第149話 エルフの弱点
「いいなそれ」
雪原階層に入りディニエルも緑のシャツの上から重ね着してしっかりとした防寒装備を着ているが、彼女はハンナが付けているふわふわの耳あてを羨ましそうに見ていた。
エルフのディニエルは耳が長く突き出ているため、耳あてがあまり意味はない。しかし耳の先が凍えるほど冷たくなっているので、ハンナの耳あてのようなものが欲しいそうだ。
「……聞いてみないと作れるかはわからないね」
「寒くて死にそう」
「え、そうなの? 取り敢えずカイロいる?」
「……くしゅん」
ディニエルはいつもと変わらない下がり目で努を見つめた後、くしゃみをした。ディニエルには入念に寒さ対策をさせた方がいいと感じた努は、一先ず応急措置としてカイロを複数渡しておいた。
真っ白な布で包まれたカイロの中には細かく刻まれた無色魔石と平たく伸ばされた火の魔石が入っていて、それを分けるように薄い板が挟まっている。それを砕いて無色魔石を火の魔石に触れさせると、徐々に程よい熱を放つように調整されている。
魔石を平たくしたり細かく加工することは、魔法を使える貴族か認可されている魔石職人しか出来ない。ダンジョン自体は何百年も前からこの世界に存在していて、魔石も存在しているのでその歴史は深い。
ただ魔石を加工したものを使った道具は中々に高価である。貴族や魔石職人が技術を独占しているからだ。そのためあまり気安く使ってしまうとクラン経営が赤字になってしまうだろう。
冷えた指先をカイロで暖めたディニエルは白い息を吐いて震えている。結構な厚着をしているにもかかわらず肌が真っ白のディニエルを見て努は心配したが、彼女は少しすると大丈夫だと言ったので探索を再開した。
しかしその後の戦闘でも雪と寒さのせいか、動きが鈍く矢の射撃も何度か外してしまっていた。その様子を見た努は一旦撤退することを決めた。
「ごめん」
「いや、全然いいですよ。もっと防寒対策をすればいい話なので」
エルフは基本的に温暖な気候の森を集落にして住んでいるので、ディニエルは雪原階層の寒さに随分とこたえている様子だった。このまま探索を続けても誤射する危険があるので、努は自分の上着を彼女にかけた後に帰還の黒門を目指した。
「大丈夫っすか?」
「このまま寝てしまいたい」
「寝ちゃ駄目っすよ!? 死ぬっすよ!?」
ディニエルはハンナの温かい手に引かれながら足を進めていく。鳥人のハンナと犬人のダリルは寒さに強いのかそこまで苦にしていない様子で、軽い防寒対策で何とかなる。人間の努と竜人のアーミラはほとんど同じで、一般的な防寒で問題なかった。
しかしエルフのディニエルは一般的な防寒の他に、カイロなどで体温を上げなければまともに活動することは難しいようだ。努は少し考えが甘かったと思いながら帰還の黒門に戻り、ギルドへ帰還した。
暖房の入っているギルドで少し経つと、ディニエルの白かった肌は少しずつ赤みを取り戻した。そのことにホッとした努はディニエルをクランハウスに帰し、他の三人には探索を続けてもらい自分は追加の防寒グッズを探しにいった。
その後の六日間はディニエルに本格的な探索をさせず、防寒グッズを試しながら寒さに慣れさせることに務めた。その間はディニエルを抜いて他の四人で雪原階層を探索した。
「ばっちり」
そしてカイロを四肢に巻き付けて腹巻にもカイロを仕込み、長く尖った耳も毛糸を編んだもので包んだ。完全防寒装備に包まれたディニエルは七十一階層の寒さを克服し、雪のある足場にも慣れていつものような立ち回りに修正することが出来た。
しかしカイロの効果時間が切れるごとに補充する必要があるため、結構なGと手間がかかる。これでは階層主を相手に長時間戦うことになった場合、補充出来る暇がなければ最悪凍死することも考えられるだろう。
(これは、ちょっと想定してなかったな)
ディニエルというより、エルフの思わぬ弱点に努は頭を悩ませることになった。ディニエルは戦力として頼りにしていただけに残念である。しかし他のクランメンバーはそう思ってはいないようだった。
「は、お前は大人しく休んでな。代わりに俺が全部やってやるよ」
「うん。お願い」
「……ちっ。少しは悔しそうにしやがれ、クソが」
素直なディニエルにアーミラは忌々しそうにしている。ダリルも七十階層での失敗を挽回するチャンスだと意気込んでいた。
「ま、あたしに任せるっす! あ、別に誤射しても気にしないっすよ~?」
「生意気」
「え!? ちょ、あっひゃひゃひゃひゃ!! や、やめ」
「謝るまでやめない」
「ご、ごめっ、やめっ」
ハンナは調子に乗ってからかうように流し目で言った結果、ディニエルにマウントポジションを取られてくすぐられていた。ディニエルの弱点も大して気にしていないPTメンバーに努は少し安心した後、くすぐられすぎて虫の息になって倒れているハンナを見て鼻で笑った。
するとカーペットの敷かれた床に転がっていたハンナがぴくりと動いた。
「し~しょ~う~。今笑ったっすね?」
「いや、笑ってません」
「問答無用っす!」
そしてゾンビのように起き上がってきたハンナは青い翼を広げて飛び上がり、努もくすぐられることになった。
――▽▽――
そうして追加のクランメンバーが入る当日となった。努以外の四人はクランハウスに待機し、彼はギルドに向かい三人を迎えにいった。
精霊術師のリーレイアに聖騎士のゼノは既にギルドの入口で待っていた。リーレイアは相変わらず真面目な表情を崩さずに佇んでいる。ゼノはサラサラとした銀の短髪を掻き上げて、自信の滲み出るような笑みを浮かべていた。
「おぉ! 来たかツトム君! いやはや、私も今着いたところだ。気が合うなぁ!」
「どうも」
もはや演劇染みた動作をしながら近づいてきて握手を求めてきたゼノに、努は愛想笑いをしながら手を握った。その様子を見て律儀に手を差し伸ばしてきたリーレイアに、努は苦笑いしながら握手した。
「あとは……」
「あ、あのぅ」
努は最後のクランメンバーを探していると、後ろから気弱そうな声をかけてきた者がいた。
クリーム色の長い髪を後ろのピンで留めている女性が最後のクランメンバー、コリナである。攻撃的な白魔道士が在籍していたことが特徴的だった白撃の翼というクラン、そこに所属していた祈祷師の女性だ。
「あ、どうも。では全員揃いましたので行きましょうか」
「君たちが新しいクランメンバーか! これからよろしく頼むぞ!」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いしますぅ」
高笑いしているゼノにリーレイアとコリナは頭を下げる。そして努は三人をクランハウスへ案内した。出迎えたオーリを三人に紹介した後、リビングを通り過ぎて二階へ向かう。
特に住み込み希望のリーレイアとコリナには一室を詳しく紹介し、その後はいよいよクランメンバーたちと対面する。リビングへ既に集まっているダリルとハンナはそわそわとしていて、アーミラとディニエルは相変わらずの様子だ。
「みんな集まってるね。この人たちが今日から入る三人だよ。まずはリーレイアさん。自己紹介をお願いできるかな?」
「はい。皆様初めまして。リーレイアと申します。レベルは六十一。ジョブは精霊術師でアタッカー志望です。今日からよろしくお願い致します」
ダリルとハンナが率先的に拍手をすると、ディニエルとアーミラも遅れて拍手した。お辞儀をしていたリーレイアは頭を上げて拍手しているアーミラを少しだけ見た後、姿勢正しく直立した。
「リーレイアさんは確か、剣技にも自信があるんだよね?」
「はい」
リーレイアは力強く頷く。彼女のジョブは精霊術師であり、遠距離攻撃を得意とするジョブである。だが彼女は騎士の出なので幼少から学んできた剣技は目を見張るものがあり、戦闘でもそれを導入している。もし精霊剣士というジョブがあるのなら就いていると確信出来るほど、リーレイアは近接戦闘もこなせる者だ。遠近構わず戦えるアタッカーというのは非常に珍しい。
「遠近こなせるアタッカーは頼もしいね。メンバーが揃うまではそこまで付き合えない予定だけど、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
今日入る三人はガルムとエイミーが無限の輪に入る一月半後までは二軍確定で、その間の活動は地味なものになるだろう。しかしこの条件は事前にキチンと書いてあり確認も取っているので、問題はない。
「それじゃあ、次はゼノさん」
「了解した。私はゼ・ノ! レベルは七十、聖騎士のタンク志望! 近い未来にこのクランの一軍になる男だ。よろしく頼むよ」
仁王立ちでぶっ飛んだ自己紹介をしたゼノに、隣のコリナは気狂いでも見るような顔をしている。ハンナとダリルは度肝を抜かれ、アーミラは獲物でも見つけたかのような目をしている。ディニエルは相変わらずだ。
そしてゼノは満足そうに自己紹介を終え、肉食獣のような目つきで睨んでくるアーミラに気づくと不思議そうに視線を合わせた。
「おや? 一人情熱的な視線を向けてくる女性がいるようだが。……あぁ! すまないね。僕は伴侶を一人と決めているんだ。申し訳ないが、君の気持ちに答えることは出来ないんだよ。いやはや、本当にすまない」
「ツトム、こいつぶっ飛ばしていいか?」
「抑えろ」
銀髪を掻き上げたゼノにアーミラは腕を捲くって立ち上がったが、努は残念そうな目をしながら彼女を制した。そしてキザなウインクをしているゼノを無視してさっさと次の者に回した。
「では最後にコリナさん。自己紹介をお願いします」
「ヘイ! ツトム君! 私には何かないのかい?」
「コリナさん。自己紹介をお願いします」
耳にキンキンと残るようなゼノの声に努はうんざりしながら、淡々と最後のクランメンバーであるコリナに自己紹介をお願いした。小動物のような顔をしているコリナは困惑していたが、努の有無の言わさぬような顔を見て前を向いた。
「えぇ……。あ、はい。コ、コリナですぅ。レベルは六十で、ジョブは祈祷師です。ヒーラーをやらせてもらいます。皆さんの足を引っ張らないように精一杯頑張りますので、よろしくお願いしますぅ」
自信なさげにペコリと頭を下げたコリナは、白撃の翼という中堅クランでヒーラーをしていた者だ。現状探索者として活動している祈祷師の中で努が一番上手いと思った者であり、何処か保護したくなるような見た目とは裏腹に努よりも年上である。
祈祷師は現状まだそこまでの人気はないが、スキルにある様々な願いを駆使して味方を援護するジョブであり、白魔道士とは違った支援が出来る。ただ蘇生スキルが白魔道士と比べると少し使いづらい面があり、ヒーラーとして採用しているクランは少ない。
それにコリナの最高到達階層は四十九階層。つまりはシェルクラブを突破出来ていない。だが白撃の翼の火力ではシェルクラブを突破することは難しかったため、それはしょうがないことだ。
「コリナさんは白撃の翼っていうクランに在籍していたんだ」
「あー、あそこっすか」
ハンナはそのクランを知っていたのか、感心したような声を上げた。以前はヒーラー職でアタッカーをこなすという変なクランとして認知されていたが、白撃の翼の者たちは三種の役割が広まった途端、引っ張りだこになっていた。それほど環境が良ければ優秀な成果を発揮出来る者が揃っていたという証拠だ。
「祈祷師は白魔道士と全然違う立ち回りが出来るから、期待していいよ」
「そ、そんなことないですよぉ……」
コリナは褒められなれてないのかすぐに顔を赤くして俯いてしまった。実際白撃の翼に在籍していたメンバーの中でも、彼女はクランにほとんど誘われなかったので自信はない様子だ。
そうして三人の自己紹介が終わり、リーレイア、ゼノ、コリナの三人が無限の輪に加入することとなった。
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