第121話 無限の輪火竜戦:狂犬の観戦

 ガルムは朝早くに宿舎から出ると、すぐにギルドへと向かった。ガルムはギルド職員の中でも数少ない六十階層突破者の一人なので、ここ最近は大分忙しく休みが取れなかった。だが今日は久しぶりの休日だ。にもかかわらずガルムはギルドへ向かっていた。



(流石にまだいないか)



 今日ギルドに来た理由は一つ。無限の輪PTの観戦だ。昨日アルドレットクロウが七十階層を突破したことによりギルド内はてんてこ舞いだったが、その際に努から翌日火竜に挑むことを知らされている。なので朝早くから待機してモニターが見やすい席を確保し、その戦闘を見逃さないようにしていた。


 ただ基本的にギルドのモニター付近は探索者やクランの情報員たちしかおらず、一般的な観衆は外のモニター市場を利用するので混雑することはない。ギルドのモニターは外に比べるとやや小さいし、周りのサービスも悪い。それに屈強な探索者たちがいる中で呑気に観戦出来る者も少ないからだ。


 それに比べ外のモニター周りには様々なサービスをしてくれる店が存在している。美味しい食事を提供する屋台やそれを届けてくれる配達。私有地を使っての予約席や、雨を防いでくれる魔道具の貸し出し。他にも快適なモニター観戦が出来るように様々な趣向を凝らした店が乱立している。観衆がサービス性の高いモニター市場に集まるのは必然だ。


 朝のギルドには駆け出し、中堅の探索者たちが多い。大手クランが動き出すのは基本的に観衆の集まりやすい時間帯である昼や夜が多いが、スポンサードを受けられないクランやPTは観衆がいない時でも活動することが当たり前である。



(……ふむ)



 最近ガルムは仕事でギルドにいなかったため受付を見ることは少なかったが、改めて見ると本当にアタッカー以外のジョブを持つ探索者が増えていることを実感した。昨日アルドレットクロウがマウントゴーレムを突破して最高階層クランに返り咲いたおかげもあるだろうが、以前とは比べ物にならないほど増えている。


 この時間帯はクランや固定PTを組めていない初心者探索者が多いため、ギルド斡旋のPTが組まれやすい。その斡旋PTで以前はあまりいい顔をされなかったタンク職が歓迎されている光景をガルムは眺めつつ、ギルド食堂で料理を注文した。



「フライドポテト二つ。グリバーガー三つ。あと……」

「相変わらずよく食うね」



 注文を取っているギルド職員のおばちゃんに笑われつつ、ガルムは大量の料理注文を終える。するとギルド受付に努率いる無限の輪が並んでいた。ガルムが手を振ると、それに気づいたダリルがぶんぶんと手を振り返してくる。



(最近は見れていなかったが……本当に大丈夫か?)



 ガルムの業務は基本的に門番や探索者間で起きた問題の仲裁や解決だ。しかし最近は火山階層を調査で探索したり、ほかのギルド職員のレベル上げや最高階層更新を手伝うことが多く忙しかった。なのでここ一ヶ月ほどはダリルの様子も見れていないので、彼の火竜戦が少々心配ではある。


 だが他のPTメンバーは粒ぞろいなので、火竜に負けることはないだろうとは思っていた。元、金色の調べの一軍アタッカーであるディニエルというエルフ。彼女は弓術士のアタッカーとしてダントツの腕を持っていることで有名である。


 他にもカミーユの娘でユニークスキルを引き継いでいるアーミラに、異質なタンクである鳥人のハンナ。彼女は無限の輪PTで一番注目されていない者だが、ガルムは注目している。なにせハンナは役割的にはタンクをこなしているのだが、攻撃を受けずに全て避けているのだ。同じタンクであるが種類の違う彼女の動きにはとても感心させられている。


 それに、言うまでもなく努がいる。未だ底が見えない彼ならば、マウントゴーレムですら相手にならないように思えてしまう。たとえダリルがミスを犯したとしても問題ないだろう。


 ギルド内の魔法陣から転移して、五十九階層の三十番台付近に映った無限の輪を眺める。最近はギルド職員や警備団も大手クランの最高階層が上がったことを受け、レベル上限を上げるために火竜突破を目指している。それに中堅クランも合併してからはどんどんと最高階層を更新しているので、五十九階層に潜っている団体は多い。


 ガルムは五十九階層の道中でダリルの動きを見ていたが、悪くはなかった。訓練を終えた二ヶ月と少し前と比べても成長が窺える。



(だが、やはり指示ありきか)



 ダリルは指示を受ければ忠実にタンクをこなすことが出来るが、自分で考えて行動することを苦手としている。彼はタンクをこなせる力もあるし、頭もそこそこ回る。実際アーミラとのヘイト取り合戦ではその片鱗を見せていた。


 だが自分の考えたことに自信を持てず、指示が出されればそれに従ってしまう。指示待ち犬人だったダリルは三ヶ月の特訓で考えることを学んだが、自信はどうしても持てていなかった。



(ツトムがいれば問題はないだろうが……。それでは駄目だ。自身で試行錯誤しなければ、いずれ行き詰まる)



 特に未知のダンジョンへ到達して切り開く時、自分で考えて実行することが出来なければ攻略は出来ない。探索者時代で得た経験からしてガルムはそれをわかっている。だがダリルはまだどうしても自身の考えを信じることが出来ていない様子だった。


 運ばれてきた大量の料理をつまみながらそんなことを考えていると、無限の輪は六十階層への黒門を発見した。赤糸の火装束を纏った五人はすぐに黒門を潜り、モニターが切り替わって十番台付近へ移行する。


 すると周りでモニター観戦していた者たちの一部が一斉にその台の前に陣取った。大手クランや中堅クランの情報員たちである。わかりやすいなと思いながらガルムは飲み物のストローを咥えた。


 そして火竜が現れて近づいてくるや、先制攻撃で的確に火竜の額を射抜いたディニエルの腕前にガルムは軽く唸りつつ、出来立てのフライドポテトを口にした。程よい塩気の振られたそれをどんどんと食べ進めながら、無限の輪の火竜戦を観戦する。


 ダリルが一先ず火竜のヘイトを取り、努が全員に支援をかける。ダリルとアーミラ。ハンナとディニエルの二人に分かれて火竜へと向かっていく。


 ダリルは早速爪での斬撃を大盾で受け止めて吹き飛ばされた。火竜の力が想定より上だったのか、ろくに受身も取れずごろごろと転がってしまっている。ガルムはため息を吐いた後に煮込まれた熊肉が挟まれているグリバーガーを一口かじった。


 しばらくダリルは今まで受けたことのない強力な攻撃に戸惑い、変な体勢のまま吹き飛ばされ続けた。しかし努の支援回復と指示出しによって徐々に自然体へ戻っていき、ようやくまともに受身を取ることが出来た。


 その間にアーミラとディニエルが火竜に攻撃を加えていく。二人のアタッカーは総じて火力が高く、十分な力を持っている。だが努が指示するヘイト管理にも従っているため、二人に火竜の視線が向くことはない。


 そして疲弊してきたダリルに変わってハンナが赤い闘気を発しながら前に出た。彼女は様々な攻撃スキルを使って火竜にダメージを与えつつ、コンバットクライも加えて一気にヘイトを稼いでいく。


 ダリルからヘイトを奪ったハンナは引き続き火竜に攻撃していく。まるでアタッカーのような動きである。火竜を引き付けつつも攻撃を加えて更にヘイトを稼いでいく。


 努の指示で攻撃を止めたハンナはそれからひたすらに火竜の攻撃を避け続けた。背中の青い翼を使うことによって実現する複雑な空中機動。その機動力に火竜はついてこれず、そして彼女は一度も被弾することなくダリルとタンクを交代した。



(やはり、面白いな)



 自分とは違う種類のタンクの活躍にガルムは思わず口元が緩む。全ての攻撃を避けるタンクというのは面白い。それに他のタンクと比べてモンスターに強烈な攻撃もしているので、かなり優勢に戦闘を続けることが出来るだろう。あれだけ見れば完全にダリルの上位互換に見える。



(しかし、被弾した時が問題だろうな。あのような軽装で、VITも高くはない拳闘士。間違いなく死は避けられんだろう)



 勿論その立ち回りには大きいリスクがある。下手な者があのような立ち回りをすればすぐに死んで役に立たないだろう。だがハンナはアタッカーとして培ってきた土台があり、タンクとしての実力もこの二ヶ月で備わってきている。それだからこそ彼女は火竜を相手にしても死なないのだ。



「龍化」

「レインアロー」



 ユニークスキルである龍化を使い、常人では到達できない域に達することが出来るアーミラ。対して八十年近い年月が積み重なって初めて到達出来る域である正確無比な射撃技術、それに加えてまだまだ衰えを見せない身体を持つディニエル。二人のアタッカーとしての実力も申し分ない。



「メディック。ヘイスト」



 そしてその四人全員の能力を最大限に活かしているのが努だ。ダリルがタンクをこなしている時はプロテクを中心にした安定した支援。ハンナがタンクをこなしている時はヘイストに特化した支援を行っている。


 ダリルへの支援はガルムの時とほとんど変わらないため、そこまで苦労はないだろう。だがハンナの場合は違う、彼女のモンスターさえ捉えきれていない複雑な空中機動に合わせてヘイストを当てなければいけない。


 ディニエルへの支援も恐らくエイミーにしていた時とあまり変わらない。だが赤く発光しているアーミラにはヘイストに加えてメディックまで当てている。



(……恐らく、カミーユさんの娘さんはまだ龍化の制御が出来ていないのだろうな)



 龍化中は周りのことなど気にした様子もなく暴れまわっているように見える。現にアーミラの龍化中は皆彼女のことを視界に入れて位置取りを気遣っていた。



(そして危険と感じたら……)

「メディック」

(ツトムがメディックを当てて龍化を解除するわけか)



 ヘイトの取りすぎや龍化による消耗が激しいと努が判断した時、メディックがアーミラに当てられて彼女は正気を取り戻す。龍化をオンにするタイミングはアーミラに任せ、オフにするタイミングは努に任せる。それが二人の生み出した戦法だった。


 アーミラの龍化は強力であるが諸刃の剣である。自分だけではなく味方にすら傷つけかねないスキル。しかし周りがアーミラに合わせることの出来る力量を持ち、努という持ち手がいれば、龍化は諸刃の剣ではなく敵のみを切り裂く刀となる。



「おらぁ!」



 今まで一度龍化を使えば自分で解除出来ず、自分の意思で戦闘することが出来なかったアーミラ。だが彼女は龍化後に意識を失わなくなったおかげで、使用後も戦闘を再開することが出来る。アーミラの技術はまだ未熟ではあるが、決して弱くない。ダリルとの連携も良くなってきたおかげで、アタッカーとしては龍化がなくとも十分である。


 そして何より龍化後も戦闘に参加出来るという嬉しさも彼女にはあった。今までは龍化を使えば意識を失い気づけば戦闘は終了していたが、今は違う。モンスターとの戦闘を楽しんでいるアーミラは今後の成長も期待出来るだろう。



(うむ、問題あるまい)



 気づけば大量の料理を食べ終えていたガルムは満足そうな顔で追加注文をした。ハンナにブレスがかすって羽根が燃えかけたり、アーミラが無茶をして瀕死になったこともありヒヤヒヤする場面は何回かあった。ガルムの目から見ればダリルもまだまだ成長途中だ。


 しかしそれでも、火竜程度では相手にならない。誰かが崩れてもディニエルや努がフォローに回るため、そこまで被害は出なかった。そして無限の輪は誰も死ぬことなく昼頃に火竜を下した。



(私も、負けていられないな)



 ガルムも最近仕事でマウントゴーレムに挑んできたが、かなわないという感情は持っていた。だが火竜突破をして喜んでいる無限の輪を見て気が引き締まった。


 いずれガルムも無限の輪に入る予定である。その時に負けないよう、ガルムは更なる修練を積もうと思い片拳を握り締めた。

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