第107話 未熟な龍化

 弱い者は死ぬ。それはアーミラが三年ほど前に父の死を通して得た教訓だった。弱い者は死に、強い者は生き残る。公式では病死と言われている父だが、実際には犯罪クランの残党に殺されたようなものだ。それをアーミラは理解してから弱い者は大嫌いになった。


 弱者は従え、強者には従う。それがアーミラの行動原理だ。なので創設したクランでも当然弱者を従え、アーミラが一番上である女王クランが完成した。カミーユが以前クランを作った時の話をアーミラは周りから聞いて参考にした結果がそれだった。


 確かに以前のカミーユもアーミラ同様荒っぽく、一人でクランを引っ張ることが多かった。だがそれは緩衝材的役割を果たしていたカミーユの夫と、外のダンジョン攻略時代から長く付き合ってきた仲間がいてこそである。だから傍から見れば暴言に近い発言でも問題にはならなかった。


 だがアーミラの仲間は違う。初対面からいきなり力で捩じ伏せ、無理やり言うことを聞かせている。そんなことをすれば信頼関係など生まれるはずもない。


 その結果アーミラは五十階層でとうとう仲間に見放された。シェルクラブと一人で戦い、一人で死んだ。そして蘇生されることもなくギルドの黒門から亜麻色の服を着せられて吐き出された。


 その後アーミラは何故自分を蘇生させなかったのかを仲間に問い詰めたが、彼女の独裁に鬱憤うっぷんを溜めていた者たちは全員クランを去った。そして五十階層すら突破出来ずにクランは解散した。


 だがその時アーミラはまだ全く反省していなかった。カミーユに説教を受けた後も仲間が弱かったのが悪いと自己正当化し、他の大手クランに入ろうとした。しかしその時にアーミラは初めて自分の評価を知った。


 大手クランは全く勧誘に来ることはなく、アーミラから向かっても加入を断られた。ユニークスキル持ちならば普通大手クランはこぞって誘ってくるだろう。しかし大手クランはモニターでアーミラの自己中心的な立ち回りを見ていたので、ユニークスキルを加味しても使えないと判断していた。


 そこでアーミラは初めて自分が立たされている状況を理解した。だがその頃には周りからは味方殺しだと邪険にされていて、PTも組みづらくなっていた。そして探索者生命が危ぶまれてきた時、お節介なカミーユのおかげで無限の輪というクランに入るチャンスが与えられた。


 ギルド長である母のツテを借りることはアーミラも嫌であったが、このままではどうにもならないので渋々無限の輪へと入った。そのクランは母とPTを組んで三人で火竜を討伐し、スタンピード戦で最も活躍されたと表彰された努が設立したクランだ。


 母と一緒にダンジョンへ潜っていることと、貴族から表彰されているところアーミラは直接見ている。なので努のことは強者と認めていたため、指示には従うようにしていた。前回のクラン解散での失敗を活かし、トップは努に任せようとアーミラは思っていた。


 だが努のことは強者と認めていても、それ以外のPTメンバーは強者だと認めていない。羽タンクと周りから馬鹿にされているハンナ、図体だけしか大きくないダリル。やる気の感じられないディニエルも気に食わなかった。もう前回のようなことは起こさせない。PTメンバーが歯向かわないよう徹底的に潰してやろうとアーミラは勝負をふっかけた。すると意外にも努が乗ってくれたため、アーミラは張り切って勝負に臨んだ。


 だが新しいクランで始まった勝負では、雑魚とタカをくくっていた羽タンクには負け、なよなよしている気色悪い犬人にも惨敗。そして今、だらだらとしているエルフに負けようとしている。


 普通に腐れ剣士と戦っても一分を切るタイムは絶対に更新出来ない。先ほど二体目の腐れ剣士と全力で戦ってもタイムは四分前後。一分を切ることは不可能だ。



(使うしか、ねぇってのか)



 龍化というユニークスキル。それは絶大な力を発揮することが出来るが、アーミラはまだそのスキルをコントロールすることが出来ない。力に支配されて意識がなくなり、気づけば戦闘が終わっている。


 龍化を使えばほとんどのモンスターを倒すことが出来たが、そのスキルは味方さえも傷つけた。味方殺し、モンスターなどと二つ名が付くほどにアーミラは味方のPTメンバーも傷つけて殺している。


 クランが解散してからアーミラは龍化を使っていない。使えば間違いなく味方を傷つけるスキルだ。使ってまた味方を傷つければ努に問題行動と受け取られ、除名は間違いないだろう。だからアーミラは龍化が使えない。


 だが、負ければ同じことだ。もしこのまま負ければ自分は努から弱者の刻印を押され、除名されるだろうとアーミラは思っている。そうすればカミーユからも見限られる。だからこのクランを除名されるわけにはいかないのだ。しかし龍化を使えば除名は確実。



「では、そろそろ行きましょうか」



 アーミラが心の中で抜け出させない問答をしている間に休憩が終わり、努がそう宣言した。アーミラは無表情でゆっくりと立ち上がるとそのまま努に付いていった。


 受付を済まして魔法陣の列に並んでいる間もアーミラは考えた。しかしその考えには出口がない。彼女の持っている前提ではもう八方塞がりだ。例え何をしても除名は確定している。そのまま自分の中だけで彼女は考えを進め、そして結論に至った。



(弱ければ、生き残れない。やるしかねぇ。やるしか……)



 優しい父は弱いから死んだ。弱さは罪だ。普通に戦えば間違いなく負ける。なら龍化せざるを得ない。それがアーミラの一人で出した結論だった。弱者になるのだけは嫌な彼女が出した結論だ。


 魔法陣が空いたのでアーミラは努に付いていき魔法陣へ入った。そして四十階層へ転移した時にアーミラは言い放った。



「龍化」



 ――▽▽――



 二種の支援スキルが当てられたアーミラの背から、長い赤髪をかき分けるように翼が生えた。そして彼女は一直線に腐れ剣士へと突っ込んだ。目にも止まらぬ勢いで大剣が振られ、腐れ剣士が吹き飛ぶ。



「アアアァァァ!!」



 赤く発光しているアーミラはまるで嵐のように暴れ回っている。その圧倒的暴力に腐れ剣士は何も出来ないままただ吹き飛ばされ続ける。


 鋼の鉄がぶつかる音が響く。アーミラの心に迫るような叫び声にダリルは短い悲鳴を漏らし、ディニエルと努は観察するような目で彼女を見ていた。



(凄いな)



 努はアーミラの龍化を見て素朴にそう思った。レベル四十六であるにも関わらず、レベルが二十以上高いカミーユの龍化とあまり変わらない速度で動いている。ただアーミラの方は意識が吹き飛んで完全に本能で動いているので、本当にモンスターのような動きだった。


 成人男性でも構えることすら出来ない重量の大剣をアーミラは素早く振り回している。剣術などまるで感じられない大剣の扱い方。しかし純粋な力と速度で腐れ剣士を圧倒していた。


 腐れ剣士はほとんど何も出来ていない。大剣を受ければ吹き飛ばされ、避けようにも大剣を持っているアーミラの方が速い。なので腐れ剣士は大剣を何とか手盾で受けることしか出来ていない。


 まるで片手剣でも振るかのように大剣は振り回されている。そんなアーミラは疲れる様子もなく更に速度を上げていく。



(置くヘイストは初見じゃ無理そうだな)



 努はカミーユの龍化に置くヘイストを合わせていたが、あれは彼女もヘイストを踏もうと意識していたから出来たことである。意識が無くなっているアーミラには当然それは出来ない。


 努は改善策を考えつつもまずは撃つヘイストを使い、計測が終わるまではアーミラのヘイスト状態を確実に維持させることにした。そしてヘイストを受けたアーミラはどんどんと腐れ剣士を削っていく。


 もう剣は折れて手盾もぐしゃぐしゃになり、鎧も剥がれ始めている腐れ剣士。アーミラの大剣が腐れ剣士の腹を捉えると腰を深く切り裂いた。横に身体が傾いた腐れ剣士へ更に一撃。腐れ剣士の身体は真っ二つに別れて地面へ落ちた。



「アアアアァァァァ!!」



 アーミラが腐れ剣士の頭に大剣を何度も思い切り叩きつけ、光の粒子が漏れ始めた。努は時計から目を離してメモ書きした。



(一分五十六秒。流石はユニークスキルといったところか)



 もし龍化を最初から使っていたらハンナは勝てなかったタイムだ。だがアーミラが龍化を使うか使わないかを見るために努は彼女に先攻を取らせたので、もし最初から龍化を使われても手はあった。


 続いて出てきた腐れ剣士二体にアーミラは反応してすぐに襲いかかり、ディニエルが遠くから矢を射って牽制していく。ダリルはディニエルの方に来た腐れ剣士のヘイトを稼ぎ、努は三人に支援を与えながらもアーミラの動きを観察した。



(ギリ、いけるかな)



 そして終盤の方は置くヘイストをピンポイントでアーミラの進行方向に合わせ、常時ヘイスト状態にすることに成功した。だが一方的に置くヘイストを素早く動くアーミラに合わせるのは中々骨が折れるようで、努の額には汗が滲んでいた。


 そして腐れ剣士二体も倒し終わって黒門が現れた。努はようやく尖らせていた神経を緩め、安心したように息を吐いた。アーミラの意識がない龍化状態でも何とか支援は出来る。まだ意識が出来ないというのは問題ではあるが、これなら多少の運用は出来ると努は杖を握った。



「……ねぇ。あれどーするの。面倒くさそうなんだけど」



 そんな努に尋ねたディニエルが弓を構える先には、三人を獲物と認識しているであろうアーミラがいた。その目は獰猛な爬虫類特有の、細長い赤の瞳になっている。



「メディック」



 努が撃つメディックを飛ばしてみるもアーミラはそれを攻撃と認識したのか、驚異的な反射神経で無数の弾丸を避けていく。ディニエルがダルそうに矢を番えるのを努は杖で制した。



「任せて。メディック」



 モンスターに誤射する心配がないのであれば、細かく飛ばしたり撃つ必要はない。努は巨大な津波のようなメディックを作り上げると、龍化状態のアーミラに向かわせた。アーミラは素早く壁際まで逃げたものの、最後には追い詰められてメディックの大波に飲み込まれた。


 その後には龍化状態が解除されて気を失っている無傷のアーミラが残った。努はダリルにアーミラを担がせると黒門を潜り、四十階層を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る