゼノのコンバットクライは銀色にきらめいていた。


 その色が変わっているコンバットクライは、ダリルが放つ槍状のものよりヘイトを稼ぐ量が明らかに多い。ゼノはレベル七十なのでステータス差によるものもあるが気になったダリルは、ディニエルが索敵していて暇な時間に彼へ尋ねた。するとゼノはサラサラした銀髪を掻き上げた。



「君のコンバットクライは、美しくない」

「へ?」

「見たところ狂犬のガルムを模倣しているのだろうが、君は彼のように研ぎ澄まされていない。まるで子犬が槍を振っているようだ」

「は、はぁ」

「もっと美しく放て。このようにな。コンバットクライ!」



 ゼノが盾を強く前に突き出して耳に残るような声でスキルを唱え、銀色のコンバットクライを放つ。確かにそのコンバットクライはダリルから見ても綺麗だとは思った。ゼノは手盾を下ろしてダリルへ優雅に振り返る。



「美しさに見惚れるというのは、モンスターとて変わらない。この美しさにはモンスターも目を惹かれ、ついつい私を見てしまうのだろう。君と私の違いはそこさ」

「そ、そうですか……」

「なに、何も君が醜悪というわけではない。人は誰しも形は違えど、美しさを兼ね備えているものさ。君も少し練習すればモノに出来るだろう。取り敢えず、一度放ってみたまえ」

「は、はい。コンバットクライ」



 ダリルがゼノのコンバットクライを真似するように放つが、それを腕組みして見ていた彼はすぐに首を振った。



「ノン! 違う! もっと美しさを出すんだ! モンスターを魅了するように、こうだ! コンバットォォ!! クライ!! さぁ、私と同じようにやるんだ!」

「コ、コンバットクライ!」

「もっと声を張るのだ! コンバットクライ!」

「コンバットクライ!!」



 ダリルが恥ずかしさを振り切るように大声でコンバットクライを放つと、ゼノはそれを見て面白そうに頷いた。



「ふむ、少しはマシになった。だがまだまだだね。これからも練習するといい」

「は、はい」

「ほっほっ。元気じゃのう」



 メルチョーが微笑ましそうに二人を見ていると、ダリルは小っ恥ずかしかったのか顔を赤くした。そしてディニエルの索敵が終わり探索を再開する。


 そういった出来事が今日のダンジョン探索の中であった。ダリルはクランハウスに帰った後にそのことを思い返し、リビングのソファーから立って綺麗な鏡のあるところに向かった。



「こうかな……?」



 そしてダリルはゼノの言われたようにまずは真似をしてみる。ゼノはコンバットクライを放つ際に色々なポーズを取っていたので、ダリルも見よう見まねでその動作を練習した。リビングのソファーから努がその様子を覗いて何とも言えない顔をしている。



(ちょっと、格好いいかも……)



 そしてダリルは実際にポーズを取ってみてそんなことを思った。ダリルもまだ少年と言っても過言ではない年齢なので、そういったことに憧れることはある。その後も少し楽しそうにゼノの真似をしていった。


 そして翌日も階層更新をするために、依頼組はメルチョーと共にダンジョンへ潜る。今日で五十階層までは辿り着く予定を立て、ダリル主導で依頼組のPTは探索を開始する。



「迅速の願い」



 モンスターとの戦闘も今は早く終わるため、祈祷師のコリナは迅速の願いを全員にかけてAGI敏捷性を上昇させているだけで終わっている。そのため今のところコリナの実力はダリルから判断がつかない。


 ただ今のところ努と違うと思うことは、メディックがないことだ。祈祷師にもメディック同様状態異常を回復するスキルはあるが、コリナはそれを一度も使っていない。なのでダリルから見ると現状は努の方がいいとは思っていた。


 他にもダリルはメルチョーの魔流の拳がどれほど威力を持っているかを、戦闘の中で観察する。低レベルでも魔石を使えば充分な威力があるし、更に属性付きの魔石を使えば更に上がるだろう。


 それにメルチョーの立ち回りはダリルから見ると圧巻であった。その動き一つ一つに隙がまるでなく、モンスターの反撃も素手でいなして反撃している。その動きはタンクであるダリルにも参考になることが多い。


 ゼノについてはまだ分からないことが多いが、大口を叩く実力はあるようにダリルは思っていた。聖騎士であるにもかかわらずレベル七十。それにタンクという役割も明確に理解しているように見えるし、彼自身とも非常に噛み合っているようにも見えた。


 美しい自分にはモンスターも見惚れる。そういった自信がスキルに伝わり実際にヘイトを稼ぐ効果が上がっている。勿論ダリルより精神力を消費しているという部分もあるが、それを加味してもコンバットクライの性能はゼノの方が上だ。



(僕も、色々やってみよう)



 そう心の内で決意したダリル率いるPTが三列横隊で黒門に向かっている途中、ナメクジのような見かけをしたメーノレという大型モンスターが地面から這い出てきた。出現頻度が低い珍しいモンスターであるが、先頭のダリルは慌てずにスキルを放つ。



「コンバットクライ!!」

「……ほう?」



 大盾を強く突き出すような動作をしながらコンバットクライを放ったダリルを見て、ゼノは感心したように声を上げた。後ろで両手を組んで迅速の願いを使っていたコリナも目を丸くしている。


 ダリルのコンバットクライは青色に変化し、更には槍の形状を保っている。しかしまだ色を変えるといったことに慣れていないからか、無駄に精神力を消費してしまっている。思ったよりも身体から抜けていった精神力に彼は苦い顔をした。


 メーノレの大きな体を使ったのしかかりを避けたダリルは後ろに攻撃がいかないよう立ち位置を変え、引き続き練習するように青色のコンバットクライを放った。今度は少し黒めに寄せられた色になっている。



「大型は嫌じゃのぅ」



 そう言いながらメルチョーは足場の悪い砂浜をものともせずに走ってメーノレの懐に入ると、その柔らかな体へ拳を突き上げるように見舞う。するとその巨体が地面から浮いた。


 少し空中に打ち上げられたメーノレにディニエルの放った矢が次々と突き刺さる。その矢は全て炎の魔石が織り込まれたもので、体のほとんどが水分のメーノレにはとても効くだろう。


 その後触覚をディニエルが的確に射撃して視界を奪い、メーノレはメルチョーの乱撃ですぐに倒された。



「ふっ、私の美しさには劣るが、君は中々筋がいい。これからも精進したまえ」

「あ、ありがとうございます」



 そう言いながらゼノは落ちている魔石をダリルへ授与するように渡した。ダリルはおずおずと魔石を受け取って礼を言う。


 その後は運が良くトントン拍子で階層を更新していき、夕方には四十九階層にたどり着いて黒門を見つけていた。コリナは五十階層に続く黒門にあっさりとたどり着いたことに、今にも泣きそうな顔をしている。そんな中ダリルはみんなを集めてシェルクラブ戦の作戦を説明した。



「シェルクラブは罠にかけて狩ろうと思います。なのでヘイトを稼ぎすぎないよう、メルチョーさんは今回手を出さないようにして頂けますか?」

「了解したぞ。任せるわい」

「ありがとうございます。では最初は僕がシェルクラブのヘイトを取って、ゼノさんは待機。アタッカーはディニエルさん。ヒーラーはコリナさん、お願いします。三人である程度削ったら僕がゼノさんとタンクを交代して、罠を仕掛けにいきます。そして移動した後一気に削りましょう」

「わかった」

「いいだろう」

「だ、大丈夫ですぅ」



 確認するようにダリルがみんなを見回すと、三人はそれぞれ答えた。ダリルは努が用意していた資料を頭の中に叩き込んでいるため、罠を仕掛けるのは彼が適任だ。神台と写真で巣の場所も把握しているので問題はない。


 ダリルは既に用意していた毒入りの新鮮な回復魚ポーションフィッシュをマジックバッグから出して確認した後、五十階層への扉を開いた。



「ウォーリアーハウル!」



 そして砂場から出てきたシェルクラブをダリルは一人で受け持ち、神の眼によって画面の中心に映されていた。コリナは彼を支援しながら神の眼をチラチラと見ている。


 ディニエルはダリルの動きを見ながらシェルクラブの鎧を削り、たまに他の方向へ矢を射って罠を仕掛ける巣を事前に探している。メルチョーとゼノは遠くの砂丘さきゅうに座って戦闘を見学していた。傍目から見るに会話は盛り上がっているようだ。



「聖なる願い。守護の願い」



 そして祈祷師のコリナは神の眼から目を離し、ダリルを中心に支援を行っている。ただし祈祷師のスキルである願いは使っても即時発動せず、成就するまで時間を要する。そのため前もって願いを使っておき、一定時間まで待たなければならない。



「祈りの言葉」



 ただその願いを叶えるのを早めるスキルも存在する。祈りの言葉を使うことによりスキル発動までの時間を短縮することが出来るため、願いと名の付いたスキルならば即時発動させることが可能だ。しかし祈りの言葉というスキルは精神力消費が激しい。そのため聖なる願いという、自身の精神力を回復するスキルとセットで使うことが望ましい。


 基本的な祈祷師の立ち回りは聖なる願いを常に回しつつ、他の願いや効果の高い祈り、祈祷などのスキルを組み合わせて支援回復を行う。白魔道士とは一風変わった時間管理が求められ、スキルの即時使用が出来ないため戦況を予想することがとても重要なジョブだ。


 白魔道士と違って優位なのは支援回復スキルの効果が高いことと、蘇生の上位互換である復活を使えること。それにこの世界だとモンスターへの誤射がないということも、大きなアドバンテージになるだろう。


 コリナの願いによって支援回復を受けているダリルは、シェルクラブを相手に一人で立ち回れている。シェルクラブはガルムとの特訓で何十回も戦っているので、その立ち回りには全く淀みがない。



(いつもより辛いな……)



 しかし努がいつも定期的に放ってくれていたメディックが来ないため、ダリルはだんだんと疲れが溜まってきていた。勿論コリナもメディックと同じ効果を持つスキルである、癒しの光を使ってくれている。ただ努と比べると使う回数が少ないので、いつもと違うとは思ってしまう。


 ただディニエルの攻撃を見る限り、ゼノと代わるまでの時間ならば耐えられるだろう。ダリルは少し苦しそうに息を吐いてシェルクラブの大きなはさみを受け流す。幸いにもメディックが飛んでこない環境は、ギルド職員とPTを組んだ時に経験済みだ。それに比べれば今はあるだけで恵まれていると言える。



「ゼノさん! 代わって下さい!」



 そしてシェルクラブが透明な泡を吐き出したところで、ダリルはメルチョーと話し込んでいるゼノを呼んだ。


 するとゼノは出番かと言ってメルチョーにお辞儀をした後、人差し指を上に突き出した。



「コンバットォォォォ!! クライ!!」



 そしてシェルクラブを指名するように指を差すと、まるで巨大な矢のような銀色のコンバットクライが飛んだ。多大な精神力を使ったゼノは、自分の方へ振り返ったシェルクラブに向かって歯並びの良い白い歯を見せた。



「来たまえ、私が遊んでやろう」



 そう言って腰にあるショートソードを勢い良く引き抜いたゼノは挑発的な笑顔を向けた。するとシェルクラブは怒ったように八本の細脚を高速で動かしてゼノに向かっていった。


 それを確認したダリルは途中でコリナに癒しの光をもう少し増やして欲しいとお願いした後、ディニエルに近づいた。



「あっちにヤシの木、あとそっちに岩」

「了解です。ありがとうございます」

「早く帰って来てね」

「……わかりました」



 完全に視線が頭の上の犬耳にいっているディニエルにダリルは複雑そうな顔で言うと、彼女に言われた方角に向かって走り出した。

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