第106話 森のエルフ、ディニエル

 ディニエルが旅に出てきてから二十年。彼女は故郷の森に八十年ほど身体が成長するまで住んでいたので、丁度百年生きていることになる。百歳になるとエルフとして一人前と認められる、いわば大人の仲間入りを果たすことが出来るのだ。


 そんなディニエルが八十歳を迎えてエルフの里を出た理由は単純で、親に家でだらだらしてないで外を見てこいと言われたからだ。父母に揃ってそう言われたディニエルは渋々と旅の準備を始めた。ただエルフの立場を一人で向上させたという森の賢者には純粋に興味があったので、親に金銭や道具を貰って旅に出るとまず森の薬屋と呼ばれる店に訪れて話を聞いた。


 そして森の薬屋でポーション技術を学ぼうと思っていたが、何か違うと感じて十四年ほど気ままに旅を続けた。その後は迷宮都市に神のダンジョンなる不可思議なものが出来たと聞き、適当にダンジョンへ潜って階層を進めた。そこで絶滅したと言われていた珍しい金色の狼人にクランへ勧誘されたので、ディニエルはなんとなく入った。


 そんなディニエルは神のダンジョンを六年前から攻略している古参探索者である。そして六十階層で火竜というモンスターと相対した時は、初めて狩りをした時に近い感覚に襲われて自然と手が震えた。外のダンジョンで出現するモンスターと比べても一、二を争う迫力だった。


 だが、それを超えるモンスターが迷宮都市に襲来した。スタンピードを飲み込んだ暴食龍。それが貴族の障壁を初めて破り、甚大な被害をもたらした。ディニエルも前線にいたためその時の絶望は心に刻み込まれている。


 彼女は長年狩りを行っていたためか目が良い。それも一番前線にいたため、暴食龍がまだ身じろぎをしているところを見てしまった。障壁を破壊してなお、暴食龍は動けている。そのことは百年間生きてきたディニエルでも恐怖に値するものだった。


 逃げようにも足の力が抜けて全く立てそうになく、思考も完全に停止していた。自分はここで死ぬのだとディニエルが悟っていた中、空から一人の男が降りてきた。



「あ、ディニエルさんだ。大丈夫ですか?」



 皆が衝撃を受けてまともに動けていない中、一人だけ動いている者がいた。それが努だった。寿命も長くて六十年前後のたかが人間。それも彼は見る限りまだ二十年ほどしか生きていない者だ。


 そんな彼に動けないディニエルは手を貸され、後方へと避難させられた。そしてその後も努が暴食龍を倒す際に活躍しているところをディニエルは見ていた。



(おかしい)



 ディニエルは純粋に努のことをそう思った。親友のエイミーから耳にタコが出来るほど努の自慢話を聞かされていた彼女は、全て話半分に聞き流していた。金色の調べへ指導しに来た時に話した印象も至って普通。色々と面白いことを思いつく男だとは思っていたが、特に気にするべき存在ではなかった。だが暴食龍の件でその認識は変わった。


 努という存在はディニエルにとって一番おかしいと思った人物だった。ポーションの作成技術をエルフに伝えた森の賢者は、長寿であるエルフの中で一番長生きをしているのでまだわかる。だが二十年そこらしか生きていないのに暴食龍討伐の中心にいた努はディニエルにとって衝撃だった。なのでエイミーに努のクラン加入を勧められた時はすぐに金色の調べを辞めて加入を決めた。


 努はディニエルにとって面白そうな観察対象であり、同時に一応命の恩人でもあった。それに親友が想いを寄せている者だったので、ディニエルは親しみを込めてエイミーと同じように素で接しているのだがどうにも反応が悪かった。しかし今更口調を外面に戻すのも面倒だったので今もそのまま通している。



「それじゃ、行きましょうか」



 努がそう言うとアーミラが勢い良く立ち上がり、ディニエルを親の敵でも見るように睨んだ。ディニエルはその視線を真正面から受け止めた後、どうでもよさそうに視線を反らした。


 そんな反応を返されたアーミラは顔を真っ赤にしていたが、ディニエルからすればアーミラはただ面倒事を引き起こす者だ。龍化というユニークスキルにだけ興味はあるが、ギルド長も同じスキルを持っている。なので心底興味がない。


 努がアーミラを何とか宥めながらも受付で四人PTを組み、魔法陣の列へ並ぶ。昼食の時間は観衆たちがモニター前に集まるので、当然探索者もアピールしようとダンジョンへ潜る。なのでギルド内は人でごった返しになっていた。


 現状観衆の話題はやはり紅魔団とアルドレットクロウに集まっている。紅魔団は現在六十九階層。アルドレットクロウは六十七階層を攻略中だ。その差は二階層ある。


 だが紅魔団が苦戦して倒していたボルセイヤーというモンスターをアルドレットクロウは数日で突破している。六十八、六十九階層には手強いモンスターは発見されていないため、その差はほとんどないといっていいだろう。


 紅魔団のリーダーであり、赤の魔剣士という二つ名を持つユニークスキル持ちのヴァイス。メテオを主軸とした魔法スキルで馬鹿げた火力を出すアルマの人気は健在だ。だが最近はアルドレットクロウにも人気が傾き始めている。


 珍しい召喚士でスタンピード戦でも活躍したルークは勿論のこと、ガルムとタンク最強はどちらかと比べられているビットマン、ヴァイスと同じマルチウエポンアタッカーのソーヴァ。黄色いドレスが特徴的なヒーラーのステファニー。


 今までアルドレットクロウはこういった個人に対しての人気が出にくいクランだったのだが、三種の役割を導入してから少しずつ人気が出るようになってきている。迷宮マニアたちが三種の役割を周りに布教していることも原因の一つだが、大きな理由は観衆から見てわかりやすい成果があるからである。


 アタッカーに関してはとにかくモンスターを多く倒せば観衆たちに凄いということは伝わるためわかりやすい。なのでユニークスキルという観衆の目から見て派手なものを持っている者に人気が出る傾向がある。そして蘇生の時まで戦闘に参加せずに隠れ、味方を蘇生させたらすぐ死ぬヒーラーの役割は観衆から見てわかりづらかった。


 だが最近のアルドレットクロウはタンクやヒーラーが活躍することが多い。モンスターの強烈な攻撃をいくら受けても倒れないタンク。二、三人死んで絶望的なPT状況をひっくり返すヒーラー。そういった観衆から見てわかりやすい成果をアルドレットクロウは出してきたため、こうした個人に対する人気が出てきているのだ。


 それは観衆からの人気を上げてスポンサーからの利益が得られるという面もあるが、そうしたわかりやすい成果は新人のモチベーションを上げるきっかけにもなる。今までアタッカー職しか活躍出来ないからと諦めていた者たちへ希望を与えること。それは新規探索者の獲得にも貢献することになる。実際に最近はアタッカー職以外の新規探索者が増えているのだ。


 それに他にも火竜と激戦を繰り広げた後に相討ちという結果で六十階層を突破した、ダークホースであるシルバービーストも三種の役割を導入している。三種の役割という波はもう探索者に向かってきている。その波に乗れるか飲まれるかは探索者次第だ。


 そんな理由で盛況であるギルドの中、ディニエルは肩にかけている筒状つつじょうのマジックバッグに右手を入れて思い通りの矢が手に取れるかを確認していた。ディニエルは無限の輪の中で一番探索者歴が長いため、当然腐れ剣士とは戦っている。その戦闘数はハンナよりも多い。


 魔法陣が空くと努を筆頭に三人が魔法陣へと入っていく。今回ハンナは留守番で一人待っている形だ。ハンナは努から先にクランハウスへ帰っていいと言われていたが、彼女はそれを断りギルドに残っていた。



(代わりたい)



 自分だったら喜んで帰るのに、とディニエルは切実に思いながらも努に声をかけられて戦闘準備にかかる。弓に赤い矢を番えてから頷くと努が階層を指定して転移という言葉を発した。すると視界が暗転して切り替わった。


 ディニエルはすぐに腐れ剣士へ向けて第一射を放った。深紅に染まっている矢は腐れ剣士の被っている兜に当たる。大きく仰け反った腐れ剣士へディニエルは走って近づきながらも次々と赤の矢を命中させていく。


 火山階層から新たに発見された魔石である、炎の魔石。それは火の魔石より強烈な力を宿しており、ディニエルが放っている属性矢はそれが盛り込まれたものだ。


 まるでレーザーのような赤い光が次々と腐れ剣士へと次々と突き刺さる。その兜は既に真っ赤に染まってへこんでいる。兜の前に空いている三本の隙間は既に溶解を始めて穴が空いていた


 ディニエルはそのまま近づくと硬度の高い矢を手に持って番え、腐れ剣士の兜に空いた隙間へ射った。続いて第二射。その二つは腐れ剣士のくぼんだ目元に当たり頭を貫通した。


 後ろに倒れ込んだ腐れ剣士の首をディニエルは足で踏んで押さえ、弓を構えて弱点である頭の脳天を狙いつけた。ほとんど距離の無い場所から赤の矢が発射され、高い熱量によって頭を焼かれた腐れ剣士は動かなくなった。光の粒子が漏れたので努の計測が終わる。



「五十二秒だね」



 一分すらかかっていないその討伐速度にダリルは唖然としていて、アーミラは何とか無表情で耐えようとしている。相性の良い属性矢を使用しているものの、彼女はスキルすら使用していない。それでこの結果だ。あまりに早い討伐時間。もはやアーミラが龍化を使えたとしてもこのタイムを超えることは不可能だろう。


 続いて出てきた腐れ剣士二体。それをアーミラとディニエルで一匹ずつ受け持つ。ディニエルはその後様々な属性矢を放って感触を確かめ、アーミラは腐れ剣士を相手に全力で戦った。そしてやはり四、五分程度かかってしまう討伐時間に歯軋りした。

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