第144話 有り得ない未来

 その後努はガルムからもあと数ヵ月で新人の指導と引き継ぎが終わると聞いたので、今がクランメンバーを入れるタイミングだろうと判断した。そして昼頃にクランハウスへ帰ると、昼食を食べているクランメンバーたちに相談した。



「ガルムとエイミーがあと二、三ヶ月で入るそうだから、追加でアタッカータンクヒーラーを一人ずつ入れてみようと思うんだけど、どうかな?」

「いいんじゃない」



 ディニエルはあっさりとした言葉を返したが、他三人の表情は硬い。今までは人数が五人しかいなかったため、必然的に一軍だった。しかしクランメンバーが新たに三人入れば当然二軍が生まれる。


 一軍を争うことがダリルとアーミラは初めてで、自分の実力も把握しているため厳しい表情をしている。ハンナもアルドレットクロウで身にしみているので楽しそうな表情はしていない。



「取り敢えず、ヒーラー枠に祈祷師は確定で入れる。後はタンク枠に聖騎士か暗黒騎士、アタッカーは黒魔道士とか、呪術師辺りがいいかなって考えてる」

「あれ? ヒーラーは祈祷師なんすね。白魔道士じゃないんっすか?」

「うーん。まぁどうしてもって言うなら白魔道士入れてもいいけど、僕より上手い人いるかな。今のところ対抗馬として見るなら、立ち回りの違うロレーナくらいしかいないと思うけど」

「そ、そうっすか」



 表情を変えず言い切る努にハンナは思わず気圧されたが、自分も避けタンクが入って来たら負けないという気持ちは持っている。今までは数の多いアタッカーという立場にいたため言い訳出来たが、今は出来ない。ハンナは気を引き締めるように口を一文字に結んだ。



「ただ、今から新規で入れるクランメンバーは二軍前提で募集するから。一軍を決めるのは二人が入って来てからだね」

「了解っす!」

「あぁ」

「はい!」



 三人は気合の入った返事をして、ディニエルは少し遅れて頷いた。そんな余裕のある様子の彼女にアーミラは内心腹が立ったが、それを飲み込むとすぐにご飯を食べ終えて外に出て行った。ダリルとハンナも急いで食べ終えると食器を駆け足で片付け、続いて出て行く。


 オーリは三人を見送りに行き、リビングにはまだ食事をしている努とディニエルだけが残った。



「余裕そうだね」

「お互い様」



 ディニエルは音をほとんど立たせずにゆっくりと食事を続けている。努はスープを最後に飲み干すと食器を持って台所に置き、水の魔道具に無色の魔石を投入し水を張って浸けた。



「もし二軍落ちしたらどうする?」

「有り得ない未来を語るのは不毛」

「……そうだね」



 だが実際ディニエルの言う通りなだけに、努は一言返すだけだった。恐らくディニエルの対抗馬となるアタッカーは新規募集で来る者となるが、彼女を越えられるアタッカーはユニークスキル持ちくらいだろう。



「……もしかしたらユニークスキル持ちでも入ってくるかもしれないよ?」

「じゃあツトムならどうするの。ユニークスキル持ちのヒーラーが入って来たら」

「それは……まぁ、負けるつもりはないけど」

「なら私の答えも同じ。百年も生きてない生物に負けるつもりはない」



 サラダを食べ終えたディニエルは食器を重ねて持ってきながらそう言った。ディニエルの言葉に努は苦笑いしながら食器を受け取ると水に浸けた。


 するとディニエルは努の顔を垂れた目でじっと見つめ、思い出したように口を開いた。



「ただ、強さは生きた年数に比例しないこともある。有り得ない未来というのは、言いすぎたかもしれない」

「へー。なんかディニエルがそこまで言うのは珍しいね。でもわかるよ。ユニークスキル狡いよね。僕も欲しかったよ」

「……エイミーの言ってたことが、今わかった気がする」



 努の無自覚さにディニエルは思わず不機嫌な目になったが、彼はん? と首を傾げるだけだった。その様子にディニエルは久々に腹立たしく思った。


 百年生きてエルフとして一人前となったディニエルでも、貴族の障壁を破壊した暴食龍の脅威に足が止まり恐怖で動けなかった。あの場所で冷静な判断を出来る者などいるはずがないと、ディニエルは今でも思う。


 しかし努は違った。二十年ほどしか生きていないにもかかわらず、凶悪な暴食龍を相手に怯むことなく立ち向かった。ディニエルはそんな彼を観察するためにこのクランへ入ったようなものだ。


 それなのに、さも自分はユニークスキル持ちに劣っているというこの態度。ディニエルはその態度が気に食わなかった。



「……てい」

「いたっ! 痛い痛い! え? なに?」

「なんかムカついたから蹴った」

「えぇ……。いつからアーミラになったの?」

「しらない」



 ディニエルは目を合わさずにそう言うと、飲み物を持って二階に上がっていった。いきなり蹴ってきたディニエルに努は困惑し、得心のいかない顔をしながら新聞社に行く準備をした。



 ――▽▽――



 努がクランメンバー募集用紙の作成するために新聞社へ行っている間、クランハウスを出て行った三人は予備の装備を着込んでダンジョンでレベル上げをしていた。出来るのなら雪原階層に慣れたいため七十一階層でレベリングをしたかったが、まだ対策装備が出来ていないため火山階層で行っている。


 ギルドで管理されているステータスカードを使ってPTを組むことにより、経験値は均等に分けられる。三人はPTを組んでひたすら火山階層のモンスターを倒している。



(二人共、気合入ってるなぁ)



 ダリルは全力でモンスターを倒しているハンナとアーミラを見て、素朴な感想を抱いた。特にアーミラは一番レベルが低いことが嫌なのか、本当に一挙一動が全力だ。


 ダリルはいつものようにコンバットクライでモンスターのヘイトを取り、二人が狙われないように立ち回る。いつものVIT上昇や戦闘中に飛んでくるヒールやメディックがない感覚は慣れないが、それでもダリルは充分タンクをこなせている。


 ヒーラーがいないため戦闘が終わるたびにポーションを飲む必要があるし、フライがないためハンナは地上で戦う必要になっているが、三人PTの割には効率の良いレベル上げが出来ている。戦闘が終わるとハンナがすぐに走って偵察へ向かい、アーミラとダリルはポーションを飲む。


 月に一度貰える報酬をダリルは育ててもらった孤児院に寄付したり、美味しい料理を食べることに使っている。だがそれでも使い切れないほど貰っているので、自主練に使用するポーションは自分で買っている。


 ダリルは青臭い緑ポーションを飲むのが苦手であまり気が進まないのだが、アーミラは平気な顔で飲んでいる。ダリルも覚悟を決めて一気飲みすると、モンスターを見つけたハンナが帰ってくる。すぐにハンナが先頭になって道なりに進んで行く。



(……僕はどうしたいんだろう)



 ダリルは努からガルムがあと二、三ヶ月でクランに入ってくると言われた時。よくわからないもやもやした感情に包まれていて、少し混乱していた。


 恐らく以前のダリルならガルム加入を聞いた瞬間、絶対に喜んだ。その後ダリルはたとえガルムに実力が勝っていたとしても、喜んで一軍を譲っただろう。そして二軍で満足する未来が見えていた。


 だが七十階層突破を経験してからは、その考えが変わり始めていた。これからガルムや他のタンクが一人入ってきた時、自分は喜んで一軍を譲れるのか。その未来を考えてみると、ダリルは心を針で刺されたように少し苦しくなった。



(ずっと、このPTならいいのに)



 アーミラと連携が取れるようになってきてダリルは嬉しいし、避けタンクのハンナとも気が合う。努の支援回復も凄い。



(ディニエルさんは、ちょっとわからないけど……)



 たまに耳や尻尾を触ろうとしてくるディニエルは苦手だが、実力は確かだ。この四人が仲間なら七十一階層以降もどんどん攻略出来るという確信がダリルにはあったし、七十階層で情けないことに立てなくなっても、四人は文句も言わずに支えてくれた。みんなに置いていかれたくない、期待に応えたいという気持ちがダリルには芽生えていた。



「おい。どうした? 早くしろ」

「あ、はい」



 モンスターの群れを岩の陰から見ていたアーミラは、ぼーっとした様子のダリルに声をかける。ダリルはすぐにコンバットクライで全体ヘイトを取り、ハンナとアーミラがモンスターに向かっていく。ダリルも重鎧の擦れる音を響かせながら走った。



(もっと、強くなれる。このPTなら)



 仲間はとても頼もしいが、だからこそ足でまといになりたくない。強くならなければいけない。ダリルは大盾でゴーレムの攻撃を受け止め、弾き返す。



(ガルムさんだって……越えなきゃいけないんだ。僕がここにいるためには)



 ダリルは背後の攻撃を踏み込む音で予測して瞬時に反転しゴーレムの拳を受け止める。



「シールドバッシュ!」



 そのままスキルを使って三メートルはあるゴーレムを弾き飛ばす。仰向けのまま吹き飛ばされて地面に倒れたゴーレムの首へ、アーミラの大剣が落ちて機能を停止し粒子に変わる。



(僕に出来るかはわからないけど……でも、やってみたい!)



 その後もダリルはいい動きを維持して立ち回り、それに触発されるようにアーミラやハンナの動きも研ぎ澄まされていく。戦闘が終わりダリルが肩で息をしていると、いきなり背中を強く叩かれた。



「はっ。やるじゃねぇか」

「あ、ありがとう」

「ま、負けないっすよ!」



 照れたように目をキョロキョロと動かすダリルにアーミラは鼻を鳴らすと、水筒の中身を一気飲みする。ハンナはダリルの変わった様子を察知して思わず宣言した。



「お互い、頑張ろう。僕もこのPTにいたいから」

「……うん。そうっすね」

「二軍に落ちたら笑ってやるよ」

「はぁー!? それはあたしの台詞っす!」



 その後も三人は時々喋りながらもレベル上げを続けた。

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