第110話 ひぃこらひぃこら
ハンナとアーミラは翌日正式なクラン加入書にサインを書き、朝にギルドへ提出しにいった。ちなみにギルドは二十四時間営業なのでいつでも書類は提出出来る。モニターも一日中映像が流れているので近隣の住民は騒音対策が必須である。
「改めてよろしくっす!」
「うん。よろしく」
「よろしく頼む」
「よろしくー」
正式にクランへ入って改めて挨拶をしてきた二人に努たち三人は言葉を返し、受付でPTを組んだ。そして夜に比べてあまり人が並んでいない魔法陣の列に並ぶ。
一週間のPT合わせでは五十五階層の渓谷で攻略は止めている。だが今日からは五十六階層の峡谷から始める予定である。峡谷からはモンスターとの連戦が多くなるので前回よりも戦闘が忙しなくなるだろう。
「準備は大丈夫ですね」
「大丈夫です!」
「うん」
「大丈夫っす!」
「あぁ」
四人に確認を取った努は空いた魔法陣に入って五十六階層へと転移した。
砂色の岩石が立ち並ぶ峡谷の五十六階層。今回は大分下の方へ転移したので努は落ち着いてまずはポーションの入れ替えを行う。青ポーションを五本ずつ。五人分で計二十五本。最近は青ポーションしか使っていなかったので緑の方は入れ替える必要がない。
(全部入れ替えになると時間かかりそうだなぁ)
努はそう思いつつも漏斗を使ってどんどんと青ポーションを細瓶へと移していき、準備運動をしている者たちに渡した。ディニエルは安物の矢を飛ばしてイーグルアイを使い偵察を行っている。
そしてディニエルの偵察報告を聞いた努は進む方角を決めて全員にフライをかけた。ディニエルとハンナは勿論、ダリルも攫い鳥によってフライの技術は上がっている。一番フライ技術が低いのはアーミラだったが、移動する分には問題なさそうだった。
五人はフライで飛びながら大きい岩が立ち並ぶ峡谷を進んでいく。そしてすぐにワイバーンの群れが接近してきた。努が全員に支援をかけ、ディニエルが背のマジックバッグに手を入れてごそごそとして矢を手に取った。
「パワーアロー」
ディニエルがワイバーンの群れに第一射を放つ。希少な雷魔石が織り込まれた矢は
「うわー」
矢一本の値段とは思えない高価な雷矢の威力にディニエルは気の抜けるような声を上げた。ハンナは左の方を指差してダリルに確認を取ると、一直線にワイバーンの群れへ向かった。
「コンバットクライ」
「コンバットクライ!」
ハンナが左のワイバーン三体、ダリルが右の四体にコンバットクライを飛ばす。だがハンナはまだコンバットクライの制御が拙いため、右のワイバーンを一匹引き寄せてしまっていた。
「シールドスロウ」
ダリルはすぐにハンナの方へ向かった一匹に大盾を投げ、その硬い鱗に勢い良く当てた。タンクが遠くからヘイトを稼ぐことの出来るシールドスロウで、ハンナの方へ向かおうとしていたワイバーンはダリルの方へ方向転換してきた。
スキルの効果によって自身のところへ戻ってきた大盾をダリルは両手で受け止めた。そして移動しながらも飛んできたワイバーンの棘を大盾で受け止める。
「シールドバッシュ」
一番早くダリルにたどり着いて
「ワンツーストレート!」
ハンナもワイバーン三匹を受け持ちつつも攻撃スキルを使ってヘイトを稼いでいく。そして飛ばされる棘をひらりと避けて更に打撃を与えていく。
避けタンクは被弾した時のリスクは大きいが、その代わりタンクを務めながらモンスターに大きなダメージを与えられるというリターンがある。
それに鮮やかな青い
だがモンスターすら翻弄できるような動きをしているハンナに支援を当てることは難しい。努はハンナの一挙一動を見ながらも何とか支援を継続させていたが、大分苦しそうな表情をしていた。
アーミラもフライで飛びながらダリルが受け持っているワイバーンを大剣で叩き落とした。だがアーミラはまだPTでの戦闘に慣れていないため、どうしても大剣を雑に振り回すことが多い。そのため味方に当たってしまう恐れがある。
だがダリルならばアーミラの大剣を受けても死ぬことはない。なので努は戦闘を行う際にダリルが受け持つモンスターはアーミラが、ハンナが受け持つモンスターはディニエルに処理させるようにしていた。
「すま、すみません」
「い、いえ」
早速横から勢い余って振られてきた大剣をダリルが大盾で受け止め、アーミラがすぐに謝った。ダリルは視野も広くアーミラの動きを把握出来ているため、アーミラの無用心に振られる大剣にも対処出来ている。
そしてハンナの方も次々と無数の矢が飛んでワイバーンへと突き刺さっていく。ハンナは迷いなく放たれる矢におっかなびっくりしている。
黒魔道士や弓術士などの遠距離攻撃のジョブは味方への誤射に注意を払わなければならない。PTを組んでいるからといって味方の攻撃が無効化されることはなく、モンスター同様に矢は突き刺さるし魔法も普通に当たる。
そのため遠距離系のジョブの者をPTに入れる場合は、綿密な連携と信頼関係が必須である。死んでも戻れるからと誤射を気にしないPTも多いが、努は誤射の防止については徹底させていた。味方の攻撃によって味方が傷ついてヒールを撃たなければいけないというのが彼は嫌だからだ。
アーミラも決してわざと大剣を大きく振り回しているわけではないので、今も努はその立ち回りを矯正させている。そしてディニエルに関しては誤射の心配はほとんどない。高速で移動して矢を一本でも受ければ致命的な怪我を負うハンナがいるにもかかわらず、正確無比な射撃でどんどんとワイバーンを倒していく。
「ひっ」
ハンナの目の前を深紅に染まった矢が通り過ぎて彼女は短い悲鳴を漏らす。だが実際に誤射は一度も起きていない。ディニエルは弓術士の中でトップの実力であるので当然誤射するような腕ではない。
だがその分放たれる矢も強烈だ。ハンナもアタッカー時代に何回か味方に誤射された経験はあるが、当たれば間違いなく死ぬ予感のする矢が目の前を通り過ぎるというのはやはり恐怖があった。
「ヘイスト」
そして努も新生PTの支援には苦労していた。ハンナの高速移動。アーミラの突拍子もなく予測がつきにくい動きに支援スキルを合わせるのは大変だ。ダリルとディニエルは安定した動きをしているので問題ないが、ここでアーミラかハンナが被弾した時を考えると中々辛かった。
そんな努に追い討ちをかけるように土色の肌をしたオークの群れと、強烈な蹴りや拳を繰り出してくるカンフガルーが向かってきていた。努はすぐに追加のモンスターに気づくと大声で指示を飛ばした。
「ダリルはカンフーよろしく! ハンナー! オーク頼む! ディニエルとアーミラは残りのワイバーン倒して!」
「りょーかい」
近くにいたディニエルが返事をしながら矢を放ち、少し遠くにいるハンナは努の声と身振りを見てオークのヘイトを取りに向かった。ダリルは手を上げて了解の意を示した。アーミラは努の方をチラリと見ただけだったが、指示は聞こえていたようでワイバーンを引き続き相手にしていた。
まだ連携もあまり取れていない何処かギクシャクとしたPT。そんなPTが連携を深めていくにはとにかくモンスターとの実戦あるのみだ。努は気合を入れるように杖を掲げて支援を続けた。
――▽▽――
そして峡谷探索から三時間後。アーミラとハンナは仰向けになって地面に倒れ込んでいて、ダリルも膝に手を置いて息を切らしている。努は頬から流れ落ちる汗を手で拭って空になった水筒を口から離した。中に入っている氷魔石がからからと音を立てる。
「おつかれ」
そんな中で一番元気だったディニエルはゆったりとした動作で魔石を拾っては投げていた。ころころと努の足元に転がってくる魔石を彼はマジックバッグへ収納していく。
「ありがとうございます。それじゃあ魔石を回収したら一旦帰りましょうか。皆も手伝って下さーい」
「きついっす……」
努の呼びかけにダリルはすぐに姿勢を正して魔石を回収しに歩き始めたが、ハンナとアーミラはまだ立ち上がれないようだった。ハンナはまだ慣れていない避けタンクで、アーミラは戦闘経験のないモンスターとの連戦で疲れきっているようだ。
「おーいアーミラー。そんなもんかー」
「……く、っそ」
努に投げやりな言葉をかけられたアーミラは悪態をつきながらも汗でへばりついた土を払い、ゆっくりと立ち上がって魔石を回収しに向かった。そんなアーミラに触発されたハンナもひぃひぃ言いながら立ち上がった。
「お腹減ったっすー。休みたいっすー」
「お昼は外に食べ行くから頑張ってー。いっぱい拾った人にはデザートをつけますよー」
「頑張るっすー」
疲れているのか少しぼーっとした様子でハンナは地面に落ちている魔石を拾い集めていく。そして努の声を聞いたダリルは目に見えて動きがきびきびと早くなった。
(ガルムが見たら怒りそうだな)
デザート求めて魔石をかき集めている食欲に忠実なダリルを見て努はそんなことを思いつつも、運ばれてくる魔石をどんどんとマジックバッグへ詰めていく。そしてようやく回収が終わったのでディニエルの案内で最初の黒門へと戻りギルドへ帰還した。
受付を素通りして五人はギルドの外に出て、少し遅い昼食をレストランで食べた。ダリル、ハンナ、アーミラはがつがつと大量の品を貪り、ディニエルはそんな三人に奇異の目線を向けながらも海鮮グラタンを食べている。努も軽い食事とそこそこ良い値段のするグラニータというかき氷のようなものを食していた。
そして三人は追加注文をしつつ満足したような顔をしたので、努は魔石を一番多くかき集めたダリルにデザートをあげた。丸く整えられたバニラアイスクリームである。
「一口頂戴っす」
「駄目です」
「けち!」
普段は押しに弱いダリルだが食事に関しては違うのか、ハンナのお願いをきっぱりと断りながらもスプーンでバニラアイスを掬って食べた。そして幸せそうに頬をだらしなく緩ませていた。
この迷宮都市は神のダンジョンの影響で魔石や魔道具が集まりやすいため、それを利用したい様々な者が集まっている。その中には料理人も含まれていて、迷宮都市は最先端の料理が揃う場所となっている。
魔石や魔道具が一番安く買える迷宮都市で新しい技術や製品が開発され、それはすぐに王都にも届けられる。そうして王都にも新しい物が広がっていく流れが出来ていた。アイスクリームも氷魔石を燃料としている魔道具によって生産されているものだ。
「夜もやるっすか? 魔石集め」
「いや、夜はオーリさんがクランハウスで夕飯を準備してくれるそうなので、やりませんよ」
「……明日はあたしが一番取るっす」
「そんなに食べたいなら自分で買えばどうですか?」
「……なんか負けた気するじゃないっすか」
ハンナの並々ならぬ決意の篭った瞳に努は若干呆れつつも、その後会計を済ませて領収書を貰ってからギルドへと戻った。そして四人に十分休憩を取らせた後にまた峡谷へと一緒に転移した。
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