第145話 強かった父

 努は新聞社に依頼してクランメンバー募集用紙のデザインを決め、数日後には完成したので掲示板に張り出した。条件はレベル六十以上の祈祷師一人、聖騎士か暗黒騎士を一人、魔法系アタッカーを一人である。ただ二、三ヶ月の間は二軍前提で募集している。


 その後観衆の多い時間帯に無限の輪は七十一階層に潜り、クランメンバーを募集していると宣伝もかけた。その翌日の朝刊でそれは記事となり、ギルドの掲示板前は中々混沌なことになっていた。


 レベル六十となると大手クランで効率的なレベル上げをした者か、中堅クランで古参の者などが対象になる。そのため努はそこまで多くは来ないと思っていたが、三十人を越える数が来て驚いた。


 掲示板に張り出した翌日にギルド員から申請者の経歴やステータスカード情報が書かれた書類を受け取って、努は一つ一つ精査していく。応募者はやはり何処かのクランに所属している人ばかりで、アルドレットクロウから来ている者もいた。



(取り敢えず六人くらいまで絞るか)



 その書類の中には努も神台で見たことのある人物がちらほらといたが、やはり直接会って話してみなければわからないこともある。なので努はレベルや経歴を見てある程度人数を絞り、後は直接会って見て決めることにした。


 その間努は忙しくなりあまりダンジョンに潜れないが、まだ雪原階層の対策装備が出来ていないのでどちらにせよ変わらない。努は二週間ほど無限の輪の活動を休止することを告げると、ディニエルは目を輝かせた。



「あ、それじゃああたしは一回帰るっす」

「了解。気をつけてね」



 その期間中ハンナは一度帰省し、親に改めて飛び方を教えてもらうらしい。アーミラとダリルは引き続きレベル上げをしながら、カミーユやガルムのところへ通うとのことだ。


 翌日にはハンナが軽く荷物を纏めて迷宮都市を出ていき、ダリルとアーミラはクランハウスで朝食をがつがつと食べた後は二人でダンジョンへ向かう。ディニエルは部屋に引きこもり、努は書類を見て採用するクランメンバー候補を絞っていく。



(……静かだな)



 久々に誰もいないリビングを見た努は、少しだけ寂しさを覚えた。暖房の魔道具に無色の魔石を投入し、肌寒く感じる室内の温度を上げていく。もう季節も冬になりすっかり寒くなってきたので暖房は必須だ。


 寒さを凌ぐため火の魔石や魔道具の燃料となる無色魔石も需要が高まり、最近は炎魔石を使った強力な魔道具も開発され始めていた。迷宮都市は火の魔道具でも充分寒さを凌げるのだが、他の地域では炎魔石でないと厳しい所もある。そんな地域にとって神のダンジョンで安定して炎魔石が取れることは朗報で、大々的に報道されていた。


 火の魔道具のおかげで段々と部屋も暖まってきたので、努は冷たい手を擦り合わせながらソファーに座る。そして机の上に書類を見て精査していく。


 申請してきた者たちはレベル七十の者がほとんどで、六十付近は少ない。レベル七十は古参の証明であるため、良い判断材料だ。この世界でのレベル上げに必要な経験値はゲームと同じであるが、実際にモンスターと戦闘して倒す過程があるため上がる速度は違う。経験値ブーストが出来る課金アイテムなどもないため、レベルには一定の価値がある。


 ただしレベルだけで実力を判断してはいけない。あくまでレベルは指標の一つであり、それが絶対ではないのだ。いくらレベルが高くとも実力がなければ話にならない。


 この世界ではレベルやステータスで実力を判断する者が一定数いるが、それは視野が狭いと言わざるを得ない。レベルはどのモンスターを倒しても必ず経験値が貰え、それが一定の値まで蓄積すれば上がる。階層ごとにレベル上限が設けられているが、五十階層を突破していればレベルは七十まで上がるのだ。


 この世界のレベルは実際にモンスターと戦闘しなければいけないため、確かにゲームより上げづらい。しかしゲームと違いモンスターからドロップする魔石でお金が稼げるので、時間はたっぷりと使える。


 なのでレベル七十の者たちもキチンと精査する必要がある。今までどんなクランに入り、どのような実績を残してきたか。それが重要であってレベルは条件の六十以上さえあればいい。



(それがわかってないんだろうなぁ……)



 やけにレベルのことを自慢するように書いている中堅クラン所属者の書類を努は二つ折りにして、次の書類に手を伸ばす。レベルがカンストしていても弱い者たちは今まで腐るほど見てきた。レベルしか自慢出来ないような人材はいらない。



(お、アルドレットクロウからか)



 次の書類を手に取って見ていくと、レベルは六十一だがアルドレットクロウ所属の者から申請が来ていた。ジョブは精霊術師。副ギルド長と同じジョブでアタッカーに分類される。



(……あ、この人、アーミラの元クラメンかー。なんか意図あるのかな)



 アーミラの元クランメンバーたちは解散後散り散りとなったが、八割はアルドレットクロウに入れるほど優秀な者ばかりだった。そして無限の輪に加入申請している精霊術師の者は、その中でもとびきり優秀で既に二軍へ入っている。


 アルドレットクロウの二軍というのは、よほどの実力がなければ厳しい。アタッカーで入っていたハンナでも、最終的な経歴は三軍だった。しかしその精霊術師の女性は入ってすぐに二軍へ入り込んでいる。



(経歴だけ見たら間違いないんだけど……)



 レベルは条件ギリギリだが実力は確かなことは経歴を見ても間違いない。ただし変な意図があると困るので一先ず会って話を聞いてみようと思い、努はその書類を取っておいた。


 その後も努は書類を見て候補を絞っていき、今後誰と会う約束を取り付けるか順番を決めた。



 ――▽▽――



 努が無限の輪の活動を二週間休止することを宣言した後、暇になったアーミラはカミーユに稽古でもつけてもらおうと一度実家に帰った。そして仕事帰りのカミーユは家に帰っていたアーミラと久々の模擬戦をすることになった。



「久々に帰って来たかと思えば、早速か。ゆっくりと話でも聞かせてほしいのだが」

「俺に勝ったらいくらでも話してやる。さっさと構えな」



 自分勝手な娘にカミーユは諦めたようにため息を吐いた後、いくつも傷のある木の大剣を構えた。父が死んだ日からアーミラは毎日稽古をせがんでくるようになり、今まで何度も打ち合ってきている。


 犯罪クランの残党に刺され、一命は取り留めたもののその後病死してしまった夫。犯罪クラン撲滅に最も貢献した当時のギルド長である夫をカミーユは誇らしく思っているが、アーミラは違った。父は弱かったから死んだと言って、それからはがむしゃらに力を求めるようになった。


 突っ込んでくるアーミラをカミーユはいなす。それは無邪気に飛びかかってくる子竜を親があやしているかのようだ。まだまだ二人の実力には差があるため、カミーユの優勢は崩れない。



(……変わったな)



 しかしカミーユはアーミラの変化を敏感に感じ取っていた。今までのアーミラはとにかく力でねじ伏せようとする面があった。しかし今は打ち合いながら様々なことを考えている。


 横合いからの攻撃に相手はどう対処するか。相手の攻撃をどのように受けるか。カミーユに今まで教えられていたが使っていなかった技術を、アーミラは所々駆使して戦っていた。



「あのクランに入って、一皮むけたみたいだな?」

「……その余裕面、剥がしてやる」



 アーミラは模擬戦用の大剣を振りかぶりながら口にした。



「龍化」



 手の甲や首に張り付いている赤鱗と長い赤髪が輝き、背中から翼が生える。いつも追い詰められた時に使っていた龍化。それを今使ってきたことにカミーユはニヤリと笑いながら大剣を受け止める。今までの龍化とは違う、意思の混じっている剣戟けんげきを受け止めていく。



「わかっているさ。今までと違うことは」



 レベルも六十まで上がったことによりステータス差も一段階しか変わらない。そして龍化を使うことでステータス差はなくなる。それに加え今までの龍化と違い、多少の意識があるのだ。技術で勝っているとはいえ、模擬戦にもかかわらずあちらは全力。手加減をしているカミーユではどうしても防戦一方となる。



「龍化」



 なのでカミーユも龍化を使ってステータスを上げる。カミーユの龍化はアーミラと違い完全に意識があり、その差は大きい。あっという間にアーミラの大剣が弾き飛ばされ、地面に押さえつけられた。


 龍化を解除させる方法はメディックを当てるか気絶させる二つがある。ただ龍化中は精神力を消費しているので、それが切れれば勝手に気絶する。そのままアーミラを押さえつけて精神力を切らさせ、気絶に追い込んだカミーユはすぐに立ち上がった。



「我が娘ながら、末恐ろしいよ」



 十六歳という若さでここまでの剣技を習得し、龍化を制御出来るものなどアーミラしかいないとカミーユは思っている。愛おしそうにアーミラの頬を撫でたカミーユは、気絶した彼女を担いで家に連れ帰った。


 そしてアーミラが起きるまでに料理の下ごしらえを済ませていると、毛布をかけられていた彼女が跳ね起きた。そして忌々しそうにキッチンにいるカミーユを睨みつける。



「……ババァ、てめぇ。龍化しやがったな」

「先に使ったのはそっちだろう?」

「クソったれが」



 アーミラは拗ねたように毛布を頭に被ってうずくまった。今日こそは一本くらい当てられると思っていただけに、相当悔しかったようだ。



「私が龍化を使わなければいけないほど、成長しているということだよ、アーミラ」

「負けは負けだ。黙ってろ」

「はぁ、全く。そういうところは変わってないようだな。ほら、腹が減っただろう? もうすぐ焼けるからな」

「……ちっ」



 久しぶりに嗅いだチーズドリアの焼ける匂いに思わず頬が緩んでしまったアーミラは、舌打ちした後に毛布から顔を出した。クランハウスで食べるオーリの料理もアーミラは好きだが、やはり家庭の料理には勝てない。


 少しするとカミーユがミトンを手にはめてオーブンから耐熱皿を取り出し、パチパチとチーズが音を立てている焼きたてのドリアが食卓に並んだ。カミーユが自分の分を持ってくるのを待たず、アーミラは焦げ目のついたドリアにスプーンをざっくりと突き入れる。そしてふーっと冷ました後に口へ入れた。



「あふっ。はふっ」

「ふふふ」



 相変わらず熱いとわかっているのに構わず口へ入れるアーミラに、カミーユは笑いながら自分の分も卓に置いて厚いミトンを手から外す。しばらくアーミラの食べる様子を嬉しそうに眺めた後、カミーユも食事を始めた。


 そしてアーミラがある程度特製のドリアを食べ進めた後、カミーユは飲み物で口を冷ますと視線を向けた。



「アーミラ、無限の輪はどうだ? ツトムはお前のお望み通り強いだろう?」

「んなことは最初から知ってるっつーの」



 スタンピード防衛時にアーミラも前線にいたため、暴食龍の恐ろしさを知っている。竜人ならば本能的に勝てないと瞬時にわかるような強者だった。そして誰もが動けない中、先陣を切った努の姿を見ている。なのでアーミラは最初から努のことだけは強者と認めていた。



「……あぁ、でもよ――」



 だが、身体はデカイ癖になよなよしている犬人、羽タンク、やる気のないエルフ。その三人をアーミラは強者とは思わなかった。クランに入った初めディニエルだけは同格と捉えていたが、後の二人は格下に見ていた。


 しかし努の提案で三人と勝負することになり、ものの見事にボロ負けした。勝負内容もアーミラが納得したものであったにもかかわらず負けた。特に犬人と羽タンクに負けると思っていなかっただけに、アーミラは心底驚いて夢かと思った。


 その後もダリルに龍化を止められたり、火竜戦で戦うハンナやマウントゴーレム戦のディニエルを見て凄いと思った。努を見てから単に力だけが強さではないと思い始めていたアーミラは、その三人を見て強さの認識が変わった。



「……強さってのは、わからねぇもんだな。俺だけじゃ、わからねぇもんだ」



 七十階層で醜態を見せたダリルには、認めていただけに腹が立って再び弱者と決めつけた。しかしその後ダリルはすぐに立ち直り、今も努力している。努の新聞を覗き見て元クランメンバーが、自分の落ちたアルドレットクロウに多数加入していることを知った。弱者と思っていた元クランメンバーたちは、少なくとも自分より強いと評価されている。



「俺が弱いから、そう見えてただけか?」

「……そうかもしれないな。とは言ってもアーミラ、お前は若い。それがわかれば上出来だ」



 カミーユは静かに頷きながら食事を進める。するとアーミラは気づいたように彼女を見返した。



「……なら父さんは、強かったのか?」

「…………」



 アーミラの言葉にカミーユは絶句して手を止めた。アーミラの口からそんな言葉が出るとは思わなかったからだ。


 少し放心していたカミーユは前にいる娘の不安そうな目を見ると、気を取り直してゆっくりと席を立った。そしてアーミラに近づいてゆっくりと肩に手を置いた。



「あぁ。とても、強かった」

「……そうか」



 父はカミーユの尻に敷かれていたし、家庭でも一番序列は低かった。アーミラもよく飛びかかって虐めていた記憶がある。だから父は弱いと思ってはいた。


 ただ、全てを受け入れてくれるような優しさを持っていて、そんな父がアーミラは好きだった。だが父は弱いから残党に刺された。それから父は段々と衰弱していき、病で死んでしまった。弱いから死んだ。いくら優しい者でも、弱ければ死ぬ。弱さは罪。そう思っていた。



「……そうかよ」



 自分が泣いているのに笑顔を絶やさず息を引き取った父の姿を思い出して、アーミラは絞り出すように呟いた。

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