第103話 アーミラの力
そして腐れ剣士とシェルクラブの対策会議を終えた翌日。結局昨日はクランハウスに帰ってこなかったアーミラは朝に帰って来た。アーミラ
「昨日僕たちはあの後作戦会議をしましたけど、アーミラもしますか? 時間取りますけど」
「あ? 別にいらねぇわ。腐れ剣士とシェルクラブだろ? あいつらには慣れてっしな」
「そうですか」
酒場でそのまま酔って寝てしまったとのことだが、アーミラの調子は意外にも悪くなさそうだ。むしろ随分と調子が良いように見える。
(見た目はカミーユとそっくりなのに、お酒は強いんだな)
アーミラの様子を見ても顔色は良いし酒臭くもない。努はアーミラがずぼらなことは一週間ほどの共同生活でもう知っていたので、少し不思議に思いながらも四人を連れてギルドへと向かう。
「まずはハンナとアタッカー勝負をして頂きます。討伐時間で競ってもらう予定ですが、何かありますか?」
「討伐時間な。特にねぇわ」
「そうですか。先攻はアーミラで大丈夫ですか?」
「構わねぇよ」
余程自信があるのかアーミラはにやにやと上機嫌そうに笑いながら受け答える。彼女がハンナを舐めているのは明確だ。だがそれは無理もない。ハンナはここ最近すぐ死ぬ羽タンクとして悪い意味で有名なため、アーミラも彼女に対しては弱い印象があるのだろう。
そんなハンナは少し不機嫌そうに表情を固くしているものの、静かに闘志を燃やしているようだった。彼女とてタンクに憧れるまではアルドレットクロウの二軍争いという厳しい環境下の中生き残っていたアタッカーである。それも神のダンジョンが出来てすぐにダンジョンを攻略している初期組、レベル七十が当たり前であるアタッカーたちの中でだ。
もし三人PTでの火竜戦に影響を受けてタンクに転向していなければ、ハンナは今頃アタッカー枠で一軍争いに食い込めていただろう。今は周りから羽タンクと馬鹿にされてはいるが、ハンナはそれほどまでにアタッカーとしてならば優秀な部類であった。
「それではまずアーミラから挑戦して貰いましょうか。四人でPTを組みましょう。あ、ディニエルは二人が終わるまで自由にしてていいですよ」
「んじゃ、私はエイミーのところいるから。出番来たら呼んで」
事前にそのことを聞かされていたディニエルはそう言うと手を上げ、四人と別れてエイミーのいる鑑定室に入っていった。そしてディニちゃん! とエイミー特有の甲高い声が遠めに努には聞こえた。
ディニエルを抜いて四人PTを組む理由としては腐れ剣士の特性もあるが、一番の理由は不正防止のためだ。モニターでダンジョンの様子は見られるようになってはいるが、五十番台以降は戦闘している探索者がランダムに映し出されるものしかない。そのため腐れ剣士との戦闘がモニターに映らないことを考慮して努はハンナとダリルに付いて来てもらっていた。
そして努は受付で四人PTを組んだ後に脇へずれてルールの再確認をした。
「自分がこの時計で腐れ剣士一体の討伐時間を測り、その計測時間でお二人には勝負して頂きます。秒針が上に来たら四十階層に転移し、そこから計測開始です。何か質問は?」
「ねぇよ」
「あたしもないっす」
「そうですか。この人数だと腐れ剣士は三体出るので、アーミラが一体討伐して計測が終わったら二人も戦闘に参加して下さいね」
「はーい」
荒野の階層主である腐れ剣士は、PTの人数によって出現数が代わるモンスターである。一人、二人PTでは一体。三人、四人PTでは計三体。五人PTでは計六体出現する。
出現の順番としてはまず一体だけ現れる。そして一人、二人PTならば一体倒しただけで黒門が現れて四十階層を突破となる。だが三人、四人PTだと一体倒した後に二体が現れ、五人PTではその二体を倒しても更に三体一気に現れるのだ。
しかも腐れ剣士は倒されるごとにPTの特徴や癖を見抜き、そのPTが苦手とするような装備や特性を持って復活してくる。単体として見ればそこまで強くない階層主であるが、五人PTで挑むと中々厄介なモンスターである。
ちなみに現在の攻略法としては五人PTで挑むと最後の三体がかなり厄介であるため、四人PTで挑むことが無難な方法と認識されている。
そして努の説明が終わると三人は魔法陣の前にある長い列へと並んだ。もう大手クランも神のダンジョンへと潜り始めているのでギルド内の人口密度は中々高い。最近は中堅クランも三種の役割を受けて合併や同盟などをしているところが多いので、大手クラン以外の探索者も多く見かける。
初心者、初級者なども段々と三種の役割が少しずつ導入され始めたおかげか、アタッカー職を引けずに諦めてしまっていた探索者たちが続々と復帰。少しずつだが新規の探索者たちも現れ始めている。
初めてギルドの斡旋でPTを組んだのか、お互いに頭を下げている様々な装備をした五人PT。その光景を努がにこやかに見ていると、隣にいたアーミラも彼の視線の先を見た。そしてつまらなそうに目を細めた。
「随分と不満そうですね?」
それを目ざとく発見した努がそう言うとアーミラは面倒くさそうに横へ振り返り、再び新人PTに目をやると鼻で笑った。
「はっ。仲良しこよしで神のダンジョンは攻略出来ねぇからな。強くなけりゃ、生き残れねぇ。弱い奴は死ぬだけだ」
「そうですかね? 強さだけなら、僕よりアーミラさんの方が強いってことになりますけど」
「……あんたは、うちのババァに認められてるだろ。それに貴族からも。だからあんたは俺より強ぇ。白魔道士だが、俺とは違う強さがあんだろ」
アーミラは苦虫を噛み潰したような顔をしてはいたが、努のことは認めているようだった。しかしアーミラは後ろで仲良さげに喋っているダリルとハンナをちらりと見た。
「だが、他の奴らは違う。PTメンバーに舐められたらおしまいだからな」
「……そうですか。なら思う存分早い討伐時間を目指して頑張って下さい」
「言われなくてもそのつもりだ」
アーミラはまるで自分以外全てが敵とでも言わんばかりに神経を尖らせている。そんなアーミラに努は何処か危うさのようなものを感じたが、前の解散したクランのことを思い深くは追求しなかった。そしてしばらくすると魔法陣の順番が回ってきた。
「それではこの針が上にいったら四十階層へ転移します。残り二十秒ほどですね。アーミラは準備しておいて下さい」
「あぁ」
努の言葉を受けてアーミラは背負っていた大剣を手に持った。その鋼の大剣は毎日欠かすことなく整備されているので刃こぼれや傷などはほとんどない。赤い革鎧にもあまり目立った汚れや傷は見受けられない。
「それでは……四十階層へ転移」
懐中時計を持った努の一言で四人は四十階層へと転移した。
――▽▽――
四十階層。薄暗い闘技場のような場所へ転移した途端に努はヘイストとプロテクをアーミラに付与した。そしてアーミラはヘイストの感覚に驚きながらも大剣を構えたまま、一直線に中央で待ち構えているように立っている腐れ剣士へと向かっていった。
腐れ剣士は二メートルをゆうに超える体長をした人型のモンスターだ。その全身はくすんだ鎧で包まれ、中身は血が通っていないミイラのような亡者である。
しかしそのやせ細った身体と対照的にとてつもない力があり、そこらの探索者では剣で打ち合うことすら叶わないだろう。そんな腐れ剣士が立っている場所へアーミラは身を低くしながら突っ込んでいく。
「おらぁ!」
力任せなアーミラの大剣を腐れ剣士は後ろに下がって避ける。腐れ剣士の装備は最初固定されているので、一体目は必ずショートソードと手盾を装備している。次に出てくる二体、三体目から装備は変わっていく。
腐れ剣士はショートソードを構えてアーミラへと踏み込む。その動作はさながら
「パワー……」
しかしアーミラはそんな腐れ剣士の踏み込みに怯みもせず、大剣を横に持って待ち構えた。そして向かってきたショートソードに合わせるように大剣を振った。
「スラッシュ!」
鋼の大剣とショートソードがかち合う。そしてスキルの乗った大剣はあっさりとショートソードを叩き折った。そのまま腐れ剣士へ大剣が迫る。
その大剣と自分の身体の間に寸でのところで手盾を潜り込ませた腐れ剣士は、嘘のように後方へ吹き飛んだ。多数の武器や骨などが落ちている地面を巨体の腐れ剣士が転がっていく。
警備団のブルーノよりも巨体の腐れ剣士は単純に力強く、多少の技術も持ち合わせている。その正道な強さには数多くの探索者が敗れ去ってきていて、貴族の私兵団や警備団などは対人戦の練習にここを使うことがあるほどである。
しかしアーミラはそれを容易に吹き飛ばすほどの力を持ち合わせている。レベル四十六。それも神のダンジョン攻略を始めて半年ほどの者で腐れ剣士を力で吹き飛ばせる者は彼女しかいない。
追撃に向かったアーミラを腐れ剣士は地面に刺さっているショートソードを抜いて迎え撃つ。多少の剣術も腐れ剣士は持ち合わせているため、今度は大剣の間合いで勝負しないように警戒している。
このままじりじりと攻めていけばアーミラの勝ちは明白であるが、これは討伐時間を競う勝負だ。なので早期の決着が求められるためアーミラから攻める必要がある。
アーミラから間合いを詰めて腐れ剣士へと斬りかかる。まともに受ければ致命傷になりかねない一撃を腐れ剣士は確実に見切って
そして腐れ剣士は大剣を振られた時を見計らって一気にアーミラへ踏み込んだ。大剣を振り抜いたアーミラは隙だらけだ。ショートソードが彼女の胴体目掛けて突かれる。
だがアーミラはそれを全く意に介さずに大剣を振り抜き続け、そのまま腐れ剣士へと背を向けた。そしてその背中をショートソードが突き刺した。アーミラの背中部分は龍化する際の翼部分を開けているので、ほぼ素肌のようなものだ。易々とショートソードは背中に突き刺さり、血がごぼりと溢れる。
「そぉぉらぁぁ!!」
しかしアーミラはまるで痛みが気にならないと言わんばかり身体を回転させ、その勢いのまま大剣を腐れ剣士へと叩きつけた。腐れ剣士の鎧は派手な音を立てて削れ、その茶色いミイラのようにやせ細った胴体があらわになる。
「ハイヒール」
ショートソードの抜けた背から血を零しながら走っていくアーミラに努がハイヒールを飛ばし、彼女が背中に負った傷を完治させる。そして支援スキルの頃合を見てプロテクとヘイストを継続させていく。
その後もアーミラは自分の身体を囮にして早期の決着をつけようと迫るが、彼女が腐れ剣士と戦った経験は一度だけだ。アーミラは父が犯罪クランの残党に刺され、その後病死してしまった時から対人経験を積んでいるが、人型といえどやはり相手がモンスターとなると勝手は違ってくる。
その差異もあってアーミラは中々腐れ剣士を捉えることが出来なかった。それにアーミラはヘイストによるAGI上昇状態での身体を動かす感覚にもまだ慣れていない。そのため時々身体が早く動きすぎて驚いている場面も何度か見受けられた。
それにやはり、ユニークスキルである龍化も使っていなかった。時間勝負ともなれば必ず龍化を使えるならば使うはずだが、アーミラはやはり使わないようだった。
そしてアーミラはほどなくして腐れ剣士を倒したが、本人はその結果に納得出来なかったのか一つ舌打ちを零した。続いて現れた腐れ剣士二体はダリルがタンクとして気を引き、ハンナ、アーミラが一体ずつ受け持って倒した。
そして何か砕けるような音と共に黒門が現れ、四人は一息ついた。最初の腐れ剣士が光の粒子を漏らして消滅していた時の時間を測り、メモ書きしておいた努はその時間をアーミラに見せた。
「六分五十二秒ですね」
「……ちっ。時間かかっちまったな」
アーミラは少し悔しがってはいたが、その顔には余裕があった。相手は精々中堅止まりの探索者から羽タンクという悪名を付けられているハンナだ。たとえ多少のミスがあったとしても勝てる自信はアーミラにはあった。
「では次、ハンナいってみましょうか」
「うっす!」
先ほどの戦闘でウォーミングアップも済んでいるハンナは努の声に元気よく答えた。
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