第112話 龍化の番人
「龍化、使うんですか……?」
「うん。やっぱり実戦で使わないと何とも言えないからね。ダリル的にはどうかな?」
鳥の
現状のPTは戦闘中アタッカーとタンクで二人組となって行動していて、避けタンクのハンナと遠距離アタッカーのディニエル。
そしてアーミラが龍化を使う場合には、彼女と組んでいるダリルが一番危険を負うことになる。龍化中はモンスターが存在すればそちらを狙うが、もしいなくなれば味方であろうと襲いかかる。それにようやく矯正されてきたアーミラの独りよがりな立ち回りも、龍化してしまうと以前のような味方の位置を気にしない身勝手なものになってしまう。
なので龍化使用に関しては、戦闘中アーミラと行動を共にしているダリルの意見を聞いて判断する。そんな努の提案にダリルは食事の手を止めて腕を組んだ。
「う~ん。多分、大丈夫だとは思うんですけどねー。取り敢えず一回やってみましょうか?」
「まぁダリルなら大丈夫でしょう」
「頑丈っすもんね」
「いや、僕は大丈夫でも装備は傷みますからね?」
うんうんと頷く努とハンナにダリルは思わず突っ込んだ。そして意識せずアーミラの攻撃を受けても問題ないと言ったダリル。そんな彼の言動にアーミラは不機嫌そうに目玉焼きをフォークで突き刺した。
「ま、それは必要経費だよ。鎧ならいくらでも買うから」
「そんないくらでも買えるようなものじゃないんですけどね……」
ダリルが今装備している重鎧は最下層である火山の素材をふんだんに使い、職人の新しい技術も使われているため相当高い。中堅クランでは絶対に手が出せないような代物なのだが、その装備をダリルは既に三組ほど買ってもらっていた。
他にも大盾の替えやポーションなどにも大量の金がかけられている。ダリルは正直自身に投資された金額を見たくなかった。見てしまえばその金の重みで潰されてしまいそうになるからだ。
「あ、ツトム。矢、買っていい?」
「いいですよ。以前渡したお金余ってますよね? 好きに使っていいですよ」
「はーい」
ディニエルも矢の購入などで相当な金額を使い込んでいるのだが、彼女は特に何も感じていないのか遠慮せず申し出ている。ダリルはそんなディニエルを少し羨ましげに見つめていた。
そして皆が朝食を食べ終わるとオーリが食器の片付けを行い、努は席を立った。
「それじゃ、今日と明日は休みなんで。自由にしていいですよー」
「はーい」
「お疲れっすー」
そんな努の声に一番早く反応したディニエルは軽い足取りで自室のある二階へ上がっていった。ハンナも五日間のダンジョン探索に疲れていたのか、軽く伸びをしながら自室へと帰っていく。
そしてリビングには努とダリルとアーミラが残った。ダリルはそもそもクランメンバーとして活動すること自体が初めてなので、休みと言われても何をしていいかわからないような様子だった。そしてアーミラはめらめらと燃えるような目でじっと努のことを見つめている。
「あー、お二人共。今日は何かやることあります?」
「装備の整備をしたら後はなんもねぇよ」
「ぼ、僕もそうですね」
「そうですか。……うーん。ダリルは疲れてないですか?」
「あ、はい。全然大丈夫です!」
ダリルはガルムに三ヶ月ほどみっちり鍛えられているので、五日程度のダンジョン探索では疲れすらしていないようだった。アーミラの方は疲労が少し溜まっている様子があったが、言っても聞かないだろうと思うほどの闘志が赤い瞳に満ちていた。
「それじゃ、午後過ぎから三人でダンジョン行こうか? アーミラの龍化が戦闘で使えるか試してみよう」
「あ、はい! 了解です!」
「あぁ。助かる」
「それじゃ午前中の内に休むなり準備をしておいて。僕はちょっと外出てくるから」
魔石換金、備品調達、市場見回り、モニターチェックなど努にも休みにやるべきことはたくさんある。努は二人にそう言い残すと服を着込んで外に出て行った。
リビングに残ったダリルは気まずそうにアーミラの方をちらっと見た後、装備の整理をしようと逃げるように自室へ向かっていった。そんなダリルを見送ったアーミラは、周りに人がいなくなったことを確認すると忌々しげに顔を歪めた。
「……俺に斬られても知らねーぞ」
そんなアーミラの呟きは誰の耳にも届かなかった。
――▽▽――
午後になると努たち三人はギルドへ向かってPT登録をした後、五十六階層へと転移して努は適当に二人を連れて歩いた。今回は龍化を試しに使うだけなので特に目的もなくぶらぶらと歩く。そしてカンガルーのような見た目をしたモンスターである、カンフガルーの集団を見つけたので努はダリルに攻撃するよう指示した。
「それじゃ、早速使ってみましょうか」
「あいつを斬ったとしても、後で何か言うなよ」
「大丈夫ですよ。貴女じゃダリルを斬れないので」
「……龍化」
支援を付与しながら笑顔でそんな言葉を返してきた努に、アーミラはムッと顔を
コンバットクライで全体のヘイトを稼いだダリルは後ろから迫るアーミラの気配を感じつつ、少し横に移動して彼女の攻撃範囲から離れた。そんなダリルのすぐ横を龍化状態のアーミラが通過し、カンフガルーを縦から真っ二つに切り裂いた。
即死したカンフガルーの体の中から光の粒子が漏れる。アーミラの顔に付着した鮮血はすぐに振り飛ばされて消滅し、大剣が次の獲物へ向かって襲いかかる。
カンフガルーも素早い打撃を得意としているので、アーミラの肩や胸などに打撃は与えられている。しかしアーミラはそんな攻撃もお構いなしに次々とカンフガルーを大剣で
「ヒール。ヘイスト」
努は置くスキルを的確に配置してアーミラに支援維持と回復を行いつつ、彼女の攻撃範囲へ入らないよう立ち回っているダリルにも支援回復を続ける。そうしてすぐにカンフガルーは全滅し、地面には魔石だけが残った。
「ダリルー。ちょっとアーミラと戦って見てくれるー? 僕がメディック使えない時もあるかもしれないからさー」
「わかりました」
アーミラの瞳は爬虫類動物のような細長いものに変貌し、正気を保っていない。そんな彼女をダリルは真剣な目で見返すと、怯むことなく大盾を構えて防御の体勢に入った。
「ガアアァァァ!!」
砂埃を巻き上げて突進してきたアーミラをダリルは大盾で受け止める。続いて斜めから振られた大剣もダリルはしっかりと受け止めるが、その強い力に押し負けてざりざりと後ろへ下がっていく。
がんがんと乱暴に叩きつけられる大剣をダリルは受け止めてはいるが、今のところは防戦一方だ。それに龍化状態のアーミラはまるで疲れている様子がなく、むしろどんどんと速度と力が増していく。
ダリルはガルムとの特訓で対人戦も修練を積んでいる。だが特訓の期間は三ヶ月で基本的にはタンクのことを中心に特訓していたので、対人戦についてダリルは一つのことしか教えられていない。
それは自分の身を守ること。ガルムがダリルに教えた対人戦闘はそれだけだ。とにかく自分の身を守り、相手に殺されないこと。そのことだけをダリルはガルムから教わってきた。
毎日積み重ねてきた徹底的な基礎練習で身につけた体力。それと対人戦闘で教えられた守りの型。それにVITに恵まれたジョブである重騎士。それが組み合わさっているダリルは対人戦で勝つことはないだろうが、負けることもないだろう。
「ディフェンシブ!」
十五分。ダリルは龍化状態のアーミラと戦い続けた。努も支援はしていないので自身の体力のみで彼はアーミラの攻撃を凌ぎ続けている。
アーミラの攻撃を耐えるだけならばあまり動く必要はないと考え、ダリルはディフェンシブという重騎士専用のスキルを使ってVITを底上げしている。その分AGIは下がってしまうが使い所をしっかり考えれば有用で、重騎士の代表的なスキルである。
アーミラの方はスタミナが底を突いたのか肩を上下させて息を荒げていた。ダリルも汗で黒髪が濡れてきてはいるが、まだ余力は残しているようだった。
アーミラの攻撃をダリルは全て大盾で受けることが出来ていた。なのでダリルは馬鹿みたいに突っ込んでくる彼女の攻撃を動かずに受け続けた。その最小限の動きのおかげで余力を残したまま立ち回れている。
その後も更に十五分。途中乱入してきたモンスターを倒しつつも戦い続けたが、とうとうアーミラの方が限界を迎えて地面へ倒れた。龍化が強制的に解除されて反動で身体が熱を持って真っ赤になっているアーミラを、努は冷水ですぐに冷やし始めた。
「お疲れ様」
「お疲れ、様、です」
ダリルも流石に三十分支援なしで戦い続けたのは堪えたのか、息を荒げながらも地面に座り込んだ。努はすぐにダリルへメディックとヒールをかけた後、アーミラの身体に篭った熱を取ることに集中した。
氷魔石の魔道具を使いアーミラの体温が元に戻り始めると、努は彼女の肩を掴んで強めに揺らした。そして苦しそうに閉じられている
「……終わったのか」
「えぇ。ダリルと三十分ほど戦った後に龍化は収まりましたよ」
「そうかよ」
地面に座り込んで息を整えているダリルをアーミラは神妙な顔つきで見つめた。そして龍化による身体の酷使でくたくたになっていたアーミラに休憩を取らせた後、努は二人を連れて黒門を目指した。途中のモンスターを三人で龍化を使わずに処理しつつ、黒門への道を進んでいく。
「基本的に僕がメディック使えないことはないだろうけど、万が一が起きても大丈夫そうだね」
「そ、そうですね。多分、何とかなりそうです」
あまりアーミラの前でそう断言することは気が引けるのか、ダリルはおどおどしながらもそう答えた。そんなダリルにアーミラは真剣な目を向けた。びくっとダリルの大きい肩が揺れる。
「本当に、死なないんだな。俺が龍化しても」
「あはは……」
アーミラに真正面から見つめられながらそう言われたダリルは愛想笑いをしつつ、助けを求めるように努へ視線を寄越した。だが努はダリルの救援要請に応じるつもりはないようで、彼の視線に気づいていないフリをしていた。
「なら、これからもよろしく頼む」
「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」
深く頭を垂れたアーミラにダリルは慌てたように背後の黒い尻尾を立てながらも、ぺこぺこと繰り返しお辞儀をした。
「どっちが先輩なんだかわからないですね」
「ツ、ツトムさぁん!」
口を隠して笑いながら小声で言った努にダリルは抗議するように近寄った。そんなダリルを鬱陶しげに押しやる努を、アーミラは考え込むような表情でただぼんやりと眺めていた。
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