第102話 実力試し
浜辺の探索を切り上げてギルドに戻り、ステータスカードを更新した後努たちはクランハウスへと帰宅した。するとそのクランハウスの前で地味な服装の女性が扉の前に立っていた。
「こんにちは。ツトムさん」
「あ、どうもどうも。お早いですね」
「広場の方で見ていましたので、合わせてこちらへ来ました」
美人というわけではないが不細工でもない表現に困るほど普通な顔をした女性は、にこやかに目を細めながらモニター市場の方に手を向けた。努の後ろにいる四人は目元に小じわがある彼女の様子を探るように見ている。
「申し遅れました。今日からクランハウスの家事や管理をやらせて頂きます、オーリと申します。どうぞよろしくお願いします」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
ダリルを筆頭に皆はオーリに頭を下げていく。お互いお辞儀をし終わると努はクランハウスに手を向け、オーリを歓迎するように招いた。ここ一週間ほどは努が家事を行っていたのだが、五人分の家事を行うのはかなり大変だったので心底オーリを歓迎している。
ちなみに女性陣の家事などはハンナが全て行っていた。努がディニエルとアーミラに洗濯物をポンと渡されて困っていたところを助太刀して貰った形だ。
努はオーリにクランハウスの間取りと家事の内容について説明した。そしてクラン活動の予定表を渡して一息ついた後、全員を集めて先ほどの反省会を行った。
「取り敢えず、アーミラだね」
「あ? 俺か?」
ソファーにどっかりと座っているアーミラは下品に股を開けながら気に食わなそうに努を見やった。まるで餌を見る火竜のような目つきにダリルが怖そうにしている。
「アーミラはまだ三種の役割での戦闘は不慣れだろうからね。先日渡した資料には目を通しているかな?」
「あぁ。見た見た。けど忘れてたわ」
あっけらかんというアーミラに努は駄目な子を見るように首を振ってため息を吐いた。
「アーミラはまずタンクが稼いだモンスターのヘイト以上のヘイトを稼がないように意識することだね。ただ最初からヘイト管理をこなすのは難しいだろうから、まずは自分で色々試してみて」
ゲームのようにモンスターヘイトのゲージなどが見えているのならまだしも、そういった機能はこの世界にはない。なのでヘイト管理に関しては感覚的に行う必要があり、そのためにはダンジョンのモンスターと戦い慣れる必要がある。
ちなみに努は『ライブダンジョン!』での六年間があるのでレベルやジョブ、スキルなどがわかればモンスターヘイトの予測がつく。それに加えモニターを見て情報修正などを行っているのでその予測は完璧とまではいかないものの、ヘイト管理においては十分参考になるものである。
「はー? めんどくさ……わかったよ。やりゃいいんだろ。やりゃ」
努の責めるような視線にアーミラは言葉を切り、ひらひらと手を振った。除名された時に発生するカミーユの怒りが余程怖いのか、アーミラは渋々とだが言うことは聞くようだ。
「しばらくアーミラはヘイトを稼ぎすぎることがあるだろうけど、タンク二人には大目に見て欲しいかな」
「わかりました!」
「わかったっす!」
タンク二人組の元気な返事に努も頷くと他に何かあるかと言って周りを見回した。するとアーミラが思い出したかのように口にした。
「そういやよ、そもそもタンク二人がヘイト? を俺に取られるのが悪いんじゃねぇか? お前ら二人共レベル五十越えてんだろ?」
「…………」
ダリルがアーミラに視線を向けられて怯えるように縮こまって視線を下げている。まるでヤンキーにでも絡まれた大人しい学生のようだ。体格はダリルの方が良いのだが、気持ちはそうでもないらしい。
ハンナの方は何とか平静を保とうとしてはいるが、その顔には不満が見え隠れしている。彼女はアタッカーとしての実力はあるし今のアーミラにも負けない程度には強い。だが、ユニークスキルを使われれば負けるだろうとも思っていたので言い返せないようだった。
努はそんな二人とアーミラを見て大きくため息をつくと、彼女はおどけるように両腕を広げた。
「ま、あんたの指示には従うさ。あんたの指示にはね」
そう言ってアーミラは剣呑な空気を霧散させた。だがダリルはまだしもハンナは眉間に
「……なるほど。ならば試してみますか?」
「あ?」
「ダリルはタンクとして、ハンナはアタッカーとしての実力が貴女より上ならば文句はないでしょう?」
「……ほぉ? 俺がこいつらに負けるとでも思ってんのか?」
「そうですね。現段階では貴女が一番未熟だと思いますよ」
未熟と言われたアーミラは赤い瞳を細めて
「いいぜ。それじゃあ勝負してやんよ」
「そうですか。……ならば明日、二人と勝負をしてもらいましょうか。ダリルとはシェルクラブでヘイト競争。ハンナとはモンスターの討伐時間で勝負しましょう。モンスターは……腐れ剣士辺りかな。それでいいですか?」
「いいぜ。だが、二つ条件を付け加えてほしい」
トントン拍子で話が進んでいき討伐対象モンスターは荒野階層主の腐れ剣士に決まった。そして努が話を切り上げようとすると、アーミラは指を二つ立ててそれを止めた。努は立とうとしていた動作を止めて一人掛けのソファーに再び座る。
「条件とは何ですか?」
「まずはあいつも勝負に参加させろ」
アーミラが指差す先には首をかくんと沈ませて寝そうになっているディニエルが座っていた。
「……ディニエルですか。どうです?」
「えー、めんどくさい」
ソファーの端に寄りかかってうつらうつらとしていたディニエルは心底面倒くさそうに言った。
「はっ! 俺に負けんのが怖いみたいだぜ!」
「ディニエル。勝ったら何かご褒美上げるので、やってくれません?」
「んー……。わかった。いいよ」
挑発するアーミラをどうでも良さげ見た後、努の提案を聞いたディニエルは眠たげな声で返事しながらサムズアップした。
「それでアーミラ。もう一つの条件はなんですか?」
「もう一つは……俺が勝ったら俺を除名にすんのを止めろ。それで、俺を副クランリーダーにしろ」
「……副クランリーダーですか」
「おう」
「いいですよ」
「……は? おいおい! いいのかよ!」
「ただし、こちらからも条件が一つあります」
あまりにもあっさりと条件を飲んだ努にアーミラは大口を開けて驚き、もう勝ったとでも言わんばかりに喜んだ。そんなアーミラに努は返すように人差し指を立てた。
「ハンナとダリルとディニエル。それぞれに褒賞を定めます。ハンナには除名権限。ダリルには副クランリーダー権限。ディニエルには、そうですね。クランリーダー権限を定めます。そしてアーミラが勝った分その褒賞が受け取れるという形式で、アーミラが誰と戦うかの順番は僕が決めます。それが条件です」
「……そりゃ、条件なのか?」
「はい。これが僕の条件です」
破格な条件に怪訝な顔をしたアーミラに努は微笑を浮かべながら返す。少なくともハンナに勝てば除名に怯えることもなくなり、気を遣う必要はなくなる。それもアタッカー勝負だ。
「除名権限を取り損ねたら、除名されるってのはあんのか?」
「いえ。副クランリーダー、クランリーダー共に除名権限も付けています」
「……いいぜ。どうせ全員倒すんだ。関係ねぇ。後は……」
「アーミラを疲れさせるような連戦もしないので大丈夫ですよ。あ、戦闘の時は僕が支援回復をしますけど、支援を
「わかった。それでいい。……明日が楽しみだな、おい」
アーミラは既に勝利を確信しているのかへらへらと笑いつつ、テーブルに肘をついて前にいるダリルへ威嚇するように睨みを効かせた。ひいっと情けない声を上げて縮こまるダリルにアーミラはくだらなそうに鼻で笑った。
「で、反省会とやらも終わりか?」
「はい。後は自由時間ですので、各々好きにしてもらっていいですよ」
「んじゃ、俺は外出てくるわ。あ、ババァにチクんじゃねぇーぞ?」
「しませんよ」
「ならいい」
アーミラは安心したようにそう言うと気分良さげにクランハウスを出て行った。
努がそれを見送るとリビングに残ったのは、涙目のダリルと真剣な表情で考え込んでいるハンナ。そして目を閉じて半分寝ているディニエルだった。
「ツ、ツトムさぁぁん!! 何で勝手にあんなこと言っちゃうんですかぁぁ!! 僕が負けたら副クランリーダーって、凄い責任重大じゃないですかぁ!!」
そして意識を取り戻したように立ち上がったダリルは涙目のまま努に詰め寄って縋り付いた。ダリルからしてみれば努の課した条件はいい迷惑であるのは明白だ。
「いや、ダリルなら大丈夫でしょ。ガルムの特訓にも耐えられたみたいだしね。それに以前からダリルの動きはたまに見てたけど、あの様子なら問題ないよ」
「そ、そうなんですか? ……で、でもアーミラさんってユニークスキルを持ってるんですよね?」
褒められたのが嬉しかったダリルは少し満更でもなさそうな顔をしたが、すぐに表情を切り替えて努に縋り付いたまま上目遣いで見上げた。するとハンナも真剣な表情のまま会話に入ってきた。
「それにはあたしも同感っす。ギルド長と同じユニークスキルをアーミラは持ってるんっすよね? それとアタッカー勝負となると、あたしも勝てる気しないっす」
「そ、そうですよ! 龍化ですよ!? 龍化! なんか翼生えてばーって凄いやつですよ!? 僕なんかじゃ勝てないですよ!」
奇っ怪なジェスチャーを交えながら龍化というユニークスキルについて説明しているダリルに、努はおかしくてつい笑ってしまった。ダリルは笑い出した努に目を剥いて詰め寄ってくる。
「真面目に聞いて下さいよっ! 副クランリーダーがかかってるんですよ!?」
「ごめん、ごめん。でもアーミラが龍化を使ったとしてもダリルなら問題ないよ。ハンナは少し厳しくなるだろうけどね」
「……そうっすよね」
その言葉を聞いて少し落ち着いたダリルとは対照にハンナは気落ちするように頭を下げた。
「でもまぁ、アーミラは龍化使えないから問題ないよ」
「……え? そうなんっすか?」
「うん。新聞社の調査報告とカミーユ、ギルド長の様子から察してたんだけど、今日の戦闘を見て確信したよ。アーミラがディニエルに対抗意識燃やしてたのは確認したし、あの性格からして龍化を使えるなら使うはずでしょう?」
「……あー」
ハンナはアーミラが攻撃の手を強めた時はてっきり自分への嫌がらせかと思っていたが、実際にはディニエルに対抗意識を燃やしてのことだった。確かにあの荒っぽい性格からしてディニエルの態度に怒っていたにも関わらず龍化を使わないのはおかしく感じた。
「ま、最悪龍化を使ったとしても問題ないですよ。あの龍化は成長途中だからハンナにも勝ち目は十分あると思います。ただ、勝手にハンナを巻き込んでしまって本当にすみません。もし嫌なら断ってくれても構わないので」
「……あれ~? 僕にも何か言うことがあるんじゃないんですか~?」
「ダリルは問題なし」
「なんか僕の扱い雑になってきてません!?」
ハンナに謝った努へ拗ねたように唇を尖らせながら近づいてきたダリルは、彼の返答に驚いて目を見開いた。そんな二人を見てハンナはくすくすと笑う。
「別にいいっすよ。丁度あたしも羽タンク呼ばわりされてムカついてたところっす! あの高い鼻っ柱をへし折ってやるっす!」
「おぉ。やる気充分ですね。ダリルもこんな感じで頑張って下さい」
「適当だなぁ……」
努の雑な対応にダリルはそう言いながらも悪い気はしていなかった。あのガルムとPTを組んで火竜を突破し、そしてスタンピードで最大の貢献者として貴族に表彰されている努。そんな彼にそこまで評価されているとは思っておらず、ダリルはその期待に応えようと内心で決意していた。
「……そういえばディニエルさんは大丈夫なんでしょうか?」
「ディニエルは大丈夫ですよ」
もう寝かけているディニエルをダリルが心配そうに見ると努は軽く笑いながらもそう言いのけた。そして緊張していた空気を晴らすように手を打ち合わせると、二人に提案をした。
「もしこの後予定が空いているのなら、明日に向けて対策会議をしたいと思います。どうでしょう?」
「なんもないから大丈夫っす!」
「僕も大丈夫です!」
「私もいれろー」
「そうですか。では対策会議を始めましょうか」
ひらひらと手を上げたディニエルも呼んで、四人はシェルクラブと腐れ剣士の攻略法について話し合った。
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