第111話 龍化練習

 無限の輪でのPT連携練習はその後も五日間続いた。朝から晩までダンジョンに潜ってモンスターと戦い続け、とにかくPTでの戦闘経験を上げた。ベテランのディニエルとガルムに鍛えられているダリルは多くの戦闘にも根を上げなかったが、ハンナとアーミラは立てなくなるほどヘトヘトになっていた。


 だがそれは肉体的な疲れではなく、精神的な疲れだ。もう努も五人PTでの支援には慣れていたので、戦闘中に疲れを癒せるメディックをダリル以外にも度々当てている。メディックを当てれば疲労が完全に回復することはないが、多少楽になることは事実だ。なので二人は肉体的に身体が動かなくなったわけではない。



「ひぃー」

「行きますよー」



 努は戦闘が終わり二人にメディックをかけるとすぐに出発の声をかける。その声にハンナは辛そうに、アーミラは少しだけ闘争心のようなものを燃やしながら立ち上がる。


 だが戦闘の試行回数を上げたことによってハンナはどんどん避けタンクに慣れ始め、アーミラも身勝手な立ち回りは矯正されてなりを潜めてきた。


 そんな二人の成長を努は観察しつつもダンジョンに潜って支援回復と指示出しを続けた。五日間朝からダンジョンに潜り、昼休憩を挟んだ後に夜までまた潜るということを繰り返す。


 そして夜にクランハウスへ帰ると家事全般を行ってくれているオーリが作った手料理を食べながら反省会だ。そこで良く名前が上がるのもハンナとアーミラである。ハンナはまだタンクとしての経験が浅いため改善点が多く出るし、アーミラも立ち回りの矯正やスキル回しの拙さを改善する必要が出てくる。



「今日も、疲れたっすねー」

「でも、明日は休みですよ!」

「そっすねー」



 反省会が終わり自由時間になるとハンナは老婆のように腰を曲げて歩きながらも、隣のダリルと話しながら自室のある二階へ上がっていく。一人リビングに残った努は身体をほぐすように伸びをした後、ふかふかのソファーに背を預けた。


 無限の輪は一週間の内二日休日を設けているので、明日と明後日は休みだ。休日日数はクランによって違うのだが、基本的には週一日である。なので週二日の休日を取るクランというのは珍しい。


 金色の調べや紅魔団も基本的には一日。アルドレットクロウに至っては一日休日を課してはいるが、探索者たちが自主的に練習するので休日が機能していないような状態である。特に最近はタンク職とヒーラー職が夢中になってダンジョンに潜りすぎて倒れた者もいる始末だ。


 新しく導入された三種の役割。特にタンクとヒーラーはアタッカーと違ってまだ立ち回りや知識が煮詰まっていないため、入れ替わりがかなり激しいことが予想される。なのでこの期にのし上がってやろうと野心を燃やす者が多いため、そんな事態になってしまっている。



(まぁ、自主的にやってるなら大丈夫だよね)



 努はそんなことを思いつつも大量の皿洗いをしてくれているオーリをぼんやりと眺めた。彼女は元々バーベンベルク家の屋敷に仕えていた使用人なのだが、先のスタンピードで出た被害補填のため暇を出されてしまった者である。


 ただバーベンベルク家の使用人をしていた経歴があるのならば再就職先は十分にある。若い者は勿論ベテランの使用人もバーベンベルク家から得た保証金で続々と王都に旅立ち、その経歴を活かして無事再就職を果たしている。だがその中でオーリは容姿も普通。経歴も五年。歳も三十過ぎと一番中途半端な者だった。


 それにオーリは王都でなく迷宮都市で働きたいということもあり、商人か大手クランの使用人を希望していた。すると無限の輪というスタンピード戦で活躍した努が設立したクランが使用人を募集している求人募集が彼女の目に止まった。詳細を見てみると中々に高待遇だったのでオーリはそこを希望した。


 ただ無限の輪を選んだ理由は他にもある。それは努がバーベンベルク家と繋がりを持っていることだ。オーリはまだバーベンベルク家に仕えたいと思っている。なのでほんの少しの下心もあって大手クランではなく無限の輪を選んでいた。


 そんな野心のようなものを抱いて無限の輪の使用人となったオーリだが、彼女の実務能力は優秀である。バーベンベルク家の使用人をしていたので当たり前ではあるが、オーリは大抵のことがこなせる。



(ラッキーだったなー)



 そんなオーリが使用人となってくれたので努としては大助かりである。料理は美味いし掃除は隅々まで行き届いている。おまけにクランの経理までやってくれるのでダンジョン攻略に集中出来る。


 努は仕事をしているオーリから視線を外してクランやダンジョンの情報を三社の新聞でチェックしつつ、新聞記事の一部分を他の用紙に写していた。するとそんな彼の前にあるソファーに誰かがそっと座った。



「…………」



 風呂上りなのか長い赤髪を少し濡らしているアーミラだ。彼女は反省会の時に努から渡された改善点の書かれた用紙を見ている。そして時偶努の様子を窺うようにちらりと目を向けては用紙に視線を戻していた。


 そしてアーミラは風呂上りにもかかわらずダンジョンに潜る時と同じ装備をしていて、無骨な鋼の大剣も室内であるにもかかわらず持ち歩いている。そんな彼女の格好を見て努はすぐに察した。



「今日も行きますか?」

「……あぁ。頼む」

「それじゃ、行きましょうか」



 この五日間ずっと努もアーミラに付き合っていたので、そのやりとりにも慣れたものだ。努はアーミラと二人で外に出るとギルドへ向かった。そしてPTを組んで一階層へと転移した。


 周りに誰もいないことを努が確認した後に彼は自身の身体にバリアを何重にも這わせた。そして準備が終わりアーミラにどうぞと手を差し向けると、彼女は一度深呼吸した後、口にした。



「龍化」



 赤い鱗が密集している肩を中心に薄く発光し、彼女の背中から翼が生える。そして翼が生え終わるとアーミラはなんの躊躇ためらいもなく努に飛びかかった。



「メディック」



 努は自身を守るようにメディックを盾のように展開。その後アーミラを大きく展開したメディックで追い詰めて包み込む。メディックを受けたアーミラは狂化状態が解除され、龍化が強制的に解除される。


 気絶して倒れているアーミラの肩を努が杖で強めに叩いて起こす。目を覚ましたアーミラは龍化に意識を飲まれたことを歯噛みしつつ、また深呼吸を一つ挟んだ後に龍化をした。


 アーミラはまだユニークスキルである龍化を使いこなせていない。カミーユのように意識を保ったまま龍化をすることが出来ないため、現状での運用は難しい。


 なので意識を保ったまま龍化を行うためにアーミラは努の協力を得て練習させてもらっている。だが元々は一人で最低限の装備をして渓谷に潜って龍化をし、モンスターに殺されてギルドに送還されることを繰り返して練習をしていた。そしてそんなアーミラの行動に気づいた努の提案によってこのような練習がなされていた。


 わざわざモンスターに殺されるよりこちらの方が時間効率が良いし、装備も最低限とはいえ金がかかる。それに亜麻色の粗末な服を着せられてギルドに強制送還されるということもあまり良くない。亜麻色の服は全滅、敗北の証明だ。わざわざギルドの黒門から吐き出されて恥をかく必要はない。


 そうしてこの五日間はクランハウスでの反省会が終わった後、努はアーミラの龍化練習に毎回付き合っていた。努もアーミラが意識を保ったまま龍化を使えるならそれに越したことはないので、別段文句はない。


 しかしここ十日ほどで何百回とアーミラは龍化を繰り返しているものの、意識を保てたことは一度もない。カミーユに龍化のコツを努は聞いたが彼女にもあまりわかっていないようなので、今はとにかく龍化の試行回数を増やしている。



「…………」

「ま、気長にいきましょ」



 成果のまるで感じられない練習にアーミラは無言で歯軋りをするが、努は明るく告げながらも青ポーションを口にした。ちなみにこの青ポーションは森の薬屋に新しく入った弟子が作成した青ポーションである。


 少し味にえぐみがあり効力もお婆さんが作ったポーションには劣るが、妥協出来る範囲ではある。それに弟子は毎日一定の青ポーションを作成してくれるので大分助かっている。



(青ポーションの試作版も早く出ないかなぁ)



 今、森の薬屋のお婆さんはポーションを固形化しようと色々試行錯誤している。そして緑ポーションの方は既に試作品として飴状のものが開発されていた。それは努も以前貰ったことがあるものだ。


 今はまだ試作品ということで効力は薬草レベルだし、ポーションを固形化するということは技術的に相当難しいようでお婆さんも苦戦している。だがもしその技術が確立されればポーションの利便性が格段に上がるだろう。


 スキルは言葉にして発しなければ発動することが出来ない。なので口に液体のポーションを含みながらスキルを使用することはほぼ不可能である。だがもし飴状のポーションが実用レベルの効果を発揮出来るようになれば、スキルを使用しながらポーションを使うことが可能になる。


 そしてそれの青ポーション版が出るのなら精神力管理が大分楽になるだろう。なので努は飴状の青ポーションが出るのなら即買い占める気でいるが、まだまだその技術研究には時間がかかるようだった。



(お婆さん頑張って!)



 努は早くその青飴ポーションが開発されることを祈りつつも、アーミラの龍化練習に付き合った。そして夜遅くになったので努は納得のいかないような顔をしているアーミラを連れてクランハウスへの帰路についた。



「アーミラの立ち回りも大分良くなってきたし、明日から少し新しいことを始めようか」

「……新しいこと?」



 今日も龍化をコントロール出来なかったことで不機嫌そうにしていたアーミラは、その剣呑な目つきを少し丸くして努を見返した。



「そろそろアーミラの龍化を戦闘で使ってみようと思うんだ」

「はぁ? 無理だろ」

「うん。確かに今のままじゃ無理だろうね。でも戦闘中に使った方が成長すると僕は読んでるんだよね。カミーユはそうだったし」



 カミーユが意識的に龍化を使えるようになったのは火竜との戦闘中だった。もしかすると戦闘中に龍化を使わなければ経験値のようなものが溜まらないのでは、と努は推測していた。



「まぁ、ダリルの許可がいるから出来るとは限らないけどね。明日ちょっと聞いてみるよ」

「……別に、龍化なんていらねぇよ」

「いや、アーミラがいらなくても僕はいるから。龍化あるとこの先便利そうだしね」

「…………」



 本心でそう言いのける努にアーミラは少し呆気に取られたが、すぐに立ち直って前を向いた。

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