第109話 最終決定

 アーミラとハンナをクランに入れて活動してから一週間。試用期間終了の日が訪れた。努がギルドからクランハウスへ帰った後にそのことを二人に伝えると、アーミラは覚えていたのか緊張したような顔をしていた。ハンナの方は完全に忘れていたようでうっかりしたような顔をしている。



「それで、在籍して頂けますか?」

「勿論っす!」

「よろしく頼む……っす」



 ハンナに横からジト目で睨まれたアーミラは最後にそう付け足した。努はもう突っ込まない方がいいかと思いつつも、二人に正式なクラン加入申請書を渡した。もうクランリーダーである努のサインは書かれているので、後は二人がサインしてギルドに提出すればクラン加入が認められる。


 ハンナはその用紙を上に持って万歳しながらリビングを駆けた。アーミラはその用紙に視線を落とした後、両手でしっかり持って二階の自室へと帰っていった。



(ようやくか)



 努はこの一週間の間にアーミラが問題行動を起こせば即除名する気でいたが、今のところは問題ない。これでようやく本格的に動けると努は一息ついた。



「どうぞ」

「あ、どうも」



 オーリに赤いお茶を差し出された努はお礼を言いながらもそれを受け取る。少し酸味の効いたお茶を口にした努は再度息を吐いた。


 この一週間の間に紅魔団は七十階層へと到達し、火山のボスと対峙している。結果は全滅。初見で火山階層主のマウントゴーレムを突破出来ると努は思っていなかったので、無難な結果ではある。


 アルドレットクロウもその間に七十階層へ到達しているため紅魔団と並んだ形となった。こちらも同様にマウントゴーレムを相手にして全滅してはいるが、紅魔団よりは断然勝負になっていた。マグマを使っての全体攻撃で四人一気に死亡して崩れてしまっていたが、何度か繰り返すうちにその範囲攻撃にも慣れてくるだろう。


 それに対し紅魔団はヴァイスとアルマのツートップ体制のクランなのだが、今回の階層主はその二人が活躍しにくいモンスターになっている。そのため一方的にマウントゴーレムに全滅させられている戦闘が多かった。


 ヴァイスは不死鳥の魂フェニックスソウルというユニークスキルを持ち、自身の武器に不死鳥の加護を宿せる。そのおかげで火属性と聖属性を武器に宿すことが出来るが、火山階層主のマウントゴーレムにその属性は効きにくい。


 他にも精神力と引き換えに怪我を癒せるという効果もあるが、マグマを全身に食らってしまえば回復は不可能に近い。なので前回の火竜に引き続いてヴァイスは苦戦を強いられる形となってしまっている。


 アルマはユニークスキルがないものの、その黒杖の性能ブーストによるメテオが強力である。しかしメテオなどの物理攻撃よりもブリザードクロスなどの魔法攻撃の方がマウントゴーレムには相性が良い。だがそれにもかかわらずアルマはメテオストリームを連発することしかしなかった。


 確かに流星群を落とすメテオストリームは強力なのだが、高い物理防御力を持つマウントゴーレムには効きにくい。そのため他の魔法スキルを使用した方が良いのだが、アルマは自分の代名詞となったメテオに固執して立ち回ってしまっていた。


 紅魔団のPT編成はまだアタッカー4ヒーラー1のままなので、ヴァイスとアルマが活躍出来ない限りマウントゴーレムを倒すことは出来ないだろう。PT構成を変えるか、戦法を変えるか。どのようにしてマウントゴーレムと勝負出来る土俵に上がれるかが紅魔団の課題となるだろう。


 今夜もどうせその二つのクランは夜の時間帯には潜っているだろうなと思い、努は外に出る準備を始めた。少し肌寒くなってきたので厚着をして努は一人モニター市場へと向かう。


 もう街にスタンピードの影響は見る影もなく、普段通りの日常が街には溢れている。数ある灯りに照らされる屋台。空中にいくつも浮かんでいるモニター。その中で最も大きい一番台の周りには数多くの観衆が陣取っている。


 そのモニター付近にある店も繁盛しており、火山階層の新しい素材を利用した様々な商品が出されている。特に工房方面は炎魔石により利用出来る熱量が上がって素材加工に革新でも起きたのか、いつもより更に忙しなく人が入り乱れている。


 だが迷宮都市の北方面に向かえばまだスタンピードの傷跡は垣間見える。それに神のダンジョン不可侵を掲げている宗教団体もスタンピードで出た被害のおかげか勢力を増している。



(被害が少なくて良かったよほんと)



 二回の事前避難勧告や貴族の障壁のおかげで人的被害は最小限に抑えられ、死人も避難に従わなかった者だけだ。探索者に限っては可哀想であるが、死んだ民衆は完全に自業自得である。他の民衆もそんな風潮を持っているためダンジョン不可侵の宗教団体へ流れた者は最小限に抑えられた。もし被害が大きければ本当に神のダンジョンが勢力の増した宗教団体に封鎖されていたかもしれない。



(早く帰りたいなぁ)



 そしてその宗教団体に母の蘇生をせがんでいた唯一の生き残りである少女が祭り上げられ、人前で同情を誘う演説を何回もさせられているところを努は見てしまっている。努は何とかしてやりたかったが少女は母を生き返らせなかった者たちを憎んでいて、当然彼も嫌われていたのでどうしようもなかった。努は軽く現実逃避をしながらぶらぶらとモニター市場を練り歩く。


 そして一番台に映っている紅魔団を見ながら努は空いているベンチに座った。相変わらずメテオばかり放っているアルマの映像を努が呆れた目で見ていると、そんな彼に長くて白い兎耳が特徴的な女性が近づいてきた。



「あー! やっぱりツトムさんだ! こんなところで何やってるんですか?」

「あぁ、どうもロレーナさん。今は最前線の視察をしています」



 ひょこひょこと兎耳を動かしている黒髪のロレーナが串焼きを持ちながら努に話しかけてきた。努は少し頬が赤い彼女に挨拶を返しつつも辺りを見回した。



「ミシルさんもいます?」

「あ、ミシルは今他の人とダンジョンに潜ってますよー」

「……もしかして二軍落ちしちゃいました?」

「しーてーなーいーでーすー。他のメンバーのレベル上げですよっ!」



 ロレーナは不機嫌そうに頬を膨らませながらも努の隣へ座った。どうやら彼女は今日休みで暇を持て余していたらしかった。



「なら良かったです」

「するわけないじゃないですか! 私が今、ヒーラー最強だから!」

「……もしかして酔ってます?」

「え? 酔ってませんよ?」

「あ、そうですか」



 こんな調子の良い子だったかなと努は思いがらもモニターに視線を戻した。するとロレーナも倣うようにモニターを見つめた。



「紅魔団はまだアタッカー多いですねー」

「そうですね」

「ふふふ、シルバービーストがまた抜いてやりますよ」

「お、火竜突破で随分と自信をつけたみたいですね。ちなみに今階層はどのくらい進みました?」

「今は、六十五階層だね。あれが強いんですよ。あれ」

「ボルセイヤー?」

「そうです! それ! なんなんですかあの生物! 全滅しましたよ!」



 エイミーに鑑定されて名称が明らかになったボルセイヤーは、マグマの中を泳げるドジョウとナマズを合体したようなモンスターである。シルバービーストは今そのボルセイヤーに手を焼いていた。



「あの滑ってくるの狡くないですか? いつまで経っても止まらないんですもん!」

「そうだね。黒魔道士とかがいれば楽そうだけど」

「そうなんですよ! でも黒魔道士さんはまだ火竜突破してないんで、今は火竜を安定して倒せるように皆レベルを頑張ってあげてるんです!」



 ボルセイヤーは体表にぬめぬめした赤い膜を張り、それを潤滑剤にして地面を滑ったりマグマの中を泳いでいる。そのためその赤い膜を無効化する必要が出てくる。


 その方法は数々あるが、一番無難な方法はボルセイヤーの表面を冷やすことだ。そのためには黒魔道士や精霊術師などの魔法スキルが一番手っ取り早い。



「ボルセイヤーを抜けられればシルバービーストは大手クラン入り出来るかもしれませんね。最近新聞とかでも良く見ますし、クランの名前も聞きますから」

「そうなんですよ! 火竜倒してからなんか取材とか凄い来て、とにかく凄いんです! 私初めて取材受けました! あ、でもソリット社の取材は受けてないので安心して下さいね!」

「それは、ありがとうございます。ですがもう気を遣わなくて大丈夫ですよ。ソリット社はもうどうでもいいので」

「……あれ? そうなんですか?」

「えぇ。なのでミシルにもこのことを言っておいて下さい」



 首を傾げたロレーナに努は笑顔でそう告げた。彼女はその言葉に何処か納得していないような顔をしたが、すぐに頷いた。


 もう二社の新聞社は十分に育ち、努はスタンピード戦の功績で貴族から表彰され後ろ盾も手に入れた。なのでソリット社をこれ以上締め付ける必要は感じられなかった。まだ会社の規模としては一番大きいが、新聞社二社も大分力をつけてきた。これ以上ソリット社に不利益を被せても無駄に恨まれるだけだと努は判断していた。



「あ、それとツトムさん。あの、アルドレットクロウのー、ステファニーさん? あの人がツトムさんをいずれ越えるってインタビューで宣言してたみたいなんですけど、なんなのあれ?」

「あー……。あれか。正直僕もよくわからないんですよね。でも多分ステファニーさんに悪意はないと思うんですけど」

「えぇー!? むしろ悪意しか感じませんよ!! あの人ツトムさんにヒーラーを教えてもらったんですよね!? なのにあの言い草とか酷いよ!」



 ステファニーへの指導を終えてから彼女が最終的にツトムを越えてみせると周囲に言っていることは、彼の耳にも届いている。だがステファニーの言葉にはどうも悪意は感じられなかったので、努はそれが彼女のモチベーションになるならと放っておいた。


 だがロレーナはステファニーの宣言が不快だったようで、不機嫌そうに白い兎耳をぴくぴくと動かしていた。



「確かにステファニーさんもちょーっとは上手いですけどね? でもあれなら私の方が上手いですもん! まだまだツトムさんを越えるなんて早いですよ!」

「まぁ、確かにそうですね」

「ですよね! だから、ツトムさんを越えるのはこの私です!」

「そんな易々と踏み台になってあげるつもりはないですけどね」

「ふふーん! 師匠を越えるのが弟子の役目ですからね!」

「頑張って下さーい」



 自慢げに顎を上げながら宣言したロレーナに努はユニスの幻想を見ながらも、軽く笑いながら言葉を返した。だが実際ロレーナはユニスとは違いヒーラーがとても上手い。なので調子に乗っていてもまだ許せる範疇はんちゅうであった。


 単純なヒーラーの実力ではステファニーに劣るが、シルバービーストというPTのヒーラーとしてならばロレーナの方が上だ。兎人の得意分野である聴覚と気配を機敏に察する能力。この二つがヒーラーという役割にピタリと当てはまる。特にヘイト管理というまだ理解が曖昧な分野でロレーナは他のヒーラーより抜きん出ている。それは努のゲーム知識と経験を駆使した分析型ヘイト管理に匹敵するほどだ。


 ロレーナは探索者の中で古参の部類であるため、五、六年の積み重ねがある。探索者の最前線にいたわけではないが、ロレーナも遊んでいたわけではない。その五、六年の探索者活動は決して無駄になっていない。


 その後も何故髪の色と兎耳の色が違うのだとか、最近資金が出来たおかげでまた子供の獣人を受け入れることができたなどお互いのクランの雑談を二人は交わした。



「へぇ。ロレーナさんの耳は突然変異なんですね」

「そうみたいですよ。まぁ色が違うだけなんですけど」



 基本的に獣人の耳や尻尾は髪の色と同じなのだが、ロレーナは珍しく色が別々だった。どうせなら黒色が良かったですけどね、とロレーナは白い兎耳を折りたたんだ。



「そんな私を拾ってくれたミシルには感謝してます。だから、クランのためにもっと頑張らないと」

「見かけはだらしないおじさんですけど、良い人ですよねミシル」

「あーあー言っちゃおー。ミシルに言っちゃおー」

「子供か」



 からかうように両手で指を差してくる二十代のロレーナに努はそう突っ込みつつ、気づけばモニターを見ずに大分時間が経っていることに気づいた。



「もうこんな時間か。それでは僕は帰りますね」

「あ、それじゃあ私もクランに顔出して来ようかな。ツトムさん! またいつでも遊びに来ていいですよ!」

「クランが落ち着いたら考えておきます」

「絶対来て下さいねー!」



 手を振って見送ってくれたロレーナに努は手を振り返し、火山の映像チェックが出来なかったことを反省しつつも帰路についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る