第152話 焼き鳥になったらいい
休憩を終えた四人は引き続き七十一階層を探索して戦闘を続けた。午後からはアーミラも努に許可をされて龍化を使うことが出来たので、うっすらとある意識を持って戦っていく。
アーミラの龍化は少しだけ意識があるものの、まだ自分で解除したり指示を聞くことは出来ない。あくまで自分がやりたいと思うことを何となく出来るくらいだ。
そのため今度は努がヘイトをアーミラに取られないよう必死になっていた。ただ幸いにも龍化中のアーミラは被弾することが多いので、ヒールで発生するヘイトを使うことが出来る。なのでそこまで困ることはなかったが、そうすると今度はハンナがヘイトを取りづらくなる。
「師匠~! やりづらいっすよ~!」
「最強の避けタンクなら楽勝でしょ?」
「……しょうがないっすね~?」
努の言葉を聞いてハンナは表情を一転させ、上機嫌そうにのっしのっしと雪の上を歩いていく。その様子を見たアーミラは半目になり、リーレイアは何も言う気はないのか目を閉じて見ない振りをしていた。
その後も戦闘は続き、ハンナとリーレイアの連携も少しずつ形になってきた。
「撃ちます!」
「了解っす!」
ハンナはディニエルが合図に放っていた
「サラマンダーブレス」
リーレイアの言葉にサラマンダーが答えて肩から飛び上がると、その小さい口からレーザーのようなブレスを放った。それに当たった雪狼は体を焼き貫かれ、そのまま熱線を動かされて腹を割かれ地面に倒れ伏した。
その後も人型のシルフやノームとも契約して一通りの遠距離攻撃を駆使し、リーレイアは雪原モンスターを倒していく。今回は主要の遠距離攻撃スキルをハンナに見せるため、リーレイアは意識してスキルを使っていった。
リーレイアは遠距離攻撃スキル持ちとしてクランに加入したので、まずはその方向で立ち回るよう努に言われていた。ただリーレイアの精霊を使った遠距離攻撃も強力であるが、彼女の強みは精霊を駆使した剣技にもある。
努のせいで霞んでしまっていたが、リーレイアも精霊との親和性が高く相性が良い。精霊が人に触れるということ自体が、普通の精霊術士では有り得ないことであるのだ。
基本的に精霊術士には相性が悪い精霊というのが存在し、その属性のスキルが使いにくかったり制限される場合がある。男性はシルフ、女性はウンディーネと相性が悪い傾向があるが、リーレイアは特に相性が悪い精霊が存在しない。
そのため四属性の精霊を駆使して戦うことができ、更に剣技も絡めての近接戦闘も可能だ。大抵のことを高水準でこなすことが出来る能力は、アルドレットクロウでも高く評価されて成果もすぐに出したので二軍にまで食い込むことが出来た。
リーレイアは遠距離アタッカーとしてだけでなく、近距離アタッカーとしても優秀だ。そのため現状では能力を活かしきれているとは言えないだろう、
「こんな感じでいいっすかね?」
「そうですね。大体のスキルは見せたので、これから慣れて頂ければと思います」
「わかったっす!」
ハンナも鏑矢と同じように考えればリーレイアの声を聞き逃すことはあまりないため、誤射してしまうような危ない場面はなかった。しかしまだまだリーレイアの腕に頼りきりなところは変わらないため、これから改善していく必要があるだろう。
ただようやく上手くいき始めた連携に、リーレイアは少し安心したように胸へ手を当てて息を吐いた。このまま連携が上手くいかなければ努からの評価が落ちるかもしれないと考えていたからだ。
そしてリーレイアは腰に付けている小型のマジックバッグから魔石を取り出し、トカゲのような見た目のサラマンダーへ餌付けするように与えた。その様子を見て努は不思議そうに尋ねた。
「あれ? 精霊って魔石与えなきゃ駄目なの?」
「いえ、必須ということはないですが、こうして信頼関係を築いた方が力を貸してくれるのです」
「へー」
ゲームでは違う点に努は腕を組んで火の魔石をかじっているサラマンダーを見つめた。その姿は微笑ましいものではあるが、別にペットなわけではないのでその視線はシビアなものだ。魔石にかかる費用も考えなければならない。
召喚士はスキルを使う際に魔石が必須であるが、精霊術士は別になくとも問題ない。ただ相性の悪い精霊に対しては魔石を捧げた方が、力を貸してくれる割合は間違いなく増える。
ちなみに精霊との親和性を一時的に上げるアイテムや装備は稀に宝箱からドロップするため、そういったものを活用することもある。ただそれらは消費するものであり、中々高額なため元から精霊と相性が良い方が有利である。
「あたしもあげてみていいっすか?」
「どうぞ」
「ありがとうっす!」
小さく刻まれた火の魔石を受け取ったハンナはそれを摘み、サラマンダーの口元に近づけた。そしてパクリと魔石を食べたサラマンダーを見てきゃっきゃと喜んでいる。
努もそれを見てマジックバッグから余っていた水の中魔石を取り出してみると、ポケットに入れていたスライム状のウンディーネが這い出てきた。そして手首にジャンプして張り付いた。
(あ、冷たくない)
先ほどの努の言葉を聞いてウンディーネは人肌程度に体温調整をしてくれたようだ。やけに気が利く粘体生物の見た目をした精霊に努が感心していると、ウンディーネは球体の体を少し伸ばしてつつくように水魔石へ触れた。
「あ、食べていいよ」
そう言うとウンディーネは魔石を取り込むように包み始めた。ずぶずぶと溶けていく水魔石を興味深げに眺めた努は、溶けてなくなった魔石を確認するとまたポケットにしまった。
――▽▽――
「一回焼き鳥にでもなったらいいと思うよ」
ダンジョン探索を終えてクランハウスに帰った四人。そして先に帰っていたディニエルにハンナのことを相談してみると、辛辣な答えが返って来た。
「ハンナは誤射でもされない限りは覚えない。死んで覚えさせた方が早い」
「そ、そんなこと、ない、っすよ?」
「語気が弱いぞ。語気が」
助けを求めてくるように見返してくるハンナに、努は思わずそう言って目頭を押さえた。リーレイアも困ったように眉を曲げている。
「まぁ、これからハンナはリーレイアとの連携を深めていくことだね。ハンナも頑張ってアタッカーに対しても意識出来るようにしよう。……それよりも、気になることがあるんだけど」
努は視界の端で戦隊ヒーローのようなポージングをしているダリルを見て、ディニエルに説明を求めるように視線を向けた。すると彼女は変わらない瞳で一言。
「ゼノの影響」
「いや、どんな影響だよ……」
ぶつぶつと呟きながら手を掲げているダリルを見て努はぎこちない笑みを浮かべる。明らかに悪そうな影響を受けている気がしてならないので続けて尋ねる。
「そっちはどんな感じなの?」
「普通」
「あ、うん。ダリル、ちょっと」
努はディニエルに意見を求めることを諦めてダリルを呼んだ。すると彼は努に気づくと特に変わった様子もなく近寄ってきた。
「なんでしょう?」
「いや、お前どうした。一体なんの練習してるんだ」
「あー、取り敢えずゼノさんの真似をしてみようと思いまして」
「……まぁ、あまりうるさくは言わないけど、ほどほどにね。それで、そっちはどう?」
真面目な顔で答えたダリルに努は気まずげに言葉を返し、依頼組の状況はどんなものか尋ねた。するとダリルは目を上向かせて考えこんだ。
「んー、今日で四十五階層までいけたので、問題はないと思います。あ、でもやっぱりメルチョーさんは凄いですね! なんかこう、迫力がありました!」
「そうなんだ。ゼノとコリナはどうだった?」
「ゼノさんは、強いタンクだと思います。今のところ特に問題はないと思いますよ。メルチョーさんにも気に入られてるみたいでしたし」
「そうか……。コリナは?」
意外なダリルの返事に努は心配そうな顔をしながら続いてコリナについて聞くと、彼は悩ましげに顔を下向かせた。
「コリナさんは、どうでしょう。正直まだ判断は出来ないですね。やっぱりツトムさんに慣れているので何だか微妙に感じてしまいますけど、ジョブが違うのでまだわからないです」
「そう。まぁ、何か問題があったら言ってね」
「わかりました!」
正直大丈夫かと思った努は今度神台を見ようと考えながら、元気に返事をしたダリルから離れた。今クランハウスにはいつもの五人に加えてコリナとリーレイアがリビングにいて、ゼノはいない。
彼は既婚者なので夜は自宅で過ごしたいと言ってきたため、クランハウスに移住していない。ただ喧嘩した時はかくまってくれとキメ顔で言われたので、軽い荷物だけは空き部屋に置いてある。
リビングを見回してみるとダリルは決めポーズの練習をしているところをアーミラに笑われていて、ディニエルはリーレイアにハンナの馬鹿さ加減の解説している。ハンナはそれを聞いて微妙な表情をしている。
そんな中祈祷師のコリナだけソファーに座って居心地悪げにキョロキョロしていたので、努は彼女の正面に座った。すると彼女はひらひらとしたものが付いている裾をぎゅっと握ってあわあわとした。
「初めてのPTはどうでした?」
「あっ、はい。みんな強くて助かります……」
「野良――あー、ギルドの斡旋でやってた時よりはやりやすいでしょ?」
「それは……はい」
コリナはクリーム色の長い髪を撫でながら気まずそうに頷いた。努がコリナをスカウトすると決めた時の神台映像で、彼女はギルドの斡旋で組まれたPTでヒーラーをしていた。それと比べると今のPTは天と地の差があるだろう。
唯一問題を起こしそうであったゼノは、コリナに聞いても今のところは問題はないようだ。その後は夕食を取ることになったのだが、努はふと気づいた。
(女性率高いな)
最終的なクランメンバーは男性四人、女性六人とそこまで差はないのだが、オーリと見習い使用人を含めると今は七対二だ。それにアタッカーが全員女性という、何だかおかしなことになっている。
オーリと見習いが料理を運び始めたのでみんなは食卓に席を移す。そして料理が出揃うとみんな手をつけ始めた。
食卓ではアーミラは毎回ダリルと競うように食事をしていて、ディニエルとリーレイア、コリナは静かに食事をしている。ムードメーカー的な立ち位置のハンナはとにかくお喋りで分け隔てなく話題を振っている。
(ま、みんな強いし別にいいか)
ただやはり女性ばかりだと気まずいこともあるので、早くガルムが来ないかなと努が思っているとハンナがたそがれた様子の彼に気づいた。
「ん? 師匠、どうかしたっすか?」
「いや、ただ改めて見ると女性多いなって思っただけ」
「やったっすね師匠! ハーレムじゃないっすか!」
「ねーよ。強かったら男でも女でも入れるってだけだから」
「む~」
おどけたようにセクシーポーズを取っているハンナに、努は乾ききった笑みを浮かべてそう言った。するとハンナは拗ねたように頬を膨らませてそっぽを向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます