第155話 二軍のリーダー
「ほう? 私がPTリーダーでは不満なのかね?」
「いや、僕がツトムさんに任されているので……」
「……ふむ、なら仕方がない。だが、いつでも指揮は変われるのでな。もし気が変わったら気軽に言ってくれたまえ」
「そ、そうですか」
メルチョーの依頼を任された四人。ダリル、ディニエルに加えて聖騎士のゼノと祈祷師のコリナは軽い打ち合わせを行った。しかしその打ち合わせはゼノの独壇場だった。
何せディニエルは基本的に無関心で、コリナも場の様子を窺ってあまり積極的には喋らない。結果的に依頼組のPTリーダーを任されているダリルとゼノが打ち合わせの中心となる。だがゼノの自信たっぷりの言葉にダリルは押されていた。
流石にPTリーダーに関しては死守したが、ゼノは今も
(……ディニエルさんもなぁ)
ダリルはディニエルのことが嫌いではないが、正直人柄がまだよくわからないのでクランメンバーの中では一番話しにくい。たまに尻尾や耳に視線を感じるのも何だか怖かった。
コリナはどちらかというと同種のような気配がするので、話は合うかもしれないと感じてはいる。だがまだ打ち解けるには時間がかかる気がしていたので、このPTのリーダーが自分に務まるか不安はあった。
(でも、ツトムさんが僕に任せてくれたんだ。頑張らないと)
最初はてっきりディニエルがリーダーになると考えていただけに、ダリルはその期待に応えようと張り切っている。そして打ち合わせも終わったので、四人は装備を整えて早速ギルドへと向かった。
「な、なんか凄いですね」
「だろう? 自慢の装備さ」
ダリルはまるで新品のように輝いているゼノの銀鎧を見て思わず言うと、彼は自慢するように紋章の入った手盾を軽く叩いた。光り輝いているその装備にディニエルは鬱陶しそうに目を細めている。
「ゼノさんは銀色が好きなんですか?」
「いや、違うよ。ダリル君」
「え?」
ゼノの装備は全身銀ずくめなのでダリルはそう思ったのだが、彼はちっちっと人差し指を立てて否定した。
「僕はゼノ色が好きなのさ」
「え?」
「ゼ、ノ、い、ろ、さ!」
一文字一文字丁寧に強調して言ったゼノに、ダリルは呆気に取られた。後ろにいるコリナも頭のおかしい人を見るような目をしていて、ディニエルは全くの無関心である。
「ダリル君は、自分の色がないように見える。君も少しは装備に気を遣いたまえよ。もはや無限の輪は大手クラン。ファッションにも気を遣わなければね」
「はぁ……」
「今度の休日にでも私の家に来たまえ。専属の鍛冶師を紹介してあげよう」
「いや、僕の装備はドーレンさんが作ってくれているので、結構です」
「なに? それは残念だ。せっかく私が直々にコーディネートしてあげようと思ったのだがね」
やれやれと首を振るゼノにダリルは愛想笑いを浮かべた後、何処か同情的な視線を向けてきているコリナと目があった。すると彼女は半目で諦めるよう視線で告げてきた。
その後もゼノは一人で延々と喋り続け、ダリルがそれに対応している。コリナはそんなダリルに同情的な視線を向け、ディニエルは民家の屋根に止まっている小鳥を見ていた。
そしてギルドについて待ち合わせ場所に到着すると、丁度メルチョーも歩いてきていたところだった。腰をぽんぽんと叩いているメルチョーはダリルとディニエルの姿を見ると近寄ってきた。
「お主らが
「はい。無限の輪です」
「おぉ、そうかそうか。よろしく頼むぞい」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
メルチョーは朗らかな笑みを浮かべてダリルに頭を下げた。様々な場所から強者が集まる武闘会で未だ連覇を成し遂げている人物として、メルチョーは非常に名が知れている。そんな彼に頭を下げられたダリルは恐縮として頭を下げ返す。
「何分ダンジョンには慣れておらんのでな。受付なども任せるぞ」
「畏まりました。なに、私たちと一緒ならば八十階層なんてすぐですよ」
「おぉ。それは頼もしいわい」
自信満々の笑みでそう言い切るゼノにメルチョーはにんまりと笑った。実際このPTで詰まることがあれば努が来るので、その言葉に嘘はない。そして
ダリルやコリナも急いで付いていってステータスカードを呼び出すための用紙を貰う。そしてみんな一様に紙を噛んで唾液を付けて提出していることにメルチョーは少し意外そうにしていた。
「ほう。また変わったんじゃな。まぁ儂もこの方が楽でいいがの」
以前来た時は血を求められて腕に針を刺していたメルチョーは、また変わったステータスカードの更新方法に訳知り顔をした後に自分も紙を噛んだ。それを提出してステータスカードを呼び出してPT契約を結んだ後、メルチョーを入れた五人は四十一階層の浜辺からダンジョン探索を開始することとなった。
――▽▽――
四十一階層に降り立った五人。ダリルがディニエルに索敵をお願いしようとすると、彼女は既に矢を番えているところだった。
「あ、じゃあ索敵お願いします」
「うん」
ディニエルは早急に黒門を見つけるために矢を放った後、イーグルアイで索敵を行っていく。ダリルはその間にメルチョーと軽く打ち合わせをするために話しかけた。
「ふむ。確か、三種の役割じゃったか? それについては予習してきたんじゃが、儂はアタッカーをやればよいかの?」
「はい。お願いします。ただあまり攻撃を強くされすぎるとこちらがモンスターのヘイトを取れなくなるので、出来るだけ抑えて頂けると助かります」
「そうか。まぁ儂は人型以外は専門外じゃから、大丈夫だと思うがの。ほっほっほ」
「いや、メルチョーさん一人で氷竜倒してますよね!? 加減してくれないと多分厳しいと思います!!」
気楽そうに笑っているメルチョーにダリルは思わず突っ込んでしまった。そのことは新聞記事でも報道されていたし、それ以前のスタンピードでも大型の魔物を倒しているという記録は残っている。
人型以外は苦手と言っているが、それはあくまでやりづらいというだけである。特に全盛期のメルチョーは人間の中では最強と言わしめられるほどの実力があり、対モンスターでも並ぶ者がいないほどだった。そして神のダンジョンが出現してステータスやスキルが広まった今も、対人戦では無類の強さを誇っている。
「ふむ、そうか。ではこれを使うのはよそうかの」
軽装のメルチョーは籠手に
魔石を手の内で砕いて魔力を手に付与させ力を得る、魔流の拳。それはモンスターを相手にする際にメルチョーが実戦で編み出した独自の技術だ。現在他にその技術を使えるのは弟子である警備団取締役のブルーノだけである。魔石や魔法に関して何かと口を出す貴族が放置するほど、魔流の拳はとても危険で難しい技術だ。
そもそも魔石を手の内で砕くということは、爆弾を握り潰すことに等しい行為である。無色の小魔石を常人が手の中で砕けば、手首から先がなくなることは間違いない。属性付きの魔石ならば更なる被害が巻き起こるだろう。一気に解放された魔力を手の内に留めて操作することなど、魔石の扱いに長けている貴族でも早々出来るものではない。
しかしメルチョーは六十年前に起きた大規模なスタンピードの際、初めてその自殺に等しい行為を行って危機を切り抜けた。そして今も失敗すれば身体が消し飛ぶような魔流の拳を平気で使用している。
ただ神のダンジョンが出来てからは死んでも生き返れるため、メルチョーは弟子を募集して魔流の拳を伝授しようとしていた。その結果として残った弟子は、ブルーノだけであった。ちなみに今も弟子は絶賛募集中であるが人は来ていない。
ユニークスキルによって身体が馬鹿みたいに頑丈なブルーノでさえ、魔流の拳はまだ使いこなせていない。六年間経過してもそんな有様なため、弟子になろうとする者はほとんどいない。
そんな魔流の拳を使うのに必要な小魔石を籠手に装着しているメルチョーを見て、ダリルは言葉を返す。
「今回は階層更新を第一とするので階層主以外とは戦わない予定ですが、一階層に一回くらいは戦闘を行う予定です。その時に様子を見て使って頂ければと思います」
「了解したぞ」
早速肩慣らしに加工された小魔石を砕いているメルチョーをダリルが不思議そうに見ていると、ディニエルが黒門を発見したと報告してきたのですぐに行動を開始する。ダリルとディニエルが二列になって先頭となり、二列目にメルチョー。その後ろにゼノとコリナという隊列で移動していく。
そして黒門前に丁度ゴムまりのように跳ねている海スライムがいたので、先頭のダリルがコンバットクライでヘイトを取る。ディニエルが放った矢と同時にメルチョーが前に出た。
「ほっ」
弾力があって張りのある海スライムに
そして海スライムはディニエルとメルチョーによってすぐに倒された。
「中々良い触り心地じゃな」
海スライムの柔らかくもあり張りのある感触にメルチョーはそう感想を述べた後、手に付いた粘液を払う。何のスキルも使っていないにもかかわらずスライムが弾け飛んだところを見て、ゼノとディニエルは感心したようにしている。
「美しい動きだ。素人目から見ても動きに無駄がない。素晴らしい」
「私より年下なのに」
「ほっほっほ。褒めても何も出んぞ?」
ゼノとディニエルの賞賛を受けてメルチョーは上機嫌そうに笑った。レベルも三十前後なのでステータスもそこまで高くない。にもかかわらずここまでの威力をスキルなしで出せるというのは、メルチョーか魔法の使える貴族しかいないだろう。
「さ、早く次の階層へ向かおう。時間は有限だからの」
「そうですね。行きましょう」
しっかり魔石を回収したダリルはメルチョーの言葉に従って黒門を開き、四十二階層へ転移した。そしてその後は一日で四十五階層まで到達階層を更新した。
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