第101話 PT合わせ:崩壊アタッカー

 初めての避けタンク運用は上手くいっているようだったので、努はダリルを下げてハンナ一人でしばらくタンクをやらせた。その後も何戦かさせたがディニエルとハンナだけでも大分上手く戦闘は回せている。


 ハンナはコンバットクライの精神力消費を頭に入れていなかったのか、スキルが出ないこともあった。だがそれ以外は上手くいっている。一度も被弾することなくモンスターを引きつけていたので満点と言えるだろう。


 浜辺に関しては遠距離攻撃をするモンスターが乏しいので、ハンナがフライで飛べば攻撃されることはあまりない。遠くに行き過ぎると一時的にモンスターからのヘイトは消えてしまうが、ギリギリ届くような場所にいれば基本的に維持出来る。


 だが拳闘士にはヘイト敵意を稼ぐスキル自体はコンバットクライしかないため、アタッカーの攻撃が激しいとモンスターのヘイト稼ぎ競争で負ける可能性はある。


 しかしハンナはアタッカーならば比較的上位の部類に入れる実力を持っている。ディニエルとのヘイト競争もコンバットクライと自身の攻撃力で十分競り勝つことが出来たので問題はない。


 それとフライで空中に逃げた場合のヘイトに関しては努も自分で検証しているが、結果は少し曖昧である。空中にいようが必死に攻撃しようとしてくるモンスターもいれば、諦めてヘイトを放棄するモンスターもいる。五十階層からは基本的に遠距離攻撃手段を持つモンスターが増えてくるのでそういった現象はあまり見なくなるが、ゲームではなかったことなのでまだ不明点は多い。


 そして非常に順調な滑り出しに戦闘を終えた無傷のハンナは感動したようにバサバサと青い翼を動かし、PTの元に帰ってきた。そして待ち構えていたダリルと両手でハイタッチした。



「ハンナ! 凄いですね! 無敵じゃないですか!」

「そうっすね! こんなの初めてっす!」



 ハンナは小躍りでもするようにダリルと手を繋ぎながらその場で回りだした。そんな様子をアーミラはくだらなそうに、ディニエルはいつも通りの眠たげな目で見ている。そしてしばらくしれはしゃぎ終わるとハンナは努に近寄ってきた。



「ツトムさん! いや、師匠! これ凄いっす! これならあたしもタンク出来そうっす!」

「そうですね。良かったです」



 ハンナがぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねながら努の手も握る。努は布地で巻くように包まれたハンナの大きな胸を見ないように目を反らしつつも答えた。そして出会い厨のせいでクラン崩壊した時の悲しみを必死に思い出し、下心を捨て去ってハンナの目を見た。



「ただ、今回は遠距離攻撃を持つモンスターがあまりいないからこそ上手くいったんです。なので今後の課題は遠距離攻撃持ちモンスターへの対策になると思います」

「はい! 師匠!」

「……まぁ、いいか」



 努も師匠も言葉にした時の時間はそこまで変わらない。なので努はハンナに呼ばれた師匠という言葉に突っ込むことを後回しにして、後ろへ振り返った。



「それでは、最後にアーミラですね。アタッカーをお願いします」

「やっとか。このまま出番がねぇかと思ったぜ」



 コリを取るように首を左右に曲げてごきごきと関節に悪そうな音を鳴らしたアーミラは、背負った鋼の大剣に手をかけた。アーミラも先ほどの努の言葉でいつもの調子を取り戻してきたらしく、段々と普通に喋るようになってきた。



「では引き続きハンナはタンクを。ディニエルは休憩で」

「きゅーけいだ」



 ディニエルはそこはかとなく嬉しそうにしながら弓を背にかけると、ダリルの方へ白い砂を踏みしめて歩いていった。そうしてアーミラとハンナ、努での浜辺攻略が始まった。そして複数のモンスターが見つかったので戦闘態勢に入る。



「コンバットクライ」



 ハンナはコンバットクライを放ってモンスター全体のヘイトを稼いだ後、自身も攻撃スキルで戦闘に参加した。そしてアーミラはそんなハンナを見た後に大剣を肩に担いだ。


 アーミラはほとんどカミーユと背格好が変わらないし、装備も赤い革鎧に自身の身長と同じほどの大剣。性格もカミーユ曰く似ているとのことだ。



「おらぁぁ!!」



 だがアーミラの立ち回りはカミーユとは全く違う。カミーユを洗練された大剣士の動きと表現するならばアーミラはその対局、荒々しい狂戦士のような動きだ。


 大剣を振りかざして一薙ひとなぎ。まるで鈍器でも扱うように両刃の大剣を振り回し、そのまま沈み込むように回転してエンカルロブスターを三匹ほど弾き飛ばした。巨大な鋼の塊が砂を吹き飛ばし、風が舞う。



「死、ね!!」



 そして身動きの取れないエンカルロブスターにアーミラは大剣を正面に構えたまま飛びかかり、叩き潰すかのように振り下ろした。甲殻が割れる派手な音を立ててエンカルロブスターは絶命した。


 まるで力に振り回されているようなアーミラの立ち回りは非常に危なっかしいが、それでもモンスターたちを次々と薙ぎ倒している。荒削りな技術ではあるが可能性の感じる力強さを持った立ち回りであった。


 だがハンナはそのぶんぶんと振られる大剣でろくにモンスターへ近づけずまごついていた。その間にモンスターのヘイトはアーミラに向いてしまったが、彼女は大剣で全て倒してしまった。何も出来ないまま戦闘が終わってしまい、ハンナは跳ねている青髪をしょんぼりさせて帰って来た。



「ハンナ。アタッカーにヘイトの取り合い負けそうになったら、相手が複数の場合は攻撃スキル控えめでコンバットクライ多めにしようか」

「わかったっす」

「相手が単体の場合は攻撃スキルを使った方がいいかな。ハンナはSTRが高いからその方が多くヘイト稼げるしね。ただ直接攻撃する時はモンスターのカウンターに気をつけること」

「……師匠。熱が出そうっす」

「あー、うん。後でじっくり話そうか」



 一度に物を言われたせいか苦しそうにして頭を抱えているハンナに努はそう言って励ました。



「おい、魔石」



 すると努の後ろからアーミラがそう言葉を投げかけた。努は魔石を拾ってきてくれたのかと思い振り向くと、無色の魔石が一直線に自分の顔へ向かってきていた。努は驚いて思わず顔を腕で塞いで目を瞑った。


 カンッと何か弾けるような音が響いた。努が恐る恐る前を見ると粉々に砕けた魔石が光の粒子を空中に残していた。そして前には面白そうに片眉を上げて無色の小魔石を片手で放って弄んでいるアーミラ。横には弓を構えたディニエルがいた。


 アーミラが上投げで魔石を努へと投げ、ディニエルがそれを矢で弾いた。努からは見えなかったが瞬時にそういうやり取りが行われ、彼は無事だった。



「あ、すまんすまん。結構な勢いで投げちまった」

「……気をつけて下さいよ」



 どうやらアーミラは戦闘後で気持ちが昂ぶっていたらしく、様子を見ても本当に悪気はないようだった。軽い調子で謝ってくるアーミラへ気をつけるように念を押した努に、今度は下投げで魔石が放られた。それを回収してマジックバッグに詰めた努はすぐに歩き始めてモンスターをディニエルに探させ、アーミラとハンナに戦闘を続けさせた。


 だがそれをきっかけにPTの空気は少しずつ悪くなっていった。原因は言わずもがな、アーミラである。


 アーミラは一人でどんどんと暴れ回りモンスターを虐殺していく。まるで軽いのではと錯覚するほどアーミラは大剣を大きく振り回しているが、それはれっきとした鋼の大剣だ。その振り回される大剣に当たって耐えられる者はダリルくらいだろう。そのためハンナはモンスターに近寄れなかった。その周囲には鋼の暴力がお構いなしに振られているからだ。


 ハンナもアーミラが味方をその大剣で真っ二つにしているところはモニターで確認しているため、彼女が平気で味方を斬ることを知っている。なのでそこに飛び込む勇気はなかった。


 ただ、モンスターに近づかなくともコンバットクライを多めに撃てばハンナはタンクの役割を持てる。だがフライで空中に待機したままコンバットクライをただ打ち続けるだけならば初心者にでも出来ることだ。そんな単純な役割しか持てないことにハンナは顔には出さないものの、不満には思っているようだった。


 それにアーミラもわざとそうしているように見える。傍から見るとそれはハンナへの嫌がらせにでも見えるだろう。だが本当の意図は違う。


 アーミラの行っている行動の意図は、先ほどヘイト稼ぎ競争でハンナに負けていたディニエルへの当て付けだ。自分ならばハンナにヘイト稼ぎ競争で負けない。お前は俺以下だと言わんばかりにアーミラはたまに視線をディニエルに向けながらも大剣を振り回していた。


 そしてその挑戦的な視線を寄越された肝心のディニエルは、興味なさげに口へ手を当てて大欠伸をしていた。そのことがかんに触ったのかアーミラは更に大剣を強く振り、自由に動けないハンナの顔は曇っていく。ダリルも段々と雰囲気の悪さを察してきたのかディニエルとアーミラを交互に見てあわあわしている。


 努もアーミラの意図にすぐ気づいてはいた。『ライブダンジョン!』でも良くやる者はいたからだ。ただあれはアタッカーに限らず性格の悪い者ならどの役割の者でもやることだ。努も何度か私情でわざと味方を回復しないヒーラーを見たことがあるし、それに実際努も中級者の頃にやったことがあった。そしてその結末を既に自身の行いで知っている。


 だが努はアーミラの行動を止めはしなかった。PTのアタッカーに対してライバル意識を持つこと自体は、別に悪いことではない。そのせいでタンクに迷惑をかけているのは問題ではあるが、アーミラは三種の役割を導入した戦闘は初めてである。なのでそこまで目くじらを立てることはない。


 ハンナに関しては可哀想ではあるが、彼女は今回もう十分避けタンクに関して理解を深めている。また次の探索にハンナは活躍してもらうので問題ない。



「つ、ツトムさん! なんか、怖い感じです!」

「そうだね。でもハンナには悪いけど、この戦闘が終わるまで我慢してもらおうかな」



 空中で待機してコンバットクライを打ち続けている不満顔のハンナに努は目をやりつつ、二人に支援を送り続ける。そして戦闘が終わるとやけにすっきりとした顔をしたアーミラと、不満げな顔を何とか抑えようとしているハンナが帰って来た。努はすぐハンナに近づいて声をかけた。



「ハンナ。アーミラはまだタンクを入れた戦闘に慣れてないみたいだから、ああなっちゃってるんだと思う。ごめんね」

「い、いやー、別に気にしてないっすよ?」

「次回には改善するだろうから、安心してね」



 ハンナの無理やり作ったような笑顔を見て努は安心させるように彼女の肩をポンと叩くと、次に大剣を背にかけたアーミラに近づいた。するとアーミラは生き生きとした表情で努を見返した。



「おい! すげぇーなツトム! なんかずっと速かったぞ俺!」

「ん? ヘイストのことですか?」

「あぁ! ヘイストな! 前の奴のはなんかうざいだけだったけど、ツトムのはいい! 流石に他の奴らとは違うみてぇだな!」

「それはありがとうございます」

「これからもそのヘイスト? ってやつ、よろしく頼むぜ!」



 割と強く背中をバシバシと叩かれて努はつんのめりつつもアーミラと話を続ける。



「ただ、アーミラはタンクを入れた戦闘には慣れてないみたいですね?」

「ん? あぁ。俺のところは……アタッカー4だったしな」



 以前のクランを思い出したのかアーミラは途端に不機嫌そうに顔を変え、舌打ちを漏らしながら砂を軽く蹴飛ばした。



「ディニエルに対抗意識を燃やすのはいいですが、あれではタンクに迷惑がかかっています。なので立ち回りを少し変える必要がありますね」

「……もしかして、除名か?」

「だから、言われたことを直してくれる意識さえあれば大丈夫ですよ。一つのミスで除名してたらキリないですからね」

「そっか! 良かった! 除名はマジ勘弁な! 除名されたら半殺しにされちまうからよ! ババァに!」



 アーミラは努の言葉の安心したのか元気を取り戻して努の肩をバシバシと叩いた。努はそれを腕で防ぎつつも調子の良いアーミラにため息を吐いた。



「おい! 羽タンク! なんか悪かった! すまん!」

「……羽タンクじゃなくて、ハンナっす」



 ハンナを羽タンク呼ばわりしたアーミラに努は再度大きなため息を吐いた後に厳重注意した後、今日の探索は切り上げてギルドへと帰還した。

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