第104話 羽タンク(アタッカーが出来ないとは言っていない

 一度ギルドへ戻って少し休憩を挟んだ後に四十階層へと転移し、ハンナの腐れ剣士タイムアタックが開始された。彼女は努のヘイストとフライを受けると背にある青い翼をはためかせ、低空飛行しながら腐れ剣士へと向かっていく。その速度は龍化状態のカミーユに劣らない速さである。


 鳥人の身体構造は主に二種類に別れており、一つはシルバービーストに在籍している赤と青の鳥人のような足が鳥足で腕に翼の機能が備え付いている種類。もう一つはハンナのように身体構造は人間とほぼ変わらないが、背に翼だけがある種類だ。


 前者は足が人間より軽量化されており体重が軽く、腕の翼による揚力も高いため自力で飛ぶことが出来る。それに鳥人特有のスキルであるフェザーダンスも腕に羽があるタイプの方が生かしやすい。


 それに比べハンナは足も普通の人間と変わらないし、背中にある翼の揚力も弱いため自力で空を飛ぶことは出来ない。それに羽を辺りに散らしてモンスターの命中率を下げるスキルであるフェザーダンスも中々活かしにくい。そのためダンジョン攻略だけに関していえばシルバービーストの鳥人タイプの方が有利のように見える。


 だがハンナはその背にある翼の瞬間的な揚力を活かし、地上を走る際に背の翼を使って速度を上げる技術を幼い頃から習得している。そのため瞬間的な緩急をつける際に背の翼はかなり役に立つし、フライをつけて貰えれば空での機動力も上がる。


 前日努と打ち合わせていたおかげでフライによる空中機動とヘイストの感覚にハンナは慣れている。ハンナは高速で低空飛行したまま体勢を後ろに反らして足を前に突き出し、勢い良く腐れ剣士に飛び込んだ。



「フレイムキーック!」



 スキルによって足に炎を纏った蹴りが腐れ剣士の腹に突き刺さり、身体をくの字に曲げて吹き飛ばされる。腐れ剣士は地面を転々としながら体勢を立て直し、ようやく止まることが出来た。


 だが腐れ剣士が立ち上がろうと地に手を付けている頃には、もうハンナが追いついていた。


 腐れ剣士は地面の砂を握ってハンナの顔へと撒き散らしたが、彼女はレベリングをした時に腐れ剣士と何十回も戦っている。なので腐れ剣士の目潰しにも驚くことはなかった。


 砂での目潰しを腕で防ぎつつもハンナは拳闘士の間合いに入る。身体が密着するほど近づけばショートソードは思い切り振れない。近距離で拳での三連撃をハンナは胴体に叩き込む。腐れ剣士は少し後退りながらショートソードを振るが、ハンナはその太刀筋を見切って最小限の動きで避けながら近づいた。


 腐れ剣士との背丈は子供と大人ほどの差があるが、ハンナはその体格差をものともせずに次々と打撃を決めていく。まずは胴体や足を中心に攻めていき、ショートソードの斬撃や手盾を構えての突撃も全て躱していく。


 努のヘイストが飛び、次にプロテクを飛ばす頃にはハンナの度重なる打撃を足に受けたことによって、腐れ剣士は少しふらつき始めていた。ハンナは頃合を見てラッシュをかけた。



「ワンツーストレート!」



 ダブルアタックの拳闘士バージョンであるワンツーストレートで瞬時に二つの強烈な打撃を胴体に叩き込むと、腐れ剣士は目に見えて怯んだ。その追撃にハンナは身を低くしながら拳を後ろに溜めた。



「アッパースイング!」



 モンスターを空中に打ち上げるスキルであるアッパースイングで腐れ剣士を上空へと殴り飛ばし、ハンナはすぐに地を蹴って飛んだ。



「エリアブル、レイ!」



 そのまま空中の腐れ剣士を一方的に下からハンナは蹴り上げて更に高度を上げていく。ハンナは足に装着している鉄靴で鎧を蹴り飛ばし、ガンッ、ガンッ、とタイミングよく空中へ蹴り上げていった。


 腐れ剣士は全身鎧で包まれており、その重量はかなり重い。だがそれでもハンナのSTR攻撃力補正の乗った脚力によってどんどんと空へ蹴り上げられていく。



「うわぁ~」



 白杖を構えている努の隣で待機していたダリルが感心するように上空のハンナを眺めている。アーミラもハンナの予想だにしなかった戦いぶりに目を見開いている。


 拳闘士は主にスキルを繋ぎ合わせるコンボを得意とするジョブであり、特に対象を上空に浮き上がらせるアッパースイングから空中コンボ派生のエリアブルレイは鉄板のコンボである。


 この世界で神のダンジョンを攻略する際に出来た役割の中で、最も数が多く重要な役割とされていたアタッカー。タンクやヒーラーと違いアタッカーに関しては神のダンジョン二、三十層辺りから多くの探索者から研究され、スキルコンボなども全て見つかっている。


 努はヒーラーというロール役割が好きで使ってはいるが、タンクやアタッカーも理解を深めるために複数ジョブのレベルカンスト程度には経験したことはある。だが今の努がもしアタッカー職に転職出来たとしても、大手クランでアタッカーをこなしている者には勝てないだろうなという感覚を彼は持っていた。タンクやヒーラーに関してはまだまだだが、アタッカーに関してはそれほどにレベルが高いものとなっている。


 ハンナは三ヶ月ほど前までアルドレットクロウで二軍争いをしていたアタッカーである。二軍争いと聞くと何処か大したことのないことだと思ってしまうかもしれないが、ハンナはおよそ三年前に探索者を始めた比較的新参の者である。そして持ち前の素早さを活かしたアタッカーで二十階層を超える頃には、早期にアルドレットクロウへと勧誘されて入った。


 その頃には大量の物や人が集まり始めていたアルドレットクロウは、福利厚生や効率的なレベル上げ、戦法などが特徴的な大手クランだった。そのクランにハンナは入ってまず効率的なレベル上げ、それから今まで空の飛べないタイプの鳥人に人気のあったフライを使った空中機動戦法を学んで吸収した。


 それからハンナは年数を重ねるごとにめきめきと頭角を現し始め、いきなりレベルが上がりにくくなる五十レベルからもこつこつとレベル上げを続けて六十レベルを超えた。そして七十レベルが当たり前である環境の中、六十レベルであるにも関わらず他のアタッカーに負けない評価を事務員や指導員などから貰っている。


 ギルド長の娘でユニークスキル持ちであるアーミラと比べるとハンナはかすんでしまうだろうが、彼女も十分才と実力を兼ね備えている者だ。そしてユニークスキルという差がないのであれば、ハンナがレベル四十代のアーミラに負ける道理はない。


 もう目を凝らさねば見えないほど空に打ち上げられている腐れ剣士はようやく下からの蹴り上げから解放された。だがしかし、今度は身体が重力に従って落ちていく。そして今度は上からついばむようにハンナが次々と腐れ剣士を下へ蹴り込んだ。



「落ちろっす!」



 そして最後に腐れ剣士の胴体に向かってハンナが踵落かかとおとしをお見舞いし、そのまま一緒に地面へ落ちていく。途中でハンナは宙返りしながら離脱し、腐れ剣士は勢い良く地上に落ちた。隕石のように地面へ着弾。まるで中身が破裂したようなえぐい音が響く。


 地面へ落ちた腐れ剣士へとハンナは上空からゆっくりと向かう。そんなハンナを鎧の内から溢れ出した光の粒子が迎えた。腐れ剣士は既に消滅を始めている。努は時計を見ながらメモ書きした。



「三分十二秒だね。お疲れ様」

「ま、こんなもんっす!」



 ハンナは嬉しそうに空から帰ってきて拳を突き出した。アーミラはその結果に少し唖然としてしまっている。周囲の羽タンクという評価からして大して強くない者と認識していただけに、アーミラはその評価をひっくり返されて驚いているようだった。


 そんなアーミラに努はにこやかな表情を向けた。



「これで証明にはなったかな? ハンナ、強いでしょ?」

「……ちっ。次だ次」



 少しドヤ顔の努にアーミラは苛立たしげにそう言った。そんなアーミラに努は真面目な表情になり、少し声を潜めて警告した。



「もしダリルがハンナより弱いと思っているのなら、それは間違いです。全力で戦うことをオススメしますよ」

「……龍化を使えって言いてぇみたいだな?」

「まぁ、そうですね」



 アーミラの苛々を隠せないような声色こわいろに努は頬を掻きながら気まずそうに言うと、彼女は大剣を前に構えて強がるように鼻で笑った。



「龍化なんて、使うまでもねぇ。勝ってやるよ。龍化なしで」

「そうですか」



 やはり龍化は使えないのかと努は思いながらも、三人に支援スキルを付与した。そして地面から這い上がってきた腐れ剣士二体を倒していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る