第143話 無難な選択
各々が話し合う充実した反省会も終わり、和やかに夕食を取った後は皆ぐっすりと眠りについた。そして翌日からは二日間休日なので各自、自由行動となる。
努は朝早くに起きて家事をしているオーリに挨拶した後、外に出て神台を見ながら朝刊を買った。朝からボルセイヤーと戦っている金色の調べと紅魔団を眺めつつ、昨日の取材通りのことが書かれているか確認した。
(うわ、凄い編集されてる)
発言を大袈裟にしたり見出しを目の引くものにするといったことは良くあることだが、ガルムを越える男とダリルが大きく報じられていて努は苦笑いした。その後ボルセイヤーに弱点のブリザードクロスを当てているアルマや、普通に立ち回れている金色の調べを観察した後、時間を見てドーレン工房に向かった。
開店時間丁度に来ても多少の人は見えるが、ドーレン工房の看板にはしばらく注文を受け付けない旨が記されていた。どうやら昨日のうちに注文が殺到して受けきれなくなったようだ。
「おい、あれ……」
新人や中堅探索者にひそひそと言われながら、努はドーレン工房の中に入っていった。扉を開けて中に入ると鍛冶場特有の熱気が身体を包む。するとハンマーを振り上げているドーレンが入ってきた努の方を見ずに怒声を上げた。
「おい! 外の看板見てねぇのか! もう注文は受け付けてねぇぞ!!」
「ドーレンさん。ツトムさんです」
「あぁ!? ……あぁ! ツトムかよ! わりぃな!」
弟子に指摘されたドーレンは苛立たしげに返すが、努を確認するとすぐに謝った。どうやら昨日から忙しいせいで余裕がないようだった。
「おはようございます。忙しそうですね」
「おかげさまでな! ちょっとこれを仕上げるまで待っててくれや。おい! 茶を出してくれ!」
ドーレンはニッと笑いかけた後、長年使い込まれている
熱した鉄を冷やし水が蒸発する音や、金槌で鉄を叩く軽快な音は聞き心地がいい。努が出されたお茶を飲みながら汗水流して武器や防具を生産している者たちを眺めていると、しっかりと汗を拭いて上着を着たドーレンがやってきた。
「よう。おかげさんで大忙しだ。感謝するぜ」
「いえ、正直ここまで客足が伸びたのはドーレンさんの腕だと思うので」
「ありがとよ」
白髪の頭をぽりぽりと掻いたドーレンは気を取り直したように椅子へ座りなおす。
「それで、装備はあるのか?」
「えぇ。ここに」
努はマジックバッグを机の上に置いて風呂敷のように大きく広げ、そこからダリルの重鎧を引っ張り出す。それからハンナの装備していたナックルも取り出した。マウントゴーレムの熱線を受けて所々脆くなり、完全に壊れてしまっているいくつもの重鎧を見てドーレンは唸りながら顎を撫でた。
「ここまで駄目になっちまってんのか。すまねぇな」
「いやいや、よく持った方だと思いますよ」
「この溶け方は、あまり見ねぇな。これなら燃積岩じゃなく……」
破損した防具を見てぶつぶつと呟きながら考証を始めたドーレンは、気を取り戻したように防具から手を離した。
「悪いな。この装備はこっちで預からせてくれ。あと、赤髪嬢ちゃんの大剣は二日後に仕上げる予定だ。かてぇゴーレムをぶった斬ったせいで少し芯が曲がっちまってるから、悪いが待っててくれ。鳥の嬢ちゃんのナックルも、見たところ少し溶けちまってるから同じくらいかかりそうだな」
「わかりました。ではそのようにお願いします。後は七十一階層から気温の低い階層になるので、対策装備の開発をお願いしたいです」
「あぁ。それは今並行して進めてるところだ。恐らく火山の素材を使うことになるから、わりぃがいくつか取ってきてくれねぇか? まだあんまり市場に出回ってねぇ素材なんだが」
現在は合併した中堅クランの一つが火竜を突破しているが、まだまだ火山階層の素材は供給が間に合っていない。アルドレットクロウは自分の工房で大分消費してしまうし、金色の調べと紅魔団もスポンサー先に持っていくことが多い。そのため市場に流れる素材はほとんどがギルド職員が調達しているもので、それだけでは到底足りないのだ。
「了解です。後でオーリさんがリストを持ってくると思うので、そこに書いておいて下さい」
「感謝するぜ」
ドーレンは人の良い笑顔をして答えると、弟子を呼んで努が持ってきた装備を運ばせた。すると努はドーレンに頭を下げた。
「お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします」
「おいおい。頭を下げるのはこっちだぜ。宣伝ありがとな。おかげで客が来すぎて驚いたぜ。しばらくは予約で満杯になったが、装備の整備を第一にするからそこは安心してくれ」
「ありがとうございます」
努の言葉にドーレンは呆れながら穏やかな顔でゴツゴツとした手を振った。
「だから、礼を言うのはこっちだっての。昨日は弟子の作品もバンバン売れてよ。在庫がなくなるなんて初めてだぜ。おかげで弟子もしばらく食っていけそうだ。感謝する」
「ありがとうごぜぇやす!!」
重鎧を運んでいた捻り鉢巻をした弟子も努に頭を下げる。それからはお互いにお礼を言い合った後、努はドーレン工房を出た。その後は時間を見てギルドに向かう。
(元気だな)
午前中から一番台に映っているハンナ、ダリル、アーミラを努は眺めた後、ギルド内であまり人のいない隅の方へ向かう。ここは外のダンジョンへの遠征依頼や、クランメンバー募集の用紙が貼られている場所である。
(募集文はこんな感じか。少し変わったな)
アルドレットクロウは以前から多様なジョブの者を募集していたが、今は数の少ないジョブに絞って募集をかけている。その他のジョブに関しては有望な者を自主的に探しているため、募集をかけていないのだろう。
紅魔団は元々少数精鋭で、シルバービーストも身内で固めているため募集は行っていない。金色の調べもレオンが勝手に連れてくるだけで人数が増えるので募集していない様子だ。
他の中堅クランなどは多様なジョブを募集している。アタッカーが今は供給過多なのか募集が少ないが、タンクやヒーラーのジョブは多く募集がかけられていた。三種の役割が浸透してきたことにより、探索者を諦めていた者が帰って来て新規も増え、ジョブ格差のあまりない流れが形成され始めている。
今のところ一番注目されていないのはバッファー、吟遊詩人や付与術士などだ。アルドレットクロウ、シルバービーストが現在育成しているものの、まだ表舞台には出てきていないため認知度がそもそも低い。
(バッファーか。追加のクランメンバーには……どうしようかな)
無限の輪は現在五人で、ガルムとエイミーが入ることが確定しているため実質七人。役割で分けるとアタッカー3、タンク3、ヒーラー1である。ガルムとエイミーが入る前には残り三人ほどクランメンバーを入れる予定だが、どの役割を入れるか迷っていた。
一番単純に考えるとそれぞれの役割を一人ずつ入れば終わりだ。ただバッファーを入れるのも悪くない選択肢ではあった。バッファーは全ての能力値を上げることが出来るし、精神力を操作出来るスキルがある。
バッファーがいればアタッカーはSTRが上がり、タンクはダメージ軽減、ヒーラーは精神力管理が楽になる。アタッカーかタンクを削ってPTに入れるのも選択肢としては悪くない。
ただ努はバッファーの種を既に撒いてあるので、今更新規で育てるのも何だか忍びなかった。
アルドレットクロウには努がスタンピードが終わった後、バッファーを直接教えた太っちょの男がいる。シルバービーストは努から貰った資料を参考にバッファーを育てていて、最近は火山階層でたまに映っていた。
(今更感あるしなー。無難でいいと思うけど……うーん)
努は各クランが募集しているジョブを見て、どれがまだ目立っていないかを考える。全てのジョブが平等に活躍出来る、といった状況を作るのは努にも到底無理だということはわかっている。上方修正などのアップデートがないこの世界では、突き詰めればどうしても強いジョブ、弱いジョブというものは出てくるし、誰でも活躍出来る場というものは作れない。
ただ、そのジョブにしか出来ないことは必ず存在する。最初は何かの下位互換だと思われるとしても、突き詰めていけばどのジョブでも活躍出来るチャンスはある。そんな環境になればいいなと努は理想を抱きながら、あまり求人されていないジョブに目を付けていく。
(取り敢えず、祈祷師は確定として。あとは……微妙だな)
ヒーラーをこなせるジョブは主に二つあり、蘇生スキルのある白魔道士と祈祷師だ。灰魔道士は回復スキルを使えるが蘇生スキルは使えないため、
ただ今のヒーラー募集は白魔道士が圧倒的に多く、祈祷師は少ない。祈祷師は蘇生スキルを発動する時に手間と時間がかかるため白魔道士の劣化と考えられているようだが、決してそんなことはない。祈祷師は白魔道士と肩を並べられるヒーラー職である。実際に『ライブダンジョン!』で努のライバル的存在だった者も祈祷師だった。
ちなみに現在祈祷師はアルドレットクロウで五軍辺りに入っていて、シルバービーストでは二軍に入っている。ギルド職員にも努が質問責めした祈祷師の女性がいるが、今のところ彼女がトッププレイヤーだ。ギルドで一番ヒーラーが上手いのが彼女であり、階層調査やギルド職員のレベル上げの際、エイミーやガルム、カミーユなどと一緒にPTを組んでいる。
(構成的には魔法受けタンクと魔法アタッカーが欲しいけど、後は皆と相談かな)
努はクランの求人掲示板から離れると次は鑑定室に入った。正面のカウンターには黄土色の猫耳を生やした少女がたどたどしく鑑定をしていて、その横ではエイミーが暇そうにしていた。
「こんにちは。サボってます?」
「サボってません~。部下に任せてるんです~」
「ものは言いようだね」
努の姿を確認して恐縮したように何度もお辞儀してくる猫人の少女に挨拶を返し、マジックバッグから灼岩のローブを取り出す。
「取り敢えず約束なので貸しておきますね」
「あ、ほんとに貸してくれるの? ありがと!」
エイミーはそのローブを抱きしめるように受け取ると背後の棚に置いた。その横では鑑定スキルがまだレベル一の少女がせっせと鑑定している。
「ギルドはマウントゴーレム倒せそうです? 最近は見ませんけど」
「うーん。最近は火山階層の素材ばっかり集めてたし、多分今日からはこれ目当てでボルセイヤー狩りだからねー……。しばらく無理なんじゃないかな」
熱線を完全に無効化していた努の装備は記事でも注目を受け、ボルセイヤーの宝箱からドロップしたものだということは調べがついている。そのため朝から金色の調べや紅魔団はボルセイヤーを狩っていた。ギルドも灼岩のローブを手に入れて利益を得るため、今日からはボルセイヤー狩りに入るという。
ただし宝箱のドロップ率はあまり高くない。ゲームより明らかに確率が絞られているということはわかっていたが、灼岩のローブを手に入れることは結構な手間だった。無限の輪は対策期間中、一日に二匹ノルマ、終盤は四体まで増やし、五十三体目でようやく宝箱をドロップしたのだ。
(物欲センサーは怖いぞ~)
あまり欲しくないレア素材は出て、欲しいレア素材は出ない。そんな現象に二つのクランがハマれば悲惨なことになる。恐らくギルドはその二つのクランにでも売りつけるため、ボルセイヤー狩りに参加するのだろう。
「あ、ツトム! この子の鑑定スキルがレベル二になったら、わたしもクラン入るからね! 準備よろしくぅ!」
エイミーはこれまで溜まっていた仕事をほとんど片付け、今は下の者の鑑定スキルが上がるよう指導している。その成果もあり既にエイミーと鑑定レベルが同じ者は一名出来ていて、現在隣で仕事をしている者で二人目だ。
「お、そうですか。大体どのくらいとかってわかったりします?」
「うーん。二、三ヶ月くらいかなぁ? クランメンバーによろしく言っといて!」
「わかりました。待ってますね」
「うん!」
エイミーは嬉しそうにはにかむと、両手を組んで鑑定している少女の後ろに回った。
「ほーら、頑張れ頑張れ。早くレベル二になるんだよ~」
「怖いです……」
部下の肩を揉みながら圧力をかけているエイミーに努は苦笑いしながら鑑定室を出て行った。
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