第123話 クラン童貞
無限の輪が火竜討伐した翌日。五人は新聞社の取材に対応していた。ディニエル、ハンナ、アーミラは慣れた様子で応対し、ダリルは毎度のこと緊張で噛み噛みだった。以前にも新聞社からの取材は何度か行われているが、まだ慣れないらしい。
その新聞社の中にはソリット社も入っている。スタンピードで出来た貴族との繋がり、それを恐れたソリット社がスタンピード時に発生した努への不審な噂をもみ消したことにより、関係はある程度改善している。
ただ努はソリット社の自作自演も疑って他の新聞社二つに調べさせていた。今のところそういった証拠は出てきていないが、念のため引き続き調べさせる予定である。
「緊張した……」
「情けねぇな」
「うぐっ」
ようやく取材が終わって安心したように胸へ手を当てているダリルに、容赦ないアーミラの一言が突き刺さった。
「あんなもん適当に頷いときゃいいんだよ」
「いやいや……」
「ダンジョンに潜ってる時と同じでいいだろうが。うじうじしやがって、ムカつく野郎だ」
アーミラは火竜戦で自分より活躍していたダリルが新聞社の者にぺこぺこしていたのが気に食わなかったのか、彼につっかかっている。誰か助けてと言わんばかりにダリルが周りを見るが、努とディニエルは見ぬフリをしていた。
「お前は俺より強ぇ。そんなお前がペコペコしてどうすんだ?」
「はい」
「じゃあ俺は地面にでも這い
「そんなことないです」
「じゃあどうなんだよ」
「はい」
二人の間でこういったやり取りは既に何度も行われている。最初は間に入って止めていたハンナも、そろそろ面倒になったのか口を出さなくなっていた。
「撤収するよー」
「はーい!」
努の呼びかけに嬉々として飛び込んでいったダリルにアーミラは舌打ちを漏らし、ハンナはその行動を咎めず苦笑いに留めている。
アーミラほどではないがハンナもダリルに対してしっかりしてほしいと思うことはある。高いVITでモンスターの攻撃を受け止めるタンク。それはハンナが憧れた役割だ。しかしハンナの種族とジョブでは低いVITになることは避けられず、タンクを担うことは出来なかった。
勿論今の避けタンクという役割には満足している。努から教えてもらったこの立ち回りのおかげでVITの低い自分にもタンクが出来るようになり、以前と比べて断然楽しくなった。
ただ高いVITが羨ましいという感情はまだ残っている。なので謙遜するダリルに対して少し思うところはあった。
「もうちょっと、しっかりしてくれるといいんっすけどねぇ」
「そうだよな! あの野郎強ぇんだからもっとこう、ドンと構えりゃいいのによ!」
「そーっすね」
ダリルに聞こえるような声量で話している二人に、彼は戦々恐々とした様子で歩いている。流石に可哀想になってきたので努はフォローに回った。
「まぁ、ダリルはここが初めてのクランだからさ。クラン経験に関しては二人よりないから、多少の謙遜は許してやってよ」
「んだよ、クラン童貞かよ」
「…………」
ダリルはアーミラの物言いに顔を真っ赤にしながら口をぱくぱくとさせ、努は呆れたように腰へ手を当てている。
「アーミラ。少しは言葉を選びなさいよ」
「……事実だろうが」
「言葉を選びなさいって言ってるんだよ」
「わかったわかった」
アーミラは努とあまり視線を合わせず誤魔化すように手を振った。拗ねた様子のアーミラに努は大きくため息を吐いた後、皆を連れてソリット社の建物から退散した。
その後はディニエルとハンナとは一旦別れ、三人はドーレン工房へ向かった。ダリルの装備とアーミラの大剣を整備してもらうためである。
「こりゃまた、派手に壊しやがったな」
「ごめんなさい……」
「相手は火竜だろ? ならしょうがねぇだろ」
ドーレンというドワーフのお爺さんは、豪快に笑いながらダリルのボロボロになった重鎧二着を受け取った。そしてアーミラの持つ鋼の大剣も軽々と受け取って弟子へ回した。
「おっさん。頼むぜ」
「相変わらず威勢のいい娘だな、こら。わんころも少しは見習え」
「勘弁して下さいよ……」
「あ? ってことは俺を馬鹿にしてんのか?」
「してないですよぉもう! ツトムさぁん! 助けてぇ!」
ドーレンとアーミラの口裏を合わせているかのようなやり取りに、ダリルはたじたじになって努の後ろへ隠れた。揃って意地悪げに口を歪めている二人に努は困ったように頬を掻く。
努は二人の装備を任せて少し談笑した後にドーレン工房を出て、他に用もなかったのでクランハウスへ帰宅した。今日と明日は休日なのでその後は各自自由となる。
「なぁ。火山階層の下見ついでに、特訓行こうぜ」
「特訓好きだねぇ……」
「……別に、嫌なら断ってもいい。それなら俺一人で行くだけだ」
「いいよ。僕も好きだしね。特訓」
ダンジョン攻略は努の目的であるし、何よりそれに楽しさも覚えている。休みも基本的にはダンジョン関連のことしかしないし、他のことは全くしていない。努の返事にアーミラはにっと口角を釣り上げた。
「あ! あたしも行きたいっす!」
「僕はちょっとガルムさんに挨拶してくるんで、行けないです」
「パスでー」
「了解。二人はゆっくり休んでね」
頭を下げたダリルとソファーに寝転がりながら手だけ上げたディニエルにそう言うと、努は二人を連れて火山階層へ向かい特訓を始めた。
――▽▽――
「あぢぃ」
「うー」
火山階層での特訓を終えた二人は大分グロッキーになっていた。なにせ気温が高い火山での激しい戦闘訓練だ。まずはその暑さに慣れなければ話にならない。
だが最近は暑さ対策の道具や装備も充実してきたので、他の大手クランより楽に進めることは間違いない。それにアルドレットクロウが七十一階層に辿りついたことによる恩賜も大きい。
七十一階層からは雪原。そこで出現する氷系モンスターを倒すと稀に氷魔石をドロップする。現状希少価値の高い氷魔石が神のダンジョンでドロップすると発覚した途端、アルドレットクロウのクランハウスへ血眼になった商人が殺到していた。
氷魔石の需要は大きい。様々な職人は氷魔石を欲しているが、外のダンジョンの中でも危険度の高い場所でしか手に入れることが出来ず供給が少なかった。しかし死んでも生き返れる神のダンジョンで氷魔石がドロップするとなれば、安定した供給が望めることになる。
今アルドレットクロウは氷魔石の利権を争う商人たちの荒波に揉まれている。他にも外のダンジョンで氷魔石を採取して生活している者への補償や、様々な団体の対応に追われてクランリーダーであるルークはまともに眠れない始末だった。
しかし現状アルドレットクロウ以外で七十階層を攻略出来るようなクランはまだいない。そのためしばらくの間氷魔石の利権を独占することが出来るだろう。それによって得られる利益は、下手をすれば億単位になるかもしれない。
(氷魔石が流通するのはもうしばらくかかりそうかな)
アルドレットクロウによって多量の氷魔石が流通すれば、それを使った魔道具などの値段も安くなって火山階層を攻略しやすくなる。アルドレットクロウがそれを恐れて氷魔石をしばらく貯めておく可能性もあるが、血眼の商人を相手にして隠し通すことは難しいだろう。
七十階層のマウントゴーレムは物理攻撃があまり通らないため、属性攻撃手段が必須だ。無限の輪には現在まともな属性攻撃を使える者がディニエルしかいないため、属性矢を制作するために一定の氷魔石が必要になる。だがそれもアルドレットクロウによって解決するだろう。
(紅魔団も、一旦ストップか)
アルマが火山階層で黒杖を取り上げられそうになり土下座していたということは、新聞で報道されなかったものの民衆の間では広まっていた。そして勿論、努もその情報を耳にしていた。
(……なんか、怖いんだよなぁ)
アルマの黒杖に対する異常な執着心は努もスタンピードの際に確認している。そんなアルマが黒杖を取り上げられたらどうなるか、努はあまり想像したくなかった。一応明日ヴァイスと会う約束を取り付けているのでそこで聞いてみるつもりではあるが、努はここ最近背中を気にするようになった。
アルマが離脱した後は黒杖を他の者に移してダンジョン攻略を再開すると考えていたが、紅魔団はそれをしないようだった。しかし火山階層と相性が悪いヴァイスに黒杖も使わないとなると、紅魔団のダンジョン攻略はどん詰まりになるだろう。そのほかのアタッカーもレベルが低いわけではないが、アタッカー四人という編成では圧倒的な力が必要になる。戦い方を変えるか、黒杖を使わない限り紅魔団は先に進めないだろう。
(紅魔団はしばらく足踏みだろうな。そうなると七十階層突破の次候補はシルバービーストか。出世したなぁ)
クランというくくりならば一番マウントゴーレム攻略に近いのはシルバービーストだ。七十レベルがいないにもかかわらず、他のクランを上回る連携でカバーし合うPT。それは見ていてとても楽しく、シルバービーストのファンは随分と増えている。
他にもクランではないがギルド、警備団もマウントゴーレムにはたどり着いている。ギルドは探索者を管理する立場上、弱くては話にならないため階層更新も仕事のうちだ。警備団も探索者の犯罪者が出た場合を考えて階層更新を行っていた。迷宮制覇隊はまた遠くのダンジョンへ遠征に行きしばらく神のダンジョンには潜らないため、除外されている。
(三番目辺りに七十階層攻略出来たらいいな)
努はそんなことを考えつつ、ゾンビのような足取りのアーミラとハンナにメディックをかけた。
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