第157話 シェルクラブ、再び
努がガルムとエイミーとの三人PTで行ったシェルクラブの巣に罠を仕掛けるという戦法は、新聞によって既に公表されて広まっている。シェルクラブ討伐にアタッカー職が必要ないという戦法は画期的で、すぐに中堅クランを中心に研究されていった。
それまでのタンク職はアタッカーを金で雇ってシェルクラブを倒してもらうという方法を取っていて、ゼノも妻に言いくるめられてそうしていた。ただそのためには高い費用がかかるので、中堅のタンク職は金策に苦しんでレベル六十止まりの者が多かった。
だが今はその罠戦法のおかげでタンク職も時間をかければシェルクラブを倒せるようになり、五十階層の壁を超えて有望なタンクが次々と現れ始めている。それに努がヒーラーと自身の保身のために行った三種の役割の布教で、タンク職の者たちは追い風を受けて今やキチンとした評価を受けることが出来るようになっていた。
(これでよし)
ダリルはシェルクラブの食いつき一番! と看板に書いていた店で買った毒入り回復魚を巣に撒くと、最後の巣である海辺近くの砂丘を探しに向かった。
シェルクラブの餌については中堅クランで研究が成され、最初は安価で食いつきのいいロブスターが一番だという結果が出た。そしてシェルクラブは巣に設置された毒入りロブスターを食した後、何百ものPTに狩られた。その後は毒も麻痺毒が一番効率的とわかるとそればかり使われた。
だが中堅クランがシェルクラブを乱獲してしばらくすると、変化が訪れた。まずシェルクラブがロブスターに食いつかなくなり、更に麻痺毒への耐性もついたのだ。
同じ方法でずっと狩られた階層主は耐性、もしくは何らかの対策が成される。これは三十階層主の
シェルクラブも何百回同じ方法で狩られたことで、麻痺毒入りロブスターへの耐性がついた。だが幸いにも巣の位置は変わっていないし、餌もロブスターに食いつかなくなっただけだ。なので現在は回復魚が食いつきやすいため使われていて、努が使っていた沼毒が流行っている。ダリルが用意したのも努と同様のものだ。
(よし、見つけた)
そして海辺近くの砂丘も見つけたダリルはスコップで穴を掘って回復魚や貝などが埋まっていることを確認し、それらを掘り返して毒入りのものにすり替えておく。
ただすり替えるにしても毒入りの回復魚が新鮮でなければシェルクラブに見抜かれるため、調達するにも適当な店では駄目である。出来るのなら浜辺にある海で回復魚を現地調達し、その日のうちに使うのが一番良い。
回復魚の調達は基本的にはギルド職員が行っているが、アルドレットクロウの下位軍も中々獲る量は多い。他にはマジックバッグを持ってその場で船を組み立てて網漁をする、なかば漁師のような探索者も存在している。網漁では回復魚以外の魚類も獲れるため、それらは食材として様々な飲食店に卸されている。
迷宮都市には様々な料理が見受けられるが、それは便利な魔道具が安価で流通していることの他に食材が豊富なことも大きな理由の一つだ。神のダンジョンの草原や森では様々な野菜が採れ、沼では絶品のキノコや様々な香草。そして浜辺では魚介類が豊富に漁れる。
なので探索者は魔石での稼ぎだけでなく、素材を採取して生活費を稼ぐことも仕事のうちだ。ただ最初は素材を見分けることが中々に難しいため、知識の豊富な古参探索者は頼られる。ちなみにダリルはガルムに知識を叩き込まれているので、新参者の割には物知りである。
そしてダリルは巣に罠を仕掛け終わると頭の上にある垂れた犬耳を澄まして戦闘音を察知し、すぐに四人の下へ戻っていった。
ダリルが走って戻ると三人は余裕を持って戦えている様子だった。コリナが両手を前に組んで願い、ゼノは無駄に洗練された動きでシェルクラブの攻撃を防いでいる。ディニエルもいつも通り攻撃を行っていた。
「ただいま戻りました!」
「おかえり」
ディニエルがダリルの方をチラリと見てそう言った後、シェルクラブへ矢を放つ。貝や鉱石を貼り付けて作られた鎧は既にほとんどなくなっていて、巨大な二つの鉗含む十本足の黒い甲殻には、全てヒビが入っている。
「ゼノさん! 代わります!」
「そうか。では頼むよ」
汗で濡れている銀髪を分けたゼノは少し引く。ダリルはウォーリアーハウルで大盾を振動させた後、タウントスイングでシェルクラブを殴りつけた。騎士職が良く使う鉄板のスキルコンボは、それだけで相当なヘイトを稼ぐことが出来る。
すぐにダリルがゼノからヘイトを奪うと、彼に守護の願いが届いてVITが上昇する。そしてディニエルがそれを確認すると強固な矢尻が特徴的な矢を番えた。
「いっぽーん」
ディニエルがぎりぎりと弦を引き絞って矢を放つ。それはシェルクラブの細脚の中心を捉え、ひび割れていた甲殻が割れた。
「にほーん、さんぼーん」
とぼけたような声とは裏腹に、放たれる矢は強烈な威力を秘めている。その矢はひび割れていた細脚に次々と突き刺さり、シェルクラブは悲鳴のような鳴き声を上げた。
「ダブルアロー」
そして細脚全ての甲殻を砕き終わると、ディニエルは巨大な二本の
その二射はダリルの横を通り過ぎて右鉗中心を的確に穿った。それを受けたシェルクラブは黒い触角を機敏に動かして明確に怯む。
「パワーアロー」
そしてダメ押しの一射。放ったと同時に空気が捻れ、唸るような音を立てながらその矢は右鉗の上辺に直撃。先の二射で中心が脆くなっていたため、鋭利な鉗部分がもがれるように弾け飛んだ。
「……うわ」
ダリルでさえその矢は絶対に受けたくないと思うような威力。ディニエルの強さをダリルもわかっていたつもりだが、今までハンナのように至近距離で見ることはなかった。その威力を目の当たりにして心底恐ろしく思っていると、ディニエルから離脱指示が出たので彼は距離を取った。
「ストリームアロー」
今回ディニエルは努に最高率を求められている。つまり矢に制限がない。いつも口うるさく矢の消費を聞いてくるオーリの顔を見なくともいいのだ。
ディニエルが番えたのは属性魔石の中でも貴重な雷魔石が織り込まれた矢。それを上空に放つと雷鳴のような音と共に、雷の雨がシェルクラブを襲った。
せっかく麻痺毒に対応したというのに、雷を受けて身体が痺れて動けないシェルクラブ。続いて第二射、三射と続けてディニエルはストリームアローを容赦なく放つ。どっと精神力を持って行かれたディニエルは青ポーションを口にした後、両鉗を下げて動けないシェルクラブの顔面にパワーアローを放つ。
その強烈な矢はシェルクラブの口へ綺麗に着弾する。ディニエルは軽々と矢を放っているが、その射撃威力はどれも重い。その全てがシェルクラブにとって痛烈である。
そして矢の雨を受けたシェルクラブは遂に力尽きて粒子化してしまった。
「あ」
ディニエルは盲点を突かれたような声を上げた。そして後ろで見ていたダリルに振り返る。
「ごめん。倒しちゃった」
「……いや、倒せるならいいんじゃないですかね」
「無駄に走らせてごめんね」
「な、なんで触ろうとしてくるんですか?」
すっと頭に手を伸ばしてきたディニエルにダリルが牽制するように言うと、彼女は考えるように目を閉じた。そしてパッと目を開ける。
「慰めてあげようと思って?」
「……絶対今でっちあげましたよね?」
「じゃあ正直に言う。触らせて」
「正直に言われても困りますよ!?」
「けち」
ディニエルは真顔のままそう言うと弓の調子を確認するように弦を引っ張った。ダリルは未だによくわからないディニエルの行動に肩を落とした後、ドロップした無色の大魔石を回収した。
「凄いのぉ」
「貴方に比べれば凄くない」
「いやいや、お主はエルフの中ではまだ若いほうじゃろ? これからも伸びると思うと末恐ろしいわい」
陽気に笑っているメルチョーにディニエルは垂れ目を少しだけ釣り上げた。
「貴方の方が恐ろしい。三百五十年生きているエルフの拳闘士を貴方は去年倒した。ツトムの次に興味のある人物」
「ほう、ツトム君の方が興味はあるんじゃな。なんじゃ? 惚の字かの?」
「暴食龍には貴方でも度肝を抜かれたはず」
「……まぁ、それはそうじゃな」
メルチョーは鼻の下に蓄えられている白髭を撫でる。神のダンジョンが出来た七年の間、探索者や民衆がそれに夢中になって外のダンジョンの間引きがされなくなった。そのことが原因で発現し、更に大規模なスタンピードを喰らって肥大化した魔物。あの異様な迫力にはメルチョーも度肝を抜かれ、もし貴族を守るという責がなければ真っ先に突っ込んでいただろう。
「バーベンベルク家の障壁を破れる存在。あんな化物を相手にツトムは冷静だった。貴方なら、まだ納得は出来たかもしれない。でもツトムは明らかにおかしい。何かあるとしか思えない。だから興味がある」
「ふぅむ。まぁ儂も興味はあるがの。貴族の情報網を使ってもほとんど足取りが掴めなかった男じゃ。それに暴食龍のことも事前に知っておった。お主の言う通り、何かあるんじゃろうな」
「あ、そうなんですか? 僕はガルムさんにツトムさんは孤児だって聞かされてましたけど」
「孤児にあそこまでの教養があるのなら、今頃人間は全ての人種を下に置いてる」
この迷宮都市での識字率はこの世界の中ならば高いものの、日本に比べると格段に下である。そのため正確な読み書きが出来るだけでも多少の教養はあると思われる。努は神に呼び出された影響で読み書きは出来るし言葉も通じる。それにオーリが来るまでクラン経営の帳簿を付けていることもディニエルは確認していたため、多少の学はあるということはわかっていた。
「あ、言われてみれば確かにそうですね」
「ダリルは何故頭が良いのに自分で考えることをしない? 貴方ならすぐにわかったはず」
「す、すみません」
「ただ疑問に思っただけ。謝らなくていい」
ディニエルの表情はほとんどが真顔なので言葉だけ聞くと叱られているように感じるが、彼女自身は特に怒ってはいない。ただ事実を言っているだけだ。ダリルはその言葉に顔を上げると黒い犬耳をもたげた。
「なら今度聞いてみます? ツトムさんに」
「あまり過去は語りたがらないように見える」
「まぁ、確かに……」
確かに努が自分のことを何か話しているところを、ダリルはほとんど見たことがない。それにディニエルほどではないが、努にも何か謎めいた雰囲気を感じることはあった。
「あまり無理に聞くのはよくない。でも気になる」
「……ガルムさんに今度聞いてみようかな?」
努に直接聞くのはダリルも何だか気が引けたので、結局ガルムに頼った。そしてシェルクラブを倒した五人はその後、五十一階層まで更新してから解散した。
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