第146話 新たなクランメンバー候補

 努はクランメンバー候補を結局八人までしか絞れなかったので、二人増えたが全員と会うことにした。適当な話しやすい店で待ち合わせし、一日一人と決めて努はじっくりと話をしていった。


 しかし相手も探りを入れていることをわかっていたのか、無難な対応をしてくる者が多かった。そして四人のタンク職と話し終わった。



(……いっそのこと、あの人入れてもいいかもな)



 努は一日目から超自信家の聖騎士と会ってげんなりしていたが、今考えるとあいついいかもなと思い始めていた。実力がある分癖があるのでどうかと思っていたが、そんなものはゲームの時もしょっちゅうだった。


 それに他のタンク志願者は、何処か有名なクランメンバーに引け目を感じている節が見られた。確かに無限の輪のクランメンバーは今や誰もが名の知られている者たちで、それに加えガルムやエイミーも入ってくる。なので二軍に入れれば御の字、といった意識はあったように見えた。


 努が三種の役割を導入したPTで火竜を討伐し、神台に映ったガルムの活躍によりタンクという概念は急速に広まった。使い捨てヒーラーを止めて騎士系のタンク職を採用することで、戦闘を安定化させる戦法は今の流行りとなっている。


 今まで荷物持ちくらいしか出来なかったタンク職もこの機会に乗り、どんどんとPTに進出していった。だがまだ何処かアタッカーに引け目を感じる者もいるようで、話したタンクたちもそんな様子は見られた。


 しかし初めからブッ飛んでいた聖騎士にはそんな気持ちなど微塵もなかった。荷物持ちに耐えられずタンク職が寄り集まったクランに入り、迷宮マニアのように記事を新聞に載せてもらって生計を立てていた彼を入れるのもアリなのでは、と努は思っていた。


 祈祷師に関してはすぐに決まった。白撃の翼というクランに加入していた祈祷師の女性。神台で見たところ彼女が一番上手いと感じ、話してみたところ性格も大人しく特に問題はなかったので即決した。


 そして今日が最後の候補者で、民衆に人気のある喫茶店で待ち合わせしていた。努がクランハウスから向かうと彼女は既に待ち合わせ場所で待っていた。


 アーミラの元クランメンバーである精霊術師の女性。つややかな緑色の長髪はアーミラほどではないが、肩より下まで伸びている。髪の上部分だけを結んで長さを調節していなければ、アーミラと同じくらい長さがありそうだ。



「初めまして。ツトムです。今日はよろしくお願いします」

「初めまして。リーレイアと申します。今日はよろしくお願い致します」



 それに手の甲や首にある緑の鱗からして竜人であることは間違いない。事前資料で外見特徴は調べていたが、やはりアーミラと何処か似通っている部分が感じられる。頭を上げた彼女と喫茶店に入り、正面の席に座る。


 雰囲気は礼儀正しく至って普通の女性に見える。顔つきはいかにも真面目そうで、何処か表情も固い。しかし歳は十七と若く、アーミラと一歳差だ。



(そういえばうちのクラン若いのしかいないな)



 ディニエルは例外だが、ダリルとアーミラは十六、ハンナは十七歳だ。ガルムやエイミーも努より年下なので、エルフという例外を抜けば努が最年長である。


 努は適当に飲み物を頼んだ後にマジックバッグから書類を取り出し、改めて目を通しながら話を進めていく。精霊術師のことや最高到達階層のことなどを聞いた後、本題に入った。



「リーレイアさんは既にアルドレットクロウの二軍に入っていますよね? そのレベルからしても伸びしろがありますし、一軍も目指せると思うのですが、今回はどうして無限の輪へ加入申請をしたのですか?」

「一番の理由は、七十階層攻略です。神台であの戦闘を見て、私は無限の輪がいずれ一番のクランになると確信しました」

「そうですか」



 まるで騎士のようにきりりとした表情で言ったリーレイアに嘘を言っている様子はない。ギルドが事前に調べている人物評価でも、彼女は非常に真面目な性格だと評されている。実際に神台で見ていても丁寧な言葉遣いや立ち回りが特徴的だった。



「以前、アーミラが設立したクランに入っていたようですが」



 努の言葉にリーレイアは細い眉をぴくりと動かしたが、すぐに言葉を返した。



「はい。そうですが」



 アーミラの名前を出すと、リーレイアの目には少しだけ嫌悪感のようなものが映った。努はそのことに気づいてどうしたものかと悩んだ。実力だけ見れば即決していいほどの人材。しかしアーミラといざこざを起こされると面倒ではある。



「その時の話を少しお聞きしたいのですが」

「……あの人は強かった。しかし上に立つ者ではなかった。それだけの話です。解散したことはご存知でしょう?」

「はい」

「彼女にはあまりいい感情は持てませんが、貴方のクランに入れるのなら些細な問題です。たとえ同じPTになったとしても絶対に問題は起こしません」

「そうですか。ではアルドレットクロウでの――」



 その後も努は世間話を交えつつ真面目なリーレイアと話し続け、三時間ほどで別れた。



 ――▽▽――



 それから努は装備の寸法合わせや準備などを済ませ、取材に答えたりオーリと追加の使用人採用を決めたりと忙しい日々が続いた。その間アーミラはカミーユと、ダリルはガルムと練習していた。


 ガルムは七十階層で醜態を見せたダリルを鍛え直す心づもりで指導していたのだが、彼の動きは意外にも良い。顔つきも前より良くなりもうすっかり立ち直っている様子を見て、ガルムは拍子抜けしていた。


 そして走り込みやスキル操作などの基礎練習を切り上げ、ダンジョンに潜ろうとした時。聞き覚えのある声が二人に近づいてきていた。



「散々練習に付き合ったのだから、私の我が儘も少しは聞いてくれよ」

「めんどくせー」



 それは困ったような顔をしているカミーユと、彼女を毛嫌いしている様子のアーミラだった。二人並ぶと姿形だけはあまり変わらず、親子なのだということがわかりやすい。そしてカミーユが二人に気づいて軽く話をし、これからダンジョンに潜ると聞くと目を輝かせた。



「丁度いい。私たちも潜ろうと思っていたんだ。よかったら一緒に潜らないか?」

「是非お願いします。となると、ヒーラーがあと一人欲しいですね」

「そうだな。一人連れてこよう」



 そう言い残したカミーユは暇をしているギルド職員を探し始める。少しするとカミーユはダリルがいると聞いて飛んできた受付嬢の白魔道士を連れてきた。そしてその五人でPTを組んで火山階層に向かうことになった。



「ダリル君。よろしく頼むよ」

「は、はいぃ!! よろしくお願いします!!」

「けっ。大袈裟なんだよ」



 ギルド長のカミーユに挨拶をされて恐縮しているダリルを、アーミラはくだらなそうに見ている。すると美人の受付嬢は苦笑いしながら二人に声をかける。



「二人とは組むの初めてだし、ちょっと打ち合わせしようか」



 ヒーラーを受け持つことになった受付嬢は、ダリルとアーミラを集めて打ち合わせを始める。誰かが死んでしまった時の対応や、かける支援の種類などを軽く話し合い、五人は六十三階層でレベル上げと素材を集めることになった。


 久しぶりの五人PT、それもお互い師匠がいる状況なのでアーミラとダリルはやる気充分である。カミーユは娘とダンジョンに潜るのは久々なので張り切り、ガルムはいつもと変わらず冷静だ。受付嬢はやけに張り切っているギルド長を微笑ましげに見ている。そんな五人は軽く雑談しながら魔法陣で六十三階層へ転移した。


 それからしばらくダンジョンに潜ってモンスターを倒したり、鉱石を掘って素材集めをした。カミーユは意識のある龍化を使えて技術もあるので、完全にアーミラの上位互換だ。ガルムは騎士なのでダリルと違い身軽な動きが出来るうえ、無理やりアタッカーを務めていた経験もあるので柔軟な対応が出来る。


 カミーユやガルムの動きは二人にとって参考になるもので、このPTを組めたことは幸運と言えるだろう。しかしダリルとアーミラは戦闘中、微妙な表情が顔に出てしまっていた。


 たまに切れる支援スキル。一度も来ないメディックにモンスターへのスキル誤射。特にダリルから見ると様々な問題点がヒーラーの受付嬢には感じられた。戦闘が終わった後それを言おうかダリルが迷っている間に、アーミラがあっけらかんと言った。



「やっぱツトムの方がうめぇんだな」

「……あれと比較されるのはたまらないわね。何がいけなかったかしら?」



 その言葉に受付嬢は困り果てた顔をした後、アーミラに尋ねた。すると彼女は地に刺した大剣の柄に腕を乗せて寄りかかりながら答える。



「あの、青いやつ。あれが切れるとこっちは面倒くせぇんだ。切れるたびに感覚変わるからよ」

「ヘイストね。わかったわ。切らさないよう心がける。でもアーミラさんも少しは合わせてほしいよ。あんな好き勝手に動かれたら難しい」

「あん? そうなのか?」



 アーミラの眉を潜めての返事に受付嬢は少し顔をしかめた。



「ギルド長やガルムは何度も組んでいるから合わせやすいけど、そもそも貴女と組むのは初めてなんだから、上手くいかないのは当たり前じゃない。私も合わせる努力はするけど、貴女もしてくれないと困る」

「……まぁ、しょうがねぇのか? わりぃ。じゃあ龍化は――」

「あれは無理。戦闘中に当てるなんて芸当は私じゃ出来ないわ」



 努はアーミラの龍化を解除するために戦闘中メディックを当てているが、あれは置くメディックと行動先を読む力がなければ再現は難しい。恐らく受付嬢も集中すれば何とか当てることが出来るだろうが、それを戦闘中に片手間で行うことは不可能だった。なのでまだ龍化を自分で解除出来ないアーミラは、努がいなければ龍化運用は難しい。


 その後もアーミラと話し合って動きを合わせることを意識させた受付嬢は、少しウキウキしながらダリルに振り返った。彼女は以前からガルムの後ろにいた彼が気になっていて、無限の輪に入った後の活躍を見てファンになっている。なのでダリルとPTを組めることは彼女にとって嬉しいことだった。



「ダリル君は何かあるかな?」

「えっと、全部ですかね?」

「…………」



 猫なで声で尋ねた受付嬢は、ダリルの辛辣な返答に思わず表情を固まらせた。固まってしまった受付嬢を不思議そうに見ているダリルは、自分が意識せず言ってしまった言葉を認識した途端に顔色を変えた。



「あ!! すみません! ごめんなさい!! 言いすぎました!」

「ぜ、全部かぁ……。ははっ。全部かぁ」



 まるで廃人になってしまったように上擦った声を発している受付嬢に、ダリルは必死で謝る。すると受付嬢はダリルに声をかけられる度に段々と正気を取り戻していく。



「初めてなのでしょうがないですよ!」

「そ、そうかなぁ?」

「そうですよ! それに僕も練習したかったので丁度いいんです!」

「え、それって私が弱いから練習になるって……」

「いやいやいや!? 違いますって! さっき貴女が言っていたじゃないですか! 僕も好き勝手動いていたと思うので! こちらも合わせます!」

「少しは言葉を選べ……」



 慌ててフォローに回るダリルを見てガルムはやれやれといった様子でため息を吐く。その後何とか受付嬢のメンタルは回復し、引き続き探索が行われた。



「余裕のある時はメディックを頂けると助かります」

「わかったわ」



 受付嬢も一度引退しているとはいえ、シェルクラブを突破していたクランに在籍した経験がありレベル七十まで到達している者だ。段々と戦闘をこなすにつれてこのPTの支援回復にも慣れてくる。


 とはいえ努のように支援スキルの残り秒数を正確に把握し、ヘイト管理や指示出しをすることは至難の業だ。今回はタンク二人が優秀なのであまり深手を負うことがないので問題ないが、もしどちらかが崩れれば途端にヒーラーは追いつかなくなるだろう。



「ディフェンシブ」



 ダリルは今までガルムと同じように立ち回っていたが、最近は重騎士専用スキルをどんどんと使い始めている。アーミラも金色の調べの大剣士を見てからスキルを積極的に使うようになった。


 それに初めて組むヒーラーの受付嬢と何とか連携しようと二人は努力していた。ダリルは他人の指示だけでなく自分でも考えるようになり、それを実現出来る実力があるので段々と形になってきている。アーミラは今まで誰かに合わせるということをしていなかったため、随分と不格好になっているが頑張ってはいた。


 以前のアーミラならば味方と合わせることなど絶対にしなかっただろうが、今は初対面の受付嬢と動きを何とか合わせようとしている。無限の輪では努が勝手に合わせていたため味方と動きを合わせるということは下手くそであったが、カミーユはその光景を見て少し涙ぐんでいた。



「あまりうかうかしては、いられないようだな」

「そうですね」



 カミーユの言葉にガルムは頷く。ダリルはガルムの立ち回りを吸収し終わり、今は自分の立ち回りを模索して試行錯誤している。そのことにガルムは子が巣立ったような寂しさを一瞬覚えたが、すぐ切り替えるように尻尾で地面を叩いた。

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