第117話 スポンサー制度

「のわああぁぁぁ!!」



 女性が出すとは思えない大声を上げながらアーミラが努の方にすっ飛んでいく。彼は身体を横にずらして避けると、アーミラは草原をごろごろと転がっていった。


 今までアーミラは龍化を解除するとその場に倒れて気絶していた。だが龍化が成長したことにより解除されても意識を取り戻せるようになっている。


 しかしそのせいでアーミラは立ったまま突然意識を取り戻すこととなり、解除後には結局転倒してしまっていた。アーミラはその後一階層の草原を何十回も地面に転がった。



「あぁーーー!! くそ! 意味ねぇじゃねぇか!」

「まぁそう、焦らないで。成長してるってわかっただけでもいいしね」



 ストレスを発散するように空へ叫ぶ擦り傷だらけのアーミラはヒールで傷を治される。龍化を繰り返すにつれて少しずつアーミラの顔は紅潮していき、次第に汗をかきはじめてきた。



「次! 行くぞ!」

「はいはい」



 額から流れ出る汗を腕で拭ったアーミラは苛立ちながらすぐに龍化を発動し、努にメディックを当てられて意識を取り戻す。そして勝手に動いている足をもつれさせてまた派手に転んだ。


 その後二時間ほど龍化解除の練習をして結果、転ばないようにはなってきたがどうしても体勢を崩すことは避けられなかった。



(よくやるな)



 二時間延々と転び続けては立ち上がって龍化をするアーミラに努は思いながら、時間も遅いので練習の切り上げを告げた。龍化の代償でどんどんと体温が上昇して汗だくになっている彼女に冷えたタオルを投げ渡す。



「お疲れ。少し休んだら帰ろうか」

「……おう」

「この調子なら明日の戦闘でもう使えそうだね」

「そう、だな」



 氷の魔道具によって冷やされたタオルを首に巻きつけたアーミラは、少しだけ気持ちよさそうな顔をしながらも頷く。


 龍化解除時は体勢を崩すものの、もう転倒は起こさない。ならば戦闘中で龍化の力が欲しい時は使い、ヘイトを抑えたい時は解除という運用も出来るだろう。


 まさか今日でここまでモノにすると思っていなかった努は少し感心しつつ、暇なのでその場に座るとマジックバッグからダンジョン新聞を取って開いた。


 現状六十階層の火竜を突破しているのは紅魔団、アルドレットクロウ、シルバービーストだ。ダンジョン新聞によるとようやく金色の調べも突破出来る見込みは立ったようだった。


 他にもアタッカーの白魔道士がいるクランで知られている白撃の翼などの中堅クランも最近は合併や同盟が活発なので、そろそろ火竜を突破出来るところが出てきてもおかしくはない。


 中堅クランはスポンサーに頼らず利益を出さなければいけないため、様々な工夫を凝らして生き残ってきた探索者がほとんどだ。それに今のジョブ格差にうんざりした高レベルジョブの者が集まって出来たクランも多い。そのためアタッカー職、タンク職、ヒーラー職がそれぞれ一つのクランに集まって固まっている状況だった。


 しかし三種の役割が広まってから中堅クランは合併や同盟を組んで他のジョブを引き込み、役割理論を組み込んだPTを結成し始めていた。今は大手クランほどの完成度はないものの、いずれ火竜突破くらいは出来るようになるだろう。


 紅魔団とアルドレットクロウは未だマウントゴーレムに苦戦している。しかしアルドレットクロウの方は最近マウントゴーレムよりも火山階層を探索し、様々な素材を集めているようだった。



(対策装備でも作ってるんだろうな)



 アルドレットクロウはクランハウスに工房を持っているし、様々な職人も引き込んでいる。恐らく素材を集めて溶岩対策装備を制作しているのだろう。それに現状見つかっていない素材もあるし、宝箱も一、二個しかドロップしていない。一度階層主から離れて準備を整えるのも一つの手だろう。


 紅魔団はマウントゴーレムへ挑んでいる回数が多いものの、現状打開策を見つけられていない。対してシルバービーストはボルセイヤーを突破して順調に階層を進めている。



(まぁ、順当に行けばアルドレットクロウだろうな)



 溶岩での全体攻撃対策が出来ればアルドレットクロウは恐らくマウントゴーレムを突破出来るだろう。物理耐性が高いことがわかった途端に一軍アタッカーを魔法職に切り替えているし、連携もこの一月で問題ないように見える。


 もしアルドレットクロウが紅魔団を抜けば三種の役割を導入したPTが一番になる。そうなればタンク、アタッカー、ヒーラーの役割分担は更に広まるだろう。そうなれば努の目標の一つであった不遇白魔道士の立場も改善したといっていいだろう。



(後は百階層行くだけだな。一年くらいでいけるといいんだけど)



 漠然と努が考えながら新聞の文字を流し読みしていると、いつの間にかアーミラが背後に移動して覗き見ていた。訝しげに目を細めている彼女に振り返る。



「ふーん」

「読む?」

「読まねぇよ。知り合いがいたから見てただけだ」

「知り合い? どれ?」

「こいつ」



 アーミラが指差したのはアルドレットクロウの一団が映った写真だ。その中の精霊術師がアーミラの知り合いのようだった。



「友達?」

「元クランメンバー」

「……あー、そうなんだ」



 努は少し気まずげに声を潜めたが、アーミラは特に気にした様子はなく新聞から視線を切って立ち上がった。



「行こうぜ。疲れた。ねみぃ」

「あぁ、うん」



 欠伸をしているアーミラに急かされた努は彼女に差し出された手を握って立ち上がると、すぐにダンジョンを出てクランハウスへ二人は帰還した。



 ――▽▽――



「はい、ディニエル。報酬明細」

「いらない」

「ここ置いとくから」



 寝間着に着替えて寝転がっているディニエルの言葉を無視して努は机にそれを置くと、すぐに彼女の部屋を出て行った。努は一つ欠伸を漏らすとそのまま外に出てモニター市場へと向かう。


 もう夜九時を回っているがモニター市場は大盛況だ。この時間に一番視聴者が集まるので大手クランはスポンサーの兼ね合いもあって必ずダンジョンに潜っている。見学人の多い時間帯はスポンサーに依頼されているものを宣伝する絶好の機会だからだ。


 大手クランは様々な道具屋、武器、防具屋から依頼されたものを出来るだけ装備してダンジョンで活躍する。それは観衆、他の探索者への宣伝となって売上が良くなり、その一部は大手クランへ還元される。


 この宣伝の仕方にも様々な技術がある。神の眼の位置を意識して戦闘を行ったり、店のロゴを装備に刻印したりなど幅広い。道具の使用もテキパキと行い効果のあるところを観衆に見せなければならない。


 スポンサー依頼については努のクランにも大量に来ている。努も最初一度くらいは受けてみようと思ったのだが、正直ダンジョン探索で気を遣うのが面倒くさいので断っていた。


 スポンサー依頼のせいで装備に制限がつくのは馬鹿らしい。努はこの世界に骨を埋めるつもりはないし、別にG調達にも困っていない。装備にロゴくらいなら入れてもいいとは思ったが、新聞社、貴族のおかげで大分蓄えもある。


 だがクラン経営だけを見ると、現状はディニエルが好き勝手に高額な矢を購入し、ダリルの装備に投資をしているおかげで大赤字だ。努のポケットマネーがなければ即解散するような経営状況である。クランの経営を管理しているオーリもその状況には困り顔をしていた。



(でも宣伝とかよくわからないしなぁ)



『ライブダンジョン!』には宣伝システムなどないので、努はスポンサーというものにうとい。金に困っているのなら勿論手を出すつもりなのだが、今の状況ではスポンサー依頼を受けることはしないだろう。


 だが店とスポンサー契約を結ぶことによる利益は、何も金だけではない。宣伝によってその店の売上が良くなれば更に投資出来るようになり、努が行っている消費者としての投資とは比べ物にならないほどの効果を発揮出来るだろう。


 他にも新素材を使った新商品などを生み出しやすくなるし、スポンサー契約者限定のサービスや商品もある。スポンサー契約を結んでおけばこの先のダンジョン攻略にも役立つだろう。



(今度エイミーにでも教えてもらおうかな)



 エイミーは神のダンジョンで物を宣伝するという流れを開拓した先駆者の一人である。彼女ならばスポンサーのことを聞けば大抵のことは答えてくれるだろう。


 一桁台のほとんどを占めているアルドレットクロウがさりげなく宣伝しているところを眺めながら、努は一番台に目を移した。そこには未だにアタッカー四人ヒーラー一人でマウントゴーレムに挑んでいる紅魔団が映っている。


 明らかに険悪な雰囲気。努はそんな光景を見てうわーっと苦笑いした。ユニークスキル持ちのヴァイスに、黒杖というユニークスキルに匹敵するものを持っているアルマ。その二人がいるにもかかわらずユニークスキルのないアルドレットクロウに戦闘内容は明らかに負けている。



(大丈夫かな)



 辛そうに歯を食いしばっているヴァイスを見て同情しつつ、努はその後もモニターを見歩いた。

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