第115話 龍化の成長

 ハンナが魔石競争の虚しさを知ってから二週間が過ぎ、無限の輪が五人揃ってから一月が経過した。


 努はここ一月の間は荒野、浜辺、渓谷、峡谷を巡って様々なモンスターと戦いPTの連携を深めている。今回は峡谷階層でワイバーン戦を中心にPT連携の練習をしていた。そしてこの二週間でハンナとディニエル、ダリルとアーミラの連携は少しずつ形になってきていた。



「ハンナ。私は誤射しない。だから思い切り動いていい」

「いや、怖いものは怖いんすよ?」

「金色の調べでも私は誤射したことが一度もない。私の腕を信じて」

「……そうっすか。それなら」

「でもハンナはすばしっこいからつい当てたくなるかもしれない」

「意味がわからないっすよ!?」

「冗談だ」

「それならもっとわかりやすく言えっす! 真顔で言われたらそりゃ怖いっすよ!?」



 澄まし顔でとんでもないことを言うディニエルにハンナが鳥肌を立たせながら叫んだ。二人は冗談を言える仲程度にこの二週間で打ち解けている様子である。



「…………」

「…………」



 ダリルとアーミラのコンビに関しては、あまり進展がない。アーミラは以前のクラン同様一人で何とかしようとする癖があるため、そもそもあまり言葉を発しない。ダリルも無言のアーミラに話しかける勇気はないのか、彼女同様言葉を発することなく戦闘をしている。


 だがアーミラも龍化をしなければ身勝手な立ち回りはしなくなったので、ダリルに大剣を当ててしまうことはもう無くなった。それにPTメンバー全員を強者だと認識したので、声を出しはしないもののアーミラなりにダリルの立ち位置を気遣って行動している。


 対してダリルはたとえ無言でもアーミラに合わせられる技術をなまじ持ち合わせてしまっている。なので現状の連携はそれでも上手くいっているし、目に見えて問題は起きていない。


 ダリルとアーミラの連携は百点とは決して言えないが、及第点には届いていた。なので努も二人の連携に関して指摘した方がいいのか判断に困っている。現状は問題もなさそうなので口うるさく言うのもどうかと思うし、今はまだPTの地盤を固めている状態なので時間はある。


 努が判断を迷うほど良くも悪くもない状態で二人は連携を取っていたのだが、今日遂にアーミラの龍化へ変化が現れ始めた。



「メディック」



 努はモンスターが全滅するといつものように龍化状態のアーミラをメディックで追い詰め、彼女の狂化を解除した。そしてダリルに声をかけようとした時だった。



「っあ! いってぇ!」

「おっ?」



 今までアーミラはメディックで龍化状態を解除すると毎回気絶して倒れてしまっていた。だが今回はメディックを当てられた後、アーミラは足をもつれさせて倒れてはいたが意識を取り戻している様子だった。



「アーミラー? 大丈夫? 実はまだ龍化中とかいうオチはない?」

「……ならメディック当てればいいだろ」

「それもそうか」



 努はアーミラと距離を置いたままパスパスとメディックの弾丸を当て、ついでに擦りむいていた彼女の頬もヒールで癒した。だがアーミラの龍化は完全に解除されているようだった。努は息を切らしているアーミラに近づく。



「もしかして意識を保てるようになった?」

「いや、龍化中の意識はねぇ。多分、自分で起きられるようになっただけじゃねぇか」

「そうか。ま、成長はしてるみたいでよかったよ。練習の成果もあったかな?」



 努はこの二週間の間もダンジョン探索後アーミラの龍化練習に付き合っていた。なので成果が出たことを褒めるように彼は笑顔で言うと、アーミラは喉に何かつっかえたような表情をしてゆっくりと顔を下向かせた。そんなアーミラを努は気にすることなく杖を地面に付けた。



「やっぱり戦闘中に龍化を使うのも正解だったみたいだね。これからも練習していこう。この調子ならいずれ意識を保ったままの龍化も出来そうだし、それが出来るようになれば一番だしね」

「あぁ」



 だが三年前に父が死んだ日に発現した龍化に初めて変化が訪れたのは嬉しかったのか、アーミラは湧き出る歓喜を抑えられなかったようだ。久しぶりにアーミラは心の底からの凶悪な笑顔を見せた。努はそんなアーミラに微笑ましげな視線を向ける。



「……んだよ」

「いや、別に」

「……ちっ」



 途中で努の生暖かい視線に気づいたアーミラは苛立ったように半目で努を睨みつけたが、まるで意に介していない彼に気づくと舌打ちをしてすぐに視線を切った。



「お、アーミラになんかあったんすか?」

「うん。龍化を解除しても気絶しなくなったみたい」

「おー! おめでとうっす!」

「……ありがとうございます」



 ひょっこりと顔を出してきて祝福の言葉を述べたハンナに、アーミラはそう言って頭を下げた。ディニエルも一言おめでとうと告げ、ダリルはそわそわしながらもアーミラに近づいた。



「お、おめでとうです!」

「……あぁ。ありがとうございます」



 アーミラに視線を向けられたダリルは蛇に睨まれた蛙のように身体を硬直させた。だが素直に言葉を返してくれたアーミラにホッとしたようで、ゆっくりと肩の力を抜いた。



「それじゃ、次行きますよ。もうワイバーン来てるので」

「あ、はい!」



 努が皆にワイバーンの来訪を知らせると、集まっていた四人は各自散って戦闘の準備を始めた。努の支援が全員に行き渡るとダリルとハンナがすぐにワイバーンのヘイトを取り、ディニエルが先制攻撃を仕掛ける。


 ワイバーン一匹はすぐにディニエルの矢で処理された。ハンナは上空に飛び回りながら三匹のワイバーンを相手取っている。機敏に動くハンナを見据えつつディニエルは矢を番えた。弓の弦が引き絞られ、ぎりぎりと音を立てる。



「ダブルアロー」



 ディニエルはスキルを言い放ったと同時に指を離し、ワイバーンへ矢を放った。一本から二本に分裂した力強い矢はワイバーンの薄い膜のような翼に突き刺さる。



「ハンマーバスター!」



 上空に存在するモンスターに当てるとダメージ補正が上昇するスキルであるハンマーバスターを使い、ハンナは矢を受けて怯んだワイバーンを踵落としで地面へ叩き落とした。地に落とされたワイバーンの首がごきりと曲がり、光の粒子が体から漏れ出てくる。


 ダリルも地上に待機しながら複数のワイバーンを迎え撃っている。そんなダリルの横からアーミラが飛び、ワイバーンを大剣で切り伏せていく。


 お互いが気を遣っているのでアーミラの大剣がダリルに当たることはまず有り得ない。そしてアーミラはたとえ龍化を使わなくとも十分な攻撃力は兼ね備えている。そろそろ五十レベルに到達してステータスも上がるので、更なる活躍が期待できるだろう。



「ヘイスト。メディック」



 そして努もハンナの機動にこの二週間で慣れてきたので、そこまで苦もなく支援を継続させている。精神力管理も支援回復だけならば余裕が出てきた。


 努のレベルは現在レベル五十四で、MND精神力はB-である。普通ならばB-の精神力で努のような支援回復をすることは難しい。しかし彼は支援スキル、回復スキルの使用精神力を状況に応じて変えている。なのでMNDがユニスやステファニーより二段階以上低くとも様々な状況に対応出来ていた。


 しかしスキルに込める精神力を一定にしなければ、その分時間管理に相当苦労することになる。だが時間管理ならば完璧な体内時計を持っている努には容易なことだ。彼ならばスキルに込める精神力を変更して時間を変えても対応出来るため、精神力が大分節約されている。レイズなどの精神力消費が激しいスキルを使用しなければ、努の精神力が切れることはないだろう。



(楽になってきたな)



 ハンナの機敏な動きに合わせた置くヘイストに最初は気を割いていたため、努は五人PTを組んだ当初は中々精神的に余裕がなかった。しかしもうハンナの動きにも目が慣れてきたため、そこまで気を割かなくとも問題なくなってきていた。


 問題なくワイバーンを倒し戦闘が終了して努が一息ついていると、少し遠くにいるダリルが何だか騒いでいた。そんなダリルの方を努がよく見ると、そこには大きめな銅色の宝箱が地面に鎮座していた。



「お、宝箱だ」



 努は今まで相当な数のモンスターを狩っているにもかかわらず、宝箱をドロップしたことはない。一応ステファニーとの訓練で一度目撃してはいるが、自分のPTで宝箱を引き当てることは初めてである。もしかしたら一生出ないのかもと思っていた努は安心したように顔を綻ばせた。


 ただ宝箱のドロップ率は『ライブダンジョン!』よりも明らかに低いことは事実だ。この世界では明らかに宝箱のドロップ率が絞られている。その分ダンジョン産のアイテムは希少価値が高くなっているが、努は下方修正をした運営を恨むような気持ちにはなっていた。



「ツトムさん! 宝箱ですよ! 宝箱! それも五十九階層ですよ!」

「珍しいっすね!」



 宝箱は一階層の草原や十一階層の森ならば珍しくない確率で出現するが、上の階層へ行くほど出現率が低くなる。なので五十九階層で宝箱が出現するというのは珍しいことであった。ダリルとハンナは銅の宝箱に手を触れてはしゃいでいる。



「そうですね。誰が開けましょうか?」

「…………」



 そんな努の言葉に標準体型から外れているダリルとハンナはすぐに黙り込んだ。基本的に宝箱はPTリーダー、もしくは標準体型の者が開けることが探索者の慣例である。なのでハンナは宝箱を開けた経験が少ないし、ダリルに至っては一度もない。


 ディニエルは女性にしては少し身長が高いがそこまで標準体型から外れていないため、何回か宝箱を開けたことはある。アーミラも以前のクランでリーダーだったので当然開けたことがあった。


 努は自分で開けようとも考えたが、ひしひしと伝わってくるダリルの開けたいという思いが詰まった目を見て苦笑いを零した。



「ダリル。開けていいですよ」

「えぇ!? いいんですか!」



 そう努に勧められたダリルは懇願するような目を一転させてキラキラとさせた。



「本当に、いいんですか?」

「いいですよ。金には困ってないしね」



 努が宝箱の方に手の平を差し伸べるとダリルはごくりと唾を飲んだ。宝箱の留め具をダリルは震える手でかちりと外すと、勢い良く宝箱を開けた。宝箱から薄い光が漏れる。



「これは……」



 ダリルは宝箱の中にあった茶色の布袋を手に取った。それは努が背負っているものと似通っている。宝箱は中身がなくなると光の粒子となって消えていった。



「マジックバッグみたいだね」

「あ、はい……」



 マジックバッグは宝箱から出るアイテムの中で一番無難なものだ。草原や森の宝箱から良く発見されることが多く、比較的安価で取引が成されている。


 宝箱から出るアイテムの中で一番無難なものを引き当てたダリルは、嬉しいような悲しいような表情をしていた。



「き、きっと鑑定したら何かあるかもしれないっすよ! 中身が倍になるマジックバッグとかかもしれないっす!」

「た、確かにそうですねっ!」



 慰めるようなハンナの励ましにダリルは何とか気を取り直しながら、そのマジックバッグを我が子のように抱きしめる。アーミラはそんなダリルを変態でも見るような目で見ていた。


 

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