第113話 ディニエルの謎
「あー! そこそこ! そこ凄いっす! あっあっあー!!」
努たち三人が龍化の実戦試用を終えてクランハウスへ帰ると、リビングからハンナの熱が篭った声が響いてきた。努はダリルと視線を合わせた後に首を傾げつつも、一応リビングの扉をノックして十秒ほど待った後に入室した。
「あ、お帰りなさいませ」
「あ~。効くっす~」
そこには袖をまくってハンナの両足を掴んで揺らしているオーリと、ソファーに俯せで寝転がって至福の表情を浮かべているハンナがいた。どうやらハンナはオーリにマッサージを受けているようだった。
「オーリさんはマッサージも出来るのですか?」
「はい。以前整体師の補助をしていた時期がありますので」
伸びた餅のようにだらしなく身体を
「師匠たちは何処行ってたんっすー?」
「ちょっとダンジョンにね」
「おー。そうっすかー」
マッサージが終わりふにゃふにゃとした声で話しかけてくるハンナに努は苦笑いしながらも、コップにオレンジジュースを注いだ。両手でコップを持って差し出してきたダリルにも努は注いだ後に冷蔵庫へ仕舞った。
すると二階からディニエルが欠伸をしながら降りてきた。彼女は随分と幸せそうに欠伸を噛み締めながらも冷蔵庫の中身を漁り、木製の椅子に座りながら牛乳の入ったポットを持ってコップへ注ぎ始めた。
「明日も休みなんっすよねー」
「そうだね」
「でも流石に二日は休みすぎじゃないっすかー? 一日で十分だと思うんすけどねー」
ソファーへ俯せに寝転がって両足を交互に上下させながらそう言ったハンナ。座って牛乳を飲んでいたディニエルはハンナの言葉にガタっと音を立てて立ち上がった。いつもの眠たげな目は一転して、ハンナの正気でも疑うかのような目になっている。
「休息は誰しも必ず必要なもの。休息を削れば必ず効率が落ちる。削る必要はない」
「……ディニエルに言われても、なんか説得力がないっす」
「せっかく二日休みをくれるとツトムが言っている。それを削る提案なんて正気の沙汰とは思えない。貴女は気が狂っている。すぐに病院で診断してきて貰った方がいい」
「そ、そこまで言うっすか!?」
「私も付いていってあげるから」
「行かないっすよ!?」
本気で病院の診断を勧めながら手を取ってきたディニエルに、ハンナは思わずそう言い返して彼女の手を払った。そんな様子を目の当たりにした努は片手で頭を押さえた。
「ディニエル。どんだけ休み欲しいんですか」
「出来るならずっと休みたい。理想はツトムを観察しながら」
(何言ってんだこいつ……)
まだハンナの手を取って病院へ連れて行こうとしているディニエルに努は呆れたような視線を向けつつも、ソファーに座って手にしていたコップに口をつけた。
「取り敢えず休みは変わらず二日なので安心していいですよ」
「よかった」
「ただ個人で練習するのも自由ですので、したい人はご自分の意思でどうぞ」
「そう。なら私は問題ない」
済ました顔でそう言った後に牛乳を飲み干したディニエルは、空のコップをオーリに渡すとまた二階へと上がっていった。ディニエルは自分で持ち込んでいるお気に入りのベッドにまた寝転がり、
そんなディニエルを見送ったハンナは複雑そうな表情のまま座りなおすと、少し首を上向かせて努を見上げた。
「ず、随分と自信があるんすねぇ……?」
「まぁ、実際弓術士の中でトップの実力だし」
「なんか納得いかないっす……。あの人、いつ練習してるんすかねぇ?」
ディニエルの強さは戦闘中に二人組を組んでいるハンナも把握している。だがあんな様子で何故強いのかハンナはどうも納得出来なかった。
「エルフだしね。もう結構長く生きているみたいだし」
「まぁ、そうっすけど……。なんか、掴みどころがないっすよね。ディニエルは」
「……そうだねー」
「なんっすか? やけに溜めがありましたけど」
「いや、僕もディニエルの掴みどころがわからないからねぇ」
「えぇ? 師匠、ディニエルと一番仲良さそうじゃないっすか?」
「まぁ、うん」
ディニエルは努以外のクランメンバーに対しては普通の淡々とした口調だが、彼に対してはやけに緩くなる。それが別段悪いわけではないのだが、努としては正直何故そうなったのかわからなくて少し薄気味悪かった。
エイミーが何かそそのかしたのかと思いさりげなく聞いてみたが、特に何も言っていないとのことなので余計に努はわからなくなっていた。
「もしかして、師匠とディニエルって付き合ってるっす?」
「ないよ」
「ほーほー。それならディニエルは師匠のこと……」
「ないよ」
「でも、もしかするともしかするじゃないですかー! エルフは他の種族に恋することはあんまないって聞くっすけど、例外はあるっすよー?」
こういった話は好きなのかハンナはにまにまと顔を歪めながら努を見つめた。だがその当人である努は何処か遠い目をしながら斜め上を見上げている。まるで悟りでも開いたかのような努の雰囲気にハンナは表情を変えて不思議そうな目をしながら、頭の上にある飛び跳ねた青い髪を揺らしていた。
そんなハンナの視線に気づいた努は気を持ち直したように彼女の方へ向いた。
「クラン内での恋愛ごとは色々と面倒が起こるからね。まぁクランメンバーに強制するつもりはないけど、僕は絶対にしないから」
「……あー。以前、何かあったんすか?」
「まぁね」
努が『ライブダンジョン!』でクランに加入したことは二回ある。そして二回目のクランはとても居心地が良く長く在籍していたのだが、最終的には出会い
そしてこの世界でのクランもそういった異性関連で崩壊するクランは珍しくなかった。特に出来たばかりのクランや中堅クランなどは、そういったトラブルで内部崩壊を起こすことが良くある。
ハンナもそういった話は聞いたことがあるし、彼女自身も恋愛ではないがそういった異性関連のトラブルに巻き込まれたことはある。なのでハンナは努の雰囲気をすぐに察した。
「なんか、すまないっす」
「いいよ。過ぎたこと……というかそもそも前提が違うしな。まぁ気にしないで」
ただネトゲと違い今のクランは直接顔を合わせて一つの大きな家で共同生活すら送っているので、そういった恋愛ごとも多少は仕方のないことかもしれない。努は謝ってきたハンナにそう言いながらもソファーから立ち上がった。
「僕も少し疲れたから外をぶらぶらしてくるよ。じゃあね」
「あ、お疲れっす」
何やら背中に哀愁のようなものを漂わせている努にハンナは気まずそうに挨拶をしながらも、外に出て行った彼を見送った。
――▽▽――
その翌日も無限の輪は休みなので、皆朝食を食べ終わると解散した。努はモニター市場へ行き、ダリルは彼に付いていった。ディニエルは自室に引きこもり、アーミラは努に厳命を受けて強制的に休みを取らされていた。前日の龍化で身体に負担がかかっていたためだ。
そしてハンナは昨日マッサージを受けたおかげか元気が有り余っていたので、一人でギルドへ向かおうとしていた。クランハウスに設けられた自室で部屋着を脱ぎ、薄い布地で構成された民族衣装のような防具に着替える。
近頃は寒くなってきたので更に上へコートを羽織るのだが、結局ダンジョンで脱ぐことになる。神のダンジョンの宝箱から出てきたこの防具は、重ね着などをするとSTRとAGIの上昇が無効となってしまう。
(そろそろ他の防具も見た方がいいっすかね)
アルドレットクロウで二軍争いをしていた時は必死だったのであまり考えていなかったが、改めて見てみるとその防具は結構露出度が高い。それにハンナは胸も大きいので結構な視線を自然と集めることになっていた。
そのせいでアルドレットクロウでも何回かトラブルが起きることがあった。自然と男性の視線は集まるし、女性からもあまり良い顔はされない。ハンナはその時から密かに大きな胸へコンプレックスを抱いていた。
無限の輪に入る時もそういったことは覚悟していた。避けタンクをする場合には現状この露出度の高い防具が性能で見れば最適だ。だが幸いなことに女性陣は全くそういったことに関心がなかったので、ハンナは安心した。
男性陣からの視線は当然感じた。しかしダリルは
だが昨日の努の様子を見てハンナはなんとなく察した。恐らく彼もそういったトラブルを経験したことがあるのだろうなと。ただ彼が幸運者騒動以前に探索者として活動していたのかはハンナもわからないので、少し曖昧ではあるが詳しくは聞かないようにした。
「よし」
マジックバッグに装備を入れ終わって確認が済むと、ハンナはオーリに見送られて一人外に出た。少し肌寒さを感じる気温になってきたが、空模様は快晴だ。ハンナは強い日差しに目を細めながらも石で舗装された道を歩く。
コートを着ると背中の翼が自由に動かせないため、少し窮屈さをハンナは感じながらもギルドに向かって寄り道せず歩く。
ハンナはあまり朝食を食べない方なので、以前ならば途中で屋台にでも寄って買い食いでもしていただろう。しかし無限の輪では朝食の際に軽い報告や打ち合わせもするので、ハンナはそれを聞くついでに朝食を食べている。
それにオーリは各メンバーに合わせて朝食を作ってくれるので、ハンナには朝でも食べやすいものが出される。アルドレットクロウも食に関しては充実していたが、自分のためだけに朝食が作られるというのは少し気分が良かった。
(早く、避けタンクをモノにしないとっすね)
無限の輪はアルドレットクロウと同程度には待遇が良い。それに仲間も皆頼もしい。同じタンクとして見てもレベルの高いダリルに、弓術士の中で屈指の実力を持つディニエル。アーミラも最近連携に慣れてきたし昨日は龍化を使う練習もしていた。努は言わずもがなだ。
だがハンナは努からとある報告を受けていた。いつになるかはまだわからないが、無限の輪にエイミーとガルムが加入するということ。今は人数的に一軍確定だが、あの二人が入ってくればメンバーは七人となり一軍争いは必ず起きる。
ハンナは軍争いの激しいアルドレットクロウに在籍していたので、その辺りはかなり厳しく見ている。なので今のうちに一軍の座を守るための努力を惜しむつもりはなかった。
気合十分のハンナはギルドの受付でギルドカードを確認した後に一人荒野階層へと向かった。練習メニューは飛び道具避けだ。出来るのなら峡谷のワイバーンで練習したいところだが、装備を失うのは惜しいため彼女は荒野を選んだ。
神のダンジョンで出る宝箱は誰でも開けることが出来る。そして武器や防具などは開けた者に合わせられてサイズ変更が成される。なので基本的には標準体型の者が宝箱を開けることが望ましい。その方が売りに出す際に買い取られやすいためだ。
だがハンナは背が小さいが胸は大きいという、標準体型からはかけ離れた体型をしている。そのため彼女はダンジョン産の装備を見繕うことがとても難しい。自分で宝箱を見つけて開ければその中身はハンナに合わせてサイズ変更がなされるが、彼女が開けてしまうと自分専用のサイズになってしまうため売りに出すのが難しくなる。
一応ダンジョン産の装備を分解、改造して他の効果を掛け合わしたり、サイズ変更をなす専門の業者も最近出てきてはいる。しかしそれは確実に成功するわけではないため、ダンジョン産の装備を失うリスクがある。そのためハンナがダンジョン産の装備を調達するには、自分で宝箱を見つける他ない。だから今の装備を失うわけにはいかない。
(……いつになったらPT組めるようになるんすかねぇ)
ハンナは探索者たちから羽タンクと言われてPTを組むことを避けられているため、ギルドの斡旋でPTを組むことが難しくなっている。もしPTが組めるのなら峡谷に潜ることも出来ただろう。
周りからたまに感じる舐めきった視線にハンナはため息を吐きつつも、一人魔法陣に入った。そして荒野階層へと飛んで、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます