第122話 無限の輪火竜戦:反省会

 火竜がディニエルの矢を受けて絶命し、光の粒子を漏らし始める。もう動く様子のない火竜を見て努は隣にいるディニエルに声をかけた。



「お疲れ様」

「おつかれー」



 特にこれといった感動はないのか、ディニエルはいつものように気怠そうな声を返してくる。



「やったー!」

「やったっす!」

「お、っしゃあぁ!!」



 しかし他の三人はディニエルとは対照的にとても喜んでいて、嬉しさのあまり三人まとめて抱き合って転んでいた。そして戦闘が終わったことに安心したのかそのまま地面にへたり込んでいた。



「アーミラ、大丈夫?」

「…………」



 彼女は先ほどの叫びでもう全てを出し切ったらしく、しんどそうに息を切らしている。カミーユと違って龍化出来る時間が短く、メディックも疲労を軽減出来るだけで完全に回復することは出来ない。


 ダリルも全身汗だくで地面にいくつもの水滴が垂れていて、ハンナは背中の翼を酷使しすぎたのか痙攣してしまっている。努は火竜からドロップした無色魔石を回収しつつ、三人の息が落ち着くのを待った。



「ツ、ツトムさん! 勝ったんですね!」

「そうだね」

「よかったぁ! これでガルムさんから怒られずに済みます!」



 汗でへばりついた黒い前髪を振って近づいてきたダリルに、努はタオルを渡しながら返した。吸水性のいいタオルはすぐに汗でびしょ濡れになる。



「ハンナは、立てる?」

「……もう、一歩も、動けないっす」

「アーミラも……無理そうだね。ダリル。疲れてるところ悪いけど背負ってくれる? ディニエルはハンナをお願い」

「えー。むしろ私を背負ってほしい」

「頼みますよ」



 努のお願いにディニエルは渋々といった様子で弓を背負い直すと、ハンナをお姫様抱っこした。ダリルも慣れた様子でひょいとアーミラを背負う。そうして無限の輪は六十階層を離脱した。


 ギルドで周囲の視線を集めながら無限の輪はクランハウスへすぐに帰還した。洗濯をしていたオーリが二階から駆け下りてきて五人を出迎える。



「疲れた、っす……」

「悪いけど、今から火竜戦の反省会するよ。戦闘を覚えているうちに振り返りたいからね。休むのはその後で」

「おっす……」



 ディニエルに下ろされてぐったりとした様子のハンナにそう告げると、彼女はげんなりとした様子で頷いた。アーミラはそこそこ回復した様子ではあるが、疲れていてあまり余裕がある状態ではなさそうだ。


 全員がリビングに集まって改めて身体を拭いた後、ふかふかのソファーに腰を下ろす。一番疲れた様子であるハンナはそのまま寝てしまいそうになっていたが、何とか意識を保っているようだ。


 オーリが全員分の冷たいレモンジュースを差し出すと、ハンナはゆっくりと両手で持ってちびちびと飲み始める。レモンの酸味が疲れた身体に染み渡っていく。アーミラはすぐに飲み干しておかわりを要求していた。そんな中、ディニエル同様疲れを見せていない努は白紙を机の上に置いた。



「まずは、皆お疲れ様。このPTでは初めてここまで長く戦闘したけど、上手く回ってたと思う」



 火竜との戦闘時間はおおよそ三時間。火竜と戦闘すること自体が初めての者が二人いるにしては、中々早い時間で倒すことが出来た。その戦果はまずまずといったところだろう。



「取り敢えず、僕が感じたことを言っていくね。何かあれば言ってくれて構わないから」



 努がペンを持って白紙をコツコツと叩きながら言うと、四人は頷いた。努はまず一番上にディニエルと文字を書いた。



「ディニエルは、言うことなしだね。自分から見て悪いところは見つからなかった」

「とーぜん」



 ディニエルの火竜戦は圧巻だった。序盤の水晶割りは勿論、アタッカーとしての役割は完璧にこなしていた。確実にアーミラよりも火竜へダメージを与えていただろう。


 火竜戦が中盤を過ぎた辺りからはハンナとアーミラがスタミナ切れで崩れ始め、ダリルに負担がかかり厳しい場面が何度もあった。その際にディニエルは自身に火竜のヘイトを向けさせて擬似避けタンクもこなし、三人を支えていた。それは何百回も火竜に挑み動作や癖を知り尽くしている彼女だからこそ出来ることだ。


 アーミラが龍化の使いすぎで動きが鈍くなって致命傷を負った時も、彼女は一人で十分な火力をたたき出していた。攻防どちらが崩れてもディニエルが補ってくれたし、力の抜きどころもわかっているのでスタミナ切れを起こすこともなかった。彼女が火竜戦の勝利に最も貢献したと言ってもいいだろう。



「ダリルも、初めてにしては上出来だったよ。最初はちょっと崩れてたけど、それ以降は中々良かったね」

「ありがとうございます!」

「ただ、他の人が崩れる度に動きが止まってたね。ダリルが今のPTの柱なんだから、もっとどっしり構えてほしいかな」

「は、はい。すみません……」

「勿論、僕たちもダリルを支えるからさ。もっと自信持っていいよ。俺がこのPTを支えてるんだ! って」

「そ、そうですかね。僕なんかが、柱になれるでしょうか……」



 ダリルは恐縮したように黒い垂れ耳を更に下向かせて自信なさげに答える。タンクとしての技術は備わっているが、自負、プライドがダリルには足りない。たまに調子に乗ることはあるにしても、どうせガルムには負ける、といった本心が見え隠れしている。



「まぁ、自信は今後つけていこう。そんなすぐにつかないだろうしね」

「はい!」

「それじゃあ、次はハンナだね。そんなに身構えなくていいよ」

「は、はい、っす」



 自分でも火竜戦に問題があったことは自覚しているのか、ハンナは目に見えて身体を強ばらせながら言葉を待った。努は少しやりにくさを感じつつも用紙にかりかりと書いていく



「避けタンク自体は良かったよ。動きも悪くないし、ブレスの予備動作もしっかり読めてた。ただ、問題はスタミナだね」

「そうっすね……」



 スタミナ不足。それが火竜戦で浮き彫りとなったハンナの課題である。


 ハンナ自体にスタミナがないわけではない。アルドレットクロウで動きの激しいアタッカーをしていたので、男顔負けのスタミナを持っている。しかし避けタンクの立ち回りはハンナのスタミナを持ってしても足りない運動量だった。


 努の支援のおかげでいつもよりスタミナが切れにくいものの、疲労を回復するメディックも完全に回復するわけではない。それに精神力との兼ね合いでずっとハンナに当てられるわけでもないのだ。


 攻撃をしながらモンスターの攻撃は避けるという立ち回りをしなければいけない避けタンクは、非常に体力を使う。それにハンナは避けタンクを始めてまだ二ヶ月。どうしても動きにムラがあり無駄に体力を消費してしまっていた。


 火竜戦の中盤から終盤はスタミナ切れで判断能力を失い始め、火竜のブレスを軽く受けてしまうことが何度かあった。何十回と戦い動作も見慣れているにもかかわらず、ハンナは火竜のブレスを避けられなかった。



「多分火竜戦で張り切ってたっていうのもあるだろうけど、動きもいつもより速かったからね。中盤にはもう限界来てたみたいだったから、次回からは体力管理は気をつけてね」

「了解っす」

「ハンナはサボるのが下手。私を見習うといい」

「うぎぎぎっ……」



 実際ディニエルには戦闘中何度も助けられ、避けタンクまでやらせてしまったのでハンナは何も言い返せない。悔しそうにディニエルを睨みつけるというささやかな反抗しか出来なかった。



「あとスキル回しも終盤は酷いし、指示もまるで聞いてなかったね。多分疲れて僕の声が聞こえてなかったかな?」

「申し訳ないっす……」

「大丈夫だよ。むしろ避けタンク始めて二ヶ月でここまで仕上げてることにびっくりしてるから。この調子なら問題ないよ。僕もハンナへのメディックを増やす方向で調整してみるね」



 いつもは何処か裏があるような笑顔を見せる努だが、今はまるで子供のように無邪気な笑顔でペンを走らせている。そんな笑顔を向けられたハンナは意外そうに目を見開き、取り繕うように頬を掻きながら目を背けた。



「最後はアーミラだね」

「……おう」



 アーミラもハンナ同様終盤は酷かったと自分でも自覚しているようで、少し気まずげに顔を持ち上げた。



「龍化のスタミナ切れが凄かったね。そこはハンナと同じかな。後一人で突っ込むのは止めようね。多分疲れで僕の声聞こえてなかったんだろうけど、何回も突っ込んで瀕死になるのは勘弁してほしい」

「すまん」

「だけど、他は良かったよ。特にダリルとの連携、大分良くなってるじゃん。龍化するのも構わないけど、もう少し回数減らしてみてもいいかな」

「……龍化を減らすだと? 俺に気でも遣ってんのか?」

「遣ってないよ。勿論龍化も強いけど、あそこまで使わなくてもいいってだけ。火竜戦では明らかに使いすぎだったよ」



 アーミラはまるで自分にはそれしかないとでも言うように、龍化を何度も行っている。確かに龍化は強力ではあるが、アーミラ自身の実力も最近はついてきた。ダリルとの連携も少しずつ噛み合ってきている。



「次回からは少し龍化を減らしてみよう。アーミラが良ければだけど」

「……別にいいけどよ」



 努の提案にアーミラは納得していないような顔はしていたが、少しだけ嬉しそうに口元が緩んでいた。努はアーミラから視線を外して皆を見回した。



「僕からは以上だけど、ディニエルは何かある?」

「大体ツトムと一緒」

「了解。ダリルは?」

「ぼ、僕もないです」

「ほんと? 僕の支援で何かなかった?」

「な、ないですよぉ! 凄かったです!」



 ダリルは黒い尻尾をぶんぶんと振ってキラキラとした目を努へ向けた。四人への全体的な支援回復は勿論のこと、素早い動きをするハンナとアーミラへの的確な支援。皆への指示出しも行っている。


 それに今回努は攻撃にも積極的に参加していた。タンクが二人いる場合なら努もある程度自由に動けるため、モンスターに攻撃することが可能になる。今までの戦闘でも攻撃自体はしていたが、今回はかなり積極的に攻撃を加えていた。


 初心者のヒーラーならば支援回復だけしていても文句は言われない。しかし中級、上級者になってくると支援回復だけしていては務まらない。ヒーラー職にも種類は少ないが攻撃スキルは存在するため、出来るだけ高いDPSを出すことが求められる。


 しかし高いDPSを出そうとして攻撃ばかりにこだわり、支援回復が乱れてしまえば元も子もない。支援回復とDPSの兼ね合いはヒーラー中級者には悩みの種だろう。


 努もこの世界に転移した最初は基本的に支援回復中心で、たまに余裕があれば攻撃する程度だった。しかしもう慣れてきたので積極的にDPSを出すことにも比重を置いていた。



「確かに、ツトムはおかしい。もしかして、脳が二つ頭の中に入ってる?」

「入ってないです。慣れですよ。慣れ」

「本当に? 割って確かめてみたい」

「……いや、怖いんですけど」



 さらっととんでもないことを言うディニエルに努はドン引きしつつ、ハンナとアーミラに意見を求めたが特にないようだった。彼は腕を組んで一人唸りつつ、ツトムと書かれた用紙に書き込んでいく。



「取り敢えずハンナへのメディックを増やして、アーミラの龍化を減らします。あとは……攻撃スキルの練習かなぁ。あとはバリアの運用も考えたいね。支援はこれで問題ないだろうけど、回復については僕もわからないからさ。ダリル、本当に問題ない?」

「ないですって! むしろ痛いところすぐ回復されて気持ち悪いくらいです!」

「あ、うん。そうか……」



 悪気のなさそうなダリルの物言いに努は微妙な表情をしつつ、手持ち無沙汰にペンでとんとんと紙を叩く。その後は少し話し合った後反省会は終了し、いつの間にかソファーで寝てしまっていたハンナはオーリに部屋へ運ばれていった。

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