第114話 虚しい勝利

 二日間の休み明け。ディニエルはそこはかとなく悲しげな雰囲気を出しながらも、朝食のコーンスープをちびちびと飲んでいた。ダリルはパクパクと速いペースで食事をし、アーミラはそんな彼と競うように朝食を食い散らかしていた。



「あ、昨日も言ったけど、今日からアーミラの龍化使ってくからよろしくね」

「了解っす」

「まぁ僕がメディック忘れても狙われるのはダリルだろうし、ハンナとディニエルはあまり気にしなくていいよ」

「忘れないで下さいよ。メディック」



 ダリルはふてくされたように半目で努を睨みながらも、ばくばくと厚いハム入りのサンドイッチを頬張った。



「僕からは以上かな。皆からは何かある?」

「ないっす」

「メディック! 忘れないで下さいよ!」

「わかってるよ」



 口元にパンくずを付けながら念押ししてくるダリルを努はあしらいつつも周りを見たが、特にないようだった。その後朝食を終えた五人は各自の部屋で装備を身につけ、ギルドへと向かった。



「いつにも増して元気がないね」

「はたらきたくない」



 努に声をかけられたディニエルは沈んだ様子で歩きながらもポツリと答えた。彼女のポニーテールも今日は心なしか沈んでいるように見える。努はそんなディニエルを見て困ったように眉を曲げた。



「ダンジョンではよろしく頼みますよ」

「だいじょーぶ。ギルドに着いたらマシになる。だけど着くまでが問題」



 はぁー、とため息をつきながらもディニエルは眠たげな目のまま呟く。その様子にダリルは苦笑いしながらも重鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら横を歩いている。



「アーミラはどうです? 身体の調子は」

「別になんともねぇよ。昨日だって動けた」

「休める時に休まないと駄目ですよ。それに今日から龍化も使うんですからね」

「……わかってる」



 アーミラはつんと視線を逸らして屋台の方に目を向けてしまった。そんな様子を見たハンナが反対側からわざわざアーミラの方へ回り込んできて、彼女にくどくどと説教をし始める。



「ハンナはアーミラ好きですね」

「……ほうでしょうね。はんだかひがうきもしまふけど」

「まだ食うのかお前は」

「へざーとでふ」



 努の声にダリルは首を傾げつつ、いつの間にかに屋台で買っていたハニートーストをかじっていた。あれだけ食べてまだ足りないのかと努はダリルの食欲に半ば呆れながらも、見えてきたギルドに視線を向けた。


 ギルド内は今日も相変わらず混雑していた。やはり火山階層が解放されてから探索者たちは活気づいている。黒門の門番をしているガルムに努は軽く手を振りつつも受付に並んだ。


 一番台にはもう既にアルドレットクロウが映っていて、マウントゴーレムと戦いを繰り広げている。二番台に紅魔団。三番台にシルバービーストといった具合だ。



「よ、ツトム」



 そう言ってモニターを見ている努の肩を叩いたのは、金髪を短く刈り上げた男性だった。金の狼耳と尻尾を持っているレオンは底抜けた笑顔で振り向いた努を出迎えた。



「レオンさんか。どうもおはようございます」



 努はレオンに挨拶をしつつも彼の後ろに控えているPTメンバーを観察した。タンクに向いている体格をしているバルバラに、ヒーラーのユニス。それにどうやらもう一人タンク職を入れている様子である。恐らく編成を変えてタンク2アタッカー2ヒーラー1の構成にしたようだ。


 確かにレオンを活かすのならばアタッカーを減らした方が無難である。いっそのことレオンのみをアタッカーにしても面白いだろう。努が金色の調べのPT構成を考察していると、バルバラが目線で挨拶してきたので努は軽くお辞儀した。


 ユニスもわざとらしくちらちらと視線をよこしてきていたが、努は気づかないフリをした。



「ほー、こいつらが努のクランメンバーか?」



 努がPTメンバーから視線を外すとレオンも彼の後ろにいるクランメンバーをじろじろと無遠慮に見て、途中ハンナの谷間を凝視して口笛を吹いた。ハンナはレオンの露骨な行動に思わず苦笑いしながらも腕で胸を隠す。



「こ、これは素晴らしいクランメンバーをお持ちのようで」

「引き抜きは止めて下さいよ」

「あーあー。それをツトムが言うのかー。くっそー。ディニエルうちから引き抜いた癖によー」

「えぇ。その件に関しては本当に申し訳ないと思っています。事前に声をかけるべきでした」



 レオンにおちゃらけたような口調で責められた努は素直に頭を下げた。真面目に返されたレオンは表情を固まらせた後、少し慌てながらも努の頭を上げさせた。



「おいおい! 別に構いやしねーよ。ツトムにはスタンピードで助けられた。それに、クランメンバーを易々と引き抜かれる方がわりぃーんだからよ」

「いや、でも」

「いいんだよ! そもそもディニエルは俺の嫁でもなかったしな! 手も付けてないから安心しろ! というか付けようとしたら殺されかけたわ!」



 レオンは愉快そうに笑いながら努の肩をポンと叩いた。当の本人であるディニエルはどうでも良さげにレオンを見ていた。



「そう。だからツトムは気にしなくていい」

「……くっそー! こんな屈辱久々だーい!」



 ディニエルにそう言われたレオンは元気に泣き真似をした後、金色の加護ゴールドブレスを使って瞬時に去っていってしまった。一瞬で消えていったレオンにダリルとハンナは目をぱちくりさせ、後ろに控えていた金色の調べのPTメンバーはレオンを追いかけていった。



「……ふん」



 そしてユニスは去り際にディニエルを少し睨みつけた後にギルドを出て行った。その視線を受けたディニエルは少し落ち込んだ様子を見せた。



「すみません。ディニエル」

「どうせ嫌われるならしっぽ触っとけばよかった」

「えぇ……」



 努はそんなディニエルの言葉に少し引いた後、気を取り直すように空いた受付へ向かった。



 ――▽▽――



「メディック」



 今にもダリルに襲いかかろうと大剣を振りかざしていたアーミラに、努はメディックの弾丸を飛ばす。そしてアーミラが飛び引いて避けて地面に着地する時、彼女の足元へ絨毯じゅうたんのように薄く伸ばしたメディックを置いた。


 龍化状態のアーミラはそのメディックを踏んだ途端、まるで操り人形の糸が切れたように地面へ倒れ込んだ。



「ダリルー。起こしといてー」



 そんな彼女をダリルに起こさせた努は地面に落ちた魔石を拾い始めた。ハンナが機敏な動きで魔石を拾っていることに努は乾いた笑い声を漏らしつつ、彼女が腕いっぱいに持ってきた無色魔石を回収した。


 午前からダンジョンに潜ってそろそろ午後に差し掛かる時刻。アーミラの龍化を戦闘に導入することは今のところ成功している。やはり龍化状態のアーミラは運用が難しい反面、相当強力な火力を出すことが出来ていた。


 ただ問題点はいくつもある。連携が取れないこと。終わり際に必ずメディックを当てなければいけないこと。ダリルへの負担。そして何よりアーミラ自身が成長出来ないことが大きな問題点である。


 龍化中アーミラは完全に意識を失っているため、龍化状態でモンスターを倒しても彼女の戦闘技術はまるで向上しない。レベルだけ上げるのならそれでいいのだが、アーミラ自身の腕もまだ未熟である。そのため龍化の練習ばかりに意識を割くのは不味いと努は思った。



「龍化の練習は午前のみにしましょうか。まだまだアーミラはダリルとの連携が甘いですしね」

「……あんたは俺のユニークスキルが目的なんだろ? だったらずっと龍化の練習でいいじゃねぇか」

「いや、ダリルとの連携も今のうちに深めておいて下さい。もし連携が完璧になったなら龍化の練習を増やしてもいいですけどね」

「…………」



 アーミラは見下ろしてくる努に少し困惑したような顔を向けたが、最後にはキッと睨んで身をひるがえした。


 そして努はマジックバッグから懐中時計を取り出して時刻を確認し、そろそろ昼食の時間だったので探索を切り上げた。するとハンナが飛びっきりの笑顔で努の元に歩いてきた。



「師匠! 今日はあたしが一番っすよね!」

「そうだね」

「ツトムさん! 僕は戦闘の後毎回アーミラさんを起こしていました! それが無ければ僕が一番だったでしょう! 正当な評価をお願いします!」

「どんだけ食い意地張ってんだお前は」



 必死な顔で抗議してくるダリルに思わずそう言い返した努は、ハンナに昼食後のデザート権を授与した。絶望に打ちひしがれたダリルは地面に両手を突いて跪いた。



「ふっふっふ。あたしの勝ちっすね」

「くそぅ……。僕のささやかな楽しみが……」



 自慢げに顎を上げているハンナにダリルは沈みきった様子で立ち上がることが出来なかった。



「自分で買えばいいでしょう」

「あ、そうですね」



 努にそう言われたダリルはひょっこりと立ち直った。ダリルは別に一番を取ることに執着していない。あくまで食欲のために魔石集め一番を取っているに過ぎなかった。



「それじゃ、お昼ですね! 今日は何処行くんですか?」

「うーん。何処にしようかな」



 あっさりと引き下がったダリルを見てハンナは何だか悲しくなった。競う相手がいない競争がこんなにも虚しいということを彼女は今日知った。


 その後昼休憩の際にハンナはデザートを頼んだ。そして先日ダリルが食べていたアイスクリームをパクリと口にした。



「後はあげるっす……」

「わーい!」



 そしてハンナは昼食時にデザートを一口だけ食べると、後はダリルに譲った。勝ち取ったデザートはハンナが期待していた味とは違った。

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