第150話 一軍と二軍

 三人が加入した後は防寒対策を整えたディニエルを交え、一週間ほどで七十三階層まで探索を進めた。新たに入った三人は荷物をクランハウスに運び込んで装備の調整などをしていた。


 そして冒険者というジョブであるミシルの環境変化無効スキルのおかげで、どんどんと階層更新していたシルバービーストが一足先に八十階層へ到達した。


 雪原階層主は冬将軍という人型のモンスターで、氷の鎧を身に纏っていて身長は三メートル程ある。日本の武士をイメージして作られたそのモンスターは刀を脇に差し、ご大層な兜を被っていた。


 そんな階層主にシルバービーストの一軍が挑んだ結果、開幕の居合切りで一人のタンクと兎人であるロレーナの首が飛ばされた。その後ミシルが善戦を繰り広げるも、初っ端の攻撃でヒーラーが死んでしまったためジリ貧となり全滅で終わった。


 観衆たちは新しい階層主に盛り上がり、様々な議論を交わしていた。そんな中、貴族の私兵団団長である老人のメルチョーは久々の人型階層主を見ると、八十階層まで運んでくれるPTをすぐに募集していた。彼は四十階層の腐れ剣士が神台に映った時も同じような募集をしている。


 新聞でもそのことが軽く報道され、努は実際にギルドの掲示板に張り出されたその募集文を見ながら考え込んでいた。



(キャリーしてもいいけどなー)



 メルチョーは四十一階層までしか攻略していないしレベルも低いため、中々手間がかかるだろう。その分報酬は高いが、手間を考えると厳しい。


 ただ新しく入った祈祷師のコリナもメルチョーと最高階層はほぼ同じ状況なため、どうせならそのついでに運んで上げてもいいかなと努は思っていた。それに報酬もたんまり支払われるので、防寒対策に使う金策にもなる。


 アルドレットクロウやシルバービーストもしばらくは八十階層で足止めされる見込みがあるので、今から急いで攻略する必要もない。努はアルドレットクロウに九十階層まで攻略させた後に追い越す予定なので、余程先行されない限りは特に問題ない。



(メンバーどうしようかな。メルチョーさんはアタッカーだろうから、コリナは確定。ゼノも火竜突破してないから確定。後はアタッカーとタンク一人ずつか……)



 精霊術師のリーレイアはアルドレットクロウでマウントゴーレムを突破しているので、雪原階層にも潜れる。どうせなら彼女を雪原階層に一度入れてみるのも面白い。



(うーん。アーミラはせっかくだし、もっと龍化練習させてあげたいな。ディニエルが雪原階層と相性悪かったし、他のメンバーが慣れてフォロー出来るまでは後ろに回ってもらうか)



 先日防寒対策が出来たのでディニエルも七十一階層へ潜れるようになったが、先行配信を見る限り階層が進むごとに気温も下がっている。そのためまずは他の者たちを雪原階層に慣れさせ、ディニエルをフォロー出来るように成長させる方がいいと思った。


 それに聖騎士には環境に対して対策出来るスキルがあるし、祈祷師にもそういったスキルがある。一先ずゼノを雪原階層まで上げることが出来れば、ディニエルも雪原階層が楽になるだろう。



(となると、ディニエルと組んでるハンナは雪原階層に慣れさせた方がいいか。それに避けタンクだしな。多分まだコリナと合わないだろ)



 ハンナの速い動きに合わせて支援を行うのは努も苦労したので、最初は一般的なタンクと組ませた方がいいだろう。祈祷師と避けタンク自体はジョブの性質上相性がいいと努は思っているが、やはり初めは一般的なタンクと組ませて戦闘を経験させた方がいい。



(それじゃあ、メルチョー組はダリルとディニエル入れた五人で、こっちはリーレイア入れた四人PTでいいかな。うん。ディニエルとダリルがいれば大分安定しそうだし)



 ダリルはマウントゴーレム戦での失敗を経て成長した様子が見られるし、ディニエルは寒さに弱いという意外な弱点はあったが、弓術士でトップの実力を持っている。その二人を入れておけば一先ず七十階層までのキャリーは問題ないだろう。恐らくマウントゴーレム辺りで詰まるだろうが、その時はメンバーを変えればいいだけだ。



(あとはみんなと相談して決めるか)



 募集期間はまだ三日ほど猶予があったので、努は受けるかもしれないという旨をギルド職員に伝えた後にクランハウスへ帰った。そしてまずはダリルやディニエルに相談した。



「べつにいいよ」



 ディニエルは普通に承諾した。むしろこれで雪原階層にしばらく潜らなくていいし、楽も出来ると上機嫌そうだ。一方ダリルの方は努の説明を聞いた途端、縋るような涙目になって垂れ耳を更に萎縮させた。



「僕……二軍落ちですか?」



 今にも泣き崩れてしまいそうなダリルの様子に努は慌てて説明した。



「いやいや、別にダリルが弱いからそっちに移すってわけじゃないんだよ。今のところダリルが一番タンク上手いって僕は思ってるから、自信持って!」

「でも……」

「むしろダリルが優秀だから、メルチョーさんの依頼に同行させたいんだ。この依頼は失敗出来ないから、しっかりしてるダリルに任せたい。雪原階層はしばらくみんなを環境に慣れさせたいから、そこまで攻略は進まない。進んだ分の階層更新は僕が付き合うからさ」

「そ、そうですか……」



 努の話を聞いてダリルは少しだけ安心したようで、涙が零れることはなかった。すると隣のディニエルがぼそりと呟く。



「ツトムはそそのかすのが上手いね」

「おい。言い方がおかしいぞ」



 ディニエルの突っ込みに努が視線で牽制すると、彼女は全く視線を逸らさずに受け止めた。


 ディニエルと睨めっこ状態になった努はしばらく我慢したが、いつまでも真顔の彼女が何だかおかしくて思わず噴き出した。



「人の顔を見て笑うのは失礼」

「ごめんごめん。うーん。まぁ、そもそも一軍二軍って言い方をしない方がいいのかな。今のところクランメンバーは抜きん出た能力のある人を集めてるから、単純な実力で測れないんだよね。それに階層ごとに得意不得意は出てくるしさ」

「そうだね。私は寒いの無理」

「うん。だからちょっとそこら辺は考えてみるよ。だからダリル、安心していいよ。それにさっき言ったことも、本当に思ってるから」

「は、はい」



 目をぐしぐしと袖で拭ったダリルはもうそこまで落ち込んでいる様子はなかった。その後努はディニエルの顔をまた少し見て笑ってしまい、彼女にソファーへ綺麗に投げ飛ばされた。



 ――▽▽――



 その後は他のクランメンバーに依頼のことを話し、抜きん出た能力がある者が多いこのクランでは一軍二軍もそこまで関係ないことを努は言っておいた。今のところガルムとエイミーが加入したらこれ以上クランメンバーを増やす予定はないので、全員が雪原階層まで進めたら期間ごとのローテーションを組んでPTを回すことも努は考えた。



「フッ、今回はリーレイア君に譲ろう」

「あの、ゼノさんの最高階層は五十九階層ですよね? そもそも貴方は雪原階層を探索出来ないと思うのですが」

「ふははははは!!」

(マジレスは止めて差し上げろ)



 リーレイアから心底不思議そうに言葉を返され、笑って誤魔化しているゼノを見て努はそう思った。


 そしてすぐにギルドに向かい四人の情報を添えて依頼申請をした努は、他にどんなPTが申請しているのか聞いてみた。だが対抗馬となるようなPTはアルドレットクロウの五軍六軍くらいだったので、恐らく大丈夫だろうとは思っていた。


 そして三日後にはすんなりと努たちが選ばれたので、今後はメルチョーを八十階層まで到達させる依頼組と、雪原階層を探索する攻略組に分かれて無限の輪は活動することになった。


 依頼組のメンバーは、メルチョー、ダリル、ディニエル、ゼノ、コリナ。タンク2アタッカー2ヒーラー1の構成で、上から順に拳闘士、重騎士、弓術士、聖騎士、祈祷師である。


 攻略組が努、アーミラ、ハンナ、リーレイア。タンク1アタッカー2ヒーラー1の構成で、上から順に白魔道士、大剣士、拳闘士、精霊術師である。



「よし、それじゃあこれからは別行動になることが多いけど、二人共よろしくね」

「はい」

「うん」



 ダリルとディニエルは特に思うこともなく頷く。アーミラはダリルが二軍へ落ちることに納得していなかったが、努の言葉を聞いて渋々と了承していた。ハンナはお互い頑張ろうと言ってダリルと拳を合わせている。



「ゼノとコリナもよろしく」

「フッ、任された」

「が、頑張りますぅ」



 気障ったらしい動作で答えるゼノと、気合を入れるように両手を握って前に出すコリナ。コリナに関しては特に問題ないと努は思っているが、ゼノは大いに心配している。流石に有名なメルチョーの前ではやらかさないだろうが、一応努はダリルに何かあれば遠慮なく報告するように言っておいた。



「メルチョーさんに失礼なことをしたら即刻除名するので、くれぐれも注意して下さいよ」

「大丈夫さ。わきまえている」

「……ならいいですけど」



 確かにゼノは自信家ではあるが、そこまで馬鹿ではない。謝罪記事での潔さも努は評価していたので、一応釘を刺した後に四人をギルドへ向かわせた。



(まぁ、こっちもこっちで問題はあるけど……)



 アーミラは龍化制御の練習をしなければいけないし、ハンナには避けタンクとして更に成熟してもらわなければいけない。そして努が見ている中でアーミラと一度も目を合わせていないリーレイアも、懸念の一つである。



「よし、それじゃあ各自部屋で装備に着替えて来て。その後少しだけ構成やリーレイアの精霊術師について話した後、ダンジョン行こうか」

「はい。ではツトムさん、ハンナさん、アーミラさん、よろしくお願い致します」

「よろしくっす」

「あぁ、よろしく」



 無難な挨拶も済ませたところで四人は部屋に戻って防寒装備を整えると、少し話をするためにリビングへ集まった。



「今回タンクがハンナしかいないから、僕が兼任するね」

「おっす」

「あぁ」

「……了解しました」



 今回はタンクがハンナだけしかいないため、努がヒーラーをしながらタンクも兼任する形になる。しかしリーレイアは努の言っていることがわからず、一瞬遅れて返事した。



「ハンナはリーレイアと組んで、アーミラは僕とね」

「はーい。リーレイア、よろしくっす!」

「はい、よろしくお願い致します。ハンナさん」

「あ、リーレイア。PTメンバーは呼び捨てでいいよ。指示する時面倒だし」

「了解しました。ではハンナ、改めてよろしくお願い致します」



 リーレイアがハンナにお辞儀している光景は、まるで子供に騎士が頭を下げているようである。努もアーミラによろしくと言うと、彼女は不満げに目を細めた。



「おめーにダリルの代わりが務まんのかよ」

「いや、それは無理に決まってるでしょ。だからフォローよろしくね」

「……ちっ、しゃーねぇな」



 アーミラは嫌そうに顔を歪めたが仕方なく努の言葉に従った。その様子をリーレイアは横目で確認した後、ハンナと色々話し合っていた。


 そして軽い打ち合わせも終わったので四人は七十一階層に向かい、初めてのPTで連携合わせをすることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る