第108話 実力試しの結果
気絶したアーミラをクランハウスにダリルが運び込み、まだ起きそうになかったので彼はリビングのソファーへ寝かせた。
「水でもかけて叩き起こしてやれっす!」
「ハンナ怖いよ……」
羽タンク呼ばわりされたことで怒っているのか、青い翼を羽ばたかせながらそう言うハンナをダリルが宥めた。だが努もハンナの怒る気持ちは多少わかる。エイミーに幸運者と呼ばれた時は努も中々に
努はマジックバッグから水筒を取り出して蓋を開けると、健やかな顔で気絶しているアーミラの頭にどぼどぼと注いだ。氷魔石を利用しているおかげでその水はキンキンに冷えているので、それをかけられたアーミラはすぐに飛び起きた。
「うわぁっ!? なんだこれ!? やめろ!」
「おはようございます」
アーミラが飛び起きてもお構いなしに水筒の中身を全て彼女の頭に振りかけ終えた努はその水筒を仕舞った。水をかけろと言った本人であるハンナは努の行動を見て何とも言えない微妙な表情をしている。
雨で濡れた犬が水を切るように身体を震わせたアーミラを努は見下ろした。
「アーミラのタイムは一分五十六秒でした。よってディニエルの勝ちです。貴女の全敗ですね」
「……そうかよ」
「あの様子だとユニークスキルもまともに使えないようですね。それで良くハンナやダリルに生意気なことを言えたものです。貴女からユニークスキルを抜いたら何が残るのですか? カミーユと違って貴女は他に何も出来ないですよね?」
「……るせぇ」
「実力も技術もまだまだです。貴女は――」
「ち、ちょっと師匠!? その辺りで止めときましょう!?」
言い返せないのか長い赤髪から水滴を垂らしながら
「貴女の処遇については今からPTメンバーと相談して決めることにします。いいですね?」
「…………」
沈んだ顔で何も言わないアーミラに努は後ろへ振り返り、ダリルに部屋へ帰ったディニエルを呼ばせにいった。大急ぎで二階に走っていったダリルを見送った努はずぶ濡れになったソファーを、クランハウスの管理を行うオーリという女性と一緒に運んで日当たりの良い場所へと移した。
「お手数かけてすみません」
「いえ、これが仕事ですので」
オーリは落ち着いた笑みを浮かべながら濡れたソファーにタオルをかけ、水分を取り始めた。ソファーのことをオーリに任せた努はリビングに戻ると、ディニエルがダリルに無理やり手を引かれてリビングに来ていた。努はアーミラを置いて四人でリビングを出るとすぐに問う。
「それじゃ、アーミラについて少し話し合おうか。まぁ、除名するかしないかだね」
努の言葉にダリルとハンナは気まずげにしていて、ディニエルはいつもと変わらず眠たげな目をしている。
「取り敢えずダリルとディニエルの意見を聞きたいかな」
「どーでもいい」
「ぼ、僕は別に大丈夫ですよ」
「そうですか。それではハンナはどうです? 貴女はまだ試用期間ですけどもし今後無限の輪に入ることになった時、アーミラがこのクランに在籍していたら嫌ですか? もし嫌ならば除名して他のアタッカーを入れようと思いますけど」
ハンナが嫌と言うのであれば努は別にアーミラを除名しても構わなかった。その場合一からアタッカーを探すことになって面倒ではあるが、現状人柄も実力も良いハンナが抜けるよりはマシだ。
そう問われたハンナはぎくっとした後、リビングの方と努を交互に見た。そしてハンナは自分を落ち着けるように腕を組んだ。少し悩ましげに眉間へ
「別に、いいっすよ。アーミラ、反省してるみたいだし、構わないっす」
「本当ですか? 別にダリルやディニエルの意見は気にしなくていいんですよ? 特にダリルはこういう時嘘をつきそうですし」
「ツトムさんっ!?」
「いや、いいっすよ。あの様子だと鼻っ柱は折れたみたいっすからね」
一歩前に出て努に抗議してきたダリルを見てハンナは苦笑いしつつもそう答えた。努は近寄ってくるダリルの肩を押しやった後、思案するように天井を見上げた。
「そうですか。……ならアーミラが三人に謝るのなら、クラン在籍を許すことにしましょう。それでいいですかね?」
「いいっすよ」
「僕もいいですからね!? 嘘は言ってないですからね!?」
ハンナの様子を見ても無理をしている様子は見られなかったので、努は話を切り上げてアーミラのいるリビングへ戻った。
アーミラは先ほどと変わらずタオルを手に持ったまま座り込んでいる。そんな彼女に努は声をかけた。
「アーミラ。もし貴女が謝って行動を改善するのであれば、クラン在籍を認めても良いと三人は言ってくれました。どうしますか?」
そう努に告げられたアーミラは驚いていた。彼女はてっきり除名されると思っていただけにクラン在籍を許されることは想定外だった。
「どうしました? 謝る気がないのなら除名しますが」
「……別に、俺なんていらないんだろ、あんたは」
「確かに貴女はこのままでは使い物になりませんが、これから改善していけば少しはマシになるでしょう。可能性を感じてはいますよ」
「どっちだよ……」
アーミラは努が聞き取れないような小声でそう言いながらも立ち上がると、ずぶ濡れになった赤髪をタオルで拭いた。そしてまずはハンナへと向かい合った。
「……すまなかった」
「ま、いいっすよ。反省してるなら」
ハンナは深く頭を下げたアーミラへ握手を求めるように小さい手を差し伸べた。
「噂じゃあたしより年下みたいっすしね! あ、今度からはちゃんと敬語使えっすよ! あたしみたいに!」
(それを敬語だと思ってるのか……)
驚愕の事実に努は思わず後退りながらも大きな胸を偉そうに張っているハンナを見つめてしまった。そんな努の様子に気づかないハンナはアーミラの手を無理やり引っ張って握手した。
「それじゃ、二人にも謝るっす!」
「ダリル、ディニエル、すまなかった」
「い、いいですよ別に!」
「はーい」
深く頭を下げたアーミラにダリルは怖気つくように両手を振り、ディニエルは適当に答えた。そして努の方を窺うように見てきたアーミラに彼は頷いた。
「ならアーミラのクラン在籍を認めます」
「…………」
アーミラは目に見えてホッとした後に努へ何か言おうとしたが言葉が浮かばないようで、何度か表情を変えて最後には顔を反らした。
「そこはありがとうございますでしょ!」
「あ、ありがとうございます」
先輩風を吹かせているハンナの指導によりアーミラはそう言って頭を下げた。子供が大人を指導しているような二人の様子にダリルと努は苦笑いしていた。
――▽▽――
アーミラの下克上が失敗に終わった日からは、五人PTでの動き合わせが開始された。編成はアタッカー2タンク2ヒーラー1。アタッカーはディニエルとアーミラ。タンクはダリルとハンナ。ヒーラーは努である。
「龍化」
アーミラは一帯にモンスターがいない浜辺で龍化を使用し、そして身体の変化が終わった後に努を見つけるとすぐさま襲いかかった。努はアーミラを包み込むようにメディックを展開して彼女の狂化状態を解除した。
まず一番の問題としてはアーミラのユニークスキルである龍化だ。意識がなくなる代わりに
だがアーミラが龍化を使うと意識を保てずに狂化してしまい、モンスターを見つけると一目散に駆けていってしまう。そしてモンスターがいなくなればPTメンバーへ襲いかかる始末だ。それに龍化状態では連携は全く取れないので、味方がモンスターの近くにいようとお構いなく攻撃してしまう。
「取り敢えず、龍化は緊急事態でもない限りは封印かな」
「おう、っす」
「…………」
アーミラの後ろにいるハンナが教官のように後ろへ手を組みながらも満足そうに頷く。そんなハンナには悪いが努はアーミラへ普通に喋っていいと指示した。そのことをハンナにも言うと彼女は渋々と了承した。
だが龍化がなくともアーミラはレベル四十台の中では実力が高い。それに三人に負けてからは去勢された獣のように大人しくなったので、龍化を封印してもさして問題があるわけではないだろう。しかし使えるにこしたことはないので龍化状態で意識を保つ練習はさせる予定だ。
ハンナも渓谷で何度か戦闘していく内にいくつか欠点が見えてきた。まずは一度被弾するだけで致命傷を負うことだ。VITは白魔道士の努と一段階程度しか変わらないため、モンスターの攻撃をまともに一撃でも受ければ致命的、当たり所が悪ければ即死も有り得る。
避けタンクを始める以前のように重い鎧でも着れば少しはマシになるが、それでは避けタンクの要である機動性が失われてしまう。ならば無駄に露出度が高い民族衣装のような装備で、
「当たらなきゃどうってことないっす!」
「いや、そうだけどね」
何ともなさそうに素早くシャドーボクシングをしているハンナとは対照的に、努は心配そうな顔をしている。もしハンナが死んでしまった時に彼女へレイズを使った場合、生き返らせた者が稼いでいたヘイトを努が受け持つことになる。なのでヘイトを稼ぐ役目のタンクであるハンナが死にやすいというのはリスクが大きい。
それにハンナもまだ避けタンクに慣れていないため、スキル回しが大分
「ハンナは避けタンクでの精神力管理を身に付けようか。青ポーション使っていいからどんどんスキルを使っていって。後はコンバットクライの練習かな」
「わかったっす!」
ガッツポーズで気合十分のハンナに努は少し癒されつつも、彼女には何度もスキルを使わせて感覚を掴んでもらうよう練習させた。
その翌日もアーミラの最高階層を更新しつつ、渓谷でPTの動き合わせを着々とこなしていく。その中でやはりダリルとディニエルは安定して役割をこなすことが出来ていた。
特にダリルに関しては努が文句をつけるところが見つからないほどに優れていた。ダリルは重騎士でありVITが高いため、とても安定したタンクをこなすことが出来ている。スキル回しも洗練されていて乱れない。精神力管理もバッチリだ。
それにダリルは視野が広く他の者のフォローに回ることが出来ていた。ハンナへ向かった飛び道具への声かけや大盾を
「……本当にガルムよりタンク上手いかもね、ダリル」
「え! 本当ですか!?」
「うん。まぁ最近ガルムとPT組んでないから絶対とは言えないけど、今のところアルドレットクロウのビットマンより上手いかも」
「えぇ!? そ、そうですかねぇ……?」
ダリルは照れたように頭に手を当てながらも、もっと褒めてと言わんばかりにチラチラと横目で努を見ている。後ろにある黒い尻尾も千切れんばかりに振られている。
「よっ! 今一番のタンク、ダリル!」
「よっ! コンバットクライが上手いダリル! あたしにも教えてくれっす!」
「し、しょうがないなぁ。いいですよ! まずはこの形から……」
努とハンナにおだてられたダリルはにこにことしながら鋭利なコンバットクライを撃って説明を始めた。ディニエルはダリルの背後でぶんぶん振られている黒い尻尾に目を奪われ、アーミラは呆れとくだらなさが混じった瞳でその光景を見ていた。
ディニエルのアタッカーに関しても努から口出しすることはなかった。基本的に彼女は本気を出さず、今は努に買ってもらった様々な矢を試しているようだった。しかしアタッカーの仕事として見るならば成果は出している。
ただディニエルに関しては火竜戦を見ない限りは評価を下せないだろう。ディニエルの最高階層は六十階層の火竜で止まっている。そこで彼女の本気を見れるかはわからないが、それまで努はディニエルの評価を保留にした。
そして勿論努にも改善点が出てきた。まずはこの五人PT体制の支援回復に慣れることだ。今はまだ渓谷なので大して忙しくはないが、連戦の多い峡谷に入ってからは忙しなくなるだろう。その前にこの五人PTの司令塔としてしっかりと各々の動きを見極める必要がある。
それに完全狂化状態に陥る龍化への支援と解除や、初めて導入した避けタンク。それらの支援にも慣れていかなければならない。二人共速い動きや不規則な動きをするので置くスキルでは対処が困難であり、神経を研ぎ澄まなければ支援を切らしてしまうだろう。
四人への支援ということで精神力管理にも気を遣うことになる。最低限の精神力消費で回さなければいけない場面も何度かあったため、火竜戦が終わったらレベリング作業をした方がいいかと努は考えている。
だが五十からレベルは極端に上がりにくくなるため、レベリング作業をするならば腰を据えて行わなければならない。なのでダンジョン攻略で詰まり始めたら努はレベリングをしようと思った。
そうして五人PTが渓谷で動きを合わせ続け、ハンナとアーミラの試用期間である一週間を過ぎた。
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