第116話 残念でした

「特にこれといった効果はないね。ふつーって感じ」



 エイミーはそんな鑑定結果を告げるとマジックバッグをカウンターに置いた。宝箱を開けた後はキリも良かったのでギルドに引き上げた五人は、早速銅の宝箱から出たマジックバッグを鑑定して貰っていた。


 銅の宝箱から出たマジックバッグは中身が倍になる効果は付属しておらず、至って普通のものと鑑定結果が出た。



「そ、そんなぁ。五十九階層で出たんですよ?」

「ま、運が悪かったね。ご愁傷様」



 黒い垂れ耳を萎ませて落ち込んでいるダリルにエイミーは投げやりな言葉を返す。エイミーはダリルがガルムの弟子ということを知っているため、その態度は少し冷ややかだった。


 エイミーは鑑定証を発行して判子を押した後に努へ渡した。それを受け取った努は項垂れているダリルの頭をぽんぽんと叩いた。



「次に期待しましょう」

「ツ~ト~ム~」

「え? 何ですか?」



 そうダリルに声をかけながらマジックバッグを回収した努に、エイミーは子供を叱るような声色で呼びかけた。そんな彼女に努は首を傾げる。



「なんか全然一桁台に映ってないみたいだけど、どういうことかな~?」



 エイミーは無限の輪がダンジョンに潜っている時、ギルド内にあるモニターをたまにチェックしている。だが無限の輪はここ一月ほとんど一桁台には載らず、二十番、三十番台付近に映ることが多かった。



「あ、はい。今はPTの連携を深めてるところなので、下の階層で練習してます」

「ディニちゃんいるんだから火竜くらい余裕でしょ! さてはディニちゃんのサボり癖が移ったな!」

「ツトム。そうなの?」

「違うわ」



 もしや同士が出来たのかと意外そうな視線を向けてきたディニエルに、努はにべもなくそう返した。



「別に今から先を急いでも特にいいことはありませんしね。当分はアルドレットクロウが先を開拓してくれると思うので、のんびり行きますよ」

「む~。やっぱりサボってるんじゃないか~?」

「いやいや、今はPTメンバーを育てているところですよ。避けタンクと、強力なアタッカーをね」

「ふ~ん……」



 エイミーは品定めをするような目つきでアーミラとハンナを見た。そんな視線を受けたハンナは恐縮したように頭を下げ、アーミラはしっかりと睨み返している。そんなアーミラを見咎めたハンナは彼女の首を引っ張って頭を無理やり下げさせた。



「この赤い子、相変わらずみたいだね。大丈夫なの?」



 エイミーの胡散臭そうな目に努は自信ありげに答える。



「これでも少しは大人しくなったよ。それに今日龍化も成長したし、順調だよ」

「へー」



 その言葉で多少の納得はいったのかエイミーは二人から視線を外した。そしてカウンターの内からビシッと努を指差す。



「取り敢えずわたしはさっさと後輩育てたらすぐツトムのクランに入るから、その時までには火竜越えといてね!」

「はいはい。エイミーに負けないようなアタッカーを育てておきますよ」

「に、にゃにおー! 絶対わたしの方が強くなってるからー!」



 カウンターから身体を乗り出してきたエイミーをいなした努は、マジックバッグを抱えて彼女に背を向けた。



「期待してます。では身体に気をつけてお仕事頑張って下さい」

「……うん」



 そう言って扉を開けて出て行った努とPTメンバーたちを、エイミーは少しだけ羨ましそうな目で見送った。


 銅の宝箱から出たマジックバッグはそこまでの価値がないものとエイミーに鑑定されたので、努はすぐにそれをギルドで売却した。そしてクランハウスへと帰宅する。



「おかえりなさいませ」



 五人の帰宅をオーリは玄関でお辞儀して出迎えた。焦げ茶色の髪を短めに切り揃えているオーリは、すぐにダリルが装備している重鎧を外す手伝いをし始める。


 ダリルの重鎧は普通の女性ではとても持てない重量だが、オーリは軽々と持ち上げると先に五人をリビングへ案内した。綺麗に掃除されたリビング内には既に美味しそうな匂いが漂っていて、キッチンには様々な料理の下準備が済まされていた。



「お風呂の準備は出来ていますので、よろしければどうぞ」



 風呂は一階と二階に一つずつあり、一階が女性、二階が男性用になっている。重鎧を着ているため身体が蒸れて汗をかき、更に犬人であるダリル。一度ダリルと一緒に風呂へ入った努は地獄を見たので彼はいつも先に入る。



「おっふろ~。おっふろ~」



 ハンナもお風呂、水浴びなどは好きなのでいの一番に入る。ディニエルはあまり入りたがらないが結局オーリに急かされて入るため、いつも最後だ。


 火と水の魔石によって稼働している魔道風呂に努が入り終わり、髪を風の魔道具で乾かした後に汗臭いダリルと入れ替わる。そしてリビングに行くとオーリがキッチンで夕食の準備を進めていた。オーリは努に気づくとすぐに冷えたコップを取り出そうとしたが、彼は手を振ってそれを止めた。



「いいですよ。これくらいは自分でやります」

「いつも助かります」



 もう幾度となく起こっているやり取りを二人は交わしながらも、努は料理をこなしているオーリの邪魔をしないように魔道冷蔵庫から牛乳を取った。


 ダリル用に分厚いステーキを焼いている真剣な眼差しをしたオーリを努は眺めていると、風呂から上がってきたハンナがリビングにやってきた。ハンナはオーリに魔導冷蔵庫から冷えた瓶に入ったバナナ牛乳を取ってもらうと、それをぐびぐび飲み始めた。



「ぷはーっ! 最高っす!」



 鼻の下に牛乳の跡を付けているハンナに努は苦笑いしつつも、オーリが毎朝買ってきてくれているダンジョン新聞に目を通す。三つの新聞社全ての新聞を努は読み進めていき、ハンナは両腕を後ろに回して軽く翼の羽繕はづくろいをし始める。


 羽繕いは既に済ませているが、やはり風呂に上がった直後は気になるのかたまに弄っている。それと鳥人用に配合された羽毛や羽根を手入れするクリームのようなものも塗っていた。


 お風呂に入ってさっぱりしたダリルと長いさらさらした赤髪をブラシで整えているアーミラもリビングに来て、今日も風呂に入ろうとしないディニエルもしれっと着席した。そんな五人を見計らいオーリは食卓に料理を運んでくる。


 自分で各個人ごとに作った料理と、誰でも食べられる料理を作り上げたオーリはそれを運ぶ。特にダリルとアーミラの前の料理はボリュームがあるものが多い。オーリが料理を運び終えると同時に四人は一斉に食べ始め、努はいただきますをしてから手をつける。


 オーリの料理は美味いし個人への気配りが多い。猫舌のディニエルにはあまり熱いものは出さず、努の目玉焼きは堅焼きである。ハンナには軽めの食事を出し、ダリルとアーミラにはとにかく量があるものを提供していた。


 食事の最中もオーリはどんどんと食器を回収しては洗っている。他にも掃除洗濯などの家事五人分をオーリは受け持っている。努が家事用の魔道具を買っているので多少の楽は出来るが、家電の存在する日本に比べると遥かに重労働であった。



「さ、早くお入りになって下さいね」

「やめろー」



 皆の食事は終わりディニエルがオーリに捕まって風呂に入らされた頃、いつもは自由時間なのだが努は三人を集めた。そして無限の輪が一月で得たG。経費などが書かれた紙を渡した。



「はいこれ。今月の報酬明細ね。今日中には各自の口座に振り込まれてるから」

「あ、どうもっす」



 ハンナは慣れている様子でそれを受け取ったが、ダリルとアーミラはよくわからないままそれを受け取った。


 努が渡したのは給料明細のようなものだ。無限の輪が一月で得た収入からポーションや装備、その他備品やオーリの人件費などの経費を差し引き、余った分を五等分して個人の給料として割り当てている。



「え? こんなに貰えるんですか? 僕の装備とかは……」

「あれは僕からのプレゼントみたいなものだしね。その明細には入れてないよ」



 今月の稼ぎではダリル、ディニエルの装備を経費に計上した場合赤字確定なので、努は全部ポケットマネーで済ませていた。スタンピードで貴族が大量に消費したため、現在も魔石の買取価格は高い。だがそれでも到底二人の装備が賄える値段にはならなかった。


 無限の輪で稼ぎを出すには峡谷で効率的なワイバーン狩りをするか、火竜を倒して先の火山階層で炎魔石を狙うのがいいだろう。だが努の懐にはまだまだまだ十分余裕があるので特に問題はなかった。


 目をパチクリさせているダリルとは対照的に、アーミラはその明細をたたんで仕舞うとずいっと前に出た。



「なぁ。今日も付き合ってくれ。感覚を確かめたい」

「はいはい。今日もね。付き合うよ」



 成長した龍化を早く試したいのか、アーミラはうずうずした様子で努に強い視線を向けている。呆れたように言って準備をし始める努を、ダリルは明細を持って立ち尽くしたまま見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る