第151話 精霊術士、リーレイア

 努たち四人は防寒装備のままギルドへ向かい、PTを組んだ後に魔法陣で七十一階層に転移した。身体を動かしたいと言ってきたアーミラに索敵を任せた努は、リーレイアにポーション二種を五本ずつ渡す。



「青ポーションはこれで足りるかな?」

「充分です」



 リーレイアはそれを受け取って懐に仕舞うとすぐにスキルを使った。



契約コントラクト――サラマンダー」



 リーレイアが凛とした声でスキルを唱えると炎が地面に渦巻き、小さいトカゲのような見た目のサラマンダーが呼び出された。それはビャーっと甲高い声を上げて彼女の肩に乗った。


 精霊術師は四大精霊である、サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームのいずれかと契約し、その力を借りて行使することが出来る。精霊は一度に一つの属性しか契約することは出来ないが、他の者に契約させることは可能だ。


 契約する精霊によってステータスのいずれかが半段階上昇するため、他の者に契約させるのも悪くはない。ただ消費する精神力的に多くても二人が限度である。それ以上契約させるのなら素直に付与術士などのバッファーを入れた方が効率は良い。


 するとリーレイアの肩に乗っていたサラマンダーは、努の方を気にしているように見ていた。努がそれに気づいて首を傾げると、トカゲのような見た目のサラマンダーは口をあんぐりと開けながら頭を上下させた。



「え、なにこれ。どうしたの?」

「なんか、踊ってるみたいっすね」



 いきなりテンションが急上昇し始めたサラマンダーの様子に二人が引いていると、リーレイアも驚いて目を見開いていた。



「これは、私も初めて見ました。しかし、どうやらサラマンダーはツトムを気に入っているようです」



 それに気づいたリーレイアは試しに努を対象にしてサラマンダーと契約させた。するとサラマンダーは努の服の中へすぐに潜り込み、胸の中から顔だけを出した。まるで温泉にでも入っているような表情を見て、リーレイアは顎に手を当てた。



「ツトムは、ユニークスキルを持っていないのですよね?」

「うん。僕にはないはずだけど……」

「ユニークスキルを持つ者は、精霊と非常に相性がいいのです。稀にそうでなくとも精霊と親和性がある者もいますが……サラマンダーがここまで人に懐くのは今まで見たことがありません」



 努の差し出した指を細長い舌で舐めているサラマンダーに、リーレイアは高揚したような目を向ける。



(神様に喚ばれたからかな?)



 努はそんなことを思いながらはむはむと甘噛みしてくるサラマンダーから指を離す。スキルというものも神のダンジョンでステータスカードを作成しなければ使えないことから、精霊というのも神に作られたものだと言える。自分の親が招待した者となれば、失礼なことはしないだろう。



「それならば、ツトムに対しては精霊を契約させるのも悪くない選択肢です。ユニークスキル持ちの者ならばステータスが一段階上昇するので、非常に相性がいいですから」

「へー」



 ということは、サラマンダーならばSTR攻撃力が一段階上昇することになる。他にもウンディーネならばMND精神力、シルフならばAGI敏捷性、ノームならVIT頑丈さが上がる。一段階上昇ならば契約による精神力消費から見てもかなり実用的だ。


 その後リーレイアと協議した結果、基本的にMNDが上昇するウンディーネと契約し、後は状況に応じて使い分けることになった。


 ウンディーネは基本的に人型の精霊なのだが、相性が悪いとただのスライムのように丸まって力を貸してくれないらしい。そして努が試しに契約してみると目の前に水が逆巻き、人型で等身大の美貌を持つウンディーネが出てきた。



「……随分と、大きいね?」

「……そうですね。この大きさは初めて見ました」

「冷たっ」



 リーレイアもその大きさに驚いたのか緑色の瞳が動揺で震えている。そして人型のウンディーネに手で頬を触られた努は思わず顔を引いた。


 精霊は人の言葉を解するが、喋ることは出来ない。そして後ろの景色が透けている水色の顔は相当悲しげだった。



「小さくなることは出来る?」



 こくりと悲しげに頷いたウンディーネは先ほどのサラマンダーと同じような大きさにまで縮まり、スライムのような姿になると努の手の平にべちゃんと収まった。



「……ポケットにでも入れとけばいいかな?」

「さぁ……?」



 初めての出来事にリーレイアも動揺して何を言えばいいのかわからないようだ。努はやけに指へ絡みついてくるスライムを苦労してポケットに収めると、気を取り直すように手を叩いた。



「取り敢えず、アーミラが帰ってきたら早速行ってみよう。雪狼辺りで練習だ」

「おっす」

「あ、はい」



 指先でサラマンダーを恐る恐る触っていたハンナは言葉を返し、リーレイアは呆然とした様子で返事した。そして索敵から戻ってきたアーミラを連れて四人は七十一階層の探索を開始した。



 ――▽▽――



「ヘイスト、エアブレイズ」



 ハンナへの支援を行いながら努は雪狼スノーウルフへ攻撃スキルを飛ばす。フライで空中に浮かんでいる彼は雪狼が攻撃を諦めてしまう距離の間際を見極め、ヒーラーと同時にタンクもこなしていた。


 階層が進むに連れ、フライへの対策として遠距離攻撃を備えているモンスターも多くなる。雪狼は氷結の空気砲を放つことが出来るし、雪スライムやスノーゴーレムも氷のつぶてを飛ばせる。


 しかし努は自身にバリアを這わせることで遠距離攻撃を無効化し、尚且つヘイトも計算して稼いでいる。それに加え避けタンクのハンナには支援が不可欠なため、地上を走る彼女にもヘイストを当てなければならない。


 更にヘイトを稼ぐために攻撃も行わなければいけないため、いつもの支援回復とは一風変わった立ち回りを求められる。タンクを兼任する時は特にモンスターのヘイトをキチンと取れているかを重視するため、ヘイト管理に気を遣う。


 タンクが最も恐れることは、自身以外にモンスターのヘイトが移ることだ。そのため努は積極的に支援スキルや攻撃スキル、バリアでヘイトを稼いでいく。流石にヘイトスキル持ちで火力も出せるハンナよりは稼げないものの、サブタンクとしては充分モンスターを引き付けられていた。



「ちっ、面倒くせぇな」



 アーミラはそんな努と組んでいるのだが、彼女は今までダリルとしか組んだことがない。ダリルはどっしりと動かずにモンスターを纏め、アーミラが攻撃しやすいよう気遣っていた。しかし今タンクを務めている努は彼女を気遣うほど余裕がない。


 アーミラは努が引っ掻き回して散開している雪狼を追いかけ、一匹ずつちまちまと倒していく。今までならばダリルがモンスターを一点に纏めてくれていたため、そこまで手間がなかったが今回はかなり動き回ることとなった。それに何度かヘイトがアーミラに飛ぶこともあり厳しい部分があった。


 対してハンナとリーレイアはそこまで問題がないように見えた。サラマンダーと契約し火系統の遠距離スキルを放つリーレイアは、動き回るハンナに誤射しないよう慎重に撃っている。


 ただハンナも今までディニエルの射撃技術に頼ってアタッカーの攻撃を意識していなかったため、リーレイアからすると彼女の動きは非常に危なっかしい。アタッカーの腕を信頼しているといえば聞こえはいいが、現状はただ意識をしていないだけだ。


 戦闘が終わるとリーレイアはハンナに近寄り、アタッカーの攻撃にも意識を割くように伝えた。ハンナはリーレイアが話した内容は正直よくわかっていなかったが、取り敢えず頷いた。



「アーミラ。悪いけど午前中は色々と試させて。その後は龍化使っていいからさ」

「あぁ、わかった」



 いつもより動き回ることが多かったせいか、以前潜った時より疲れている様子のアーミラは頷く。そんな彼女に努は誤魔化すような笑顔を見せた。



「ダリルよりやりにくいでしょ? 悪いね。流石にモンスターを纏めるのはまだ難しいんだ。あと二回ヘイトも飛んじゃったし」

「……別にいいわ。俺が合わせりゃ問題ねぇだろ」

「ありがとう。助かるよ。それじゃ、次行こうか」



 白杖を掲げてアーミラに礼を言った努は、その後も引き続き七十一階層の探索を続けた。その途中に雪狼、雪スライム、スノーゴーレムといった雪原階層の基本的なモンスターと戦闘していく。


 そして何十個か氷魔石を調達したところで午後に差し掛かったので、一旦休憩することになった。努は魔道具のコンロでコーンスープを温めるとアーミラに話しかけた。



「お疲れ。だんだん合ってきたね。それじゃあ午後からは予定通り、龍化を組み入れてみようか」

「あぁ」



 努は戦闘を続けていくにつれて避けタンク兼任と、ウンディーネによるMND上昇の感覚にも慣れた。そして龍化するアーミラにもメディックを当てられるくらいの余裕も生まれるようになった。


 アーミラは今までと違うタンクを経験することによって、ダリルと組むことがどれほど楽であったかということを実感することとなった。


 白魔道士がタンクを兼任するということ自体が驚異的なことではあるが、それを抜きで考えると努は決して上手いわけではない。当然ではあるが本職であるダリルよりは下である。そのためアーミラがその分働かなくてはいけないわけだが、これが難しかった。


 今まで纏まっていたモンスターはバラけているし、アーミラにヘイトが移ることもあった。戦闘を重ねるごとに努も慣れて来たのかタンクが上手くなってきてはいるが、アタッカーにも合わせてもらわなければいけないことには変わりない。


 だがアーミラも様々なギルド職員と組んでいたおかげか、少しずつではあるが味方と合わせるということを覚えてきている。そのため努のフォローも少しは出来るようになるくらいには成長していた。


 対してリーレイアとハンナの方は、あまりかんばしくない。今までディニエルに任せきりだった遠距離攻撃をいきなり意識出来るわけもなく、ハンナはリーレイアに合わせられず苦戦を強いられていた。



「…………」

「…………」



 リーレイアはどうすれば攻撃を合わせられるか考え込み、ハンナは黙り込んでいる彼女の様子を窺うように無言だ。少し重苦しい空気を見て努は二人にコーンスープの入ったマグカップを渡した。



「そっちはまだ合わないみたいだね。リーレイアはどう思ってる?」

「……私には、あのディニエルのように正確無比な射撃は出来ません。なのでハンナには申し訳ないですが、こちらの攻撃にも気を配って欲しいのです。ただ、それが難しいようです」



 マグカップに視線を落としながら話すリーレイアにハンナはうぐっと顔を歪めた。今まではディニエルのたぐいまれな射撃技術によって成立していた避けタンク。しかしディニエルが抜けたことによってそれが難しくなっていた。


 ハンナは数々のモンスターを相手に地上で立ち回り、攻撃を加えながらヘイトを稼いでいる。それ自体は出来ているのだが、リーレイアの攻撃を意識することが出来ていなかった。


 魔法スキルは矢と違い正確な射撃をすることは難しい。そのためリーレイアは先んじてハンナに合図としてスキルを唱える時に声を張ったり、事前に声かけをしていたのだがどうしても上手くいかなかった。



「ハンナ、多分ストリームアローの時と同じようにやれば上手くいくと思うんだけど、難しいかな?」

「……あ、そうっすか?」

「うん。だからあの笛みたいな矢の音を、リーレイアの声と思えばいいんじゃない? 今までより効率は落ちるだろうけど、最初から上手くいくわけないんだしさ」

「なるほど! そうなんっすね!」



 ハンナは努の言葉で合点がいったように目を見開いた。まるで神様でも見るような目で見上げてくるハンナに努は苦笑いした後、真面目な顔をしているリーレイアに振り返る。



「そういうわけなので、リーレイアは先ほどと同じようにしてみて下さい。それで駄目なら……ディニエルに意見を聞いてみますか」

「師匠、なんか声が怖いっす」

「そういえばハンナ、僕のフライどうだった?」



 ハンナの訴えをスルーして努は自分のフライについて意見を求めた。するとハンナは腕を組んでうーん、と首を傾げた後、口にした。



「こう、シュバッと」

「お前もか」



 努はデジャヴを感じて思わず頭を押さえた。

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