第153話 これだから童貞は
それから一週間。四人はお互いの連携を深めるため、雪原階層で戦闘を重ねていく。その中で努はタンク兼任やリーレイアの動き、精霊により一段階上昇しているMNDの感覚を把握。もうすっかり動きに淀みはなく、そこそこのタンクとして見れるほどになっていた。
「流石、師匠っす!!」
「それほどでもないよ。アーミラに合わせてもらっているしね」
「……ちっ」
努に笑顔を向けられたアーミラは嫌がるように舌打ちをして視線を逸らした。アーミラはこの一週間、龍化を練習するためにダンジョン探索後も努と行動を共にしている。だからこそ彼がこのPTになってから常に何かを考えて実行していることがわかっていた。
もはや習慣となっているスキルコントロールの練習は勿論だが、避けタンク兼任によって新たな動きを努はどんどんと試していた。応用の難しいバリアの更なる操作。視線を合わせず目標にスキルを当てる空間感覚。攻撃スキルの更なる応用。
それに加えて秒数管理やヘイト管理を感覚に慣らし、モンスターの挙動、味方の挙動全てを把握する。アーミラが考えるだけで熱を起こしてしまうような情報を、努は平気で処理している。
(……何で、そんな楽しそうなんだよ)
ヒーラーに加えて避けタンク兼任など、常人ならば投げ出してしまうような役割だ。そこまでヒーラーとタンクに理解がないアーミラでも、そのことはわかる。しかし努は戦闘中済ました顔でその役割を果たすし、反省会や戦闘に向けて練習している時はまるで子供のように楽しそうである。
そもそもヒーラーとして努は既に優秀だ。周囲の評価で三大ヒーラーの中に食い込んでいるし、アーミラの見立てではダントツだ。しかしそれでもなお、タンクという分野でも貪欲に成長を求めている。
(早く龍化をモノにしねぇと、間違いなく置いてかれる)
自分に少しの綻びがあれば喜んでそれを修正し、避けタンク兼任という役割も形にしていく。いずれアーミラがフォローに回らなくとも良くなるほど上達することは、組んでいる彼女自身がよくわかっていた。このままでは置き去りにされるのが必至であると。
(もたもたしてちゃいられねぇ。さっさとモノにしねぇと)
その仲間に置いていかれたくないという思いと強くなりたいという気持ちが成就したのか、アーミラの龍化に変化が訪れ始めていた。
龍化中の更なる意識の浮上、それと自身で龍化を解除出来るような兆候も現れ始めていた。まだ完全に解除することは出来ていないが、自身の意識で動きを緩めるということが可能になっている。
「おぉ、いいじゃん。これならもうメディック当てなくてもよくなりそうだね」
「だな」
そして今日、努とギルドの訓練場で練習していたアーミラは自分で龍化を解除することに成功していた。まだメディックのようにすぐ解除出来ないものの、自分の意思で龍化を解除出来るということは大きい。これで努がメディックを当てる手間がなくなるため、戦略の幅が広がるだろう。
「それなら今後は攻撃止めて欲しい時だけメディック飛ばすよ」
「あぁ」
「よし、もう少し試そうか」
「……あぁ」
以前から何かと練習に付き合ってくれていた努だが、最近は付きっきりだ。ディニエルとダリルが依頼組PTに行き、ハンナとリーレイアもダンジョン探索後に二人で練習することが多いため、努は必然的にアーミラと練習する時間が多くなる。
(ありがてぇ)
決して言葉には出さないが、アーミラはこの環境にとても感謝していた。一人で龍化練習をしていた時より何倍も効率が良い環境であることは、龍化の成長具合を見ても明白だ。それに他の連携練習にも付き合ってくれている。アーミラは一日ごとに自分が成長していることを感じていた。
「基本的なヘイストの効果時間はこれね。まぁ状況に応じて変えることもあるんだけど、覚えておけば損はない。少し意識してみて」
「あぁ」
「あと、最近スキルを色々試してるよね?」
「……んだよ、文句あんのか」
「いや、何で喧嘩腰なんだよ」
努は顔を近づけてくるアーミラに愛想笑いをしながらまぁまぁと手を前にやった。努はモンスターの動きと同じくらい味方の動きも事細かに見ている。そのため最近アーミラがスキルを積極的に使うようになっているのをわかっていた。
「スキルを使うって意識は僕にもわかるんだけど、見てると結局二、三種類しか使えてないよ。だからまずは全スキルを使って消費する精神力を体感で理解するといい。それからよく使うスキルを重点的に鍛えていこう」
「…………」
「カミーユもそうだったけど、やっぱりパワースラッシュ使うこと多いよね。なに? 伝家の宝刀なの?」
「うるせぇ。あれが一番スカッとすんだよ」
そう言いのけた彼女に努は少しポカンとした後、可笑しそうにけらけらと笑った。そして拳を握って近づいてくるアーミラを察して軽く謝った。
「ごめんごめん。そうだね、ならパワスラを中心に色々スキル試してみよう。僕の見立てだと……」
努は『ライブダンジョン!』での経験を元に大剣士のスキルを思い出してアーミラにアドバイスしていく。アタッカー経験がありスキルコンボなども全て把握しているその助言は、この世界でも役に立つ。努の言葉をアーミラは聞いていたが途中からちんぷんかんぷんになっていたので、彼は帰って話そうと今日の練習を切り上げた。
「やけに詳しいじゃねぇか」
「まぁね。色々神台見てるし」
済ました顔で言う努に、アーミラは大剣を背に担ぐと横に並んで訓練場を出た。
「アーミラもたまには見た方がいいよ。金色の調べのアタッカー、参考になったでしょ? あれからスキル色々使うようになったよね」
「……お前、どんだけ俺のこと見てやがんだ? 気色悪ぃな」
「クラメンなんだからそりゃ見るでしょ。僕リーダーだし」
自分がスキルを積極的に使うようになった理由を言い当てられたアーミラは、努のことを薄目で睨んだ。そして平気な顔で返した努にアーミラは何か気づいたように目を見開いた後、顔をにやけさせた。
「そんなに俺のことが気になるか? ん?」
「くっつくな。本当に嫌なところは親に似てるよね」
悪戯げな笑みを浮かべて身体を寄せてくるアーミラを努は遠ざけた。するとアーミラはますます笑みを深めた。
「照れやがって。練習の礼だ。何でも言うこと聞いてやってもいいぜ?」
「給金減らすぞ」
「はっ、
からかうような視線を向けてくるアーミラを努は払いながら受付に向かった。
――▽▽――
努とアーミラがどんどんと成長していった一週間。リーレイアもハンナと組んで戦闘中の連携を深めていこうとしたが、どうも上手く進んでいなかった。
「ハンナ。あそこまで距離を置かなくとも大丈夫ですよ」
「わかったっす!」
ハンナは元気にそう答える。やる気は充分にあるのだ。リーレイアから見て態度も悪くないし、底抜けた明るさは彼女の持ち味。リーレイアも彼女と組むことはむしろ喜ばしいと感じる。
だがハンナはいくら指示をしてもそれを忘れてしまう。三歩歩いたら忘れる、というディニエルの言葉がリーレイアの頭に思い浮かぶ。
(いや、根気よく伝えてくれれば、いずれわかってくれるはずです)
そうリーレイアは信じてハンナに優しく問いかけていくのだが、やはり連携は進展しない。ハンナは確かに声かけをすれば引いてくれるのだが、その距離が大きすぎて避けタンクの持ち味が消えてしまっていることは否めない。あれでは努の避けタンクと同レベルだ。
「何か、コツなどあれば伺いたいです」
「……わかった。なら私が一度付いていく」
「ありがとうございます。助かります」
困ったリーレイアはそのことをディニエルに改めて相談したところ、彼女は残念そうな顔をして本を閉じた。そしてディニエルが探索後の練習に一度参加することになった。
「リーレイアがスキル名を言ったらハンナは離れて。ただストリームアローの時みたいに、離れすぎては駄目。きちんと攻撃を継続すること」
「わかったっす!」
「はい。じゃあ行こう」
そうディニエルが提案してハンナも承諾した。そして最初の練習に付いてきたディニエルは地上で動いているハンナを見た後、すぐにリーレイアへスキルを撃つように指示した。
「え? 事前に声かけなどは」
「声かけなんてしなくていい。ただスキルを放つだけで構わない」
「……しかしそれでは」
「誤射しても構わない。あれはそれくらいしないと覚えないから」
ディニエルの底冷えた視線に押される形でリーレイアは取り敢えずスキルを放った。サラマンダーから放たれる熱線はハンナの真横を通過し、モンスターの身体を貫通する。ハンナは突然放たれたスキルに驚いてアタッカー二人の方を見た。
そしてモンスターを討伐し終わった後、ハンナは迫真の表情ですぐに返って来た。
「殺す気じゃないっすか!?」
「ハンナが了承した」
「いや、確かに言ったっすけども!! 少しは声をかけてくれてもいいんじゃないっすか!? びっくりしたっすよ!」
「それで貴女が覚えるのならそうしてる。覚えないからこうしてる」
詰め寄ってきたハンナにディニエルは真顔でそう返す。ハンナは確かにクランハウスでそういった練習をすると言われてはいたが、常識人のリーレイアならそういうことはしないだろうという安心感は心の何処かであった。だがディニエルが付いてきた時点である程度覚悟していた。覚悟をしていたが、本当に撃ってくるかはわからない。しかし本当に容赦なくスキルを撃ってきた。
するとディニエルは気づいたように厚い手袋をしている手を打ち合わせた。
「大丈夫。当たっても誤射判定だから、リーレイアは神に叱られない。貴女が死ぬだけ」
「いやいやいや!? とんでもない理論っすよね!? 確かにあんなの当たったら痛いじゃ済まないっすよね!? あたし間違いなく死ぬっす!!」
「はい。次来た。ハンナ、ヘイト取って」
「いやいや、まだ話が……」
横から迫ってきている雪狼にディニエルがそう指示するも、ハンナはまだ話の途中だと彼女を見上げる。するとディニエルは真顔でハンナを見下ろした後、にっこりと笑顔になった。
「いいから、やれ」
ディニエルの珍しい笑顔での一言に、ハンナはぷるぷると身体を震わせた。
「お、覚えてろっすー!!」
そして泣きながらコンバットクライを放って雪狼の群れに突撃していった。キラキラと光る涙を見てリーレイアは非難するようにディニエルを見た。
「流石に、あの扱いは可哀想です。彼女にも根気よく伝えていけば、いずれ理解してくれるはず」
「貴女はハンナの馬鹿さ加減を理解して、だからこそ私に助けを求めてきた。違う?」
「……そうですが、あれは可哀想です」
アタッカーの方を気にしてビクビクとしているハンナの姿は、まるで猟銃に狙われている小鳥のようだ。しかしディニエルは無言で首を振った。
「とにかく、やってみて。やればわかる」
「……わかりました」
この一週間ハンナに同じことを何度も言い続け、それでも改善しなかったことは事実。元から組んでいたディニエルの言葉に、リーレイアは渋々といった様子でサラマンダーブレスを唱えた。
その放たれた熱線にハンナは気づかず、サラマンダーブレスは青い翼を掠めてじゅっと焦がした。
「あっち! あっち!」
「も、申し訳ありません!!」
リーレイアは誤射してしまったことにすぐ頭を下げた。ディニエルは地面を転がっているハンナへ襲いかかろうとした雪狼を、目にも止まらぬ早撃ちで倒していく。
モンスターを倒し終わるとハンナは翼を雪で冷やした後、ずんずんとディニエルに近づいてきた。そして何処か嬉しそうに自分の後ろ翼をビシッと指差した。
「ディニエル! 見て! ほら見て!! 羽焦げたっすよ!?」
「ダンジョン出れば治るから問題なし」
「た、確かにそうっすけどぉ!? 酷くないっすか!?」
「貴女が避けないのが悪い」
「……うぅ」
しょんぼりと頭を下げたハンナの姿は同情を誘うものだ。だがリーレイアは何処かハンナの表情が本気で悲しんでいないように見えた。
「はい、次来た。ハンナヘイト取って」
「く、くっそぅ! 負けないっす!」
そう言って飛び出していったハンナは少しだけうきうきしているように見える。そして走り去っていったハンナを見送ったディニエルは、リーレイアの方へ振り返る。
「ハンナはやれと言われればやる。それが理不尽なことでもやるし、むしろ嬉しそう。そう見えなかった?」
「……確かに、そうかもしれません」
羽が焦げたと指摘していた時のハンナの顔は、何処か楽しげに見えた。リーレイアはまた雪狼のヘイトを取って戦っているハンナを眺めた。
「私は一度も誤射をしなかったけど、ハンナはむしろ物足りなさそうな顔をしてた。さっきの顔を見ればわかったはず」
「そう、ですね」
味方に誤射でもされれば、怒るのが普通だ。だがハンナは怒っているという振りをしているだけ。むしろその状況を楽しんでいるように、リーレイアにも見えてしまった。
「だから好きなだけ誤射するといい。その方がハンナは覚えるし、喜ぶ。一石二鳥」
「…………」
リーレイアはディニエルの言葉に困惑したが、同時に理解もした。それからリーレイアはスキルを放つようになり、一週間の停滞が嘘のようにハンナの腕もメキメキと上達していった。
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