四章

第141話 むふむふ避けタンク

「むふふ」



 七十階層を突破した翌日。朝早くに起きてソファーへ腰掛けているハンナは、だらしない顔でオーリの買ってきたダンジョン新聞に目を通している。普段新聞など見ない彼女がわざわざ見ている理由は、自分の写真が一面に載っているからだ。


 三社の新聞を素早く回し読みしてはニヤニヤしているハンナを見て、二階から下りてきた努はオーリと顔を見合わせた。すると彼女は苦笑いして首を振った。



「もう一時間はあの様子です」

「あはは、そうなんですか」



 努は少し呆れたように笑いながら、彼女からオレンジジュースの注がれたコップを受け取る。すると努に気づいたハンナは喜色の表情のまま、新聞を手に取りとてとてと近づいてきた。



「くっくっく。師匠! 最強の避けタンク登場! っすよ!」

「はいはい。凄い凄い」



 わざわざ努の方に来て新聞をバッと広げ、ニコニコとしているハンナは完全に有頂天だ。努はあしらうようにハンナの頭をポンポンと叩いたが、彼女は更に嬉しそうな顔をした。



「もっと褒めてくれてもいいっすよ!」



 そう言ってハンナはキラキラした瞳で見上げてきながら、背伸びして頭を手に摺り寄せてきた。



「まぁ、良く頑張ってたと思うよ。お疲れ様」

「そうっすよね! あたし頑張ったっす!」

「よしよし」



 頭を撫でられて緩みきった顔をしているハンナをしばらく褒めちぎった努は、彼女の頭から手を離すとコップを持って自分もソファーに座った。ハンナは少し残念そうな顔をしたが、努がダンジョン新聞に目を通し始めるとすぐ隣に座ってきて覗き込んだ。



(ほんとべた褒めだな)



 ハンナが天狗になるのもわかるほど、記事は彼女を褒めるものばかりだ。以前からハンナを足でまとい扱いしていた記者もてのひらを返している。時々記事を指差しては褒めてと要求してくる幼児退行したようなハンナに努は困りながらも、今はいいかと褒め称えた。



(お、気づいてる人いるな。流石)



 今回記事に名前が出てくるのはハンナが一番多く、その次にディニエルや努が多い。その中で努が何故生き残れたのかを考察したり、終盤のダリル不在に言及している記事もあった。アーミラの龍化も何処か変わったと書かれていて、良く見ているなと努は感心しながら新聞を読み進めた。


 そして努はソリット社が撮っている写真や参考になる記事をハサミで切り取り、後に行う反省会のために整理していく。



「あ。もしかして部屋に飾るっすか?」

「違うよ。反省会の時の参考資料」

「ほぇー」



 新聞記事に持ち上げられて完全に頭がお花畑になっているハンナに、努は大丈夫かと思いながら作業を進めていく。とはいえこの世界では民衆の娯楽となっている神台と新聞の影響力は大きく、有名になれば周りが一変するほどの力がある。ハンナがこんな有様になっているのもしょうがない部分はあった。


 実際に努も幸運者騒動で痛い目にあったし、アルマは人が変わってしまった。シルバービーストのロレーナも、火竜突破で持ち上げられて調子に乗っている部分がある。もしかしたらハンナもアルマのようになってしまう可能性があるほど、新聞社の力は大きい。



(反省会ではしっかり言わなきゃな)



 努は上機嫌なハンナを一瞥した後、朝食を食べに続々と下りてきた皆を見て食卓に移動した。そしてオーリが次々と料理を食卓に運んで朝食が出揃う。


 努は手を合わせた後にバターと蜂蜜が染み込んだトーストを口にして、甘さを牛乳で中和するように食べ進めていく。ダリルはすっかり元気になったようでいつも通りのペースで食べ進めていき、アーミラもそんな彼に負けていない。


 朝食を食べ終わると新聞を手一杯に抱えたハンナが、眠そうにぼーっとしているディニエルに近づいた。



「ディニエルもいっぱい載ってるっすよ!」

「そう」

「これ凄い格好いいっすね!」



 新聞を見せられて興味なさげに頷くディニエルに、ハンナは色々な新聞を渡していく。ダリルはその新聞記事に自身のことが指摘されていることを発見し、気を引き締めるように口を引き結んでいる。アーミラは心底興味がないのかチラリとだけ見て机に置いた。


 そんな彼女に努は近づいてこっそりと話しかけた。



「アーミラ。昨日はありがとね」

「あ? なんだよいきなり。俺なにかしたか?」

「ダリル励ましてくれたでしょ?」

「……知るか」



 アーミラはうざったそうに努を睨みつけた後に視線を逸らす。とはいえ努は彼女がダリルを励ます光景を二番台で見ていたので、全てわかっていた。



「これからも頼むよ」

「は? 何で俺があいつの面倒見なきゃいけねぇんだよ。クランリーダーのツトムがやれや」

「まぁまぁ、そう言わずに」

「……ほんと殴りたくなるような顔してるな、お前」



 煮えたぎるような顔で拳を握り締めるアーミラからすぐに離れた努は、皆に今日の予定を伝える。今日はダンジョン攻略を休み、午前中は自由時間。午後からは新聞社の取材に応じ、その後はスポンサー先のドーレン工房にも向かう予定だ。



「今日は休みの日に入れないから安心しなよ」

「よかった」



 ディニエルは安心したように目を閉じた。そしてオーリの作ったお菓子の乗せられた皿と飲み物を持つと、金のポニーテールを揺らしながら自室に帰っていった。



「じゃあ僕はダンジョン行ってきます! ツトムさんはどうしますか?」

「ツトム。練習付き合ってくれよ」

「あ! あたしも行きたいっす」

「わかったわかった。じゃあ四人で行こうか」



 努は元気に近寄ってきた三人をなだめると、準備をした後にギルドへと向かった。



 ――▽▽――



「おぉ! これが雪っすか!」



 その後は四人で七十一階層に潜るとハンナは白く広がる景色に驚き、雪を掴むと楽しそうにはしゃいでいた。迷宮都市付近は冬でもほとんど雪は降らず、最後に観測されたのは二十年ほど前である。ハンナは迷宮都市に近い村出身なので、当然雪を実際に見るのは初めてだ。



「さ、寒いっすね」



 しかししばらくするとハンナは身体を震わせ、背中の青翼を広げて自分の二の腕を覆った。火山階層からうって変わって気温が低くなり、地面に雪が降り積もる雪原階層。民族衣装のような服装のハンナは当然寒そうにしていた。



「でも動けば暖まるっす! 村でも冬はこうやってたっすから!」

「いや、雪ある中でその格好は流石に凍えて死ぬと思うけど。これ着な」

「ありがとうっす……」



 努は服を買い漁った時期に買っていた厚いコートをハンナに手渡すと、彼女は震える手でそれを受け取ってすぐに着込んだ。努はダリルの背後へ回って重鎧の補充管を開け、綺麗に削られて加工された火の魔石を投入する。


 少しするとダリルの鎧が熱を持ち始め、それに気づいたハンナとアーミラはすぐ彼に近寄った。まるで焚きたきびにでも当たっているような二人の様子にダリルは曖昧な顔をしている。



「とまぁこのように、雪原階層は火山同様対策必須だからしばらくは潜れないね。ダリルの重鎧も改良しなきゃいけないし」

「おっす……」

「アーミラも対策しなきゃね」

「そうだな」



 そう言われたアーミラは自身の身につけている革鎧に手を当てる。今までずっと赤の革鎧を愛用していただけに、彼女は少しだけ寂しそうだった。努はその様子を見て少し考えた後、七十一階層を下見してダンジョン探索を終えた。


 その後は三つの新聞社の取材に応じた。クランハウスでオーリに無理やり服を着せられて着飾られているディニエルを連れ、努は三社が集まっているソリット本社に足を運んだ。ハンナもクランハウスに戻った後は少し髪を整えていたが、他三人はそのままである。


 五人は本社で用意された一室の席について三社の共同取材が開始されると、一番の対象になったのはやはりハンナだった。無限の輪の中では一番知名度がなく、全く期待されていなかったハンナは昨日のマウントゴーレム戦で一騎当千の活躍をした。情報の少ない彼女に質問が集まるのは当然のことだ。



「ハンナさんは避けタンクという役割とのことですが、その役割をこなすことについて何か考えていることはありますか?」

「うーん。そーっすね! 最近はモンスターの動きを先読みすることを考えてるっす!」

「なるほど! 昨日のマウントゴーレム戦では大活躍でしたよね! 確かに先読みをしなければあのような動きは出来ないと思います!」

「そ、そうっすかね? ありがとうっす!」



 その後もどんどんと質問を繰り返されてはヨイショされ、どんどんと饒舌になっていくハンナ。今までハンナは取材を受けた経験はあるが、それはあくまで一アタッカーとしてだ。主役として取材されたのはこれが初めてなので、嬉しそうに取材へ応じている。努はその様子を見て大丈夫か心配していた。


 努も『ライブダンジョン!』で有名な白魔道士だったため、周りから引っ張りだこになっていい気分になったことがある。ダンジョン攻略後に行われるMVP投票で選ばれれば嬉しいし、チャットや掲示板でPTを組みたいだとか上手いなどコメントがついてニヤニヤしたことは数知れない。


 しかしそれで調子に乗りすぎて痛い目を見たこともある。実際努は一時期それで調子に乗って自身の戦法や立ち回りを言いふらしたところ、レイド戦で同じ白魔道士のプレイヤーに貢献率で惨敗してMVPまで取られ、ボロカスに叩かれたことがある。



(アルマも、こんな感じだったのかな)



 火竜討伐後に物凄い勢いで新聞に載っていたアルマも、今のハンナのように持ち上げられていたのだろう。それは努が経験してきたものと似通ってはいるが、大きな違いがある。努はあくまでゲーム、こちらは現実だ。今のハンナやロレーナのように気分が良くなり、行き過ぎれば調子に乗ることもしょうがない気はした。



「ツトムさん。お一つお聞きしたいことが」



 記者が殺到しているハンナを見て努が考え事をしていると、ソリット社の女性記者が手を上げて声をかけた。



「あ、はい。なんでしょうか」

「お伺いしたいのはレイズについてです。マウントゴーレムの終盤、貴方はレイズをすぐ行いましたよね? あれには何の意図があったのですか?」



 その女性はスタンピード戦の時に努へ取材を申し入れた者だ。その眼差しには特に侮りのようなものは感じられず、純粋な疑問を持っているように見える。



「それは――」

「あれは! 僕が悪いんです!」



 努の隣で先程まで恐縮したように記者の質問へ答えていたダリルは、いきなり声を荒げて割り入ってきた。女性記者と努は目を丸くしている。ダリルは席を立つと女性記者に詰め寄った。



「僕が、悪いんです。ツトムさんはあの時、僕が駄目だということをわかってたんです。だからツトムさんはレイズしたんです!! ツトムさんは悪くありません!!」

「そ、そうなのですか」

「そうです!」



 詰め寄られた女性記者は少し顔を赤くしてこくこくと頷く。慌てて努も席を立ってダリルの肩を押さえて声をかけると、彼はハッとした様子で女性記者から離れた。



「ご、ごめんなさい!」

「い、いえ。大丈夫です」



 女性記者は落ち着くように深呼吸した後、白い紙にメモを取りながらダリルの方を向いた。



「確かに、ダリルさんはすぐマウントゴーレムに投げ飛ばされていましたね。あれには何か理由が?」

「それは……僕の、実力不足です」

「……そうですか」



 沈んだ様子で言うダリルに女性記者は頷いた。ダリルの沈み具合を見て彼女はこれ以上聞くことは不味いと思い、話題を変えようとする。しかし努はダリルの肩を軽く叩きながら口を開いた。



「大丈夫ですよ。確かにダリルは今回終盤に致命的な失敗をしました。でもその原因はクランリーダーの僕にもあります。それにうちのダリルはガルムを越えられる逸材なので、これから活躍しますよ。あ、記事にそう書いといて下さい」

「ツ、ツトムさん!?」



 にこにことした笑顔でとんでもないことを言った努に、ダリルは正気でも疑うような目を向ける。すると女性記者の方は努に気を使ったのか、すんなりと頷いて記事にそれを記した。



「な、何言ってるんですか!!」

「いや、実際ガルムが言ってたことじゃん」

「た、確かにそうですけど……!」

「おぉ、そうなんですね。ではそれも記事に……」

「書かないで下さいぃ!」



 ガルムの証言があるのなら書きやすいと意気込んだ女性記者を、ダリルは慌てた様子で止めに入る。努はそんなダリルから視線を外して他の者の様子も窺う。着飾られているディニエルはいつものようにマイペースで、アーミラも全く変わらず生意気な口調で応じていた。



「あ、ドーレン工房のことを記事に入れるの、よろしくお願いしますね」



 そしてちゃっかりスポンサーの宣伝も挟ませた努は、その後も寄せられる質問に答え続けた。

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