第147話 仲間は利用するもの
努は新クランメンバーの加入や七十一階層に向けての準備を、ディニエル以外の三人はそれぞれ特訓をして二週間が経過し、ハンナが故郷の村から帰って来た。
「ただいま帰還したっす!」
「おかえり」
外は寒いが相変わらず元気なハンナもクランに戻ったところで、努は追加のクランメンバーの書類を皆に渡した。
「この人たちが新しいクランメンバー候補ね」
努はステータス情報が書かれた用紙を皆に配る。そしてアーミラを注意深く見たが、彼女はリーレイアの名前を見ても特に動じることはなかった。
「……アーミラ、この子の名前見覚えない?」
「あ? リーレイアのことか?」
「うん」
「何であそこからわざわざこっちに来たのかはわからねぇが、いいんじゃねぇの」
アーミラはリーレイアのことを特に気にしてはいないようだった。この三人の候補はまだ加入を確定していたわけではなかったが、それなら一度入れてみてもいいかなと努は一安心した。
「おっけー。じゃあこの三人は一週間後に来るからよろしく。皆と同じように試用期間を取るから、何かあったら言ってくれ。それじゃ、今日は解散。七十一階層に潜るのは明日からね」
四人は努の言葉に返事をすると、ハンナは故郷の村で随分としごかれて疲れていたのでオーリにマッサージをせがんでいた。ディニエルはすぐに部屋へ帰り、ダリルとアーミラは目を合わせると努の方にやってきた。
「ツトムさん。よければダンジョン行きませんか?」
「お、いいよ。僕も最近潜ってなかったし、慣らしたいからね」
とは言っても自主練はなんだかんだこなしていた努は、やる気のある二人を連れて七十一階層に向かうことにした。その前に努は二人に新調した装備を渡した。
「はい、これ。新しい装備」
「……ふーん」
雪原階層は防寒対策をしなければ探索することは非常に厳しい。シルバービーストのように地形効果を無効化出来るスキルを持つ高レベルの冒険者もいないため、対策は必須だ。
アーミラは背中部分が開閉式に変更されている赤の革鎧を受け取り、ジロジロと見回す。龍化で翼が生えるので背中部分はどうしても開ける必要があるため、今回は事前に開け閉めする器具を取り付けて対策した。他にも内側には防寒性の高いモンスターの皮をなめして貼り付けて、肌触りの良い羽毛も仕込んでいるので以前のものより優れている。
ダリルの重鎧は防寒に特化したものに切り替え、炎魔石を燃料に採用して更に熱を発生させることに成功している。それに熱を利用して雪原階層のモンスターに対しての攻撃手段も備え付けられていた。その分重量は増したが、重騎士のダリルならば装備重量軽量化の恩賜があるため問題ないだろう。
その下に着るインナーも防寒対策が成されたもので、ブーツも新調して雪の上を歩きやすいものに変えた。その他手袋やニット帽、カイロなどの防寒グッズも多数取り揃えている。これだけ揃えれば初期のアルドレットクロウのように凍死するような事態は避けられるだろう。
「手袋いるか? 邪魔くせぇんだが」
「慣れといた方がいいよ。どうせ後ですることになるだろうし」
「ふーん」
アルドレットクロウとシルバービーストは氷魔石のゴタゴタがありまだ七十五階層までしか到達していないため情報が公開されていないが、努は後半の雪原階層で吹雪エフェクトがあったことを知っている。それに階層主も吹雪を起こしてくるので、防寒に気を遣った方がいいことはわかっていた。
努は黒いマフラーや手袋を嫌がるアーミラを説得した後、自分も重ね着してマフラーや手袋をした後にギルドへ向かう。そして受付を済ませて魔法陣から七十一階層へ飛んだ。
雪が一面に積もっている景色を眺めた努は一頻り感動した後、早速ポーションの詰め替えを始めたがふと思った。
(ポーション凍ったりしないかな)
今のところ先行している二つのクランからそういった情報は出ていないが、見ているところ階層が進むごとに寒さは増しているようだった。そうなると液体のポーションが凍ってしまう事態が発生するかもしれない。
八十階層までにポーションが凍ることになれば、何かしらの対策をしなければいけないだろう。ポーションは凍ってしまうと効力は落ちると聞いているし、容器から取り出すのも一苦労だ。そのため液体を維持する措置が必要になる。
(まぁ、アルドレットクロウが八十階層行ったらわかるか)
ただ実際にポーションが凍ることになれば確実に騒ぎが起こるので、その時になるまでは頭の中に入れておくだけで構わないだろう。あまり露骨に対策してしまうとまたスタンピードのように悪目立ちしてしまうので、それは避けた方が無難だ。
努はいつものようにポーションを移し終えると二人に支給し、せっかくなので新調したブーツで雪を踏みしめて進んでいく。すると雪原階層定番のモンスターである、
(ぼっちじゃなきゃお前たちは怖くないからな)
一人で五台PCを駆使して百階層までクリアした時、一定時間無限に湧き続ける雪狼たちに操作面で苦戦していたことを思い出した努は懐かしく思った。今回は地上から二人に支援を飛ばし、エアブレイズで攻撃もしていく。
ダリルとアーミラは雪の足場にまだ慣れていないので動きは悪いが、それでも雪狼くらいなら問題はない。ダリルはたまに集団で飛びかかられて体勢を崩してしまっていたが、彼のAを越えるVITならば余裕で耐えられる。
VITの恩恵が薄くクリティカル判定のある頭には気をつけなければいけないが、そんなことはダリルもわかっているのできちんと守っている。その内に努の攻撃スキルやアーミラの攻撃で雪狼は怯まされ、ダリルは起き上がって再びヘイトを取る。
なんなく雪狼の群れも突破した三人は、その後どの階層にも基本的にいるスライムやオークなども順調に倒していく。そして三戦目ほどでドロップした小さめの氷魔石を努は拾った。
氷魔石はアルドレットクロウに莫大な富をもたらしたが、その代わりに面倒事の対処もしなければいけなくなった。氷魔石の利権を争う様々な団体と交渉して纏めるのは非常に苦労したことだろう。
賄賂、恐喝、甘い落とし穴なども当然のように横行し、大手クランの中でも大規模な人数を統率出来ていたアルドレットクロウですら様々なトラブルが起きた。もし他のクランならば潰れていてもおかしくはない。
しかしルークやキャリアのある事務員たちの活躍で氷魔石の利権争いは、何とか軟着陸させることが出来た。その後のルークや事務員の死んだような目を見れば、よほど苦労したのだろうということは窺える。
そんな中二番目に雪原階層へ入ったシルバービーストも大きな団体から様々な交渉をされた。ただアルドレットクロウでのいざこざが新聞記事にもされていたため、比較的情報が仕入れやすかったのでそこまで苦労はしていない様子ではあった。
無限の輪も七十階層突破後は多少干渉があったが、もう二つのクランが大量に氷魔石を流通させていたためそこまでの圧力はかからなかった。そもそも迷宮都市を統治しているバーベンベルク家に表彰された者へ圧力をかけられる団体など存在しないが、面倒事が避けられたので努は良かった。
その後も三人は雪原階層を探索して氷魔石を集め、一定数集まると努は休憩することにした。まだ地面の雪は足が埋まるほどの深さはないが、それでも気を遣うので普段より疲れるものだ。
地面にシートを広げた後に雪の上へ三脚を突き刺して魔道具のコンロを起動させ、鍋を置いてコーンスープを温める。ダリルがわくわくした様子で覗き込んでいたので彼にコーンスープのお世話を任せると、努は色別になっているマグカップを準備した。
「ツトム、お前やっぱいいな」
「へ? どうしたのいきなり」
大剣を雪の上に置いたアーミラの賞賛に努は目をぱちくりとさせた。するとアーミラはその反応が気に入らなかったのか、少しむくれながら赤いマグカップを奪うように取った。
「お前と組むのはいいって言ってんだよ」
「はぁ、それはどうも」
「てめぇ! もっと嬉しそうにしやがれ!」
「ツトムさん! 煮えましたよ! 飲んでいいですか!」
掴みかかってくるアーミラとわちゃわちゃしていると、ダリルがコーンスープの出来上がりを知らせてくる。努は雪を丸めて投げてくるアーミラの頭にメディックの弾丸を飛ばした後、おたまを出してコーンスープをマグカップに注ぎ始めた。
「何なんだよ。全く」
「あー、この前ギルドの皆さんとPTを組んで練習したので、多分それだと思います」
ローブについた雪を努が煩わしそうに払っていると、すぐにコーンスープを飲み終えておかわりしているダリルが苦笑いしながらそう言った。努はダリルの言葉を聞いて少し考えた後、得心のいったような顔をした。
「……あぁ、僕以外の白魔道士と組んだのね。ちなみにダリルはどうだった?」
「まぁ、普段と違うので色々と言いたくはなりました」
「だろうね。ギルドのヒーラーはまだ成長段階だろうし、初めて組むPTならしょうがないだろうけど」
努はあっさりと言うとコーンスープをふーっと冷まし、ちびちびと飲んだ。直接教えた中で自分の立ち回りと似ているステファニーですら完成していないのだから、他が下手と感じるのは当たり前のことだ。
「でもダリルがそう思ってくれるのは嬉しいね。やっぱりタンクに対しては一番気を遣ってるからさ。これからもよろしく頼むよ」
「は、はい! こちらこそ!」
「…………」
かしこまったように頭を下げるダリルに、コーンスープを飲みながら無言を貫いているアーミラ。視界の端でへそを曲げている様子の彼女を見た努はおたまを向けた。
「拗ねるなよ」
「は? 殺すぞ」
「おぉ、怖い怖い。心配するなよ。アーミラもしっかり強くなってるでしょ?」
「……他のヒーラーと組んでから、お前に甘えてるのがわかった」
あの練習の後もアーミラはしばらくギルドの者たちとダンジョンに潜っていたが、彼女の龍化に合わせられるヒーラーはいなかった。色々なヒーラーと実際に組んでみてわかったことは、今まで何も考えずに戦えていたことは全て努のおかげだったということだ。
「このままじゃ二軍落ちは目に見えてる。お前に合わせられてるだけじゃな」
「……へー。そこまでわかってるなら、上出来だよ」
歯を食いしばっているアーミラを見て努は向けていたおたまを下げた。
努がクランメンバーを追加するのは、先の階層に向けての戦力増加や戦略の幅を広げることが一番の目的だ。だが今いるクランメンバー、特にアーミラ、ダリル、ハンナを成長させるために入れる面もあった。
何もせずに一軍でいられるのなら、誰も試行錯誤をしなくなり停滞することは目に見えている。努とてそれは同じだ。日本に帰るため彼は手を抜かずに全力で取り組んでいるが、もしそれがなければだらだらと魔石を拾って生活費を稼ぐことしかしないかもしれない。死の危険がある階層主にも挑まないだろう。
「二軍落ちしてから考えるかなと思ってたけど」
「……お前と組めるなら、何だってやってやるよ。俺は何をすりゃいい?」
真剣な目で見つめてくるアーミラに努もおちゃらけるのを止めて、おたまを雪に擦りつけて拭いてマジックバッグへしまった。
「そうだね。アーミラには龍化っていう誰にも負けないアドバンテージがあるから、まずはそれを磨こう」
「……それだけか?」
「うん。それだけ」
「それじゃあ今までと変わらねぇだろ? もっとこう……あんだろ? 動きを合わせるとかよ」
「うーん。アーミラは合わせろって言われて合わせられるの? 今までロクに合わせることをしてないんだから、今それをしても間に合わないと思うよ」
「…………」
アーミラは今まで好き勝手動いていたので、誰かに合わせるということが得意ではない。それはギルド職員とPTを組んでひしひしと感じていたことだ。
「まずは龍化を完全に制御するようになることから始めよう。一先ず自分で龍化を解除出来るようになることと、ある程度意識を保てるようになること。それが出来るようになったら支援スキルに合わせる訓練をするといいかな」
「……でもそれじゃあ、結局お前に甘えてるじゃねぇか」
「そこは存分に甘えていいんだよ。何のために僕がいると思ってるんだ」
悔しそうに俯いたアーミラに努は呆れたような視線を向けた。
「自分で全部やろうとするなよ。何のためにPT組んでるんだ? ……そうだな。アーミラ風に言うと、仲間なんて利用して上等だよ。だから僕をガンガン利用して成長すればいい」
「……お前、それ本音っぽいな」
「いや、流石にそこまで冷たくは、ないよ? でもどうせ僕が仲間を信頼しろとか言っても信じないでしょ?」
「違いねぇな」
取り繕うように目を逸らした後諦めたように両手を広げた努に、アーミラはくだらなそうに笑った。
「……はっ。じゃあ遠慮なく利用させてもらうぜ」
「好きにしなよ。僕もダリルにモンスターは任せてるし、アーミラに攻撃を任せてる。お互い様だよ」
「……ほんと、ムカつくやつだな」
努が避けタンクをしたり積極的に攻撃をしているところを見ているアーミラは少しイラッとしたが、彼は不思議そうにするだけだった。
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