第154話 燻る復讐心

「アーミラ、龍化解除」

「アアアアアァァ!?」



 七十四階層での戦闘時。努がアーミラにそう呼びかけるも彼女は不機嫌そうに叫ぶだけだった。努は漏れ出そうになった舌打ちを抑えてメディックを飛ばし、龍化を強制的に解除させる。


 アーミラの龍化制御は日に日に上がっていっているが、戦闘が長引くと戦闘本能に呑まれることがある。今回は雪狼の群れが雪崩のように襲いかかってきて長期戦になったため、自身での龍化解除が出来なかった。


 戦闘が終わり五十を越える魔石を回収し終わった努は、何処かよそよそしいアーミラをじっと見た。すると彼女はギクリとした様子を見せ、視線を逸らして大剣を背負い逃げるように背を向けたが、すぐ観念したように振り返った。



「その目、止めろ」

「途中、僕の指示無視したよね?」

「悪かった」

「次やったら龍化練習抜きね」

「はぁ!? それとこれとは別だろ!?」

「同じだよバーカ」



 アーミラに突っかかられながら今日の探索を切り上げを告げた努は、ハンナとリーレイアにも声をかけて撤収することにした。


 リーレイアは肩に乗っているサラマンダーに一欠片の魔石を放って食べさせた後、隣のハンナに声をかけた。



「ハンナ、少し聞きたいことがあるのですが」

「ん? なんっすか?」



 魔石を頬張っているサラマンダーを微笑ましげに見ていたハンナは、キョトンしたように見つめ返した。リーレイアは前で口論している二人を見ている。



「アーミラは、最初からあの様子だったのですか?」



 リーレイアの知るアーミラは、誰も寄せ付けない絶対強者という印象がとても強い。クランメンバーに対しても格付けが済んだ後は心を許さず、粗暴な態度を隠さなかった。


 リーレイアも最初アーミラの荒々しいが何か光る物が見える剣技に惚れ込んでクランに加入したが、彼女はとてもリーダーに向いている器ではなかった。特にシェルクラブに挑む際に新戦術を使わずアタッカー4ヒーラー1という戦術に拘ったことは、クラン解散に繋がった致命的な出来事だった。


 幾度と全滅しては弱い味方を責めるばかりのアーミラに、クランメンバーの不満はどんどんと溜まっていった。確かにアーミラは当時その中でも一番強かったが、それはあくまでユニークスキルがあるからだ。他にも粗暴な態度や龍化での味方被害。彼女の抱える問題も実際に多かった。


 そうした不満が積み重なった結果、最後はクランメンバー全員脱退という結末になった。そんなクランメンバーの中でも最後まで残っていたリーレイアは、アーミラがどんな人物かということをよく知っている。


 だが無限の輪に入ってからのアーミラは人が変わったとしか思えない。先ほど努に謝っていることもリーレイアから見れば信じられない光景だ。


 リーレイアの質問にハンナはすぐにぶんぶんと首を振った。



「違うっすよ! 最初はすっごい生意気だったっす!」

「そ、そうだったのですか?」

「そうっすよ! あたしを羽タンク呼ばわりしたし! 絶対チビって見下してたっすから!」



 ぷりぷりと怒った様子のハンナにリーレイアは少し安心したように頷きながら、どんどんと出てくるハンナの愚痴を聞いていった。その愚痴内容を聞くに、無限の輪に入った当初のアーミラはそこまで変わらなかったようだ。



「まぁでも、全員と勝負して師匠に色々言われてからは変わったっすね」

「……なるほど。そうですか」

「でも、どうしてそんなこと聞いたっすか?」

「いえ、特に理由はありません」

「そうっすか。……あたしも魔石あげていいっすか?」

「どうぞ」



 すっかりサラマンダーに魔石をあげることが好きになっているハンナの様子に、リーレイアは苦笑いしながら小さいマジックバッグを手渡した。


 サラマンダーにハンナの手に乗るようお願いすると甲高い叫び声を上げた後、彼女に飛び移る。ハンナは目を輝かせながらサラマンダーに魔石を食べさせていく。そんなハンナから視線を外した彼女は神妙な顔で前の二人を改めて見た。



(……あの人たちは、どう思うのでしょうか)



 リーレイアはアルドレットクロウに在籍している元クランメンバーを思い浮かべる。彼らはあのクランでの出来事を忌々しく思っているのか、ほとんど話題にも出さない。そんな彼らなら今のアーミラを見てどう思うか、リーレイアは考える。



(腹が立つに決まっている)



 元クランメンバーたちが今のアーミラを見ればそう思うだろう。だから自分がそう思っても構わないはず。そう理論づけてリーレイアは渦巻く黒い感情を解放する。


 アーミラは前のクランメンバーを雑魚と切り捨て、クランが解散した後は不名誉な二つ名がついたため探索者を続けることは絶望的になった。それを見て元クランメンバーは嘲笑あざわらっていた。リーレイアは表面上何もアクションを起こさなかったが、心の内で同じ気持ちであった。


 しかしアーミラはその後、努が立ち上げた無限の輪というクランに入った。そしてそのクランはどんどんと階層を更新し、今や上から三番目になっている。だがそれは暴食龍の危機から迷宮都市を救った努に、有名なディニエル、ダリル。そして避けタンクとして名を売ったハンナがいるから当たり前だ。もしアーミラとの位置が自分と変わっても同じ結果を出せたと、リーレイアは心の底から思える。


 リーレイアはアルドレットクロウに入った。志望動機は強さを求めていたと言ったが、本音はアルドレットクロウに加入出来なかったアーミラを笑いたかったから。


 リーレイアは無限の輪に入った。志望動機はこれから伸びるクランだからと言ったが、本音はアーミラが許せなかったから。


 それを誰かに言われればリーレイアは否定するだろうが、雑魚と言われた時から彼女の行動原理はほとんどアーミラが関わっている。アーミラへの強い憧れから一転して憎しみに変わり、その感情はとても大きいものになっている。それこそ元クランメンバーが引くほど、リーレイアはアーミラに執着している。



(私は気にしていませんが、これではあの人たちが浮かばれない)



 その言い分を盾にリーレイアは無限の輪に入った。アーミラを二軍に突き落とすため、今日も彼女はまずクランに馴染めるよう努力を尽くす。



 ――▽▽――



 それから四人は一月ほど雪原階層で連携を深めつつ、たまに火山階層で素材を集めて装備の充実を深めたりした。その間にアーミラの龍化は成長し、火竜に挑む前のカミーユくらいまでに制御することが出来ていた。


 それからは龍化中の意識を利用し、支援スキルにアーミラが合わせるという練習を始めた。ただこれがアーミラには難しく、今のところは全く合わせられていなかった。


 それに対してリーレイアとハンナの連携は、ディニエルの練習もあってかどんどんと合っていく。たまに誤射が起きたがハンナは謝るリーレイアとは裏腹に上機嫌だ。ディニエルと違って頼られているという感覚が強いのか、先輩風を吹かせている様子である。


 その一月の間に無限の輪の攻略組は七十九階層まで到着したが、時々吹雪く環境は厳しいものを感じた。そのため更なる防寒装備を整えるため、火山階層で素材集めを行っていた。


 シルバービーストとアルドレットクロウは防寒対策を整えて八十階層主の冬将軍に挑んでいるが、今のところまだ突破できていない。人型、それも一体だけに苦戦するとは思っていなかったのか、観衆たちもまだ突破出来ていないことに驚いている。


 金色の調べはその間に七十階層を突破し雪原階層に入り、紅魔団も自分たちの戦術を編み出して七十階層を突破しようとしている。ギルドも対策装備を整えた後に七十階層を突破し、雪原階層の素材集めに奮闘している。


 そして無限の輪の依頼組であるダリルやディニエルたちはというと――

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