第140話 無限の輪マウントゴーレム戦:観戦

 無限の輪が今日の夕方に七十階層へ挑むと三日前の新聞で予告され、一桁台付近はざわついていた。これで七十階層に挑んでいるクランは三つとなった。一体何処が初めに突破するか迷宮マニアたちの間では議論され、一部の民衆は賭け事の対象にまでしていた。


 無限の輪が六十九階層に潜って黒門を探し始めると、観衆はこの様子なら二番台に映るだろうと予測して席の位置取りをする。



「やっと挑むのか。結構長いこと準備してたよな?」

「平均レベル低かったからな。まぁそれでもさっさと試行回数増やした方がいいと思うけど」

「なぁに。ツトムならまた一発突破よ」

「ねーよ」



 迷宮マニアたちは口々に言いながら場所を変え、人の波に釣られて多少の観衆が二番台に流れる。その中にはふてぶてしい顔のユニスに、至って普通の杖を持ったアルマの姿も見受けられた。



「串焼き五本」

「あいよ」

「兄ちゃん。エールを……三杯くれ!」

「はい。では千二百Gです」



 その際に屋台でつまみを買いながら観衆は群れのように移動していく。飲み物の売り子も人の流れを見て二番台付近に集まり、食べ物を宅配する業者も目を光らせながら客を見つけて声をかけていく。


 そして無限の輪は黒門を見つけて七十階層に入ると、予想通り二番台に映し出された。観衆は食べ物や飲み物の準備を済ませ、備え付けられている席やベンチに続々と座っていく。



「さてさて、どうなるかな?」

「無限の輪ね……平均レベル上げてきたみたいだけど、どのくらいだっけ?」

「六十六くらいじゃなかったっけ?」

「ふーん。シルバービーストより少し低いくらいか。でも羽タンクいるしなぁ……」



 無限の輪の中ではハンナが一番注目度は低く、羽タンクという名もダンジョンの話題に詳しい民衆なら知っているため評判は良くない。迷宮マニアが事前に予測した無限の輪七十階層攻略記事にも、ハンナが足を引っ張るという予測はちらほらとあった。


 アルドレットクロウやシルバービーストのタンクたちは、マウントゴーレムを相手に死ぬ前提で時間を稼ぐ戦法を取っていた。VITの高いタンク二人が交互にヘイトを取り、片方が死んだ途端にヒーラーが蘇生して安定化を図る作戦。それはマウントゴーレム戦の定石となっている。


 そんな定石が広まっているので、すぐ死ぬことで有名なハンナにはあまり期待が寄せられていなかった。迷宮マニアたちが書いた記事では四割ほどハンナの活躍を予測したものもあったが、観衆はそこまで詳しい情報を持っていないので羽タンクということしか知らない者が多い。


 続々と放たれて現れるゴーレム軍団をダリルが引き付け、まだ動きの遅いマウントゴーレムをハンナが引き付ける。ダリルはガルム同様兜を被らない代わりに広い視野と聴覚で、モンスターの動きを察知して確実に大盾で受けていく。


 爆弾岩を受けて吹き飛ばされても平気な顔で立ち上がるダリルに、観衆は盛り上がり迷宮マニアはその力量に唸る。初戦でここまで対処出来るのなら大したものだ。



「タンク三強は変わらなそうだな。つえーわダリル」

「安定感が他と段違いだもんなー。ビットマンとどっこいどっこいだろ」

「この調子なら終盤一人で受けるのも出来るかもね」



 アーミラが龍化しなくなってからは更に安定感が増し、爆弾岩の処理も上手いダリルを見て迷宮マニアたちはメモを取っている。一方ハンナの方を見ている者はほとんどいない。今のマウントゴーレムはまだ大した動きをしていないため、誰でも避けることが出来るからだ。



「うぉー! すげぇー!」



 ただ観衆は見た目も派手なものに目移りしやすいため、ストリームアローを放つディニエルには注目が集まっていた。弓術士の中でも現状トップクラスの彼女は、金色の調べに在籍していた時も優秀なアタッカーとして注目されていた。



「エースアタッカーはやっぱりディニエルね。アーミラは属性攻撃があまりないから雑魚担当。予想通りね」

「ふむ、そうだな。それにしても、ツトムの支援は相変わらず乱れがないな。見ていて気持ちがいい」

「確かにそうね。まるで見世物みたい」



 迷宮マニアの婦人は流れ星でも見ているように努が飛ばす支援スキルの数々を眺めていた。同じような立ち回りのステファニーも中々良い評価を受けていたが、たまに味方の動きに合わせられず乱れることがある。


 しかし努の支援は神台から見ても乱れは全くない。やたらめったに動くハンナにも青いヘイストは外れることなく当たり、ダリルにも黄土色のプロテクを正確に上空から落としている。滞りなく行われる効率的な上空支援に、その夫婦は一種の美しさを感じていた。


 自身の工房を持つドーレンもダリルの使っている重鎧がどうなっているか見るために、わざわざ予約席まで取って見に来ていた。その隣には魔石換金所の少女もちょこんと座っている。



「ほう。ダリルの奴、やるじゃねぇか」

「あ、ガルムの弟子でしょ? あの子」

「よく知ってんじゃねぇか」

「まぁねー」



 少女はしたり顔をしながら二番台に映っているダリルに、上空から支援回復を行っている努を見た。最近オーリという無限の輪の経理担当が出向いてきて契約してくれたおかげで、炎魔石がどんどんと入ってきて儲けさせてもらっている。なのでその目は好意的だ。


 そのまましばらくディニエルのストリームアローでマウントゴーレムを削っていき、大量のゴーレム軍団を相手しているダリルやアーミラに注目が集まる中。マウントゴーレムがボムゴーレムを大量に地表へ撒き始めた。



「よし、休憩だな」

「順調だなー。でも本番はこっからだしな! どうなるかな!」



 マウントゴーレム戦を何度も見ている観衆は訓練されたような動きで、なくなった食べ物や飲み物を補充に向かう。食事のデリバリーを請け負っている業者も途端に忙しくなり、せっせと両手に食器の入った箱を持ちながら走っている。



「あ! そうだ! 刻印見せなきゃ!」

「あ! そうっすね!」

「この重鎧凄いんでよろしくお願いします!」

「ドーレン工房っす!」



 神の眼に近寄られた二人は慌てたように露骨な宣伝を始め、観衆の笑いを誘っていた。迷宮マニアは思わず苦笑いしながらドーレン工房の名前を記事に入れる。当の本人であるドーレンも手で痛そうに頭を押さえた。


 そして中盤戦が始まった。ここからは雑魚敵が減る代わりにマウントゴーレムの動きが速くなり、タンクが非常に厳しくなる。なので観衆や一部の迷宮マニアは一旦ダリルにマウントゴーレムを任せ、ハンナが数の減ったゴーレム軍団を相手にするのかと思っていた。


 しかしその予想は外れてマウントゴーレムは引き続きハンナが引き受けることになった。その様子に観衆は首を傾げた。



「え? このまま羽タンクに任せるのか」

「ダリル温存なんじゃないかな」

「あ、なるほど」



 観衆が思わぬハンナ続投にざわついている中、迷宮マニアたちは更に大きな声で意見を交わしていた。



「はい、ハンナちゃん続投で~す。俺の予想当たったわ」

「いや、ただ削れたダリル温存してるだけだろ。羽タンクはここで切るだけだ」

「いやいや、そもそもハンナちゃんは普通のタンクじゃないからね。避けタンクだからVIT低くてもいいんだよ」

「……避けタンクね。即潰されると思うけどな」



 探索者の間では一部ハンナを真似て避けタンクをしている者がいるが、結果は出せていない。アルドレットクロウでも大した結果は出ていないことを知っている迷宮マニアは、胡散臭そうな目で飛んでいるハンナを見据えた。


 ハンナは火竜戦でも何度かブレスに軽く被弾して崩れていたところも確認されている。なのでハンナの評価は迷宮マニアの中でもそこまで高くない。



「いや、俺無限の輪結構見てきたけど、ハンナちゃんはいい感じだったよ。動きいいし、マウントゴーレム相手でもそこそこいけると思うぜ」

「ふーん。そこまで言うか」

「それに目の保養にもなるし」

「……お前な」



 ハンナの装備は民族衣装のような見た目で胸も溢れそうなくらい大きい。更に避けタンクの立ち回り上動き回ることが多いので、男性から見る分には非常にありがたい。迷宮マニアの男は付き合いの長い友に呆れたような目を向けた。


 そんな中ハンナは一人マウントゴーレムのヘイトを取ることとなったのだが、これが意外にも崩れない。ヘイストを受けて動きの速いハンナは縦横無尽に動き回り、マウントゴーレムの攻撃を次々と避けていく。


 一撃でも被弾すればVITの低いハンナは確実に死ぬ。しかし彼女にその攻撃は当たる気配がなかった。



「カウントバスター!」



 それに今までのタンクと違い反撃まで入れている。ハンナをあまり期待せずに見ていた観衆は、前評判と違い中々死なない彼女に疑問を持ち始める。



「え? 普通に良くない? あの子」

「そうだね。すぐ死ぬって聞いたんだけど」



 一人でマウントゴーレムを引き付けて攻撃まで加えているハンナを見て、観衆は期待を膨らませながら彼女の戦う姿を引き続き見守った。迷宮マニアも予想を当ててドヤ顔の者と、外して不満顔の者に分かれた。



「よく当てられるな。あれに」

「それな。先置きしてるみたいだけど、あれ多分ハンナは意識してないだろ」



 そして素早い動きでマウントゴーレムを翻弄しているハンナにヘイストを当て続けている努にも少し注目が集まった。努は他の支援を欠かさないまま、ハンナに対してもヘイストを先当てしている。その高い技術に迷宮マニアや一部観衆は唸った。その中に混じっているユニスは夢中でそれを見ながらメモ書きしている。


 その後もハンナは崩れることなくマウントゴーレムのヘイトを取り続け、熱線攻撃が追加されても死ぬことはなかった。予想外の活躍に観衆は沸いて拍手を送る。そして努が熱線攻撃を受けたにもかかわらずピンピンしている様子にも驚いていた。



「えっ!? 効いてないのか?」

「なにあのローブ! 強くない!?」



 ボルセイヤーからドロップする灼岩のローブの性能に迷宮マニアは驚いた。アルドレットクロウやシルバービーストが開発した装備でも、熱線を完全に無効化することは出来なかった。対策装備を着ているヒーラーでも熱線に当たってしまえば手酷い怪我を負うことを見てきているだけに、無傷の努には驚愕していた。


 ハンナはその後もしばらく一人でマウントゴーレムを相手にして、無傷のままようやくダリルと交代した。驚異的な活躍に多くの観衆から自然と拍手が送られ、予想を外した迷宮マニアもやられたといった顔をしながら手を叩いた。


 ダリルもマウントゴーレムに掴まれたり踏み潰されることなく、安定した立ち回りを見せていた。彼は神台で流れるマウントゴーレム戦をじっくりと見てその動きを頭に叩き込んでいる。腕に弾かれたりはして怪我は負うが、致命的な攻撃を受けることはなかった。


 迷宮マニアがハンナとダリルの評価を上方修正している間に、マウントゴーレムの範囲攻撃が始まった。ダリルは努と一緒に灼岩のローブに入り、他の三人は一斉に離れる。



「範囲攻撃はあのローブで防げそうだな」

「まさかそこまで性能いいとは……。確か、ボルセイヤーからドロップしたんだよな? なら明日からはボルセイヤー狩りか。記事書いとこ」



 先んじてボルセイヤーの記事を書き始めた迷宮マニアがいる中、無限の輪は範囲攻撃も凌いだ。初挑戦でここまで来た無限の輪に観衆はまた一発突破を期待し、ざわつき始める。



「もしかして、また一発突破?」

「……ありそうで困る。なにあの人。おかしくない? 実はユニークスキルとか持ってたりしない?」



 女性の迷宮マニアは正体不明の者を見るような目で努を見ている。一方観衆の方はまた一発突破を期待して沸いていた。そして範囲攻撃の反動が消えたマウントゴーレムとの戦いが幕を開ける。


 シルバービーストがよく使っていたフェザーダンスをハンナも使い始め、マウントゴーレムの視界がさえぎられる。畳み掛けるようにハンナはどんどんとスキルを使っていく。



「なんだあいつ! すげぇな!」

「えっと、避けタンクだっけ? 凄いじゃん! まだ一発も喰らってないよ!?」



 観衆は一人で長時間マウントゴーレムを相手にしても崩れないハンナを見て歓声を上げている。そしてそのまま決着まで行くかと思われた最中にそれは起きた。


 マウントゴーレムが大の字になって倒れ、身体に岩を吸収した後に放つ遠距離攻撃。今まで見たことのない行動に観衆と迷宮マニアは仰天した。そしてハンナが死んでしまったことに観衆から悲鳴のような声が上がる。



「いや、まだ温存してるダリルいるし、勝ちかな」

「ダリルなら大丈夫でしょ」



 しかし迷宮マニアたちは冷静だった。先ほどの様子を見てもダリルならば安定してマウントゴーレムを受けられるし、ヘイトも充分に稼げる。その間に努がハンナを蘇生すれば戦況は安定するだろう。


 しかしその予想と反して、努はすぐにハンナを蘇生してしまった。まだダリルは充分にヘイトを取れていない。マウントゴーレムが努の方に向かうことは観衆にもわかった。



「え? なんでだ? ここでレイズ? 慌てちまったのか?」

「おいおい。何やってんだよ」



 努に野次を飛ばしたり、失望したようにため息を吐く観衆。迷宮マニアも努にしては有り得ないミスに眉をひそめていた。しかしその直後、ダリルはマウントゴーレムに捕まっていた。



「はぁ!? おいおいおい! どうなってんだ!?」

「ダリルくーーん!!」

「あぁ! ダリルちゃんが!」



 そのままマウントゴーレムに投げ飛ばされてしまったダリルを見て黄色い悲鳴が上がる。そして全速力で努に向かっていったマウントゴーレムを見て観衆は諦めたようにため息を吐いた。



「うわー! これで終わりかよー。惜しかったんだけどなー」

「まぁ、しゃーねぇよな。初めてだったんだしよ。次回に期待かな」



 マウントゴーレムに努が殺されてしまえばもう蘇生は出来ない。残りのディニエルとアーミラで削りきれるかもしれないが、余程上手くいかない限りは無理だろう。観衆は解散ムードに包まれ、迷宮マニアも残念そうにしながらペンを置き始めた。


 しかし努は意外にも粘りを見せた。終盤のマウントゴーレムにヒーラーが狙われてしまえばすぐに死んでしまうことがほとんどだったが、努はまだ死んでいない。



「……中々死なないな?」

「いや、でも終わりでしょ。全然ヘイト取れてなさそうじゃん」



 灼岩のローブによって熱線を完全無効化出来るアドバンテージ、それにディニエルの関節を狙った射撃。その二つが噛み合って努はまだ生き残っている。その粘りに観衆はもう少しだけ見ていこうと足を止める。



「あー、こういう時ハンナだと辛いな。ヘイト稼ぎに時間かかるのか」

「そうみたいだね。スキルはコンバットクライしかない。で、カウントバスターも溜めるのに時間がかかる。ハンナがヘイト取れるまでツトムが生き残れるか……」



 迷宮マニアは息を飲んでツトムを見守っている。熱線を無効化出来るとはいえ、振られる手を避けるだけでもかなりギリギリだ。ディニエルのサポートがなければ確実に当たっている場面もあった。


 そしてとうとう努にマウントゴーレムの拳が掠り、彼は大きく吹き飛ばされて壁に激突した。VITの低い白魔道士なら即死だろう。観衆は悲壮感漂う声を上げた。


 しかし努は生きていた。壁から手を抜いてヘイトを取り戻せたハンナに支援を送る彼を見て、観衆と迷宮マニアは唖然とした。そして今までで一際大きな歓声に神台市場は包まれた。



「はぁー!? なんで死んでないんだ!?」

「……バリア、っていっても無理だよな。え? なんで?」



 努がバリアを付与しているところは迷宮マニアも火竜戦などで確認していたが、あそこまでの強度があるとは思えない。努のしているバリア多重展開の保険は実戦でまだ見せていなかったため、迷宮マニアたちは混乱していた。


 そしてハンナがそのままマウントゴーレムを引き付け、ディニエルがストリームアローを射っていく。復帰してこないダリルのことなど忘れるくらいに神台付近は熱狂に包まれていた。



「ストリームアロー」



 その攻撃を最後にマウントゴーレムは身体を黒く染めて沈黙する。二番台に熱気の嵐が吹き荒れた。



「すげぇぇぇ!! また一発かよ!」

「うおぉぉぉぉ!!」

「あっはっはっはっ!! 意味わかんねぇ!」



 またもや一発で階層主を突破した努に向けられて歓声が湧き、迷宮マニアや新聞記者はいいネタが来たと顔をニヤつかせた。二番台付近で見ていたユニスは軽い拍手を送り、アルマはじっと努を見ていた。

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