第142話 反省避けタンク

 その後眠そうなディニエルをクランハウスに置いてきた無限の輪一行は、ドーレン工房に訪れていた。しかし工房の外にまで多数の客が押し寄せていて、とても入れそうになかった。



「おー! 宣伝した甲斐があったっすね!」

「ですね!」

(あんなのでこんな繁盛するのか……)



 身長差が親子ほどある二人がハイタッチしている様子を見ながら、努の口端は引きつっていた。確かに二番台の階層主戦は視聴率が高く、新聞記事に店名と場所も載っていたので宣伝効果はあっただろう。だがあんな宣伝でここまで話題になるのかと努は神台と新聞の影響力に驚いていた。


 今までドーレン工房は何処のクランもスポンサーしたことはなく、地力でやってきた店だ。ドーレンやその弟子の実力は確かだが、やはり大手クランのスポンサーをして宣伝に力をかけている工房には負けてしまうのが現実だった。


 アルドレットクロウ、紅魔団、金色の調べ、まずこの三つのスポンサーをしている工房はダントツで人気がある。それに加え貴族用に高価な貴金属や装備のみを対象にしている工房と、迷宮制覇隊の装備を作っている工房も根強い人気がある。


 ドーレンの腕は職人ひしめく迷宮都市の中でも高いが、ここでは一桁台に定期的に映れるクランの宣伝力がなければ始まらない。それがなければ一部探索者からの人気はあっても、神台を見る大衆の探索者にはほとんど知られることはない。そのためドーレン工房は一部には人気だが、全体的に見るとそこまで人気のない工房だった。


 しかし無限の輪という宣伝力を得たおかげで話題となり、それも腕が良いとなれば人気が出るに決まっている。今ドーレン工房には仕事が舞い込みすぎ、てんてこ舞いとなっていた。



「出直そうか」

「俺の大剣大丈夫だろうな」

「あの人は忙しいからって手を抜くようなタイプじゃないでしょ」



 アーミラは不審そうな顔で人混みを睨みつけたが、努に言われるとそれもそうかと興味をなくしたように視線を外した。


 努たちがクランハウスへ帰ると、ディニエルが音程の狂った鼻歌を歌いながらお茶を入れている最中だった。トレーには作り置きのクッキーにチョコレート。お茶を入れた後は二階に運んで自室でだらだらしながらお菓子をつまみつつ、本でも読む気だろう。



「…………」



 ディニエルはあまり表情を動かさないため、感情が読みにくい。しかし今の彼女がそこはかとなく悲しそうな目をしていることは努にもわかった。



「……二時間後に反省会ね」

「だいすき」



 ディニエルはそう言うとトレーを持って二階へ上がっていった。すると後ろから視線を感じたので振り返ると、三人がじっと見てきていた。その中でもハンナはうずうずとした様子だ。



「ほら、解散解散。二時間後反省会だから、覚悟しとくように」

「はーい」



 反省することはないと思っているのか、ハンナは楽しそうに返事しながらリビングに入っていった。あまり厳しく言いすぎないよう今のうちに言葉を考えつつ、努も反省会の資料を改めて見直して時間を過ごした。



「七十階層の反省会やるよ。下来て」

「はやいなぁ」



 二時間後。自室のベッドで寝転がって本を読んでいたディニエルに声をかけ、努はリビングに下りた。彼女が下りてくる頃には既に皆集まっていて、ソファーに座っている。ディニエルがハンナの隣に座ると努はいくつか資料をテーブルに置いた。



「これが資料ね。あとは参考になった迷宮マニアの考察。それぞれに分けたから配るね」



 努は仕分けしてあった記事を各々に配っていく。その量は皆そこまで差はない。記事の多さはハンナがダントツだが、ダリルやアーミラについて書かれた記事もないわけではない。努は肯定的な記事と批判的な記事の二つに分けて皆へ渡した。



「取り敢えず、昨日はお疲れ様。これで七十階層も一回で突破出来たし、話題にもなったから結果としては良かったよ。全員成長してきてると思う」

「そうっすね!」

「ただ、結果は良くても過程には反省出来る場面がいくつもあったから、それを念頭に置いて聞いてね。まずはディニエル」

「ん」



 ディニエルは呼ばれると記事から目を離して努の方を見た。彼女に渡した記事はほとんどが肯定的なものばかりだ。そもそも批判的な記事がほとんどなく、あっても見当外れなものばかりなのでそれは除外している。



「今回もディニエルは良かったね。ストリームアローもそうだけど、終盤の足場作りとマウントゴーレムの動き止めは凄い良かった。あの機転がなかったら突破出来ていたか怪しいからね」

「ありがと」



 あの時のことを思い出したのかやけに生き生きとした様子で語りだす努に、ディニエルは何てことないように言った。



「序盤は所々手を抜いている場面もあったけど、終盤みんなが辛い時に頑張ってくれるなら何の文句もない。サボり方が上手だね。これからもその調子で頼むよ」

「……そう」



 ディニエルはお地蔵さんのように目を閉じて動かなくなった。金色の調べに在籍していた時にも努に同じようなことを言われ、ディニエルは少し驚いていた。あそこではサボっていることがバレるとすぐに噛み付いてくる者が多く、悪いことのように扱われていた。


 しかし彼女はそうは思わない。無駄なところで頑張っていることの方が馬鹿らしいし、その分の労力を他のことに割くべきだと考えている。そのことを手放しで評価してくれるのは親やエイミーに続いて、努だけだった。


 努はメモ用紙に書かれているディニエルへ花丸をつけると、続いてアーミラの名前を書いた。



「それじゃあ次、アーミラだね」

「あ? 俺か」



 アーミラは意外そうに目を見開いたが、すぐに努の方を向いて膝の上に肘をつき前かがみになる。努はメモ用紙をペンの底でトントンと叩きながら尋ねた。



「記事見た?」

「あーっと……。龍化がどうのこうの書かれてんな」

「そう。もう龍化が変わってることを見抜いてる人がいるんだよね。これは素直に感心したよ」



 努は迷宮マニアや記者の観察眼を褒めた後、他の記事にも触れる。アーミラは今回目立った活躍をしていないのでそこまでの記事数はないが、ゴーレム戦を褒める記事があった。それに以前と比べて味方に合わせることが多くなったという意見もあった。


 アーミラは強いのだが身勝手な行動が多く、それに他のメンバーがついて行けずクランが崩壊することになってしまった。そのことは以前の新聞でも報じられていただけに、今回はそれが変わっていることを報じている記事が多い。


 努は記事内容について軽く触れた後、本題に入った。



「今回のアーミラは今までで一番良かったよ。指示も聞いてくれるし、ダリルとの連携も良かった」

「そうかよ」

「まぁ、アーミラは全然納得してないみたいだけど……。でもアーミラがいなかったらマウントゴーレムは絶対に突破出来なかったよ。相性の悪いゴーレム軍団を相手によくあそこまで戦ってくれたし、終盤の削りも良かった。それに龍化を減らした後は工夫も見れたしね」

「…………」



 てっきり活躍できなかったことをネチネチと責められると思っていただけに、アーミラは心の底から驚いていた。それもいつものように嫌味ったらしい顔ではなく、本音で喋っているように見受けられる。アーミラは無言でうつむいた。



「ただやっぱり龍化に頼りすぎなところは相変わらずだね。それと一人で何とかしようとしすぎ。もっとダリルやディニエルを頼っていいよ。見てた感じだと一人で何とかしようとした結果、龍化が多くなってた印象がある。龍化使わなくてもアーミラは強いんだし、使うのは最小限でいいよ」

「…………」

「今後の課題は一人で何とかしようとすることを止めることと、龍化の制御だね。少しずつ成長してるからいずれはモノにできるだろうけど、これからも練習していこう」

「…………」

「ん? どうした? あ、もしかして何か質問とか――」

「あーーーー!! ねぇよばああぁぁぁかがっ!!」



 尋ねてくる努にアーミラは苛立ったように叫ぶと、そのまま立ち上がって二階に駆け上がっていった。突然の行動を努は呆然と見送り、窺うように周りのメンバーを見回した。だがアーミラの隣にいたダリルと正面にいたハンナは彼女の顔が真っ赤になっていたのを見ていたので、苦笑いを零すだけだった。



「えぇ……なんだあいつ、こわっ。オーリさん。悪いんですが様子を見てきてくれます?」

「わかりました」



 オーリは無自覚の努を困ったような目で見た後、二階に上がっていったアーミラを静かな足取りで追いかけていった。


 気を取り直した努は続いてダリルに声をかける。彼はじっと記事を見ていた顔を上げて努と目を合わせた。



「記事にも書かれてるけど、投げ飛ばされた後戦線に復帰してこなかったのが一番の失敗だね。ま、それはダリル自身がわかってるだろうし、これ以上言う必要はないよね?」

「……はい」

「うん。それじゃあ序盤や中盤の話をしよう。ここは凄い良かったよ。アーミラは……今いないけど、連携に磨きがかかったね。遠慮も少しずつなくなってきたし、いい感じだ」

「はい、スキル回しは問題なかったと思います。立ち回りも思っていたことが出来てました。後は、対応力、ですね」

「……うん。僕が何か言わなくても大丈夫そうだね」



 ダリルの目は以前の頼りなさげなものとは違ってきている。彼を励ましてくれたアーミラに努は感謝しようと思ったが、肝心の彼女はまだ帰ってきていない。何やってんだか、と努は目を細めた。


 努はカリカリとダリルの問題点を書き記すと、最後にハンナの名前を横に書いた。



「それじゃ、最後にハンナだけど」

「おっす!」



 もう褒められる準備万端のハンナに努は呆れながらも、最初に前置きした。



「初めに言っておくけど、今回一番反省しなきゃいけないのはハンナだからね」

「……?」



 努の言葉に褒められる気満々だったハンナは、理解出来ていないのか首を傾げるだけだった。努は大きくため息をついた後に記事を指差した。



「確かに今回ハンナの活躍は大きかったよ。特に終盤、ダリルがいない状況を良く一人で持ちこたえてくれた」

「そ、そうっすよね?」

「でも、その前の指示無視が最悪だね。ディニエルも止めてたし、僕も拡声器を使って声をかけた。それでもハンナは今まで見たことのない行動をしたマウントゴーレムに向かっていって、結果的に死んだよね?」

「……で、でも、あれっすよ」



 ハンナは責められることを想像していなかったようで、反射的に何か言い返そうと言葉を漏らしている。そんな彼女に努は切り取られた写真を見せながら追撃の言葉をかける。



「死ぬ前の状況がこれね。で、あの時の状況を思い出すと、僕にはカウントバスター切らしたくないから突っ込んでるように見えたけど」

「うぐっ」



 実にわかりやすいリアクションをしたハンナに努は少し和んだが、厳しい視線は崩さなかった。



「コンボを貯めたカウントバスターは確かに強力だし、切らしたくない気持ちもわかる。また貯めなおすのは面倒だしね。でも死んだら結局リセットされるし、レイズの手間もかかる。ハンナはまともに被弾したら死ぬんだから、慎重にならなきゃ駄目だよ」

「…………」



 ハンナは先ほどとは一転して萎んだようにしゅんとなった。跳ねている青髪も心なしか沈んでいるように見える。また手放しで褒められると思っていただけに、ハンナは思いもよらない批判に暗い顔をしていた。



「今度からは階層主が見たことのない行動をしたら様子見を徹底すること。VITの高いダリルならリスクを負って行動を見ることはいいけど、ハンナにそれは無理だよ」

「確かに、そうっすね」

「後は引き続いてスタミナ管理かな。まだ動きにムラがあるし、変に力を入れすぎてる場面もある。そこは修正していこう」

「うっす……」



 みるみるうちに萎んでいく風船のようになってしまったハンナを見るのは努も心苦しい。しかしここで言わなければこの後大きな失敗をすることは目に見えていたため、言わないわけにはいかない。



「今回ハンナは大活躍したし、そこは胸を張っていい。それに今回の活躍で避けタンクも広まるだろうし、凄いことだよ。でも、だからといって反省することがないわけじゃない。そこは理解して欲しい」

「……わかったっす」



 ハンナはゆっくり諭すように話してくる努と目を合わせ、粛々とした様子で頷いた。拗ねた様子のないハンナに努は安心したように息を吐いて、少し前に出て彼女の頭に手を置いた。



「反省することはあるけど、これから直していけばいい。それに今回は本当にいい活躍だったよ。これからもよろしくね」

「……おっす!」



 努に頭を撫でられたハンナは嬉しそうに返事をした。隣にいるディニエルは単純なハンナを見て神妙な目をしている。努は手を離すと最後に自分の名前を書いた。



「最後は僕だけど、記事を見る限りはそこまで批判的なものはなかったね。支援回復も特に問題なかったかな」



 努は何回も目を通した記事を机に並べながら自身の立ち回りを振り返る。支援回復の方はいつも通りで、タンクが崩れた際の対応も問題なかった。



「ただやっぱり階層主で誰かが死んだことが初めてだったから、立て直すのは慣れてなかったね。後は無駄な指示出しもあったかな。ダリルと被ってたし」



 そもそもレイズを使う経験が今までほとんどなかったので、その部分はまだ動きが固かった。それと指示がダリルと被る場面がいくつかあったので、ある程度は彼に任せてもよかった。



「うーん。後は何かあるかな?」

「ツトムはフライの制御上手い方だけど、動きにはまだ無駄がある。フライはハンナが一番上手いから教えてもらった方がいいかも」

「あ、そうか。じゃあ悪いけどハンナ、今度教えてくれる?」

「へ? あ、うん。わかったっす」



 ディニエルの指摘に努は顎に手を当てて考えた後、あっさりとハンナに教えを請うた。ハンナは驚いたように返事をして頷いた。


 すると二階からアーミラが不機嫌そうな顔をしながら下りてきた。



「おかえり」

「うるせぇバーカ」

「馬鹿はこっちの台詞だよ。反省会の途中で飛び出すな。ほら、みんなで話し合うよ」

「……クソが」



 帰って来たアーミラもまじえ、五人はマウントゴーレム戦で何か問題点はあったかを引き続き話し合った。

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