第100話 PT合わせ:羽タンク

 ギルドに到着すると五人は早速PTを組むために受付に並んだ。努が仲間のような者たちを連れてギルドに訪れた光景を見て、周りの探索者たちは少し注目し始めている。その中で藍色の制服を着て黒門の番をしているガルムは努の一団に気づくと軽く手を振った。



「ガルムさーん! 行ってきまーす!」

「うるさい」



 大声でガルムに挨拶して周りの注目を集めるダリルに、ディニエルが暑苦しいと言わんばかりに自身の長い耳を手で塞いだ。努もダリルの耳にくる大声に苦笑いを零し、ハンナはガルムの手を振る姿を見て感動しているようだ。


 努の急上昇した知名度とダリルの叫びによって周りの探索者はざわざわとしながらその五人を見ている。そのあまりの注目にダリルは気づいたようで、恥ずかしそうに顔をうつむかせていた。女性探索者や受付嬢の中には興奮して鼻血でも出したのか、鼻を押さえて上を向いている者がいる。


 そしてそのクランメンバーを見ている他の者たちはガルムに鍛えられていることで有名なダリルと、元金色の調べであるディニエルには納得のいったような表情をしている。だがハンナとアーミラを見る表情は意外そうなものばかりだった。ハンナは羽タンク、アーミラは味方殺しとして悪い意味で有名だからだ。



「ちっ」



 その舌打ちに努が振り返るとアーミラが慌てて口を塞いでいた。彼女の慌てた様子を見て努はダリルの肩を掴んだ。



「別にそこまで気を遣わなくとも大丈夫ですよ。今のはダリルが悪いですし」

「ご、ごめんなさい!」



 ダリルはアーミラの刺すような視線が怖いのか、黒い尻尾を足の間に挟みながらも謝罪した。そんな二人の様子にアーミラは押さえていた手を口元から離して視線を横に反らした。



「……もしこのクランを除名されたら、俺はババァの家から叩き出されちまう」

「あー……それは。でも一つの失敗でいきなり除名することはありませんので、そこは安心して下さい。こちらの言うことを全く聞き入れてくれない場合は別ですけど」

「……おう」



 アーミラはその努の言葉に少しは緊張を解いたようだったが、まだ警戒するように神経を尖らせているようだった。そんなアーミラの様子を努は確認しつつ空いた受付へと向かった。



「よう。遂にクラン始動か。ツトム」

「はい」



 受付にいるスキンヘッドの男に努は紙を渡されながらも受け答える。努はその用紙を他の者に配ると自分の紙を噛んで唾液を付着させて提出した。


 膨大にあるステータスカードの中から効率よく探すため、ギルドの受付では探索者に体液の提出を要求する。今までは血以外を提出することは痛みを恐れる弱虫の証として蔑まれてきて、努は以前他の探索者から馬鹿にされていた。だがもう努を馬鹿にするものはいなかった。


 そうして他の四人も努の真似をして用紙を噛んだ後に受付へ提出する。そしてそれぞれのステータスカードが呼び出されてPT申請が終わると各自手渡された。努は大して変わっていないステータスカードをすぐに返還する。


 ステータスカードに記入されるレベルは、神のダンジョン内のモンスターを倒さない限り上昇しない。なので百階層の爛れ古龍を越えていた暴食龍を倒しても探索者のレベルは上がらず、努のレベルもそこまで変化はなく五十前半である。


 そして全員がステータスカードを返却して唾液の付いた紙がランタンに投げ入れられて燃やされると、受付から離れて魔法陣に入った。



「四十八階層へ転移」



 努の声と共に五人は四十八階層の浜辺へと転移された。一瞬の浮遊感の後に努は着地し、辺りを見回す。少し懐かしく感じる日差しとエメラルドグリーンの海が努を出迎える。辺りにモンスターは目視出来ない。


 ダリルとハンナはやる気充分といった様子で、ディニエルは相変わらず眠そうな目をしている。アーミラは何処かピリピリとした空気を放っていた。



「それではハンナ、じゃなくて、ディニエル。索敵をお願いしますね」

「うん」



 指示や情報伝達が円滑に行われるようにクランメンバー同士は呼び捨てにすると事前に言っているので、努は早速ディニエルを呼び捨てにして索敵をお願いした。彼女は努の言葉に頷くと安物の長矢を肩にかけているマジックバッグから一本引き抜いた。



「イーグルアイ」



 矢に自身の視界を移せるスキルであるイーグルアイを使いディニエルは各方向に矢を放ち、辺りの索敵を行う。弓術士がいると索敵が楽になるし早い。ただ障害物には弱いため、索敵能力に関しては冒険者というジョブに軍配が上がる。



「北にテンタクルス。西は無し。南は多分エンカルロブスターがいるかな。東は海スライムと矢魚アローフィッシュ

「了解です。では東に向かいましょうか」



 浜辺のモンスターの中ではスライムが一番無難だ。ほとんどの階層に生息しているスライムは対処に慣れているので比較的楽である。なので努は向かう先を東に決めながらもポーションを入れ替えていた。


 そして全員にポーションを渡して行進を始める。先頭はタンクのダリルに任せて後は二列になって進んでいく。



「最初の戦闘はダリルとディニエルで行います。お二人は二、三回くらい見学して戦闘の流れを掴んで下さい」

「わかったっす!」

「……あぁ」



 ハンナはろくにタンクをこなせていなかったし、アーミラはクランが解散するほど酷い立ち回りをしてきている。そのため二人はまだ三種の役割を導入した正常な戦闘の流れを経験していない。



「え? タンク僕一人ですか?」

「そうだね。でもスライムと矢魚なら大丈夫でしょう」

「期待してるっす!」

「そ、そうですか? えへへ、頑張ります」



 照れたように頭を掻きながらもダリルはがしゃがしゃと重装甲の装備を鳴らしながら歩く。重騎士は装備重量を軽減するスキルを有しているため、ダリルの装備はとてつもなく重いが苦にしている様子はない。


 ダリルの装備している鎧は最近火山階層で発見された黒い鉱石、燃積岩ねんせきがんという新素材を取り入れて作られたものだ。熱吸収効果のある鉱石として最近採掘が盛んになっているそれは、戦闘での激しい動きで上がる体温を下げる効果がある。


 他にもこの浜辺で取れるエールク鉱石や石貝せっかいなど、シェルクラブが自身の甲殻を補強する際に好んで付ける素材を使用している。宝箱から出る装備には劣るものの、ダンジョンの素材を使用して作れる装備の中では高水準な装備である。


 そうこう話しているうちに前の砂浜にポツポツとエメラルドグリーン色の球体が姿を見せ始めた。海の色が保護色となっている海スライムである。体の中心に魔石を漂わせている海スライムは五人を視認するとぽよんと地面を跳ねて近づいてきた。


 スライムはほとんどの階層に存在が確認されており、階層ごとに性質が違う。沼に生息する泥スライムは動きが鈍く粘性が強いが、浜辺のスライムは動きが軽くゴムボールのような弾力を持っている。


 地面の下にバネのような触手を作り出して地面を蹴るようにして移動している海スライムは、スライムの中では機動性に優れている。素早い動きで突撃して身体に取り付こうとしてくるため、注意を払う必要があるだろう。


 そんな海スライムが四体ほど近づいてきたので、ダリルは大盾を構えて自身の鎧と打ち鳴らした。



「ウォーリアーハウル!」



 ダリルが自身の武器と防具を打ち鳴らして敵のヘイト敵意を稼ぐスキルであるウォーリアーハウルを使い、海スライム四体の気を引いた。スライムは振動で敵の位置を探っているため、ウォーリアーハウルは通用する。



「プロテク、ヘイスト」



 努がダリルにプロテクを、ディニエルにヘイストを送ってステータスを上昇させる。ディニエルは面倒そうに矢を番えると第一射を放つ。その矢は正確に海スライムの核を砕き、支えがなくなったように粘性の液体が地面に落ちた。そして光の粒子を漏らして消えていく。



「シールドスロウ」



 ダリルはゴムボールのような海スライムを大盾で弾き飛ばし、大盾を投げてへばりついた粘液を弾いた。シールドスロウの効果で戻ってきた大盾を両手で受け止めたダリルは、再び海スライムの突撃を手にした盾で防ぐ。


 ディニエルはそんなダリルを盾代わりにしながらも走って場所を変え、静止してから矢を放つ。ディニエルの射撃は自身が止まって落ち着いていれば全く乱れることはない。モンスターの攻撃を掻い潜りながら正確な射撃を求められていたディニエルにとって、ダリルに気を取られている海スライムは訓練場にある的と変わらない。


 あっという間に海スライムがディニエルの矢によって核である魔石を貫かれ、光の粒子となって消えて無色の小魔石となった。


 ちなみに外のダンジョンのスライムは核である魔石を壊すと動きを停止するが、魔石の価値もなくなる。とはいってもスライムの素材は多種多様な使い道があって重宝されるため、魔石がなくとも定期的に狩られている。



「楽勝でしたね!」



 落ちた無色の小魔石を拾ってきたダリルはニコニコしながらそれを努へ手渡した。ボール拾ってきた大型犬みたいだな、と努は割と失礼なことを思いながらも魔石を受け取る。


 そんな調子で浜辺のモンスターを三人でどんどんと狩っていく。ダリルは五十七階層まで到達しているので苦もなく浜辺のモンスターを引き付け、ディニエルがそれを処理していく。努も支援を継続して当てるだけなので楽に戦闘は続いていく。


 ただ短い戦闘ならばそもそもダリルとディニエルはレベルが高いため、三種の役割などがなくともあまり関係ない。アーミラは大して表情も変えずつまらなそうに戦闘を見ていた。ハンナは手を合わせてダリルの活躍を喜んでいる様子である。



「それでは、次からハンナを入れて戦闘を行います」

「は、はいっす!」



 そうして二人にある程度の流れを見せ終わると、今度はハンナを追加して戦闘を行うことになった。ハンナは気合を入れるように青い羽をパタパタと動かした。


 彼女は以前タンクを行う時には重い鉄や鋼の鎧を装備し、大盾を両手に持っていた。だが今回の装備は違う。ハンナはアルドレットクロウへ在籍していた時に銅色の宝箱から引き当てた装備である、民族衣装のような薄い布地の服を纏っている。それは拳闘士専用の装備であり、STRとAGIにプラス補正が付くものである。


 それに武器も盾などは装備せず、ナックルという拳に付ける武器を装備している。そのナックルには爪が後付け出来る穴が空いていて、状況に応じて付け替えが出来るようになっていた。それと同様の装備が足にも付いている。その全身装備はハンナがアタッカーをしている時と変わらない装備であった。



「ダリルは最初手を出さないようにして、もしハンナが危なそうなら助けてあげて下さい」

「わかりました! ハンナさ、ハンナ! 頑張って下さい!」

「頑張るっす!」



 やる気十分のハンナは拳をダリルに向けて元気に答えた。彼女は努から既に避けタンクの立ち回りを聞かされていたが、実際にそれを行うのは初めてだ。緊張で汗ばむ手の平をハンナは何度も服に擦りつつも、モンスターを見つけるまで砂浜を歩いていく。


 そしてまた海スライムとエンカルロブスターというザリガニのようなモンスターが同時に現れた。ハンナは努にフライとヘイストをかけられるとすぐに空を舞ってモンスターたちへ近づいた。



「コンバットクライ!」



 赤い闘気がハンナを中心に広がりモンスター全員のヘイトをハンナは稼ぐ。モンスターたちは空にいるハンナを見上げるも攻撃手段がほとんどない。なのでモンスターたちはハンナを無視して他の者を狙おうとし始める。


 そんなモンスターたちをハンナは空から急襲する。彼女の繰り出した素早い拳はエンカルロブスターの赤い甲殻を粉々に砕いた。体液をぶちまけたエンカルロブスター。続いてハンナはスライムに蹴りを入れ、爪先で魔石を蹴り砕いた。


 地上に戻ってきて攻撃を仕掛けてきたハンナをエンカルロブスターは攻撃しようとするも、青い気を纏った彼女はすぐに空へ飛び上がって回避した。エンカルロブスターは遠距離攻撃がないのでハンナを攻撃する手段がない。なので空からの急襲に備えようとハンナを見上げた。


 そんなエンカルロブスターの横合いから矢が飛び、胴体に突き刺さる。ディニエルがハンナに注目しているモンスターの弱点部分を的確に射抜いていく。海スライムは触手のようなもので地面を叩いて上に飛び上がるも、ハンナにひょいと躱されて終わる。そして空中で身動きの取れない海スライムは成すすべなくディニエルに撃ち落とされた。


 ハンナも空中にいたスライムに拳を突き入れ、魔石を掴んで引き抜いた。それで全てのモンスターが魔石に変わり、第一戦は特に何事もなく終わった。



「こ、こんな感じっすか?」

「えぇ。いいですね。この調子でどんどんいきましょう」

「わかったっす!」



 浜辺のモンスターはフライへの対策が乏しいため、ハンナはその後も被弾することなくモンスターの気を引きつつも倒していった。

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