第105話 ダリルVSアーミラ

 四人は少し休憩を挟んだ後、努は続いてダリルとアーミラにシェルクラブヘイト稼ぎ競争のルール説明を始めた。



「ルールを説明しますね。この勝負は三十分という時間の中でシェルクラブのヘイトを多く集めた者が勝利というものです。競うのはシェルクラブに狙われている時間です。今回は討伐時間ではないので気をつけて下さいね」

「わかってる!」



 即座に言葉を返してくるアーミラに努は本当に大丈夫かと思いながらも椅子に寄りかかる。どうもアーミラは強がって嘘を言う傾向にあると読んでいるため、後で何か文句を言ってこないか努は心配になった。



「あ、お互い妨害するような行為は禁止でお願いします。他に何か質問は?」

「ねぇよ」

「あの、一ついいですか?」



 乱暴に言い捨てるアーミラに対してダリルはかしこまった様子で努に尋ねた。面倒くさそうに前から睨んでくるアーミラにダリルは竦み上がったが、努が彼女を目で制した後に首を傾げた。



「何でしょう?」

「三十分ってことは、シェルクラブを引き付けて十五分経過したら勝ちでいいんですよね?」

「はい。そうですね。どちらかが十五分以上シェルクラブのヘイトを稼いで気を引けば、その時点で終了となります」

「……わかりました」



 前日にシェルクラブや腐れ剣士などの対策などを努はダリルに話しているが、具体的なルール説明などは行っていない。なのでダリルは初めて聞いたルールを心の中で整理しつつも、神妙な顔で努の説明に頷いた。


 他に質問がないかという努の質問に二人は首を振った。そして少し混み始めた受付でPTを組み、魔法陣の列に並ぶ。少し待っていると魔法陣が空いたので努は二人に時計を見せた。



「ではこの時間から三十分間僕が数えますので、お二人共頑張って下さい。では、転移します。準備はよろしいですね?」

「あぁ」

「はい!」



 アーミラは大剣を、ダリルは大盾を構えたので努は五十階層へ転移と口にした。すると四人は魔法陣の上から姿を消し、五十階層へと転移された。


 キラキラと日を弾いてきらめく海に白い砂浜。そんな美しい砂浜から二本の鉗脚かんきゃくが飛び出した後シェルクラブが這い出てきた。シェルクラブにアーミラは一直線に突っ込んでいき、努が二人に二種の支援をかける。だが先手を取ったのはダリルだった。



「コンバットクライ!」



 まるで鋭く研がれた巨大槍のような赤い闘気がダリルから生成されて飛び、シェルクラブの身体を貫通してすり抜けた。最大の精神力を込めてコンバットクライを放ったダリルは大盾を持ってシェルクラブへと立ち向かっていく。シェルクラブはその研ぎ澄まされたコンバットクライを受けてダリルへと迫る。


 努はそんな動きをしたダリルに安心したような笑みを浮かべつつ、側面に移動して支援をしやすい場所に位置取る。ハンナもそんな努の後ろを雛鳥ひなどりのように付いていく。



「なんか最初から凄い派手なの飛ばしたっすけど、大丈夫っすかね?」

「あの様子なら大丈夫だね」



 努はハンナの心配そうな声に自信を持った表情で答えた。ダリルはその大きい身長とは裏腹に子犬のような童顔であるし性格も頼りないところはあるが、伊達にガルムの鬼畜じみた訓練を乗り越えていない。


 ガルムは努が提案したタンクという役割の第一人者であり、火竜戦の後にスキルコンボや基本的な立ち回りが記された書類を貰っている。そして火竜討伐によって努のPTが解散した後もギルド職員の仕事の間を縫ってタンクを研究していた。


 それにガルムはギルド職員で火竜を突破した数少ない者であったため、エイミーと共に火山階層の調査に仕事で向かうことが多かった。ガルムはそれを利用してタンクのスキル理解や応用を更に深めていた。


 そんなガルムに一番弟子として技術を叩き込まれているダリルは、基本的な立ち回りは勿論のこと、タンクとしての技術も覚えさせられている。ガルムはダリルに対してかなりスパルタ気味に訓練をつけていたが、彼はその愚直さも相まって訓練を乗り越えている。


 現状タンクという役割は続々と大手クランでも広まり始め、ガルムを筆頭にアルドレットクロウのビットマンが続き、その下にも七十レベルのタンク職は多少いる。しかしまだタンクの技術は拙い者が多く、金色の調べに在籍しているバルバラ程度の者がほとんどである。そんな状況のため、ダリルは現時点ではガルムとビットマンの次程度にはタンクが上手い人物だ。


 巨大なはさみでの一撃をダリルは大盾で受け止めて逆に殴り返す。アーミラもそんなシェルクラブに大剣での重い一撃を叩き込むが、硬い鎧は大剣を弾き返す。まだシェルクラブは依然ダリルの方を向いたままだ。


 ダリルは勿論シェルクラブを主眼に据えて立ち回っているが、アーミラの動きもしっかりと見れている。そしてアーミラがシェルクラブに攻撃を加えようとした途端にスキルを使う。



「タウントスイング!」



 武器に赤い闘気を纏わせて殴りつけ、純粋に多くのヘイトを稼ぐことが出来るスキルであるタウントスイング。アーミラが攻撃を加えた瞬間にダリルは赤い闘気の乗った大盾でシェルクラブを殴りつけ、ヘイトをキープする。ガルムは火竜戦までコンバットクライ、ウォーリアーハウルを中心にヘイトを稼いでいたが、単体のモンスター相手ならばタウントスイングが一番ヘイト効率が良い。


 だがタウントスイングはモンスターに接近する必要があるため、強烈な攻撃力を持つモンスターに対しては少しリスキーである。なので火竜戦のガルムのようにシールドスロウで堅実に稼いだ方が良い場合もある。


 そうしてしばらくの間ダリル優勢のまま時間は過ぎた。残り時間は二十三分。無尽蔵のスタミナを持つシェルクラブの猛攻を一人で受けるというのはとても厳しいが、努の支援によって疲れは軽減されている。ガルムから努の凄さというものは耳にタコが出来るほど力説されていたダリルだが、実際に支援を受けてみると確かに心強いなと思っていた。


 プロテクはVIT頑丈さを上げて痛みを軽減し、ヘイストはAGI敏捷性を上げて身体の動きを軽くする。何度も鉗を大盾に叩きつけられて腕が痺れてきた頃にはヒールが飛んできて癒し、踏み込みづらい砂浜で思い切り動いて疲弊してきた時には状態異常回復のメディックが飛んできて疲れを癒す。


 ガルムとの特訓では支援回復など当然なく、動けなくなれば死ぬという本当に地獄のような訓練だった。シェルクラブ相手に三十分近く休憩なしで戦闘させられたり、フライを習得するために攫い鳥で空から落とされて死んだことは数知れない。だがダリルはガルムを親のように信頼していたため、そんな訓練すら乗り越えてここに立っている。


 あの訓練に比べればこの環境は天国のようなものだ。ダリルは自然と笑みを浮かべながらもシェルクラブに大盾で打撃を与えていく。そしてシェルクラブの攻撃は的確に受けて衝撃を逃す。



「パワースラッシュゥゥ!!」



 だがアーミラも負けていない。何しろ開幕から今までずっとシェルクラブはダリルの方を向いているのだ。なのでシェルクラブを攻撃し放題なため、一箇所に集中して大剣を振り下ろしている。


 そして鎧が少しずつ剥がされてからはアーミラの方をシェルクラブが気にするようになってきた。やはり鎧に包まれていない甲殻に攻撃が出来るようになるとダメージ効率も上がるため、アーミラの方へ徐々にヘイトは傾いていく。


 だがそのヘイト動向を既にダリルは予想していた。この勝負をする前からシェルクラブの鎧が剥げてからが勝負どころだということ。それをダリルはルール説明を聞いた時からずっと考えていた。


 シェルクラブの性質上長期戦になるほど鎧が破られてダメージを稼げるようになるため、アタッカー側が有利となる。それを踏まえダリルは前半十五分で勝利することが一番だと考えて、この勝負に勝利するための青写真を頭の中で描いていた。


 一番最初に放ったコンバットクライには精神力を多く込め、序盤の時間を稼ぐ。序盤はまだ鎧があるのでアーミラでもダメージはそこまで稼げないと考え、その後はスキルを最低限しか使わずに大盾の打撃で乗り切る。


 そして鎧が剥がれて甲殻を攻撃され始め、シェルクラブがアーミラへのヘイトを強め始めている今この時。スキル使用を最小限に抑えて貯めていた精神力を一気に開放する時が来た。



「ウォーリアーハウル!」



 自身の重鎧と大盾を打ち鳴らして闘争本能を刺激する協和音を放つ、ウォーリアーハウルというスキル。それを放つとシェルクラブはダリルの方を向いた。更にダリルは追撃する。



「タウントスイング!」



 ウォーリアーハウルの振動がまだ残っている大盾。更に赤い闘気を付与させた大盾がシェルクラブの鎧を叩いた。ウォーリアーハウルの振動、それに加えタウントスイングの赤い闘気も乗っているため絶大なヘイトを稼ぐことが出来る。


 ウォーリアーハウルからのタウントスイングという鉄板のスキルコンボを駆使し、ダリルは無理やりアーミラからヘイトを奪い返した。


 アーミラの攻撃も緩くはない。ヘイストの感覚に慣れてきたのかどんどんと強力なものとなっていく。だがダリルのスキルコンボを駆使した絶大なヘイト稼ぎには勝てない。


 ただダリルも延々とこのコンボが出来るわけではない。精神力がなければスキルは打てないし、タンク職は精神力が低い傾向にある。なので好き放題スキルを打つわけにはいかない。精神力管理もタンクの重要な仕事だ。


 だがダリルは事前にこの勝負に対する戦略を考えて実行した。序盤に大きくヘイトを稼いだ後は精神力を回復しつつ時間を半分稼ぎ、残り時間は鎧破壊によってキツくなるアーミラへのヘイトを回復した精神力で取り返す。


 ダリルの考えた戦略はピタリとハマり、そしてアーミラがヘイトを取り返せないまま十六分が経過した。



「はい! そこまで! ダリルの十五分経過を確認! ダリルの勝ちです!」

「く、そがぁぁぁ!!」



 ダリルに完封された形となったアーミラは腹の底から叫びながらも、大剣をシェルクラブへと叩きつけた。彼女もほとんどシェルクラブのヘイトがダリルに奪われていることは自覚している。文句のつけ所がないダリルのストレート勝利だった。


 その後は潜って消えていったシェルクラブを巡回して見つけ出して倒し、五十階層を抜けた。ちなみにアーミラはシェルクラブをまだ突破出来ていなかったので、今回が初めての突破となった。


 ギルドに帰還して少しかがんでハンナとハイタッチしているダリルにアーミラは殺意すら篭った視線を向けている。ダリルがその視線に気づく前に努はアーミラに声をかけた。



「次で最後ですね。ハンナと同じ内容の勝負をディニエルとして貰いますが、大丈夫ですか?」

「…………」



 きりきりと歯軋りの音を響かせながら努へ振り返ったアーミラの顔は、死の間際に追い詰められた火竜を彷彿とさせる表情だった。努はそんな様子を気にせず淡々とした声で事務的に伝える。



「もうお昼過ぎなので、昼食をとって休憩した後に始めましょうか。今回の先攻はディニエルなので、彼女のタイムを更新するよう頑張って下さい」

「……ちっ」



 アーミラは周囲の探索者が思わず引くほどの殺気を振り撒きながら視線を切ると、ギルド食堂の椅子にどっかりと座った。


 ハンナ、ダリル共にアーミラに勝利し、残りはディニエルとの腐れ剣士タイムアタック勝負のみとなった。努は休憩中という立札がかけられている鑑定室にノックをして入ると、火山で手に入れた素材を鑑定しているエイミーとだべっているディニエルを呼び出した。



「ち、ちょっと~! わたしには何かないわけ~!?」

「いやいや、丁度今挨拶しようとしてましたって。こんにちは、エイミー。お仕事頑張ってるようで何よりです」

「……誰のために頑張ってると思ってるんだ~」



 もののついでのような扱いをされたと思っているエイミーはぷんぷん怒った後、恨めしそうな視線を努へと向けた。努はすみませんと頭を下げた。



「まぁ、あまり無理はしないで下さい。そんなに早く仕事を終えたとしても、まだうちのクランは出来たばかりですしね。火山階層もまだいけるかわかりませんし」

「ディニちゃんいるんだから余裕でしょ!」

「そーだそーだー。だから早くエイミーをクランに入れろー」

「そーだそーだー! 早くクランに入れろー!」

「カミーユに叱られても知りませんよ……」



 抗議するように片拳を仲良く掲げている二人に努は呆れたように笑いながらも、何とかディニエルを鑑定室から連れ出そうとした。



「やめろー。働きたくないー」

「あ、エイミー。これから昼食食べるんですけど一緒にどうです?」

「あ、ほんと! いくいく! ちょっと待ってて!」



 努がそう言うとエイミーはカウンターの奥へと引っ込んだ。その間に努は二人が勝利したことをディニエルに報告した。



「最後はディニエルですね。腐れ剣士の討伐時間を競ってもらいます。ま、大丈夫ですよね」

「よゆーっす」

(……ハンナの真似かな?)



 努は正直ディニエルの、特にここ最近の人物像がよくわかっていない。最初の印象は無駄を嫌う倹約家でたまに言葉足らずなこともあるが、口調は別段普通で事務的だなと感じていた。


 しかしエイミーの推薦によってクランに入った時から、ディニエルの口調は段々と崩れてきた。なので今のディニエルとの距離感からしてここは普通に突っ込んでいいものかと努は悩みつつも、無言でエイミーが出てくるのを待った。そして少し髪型を整えてきたエイミーを連れてクランの皆と一緒に昼食を食べた。

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